第百五十三話 ギリシア人は争いに倦まず
「不服そうじゃな。」グレイスは蛇の様な目でラミーを見詰めた。
「そう見えますか?」ラミーは短くそう応えたが、気持ちが全然ない言葉に聞こえた。
「隣の部屋で話そうぞ。ここではパトリシアの安眠に障るであろうからな。」
そう言うや、グレイスはラミーの方を見もせずにキッチンを横切って、隣の部屋に歩き始めた。
まるで、この屋敷の間取りを知っているかの様に。リビングをスタスタと音も立てずに歩いて行く。
ラミーとしては、あの女の言う事に逆らって一つでも良い事があるとは思っていないだろう。
素直に言うとおりに歩いて行った。
「エルム、居るんでしょう?」と私も中空に声を掛けた。
「はい、ここに控えておりますよ。」何も存在していなかった筈の場所から、トウモロコシ色の髪の毛の男性が降りて来る。
「パトリシアをお願いするわ。」私の言葉に「はい、心得ております。」とだけ彼は返事をした。
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「その方は、此度の妾等のやり方に不満がある様じゃ。それを踏まえて、その方にも今一度説明をしておくべきだろうとな。妾はそう思ったのじゃよ。」
「我々は呼び出されて頼まれただけですから。詳しくは最初から伺ってはおりませんでした。しかし、これ程の込み入った事々があると知っていたら。」
「引き受けなかったかや?」
「いいえ、その様な事は決して。けれど、条件くらいは付けたでしょうね。」
「ならば、説明しなくて正解だったと言う事じゃよ。」
「そちら様としては、それで正解なのでしょうが、我等としては承服しかねる所ですな。」
「まずもって、どこが気に食わぬところじゃろうか?」
「それはもちろんですが、あのような女児に危険を冒させる事でしょうね。これを認めるとなると、我等の沽券に関わりますので。」
「お主等は常にそうじゃな。人を愛し、人の生存を願いながら、力を揮い悪なる人を殺す事にも消極的にならざるを得ぬ。而して、人の営みの流れを変える事もできぬ。隠れ住み、人のふりをしながら、人の行いに悲しみ、更に苦しみて、その身を責める。」
「我等を滑稽と思われますか?」彼にしては、奇妙に平板な口調が気になる問答だった。
「いや、思わぬよ。けれど、だからと言って妾等の仕組む事々に不愉快や反発は抱かんで欲しいものよな。それなりに理由あっての事である。そう理解はして欲しいのじゃ。」グレイスとしては丁寧な物言いだったと思う。
「理解については最善を尽くしましょう。ただ、納得はできない事もお知り置き下さい。」
毎度の事なのだが、ラミーはこの手の事について理解を拒む傾向が強い。
「ふむ。納得はできぬか。どうすれば良いのか。妾にはとんと理解できぬのよな。」とグレイスは言う。
「妾は現在と過去については雄弁に語れる。しかし、未来については無理じゃ。それを語れる者は一人しかおらぬ。そして、その者が今どうしているのかは、その方達も少しだけは聞いておる事じゃろう。」
「まあ、その事については聞いておりますよ。」とラミー。「私も聞いておりますが、断片的な事しか聞いておりません。そもそも、私とラミーは”彼女”との面識は何度かあっても、深く話し合った事はそうそうはありませんから。」私もそう答えた。
「その辺の事情は妾はよう知らぬのよ。その方ら、特に汝ラミーが何故に彼女を避けておったのかは、汝しか知らぬ事であるが故にな。」とグレイスは言う。
「そりゃあ、そうでしょう。我等が彼女に呼ばれた理由はと言うと、特大の稲妻や空電を起こして欲しい。そんな理由でしかなかったし、それとても人間の為と言う事でした。彼女は、我等とは違って、人間との間に子孫を残そうと言う活動には積極的ではなかったと言うか、最初から我等は避けられておりましたからね。積極的な付き合い等はありえませんでした。」と言って、彼は私の方をすまなそうに振り向く。
ごめんね、私も貴方達の案には賛成じゃなかった。と言うか、私との間にではなくて、お互いが違う配偶者を設けて、子孫を設けると言う事には最初から反対していた。
彼女もそうだった。そもそも、最初から相手にもされていなかった。それもこれも。もう、二十五世紀程も前の事だけど。
「彼女の未来に関する知識も、言ってみれば今を境に終わってしまうのじゃがな。妾も彼女の知識は重宝したものよ。レオニダスと奥方には、妾が何の気兼ねもなく、デルフォイの神託の補足を語って聞かせる事ができたしの。」
「私達にもその話題は初耳です。スパルタの王に、貴女が助言を垂れたのですか?」
まあ、不思議ではない。オリンピア神殿のおわすエリスの地とスパルタは目と鼻の先の距離だから。
「ああ、助言をしたよ。レオニダスとゴルゴーの二人を名指しで呼び出してな。”王が死ぬか、ギリシアが滅ぶか”と言う託宣は、お主がペルシアの軍勢と戦えばお主は死ぬが、ヘレーンの子孫たちは生き残り、千載に名を残すであろうと含めた。ゴルゴーについては、二人だけで話をして、汝にはレオニダスとの子供は授からぬが、やはり彼の妻として千載に名を残すだろうと言ったよ。気丈であれ、スパルタンとしての心構えを解くな。そして、板が送られてくれば、その板の表面ではなく、中身を見る様にとな。」
「そう言えば、現在のギリシアの国名ですが、英語に直せばヘレーンの共和国って意味ですね。」ラミーがそう言う。
「そうじゃな、そしてその国是は”自由か死か”じゃな。」グレイスはそう言う。
「その死と言うのが”タナトス”ですが、貴方様は、タナトスの権化である”サマエル”と懇意なのですよね?」私はそう問うてみた。
「ああ、”彼”はとても面白く、強く。そして、心広いおのこであるよ。世のおのこ共は、揃って彼を見習うべきであろうな。」とグレイスは言う。
「あれを見習える男が数名でもこの世にいれば、この世は大混乱となるでしょうな。」とラミー。私も同意した。グレイスもそうだったらしく、薄く笑っていた。
「そうではあるが、人間と言うのはそう言うものなのかも知れぬぞ。汝等は、”カロカガティア”と言う言葉は知っておるか?」とグレイス。
「まあ、言葉だけはですが。ギリシア人の言う所の”理想”と言う代物ですかね。イデアとは違う、最高の野心の届いた姿と言う感じに思えます。詳しくはわからないですが。」ラミーの言葉はしりすぼみとなった。
「なに、汎人類的な理念であるよ。自分を中軸とする中華思想の概念と言えば良いのか。その様な物じゃ。武勇においては先に言うたレオニダスはカロカガティアの武の面を正しく体現したのじゃよ。ナポレオン等はそれに比べれば小物でしかない。”彼女”の想い人だけが、ヘレニズム・・・”はっはっは。”の時代から現在に至るまでの最高の戦術家としての名を馳せておるが、それは神格化されたとは言え、21世紀に至ってまでも映画化される程のものではないからの。」
「えらく最初の話から飛びましたが・・・。」ラミーは困惑している。
「実はの。妾も真似てみたのじゃよ、”彼女”の話しぶりをな。」
「私達、あんまり話さなくて正解だったのかな。こんな風に話がぶっ飛んで行くなら、いずれ争いに発展して行ったかも。」と呟いた。
「争いに発展したとして、汝等に勝てる相手だと思っておるのかや?」と意外な言葉がグレイスから発せられた。
「・・・・。聞いてよろしいのでしょうか?もしかして、彼女は、稲妻と電光、雷鳴を使う我等よりも、余程大きな力を持っていると聞こえるのですが?」とラミーが訊いた。
「力の質は違うが、お主等と言わず、この世に生きる誰よりも彼女は強いと思う。女子である者共には、多少の抵抗力はあっても、男児ならばひとたまりもあるまいな。相対したが最後、瞬間に無力化されてしまうであろう。人であれば必ず死ぬだろうさ。」
「それは・・・。」二人が二人とも驚いてしまった。
「”エロース”を司り、かのソクラテス相手に真実の愛を語った者が彼女なのじゃ。現在の世には”ディオティマ”と言う名で伝わっておる。”ディオ”とはディオス、つまり神々と言う意味であり、ティマは褒め称えると言う意味じゃな。つまり、”神々が褒め称える者”と言う意味じゃよ。」
「そんな事とはつゆ知らず。思いあがっていましたかな。」とラミー。
「いや、妾も、その他の悪魔共も揃って彼女の前では無力じゃろうな。もちろん天使共も含めてじゃが。苦痛と違い、快楽には誰にも抗えぬ故にな。ヴァス等は首を跳ね飛ばされても、八つ裂きにされても笑っておるじゃろうが、それでも”彼女”が牙を剥けば瞬時に無力化されるじゃろうよ。トビウオよろしくピンピンと身体を跳ね回しながらの。一番その手の攻撃に強そうなあの読書家であっても、抗えるのは数舜の事じゃと思うの。」
「タナトスよりも恐るべきエロースと言う事ですか。」私は初めて知る事実に驚いた。
「妾はギリシアに以前から住んで居った者達の事ならば、誰よりも詳しいと妾は自負しておるよ。なにしろ、ゼウスがクレタ島に漂着するよりも先に、妾はギリシアにおったのでな。」
「あ~、それは・・・・。」私達はモジモジと身体を捩った。何となれば、遠い昔に漂泊の末にクレタに辿り着き、雷鳴や電光で住民を驚かせた者達とは、私達だったからだ。
「心当たりはいろいろとあるのですが、なんであんな物語に発展したのかは謎ですな。」とラミー。
「いや、妾には心当たりがあるぞよ。」とまたまた彼女から意外な言葉が。
「それはな、ギリシア人。いやさ、ほとんどの国々の英雄と呼ばれる者達の多くが憑りつかれた観念的な呪縛故なのじゃよ。」と・・・。
「詳しく聞かせて頂いてよろしいでしょうか?」と私は畏まった。こんなところで、積年の疑問が解決するとは思わなかったが・・・。
「ほれ、ギリシア神話とはどんな神話だと思っておるのかや?」
「とんと見当も付きませんね。願わくは、あれらが我等の姿や力ならず行動を似せて作られた神話ではない様にと、日々自戒しているつもりではありますが。」
「そうであろうの。汝の連れ合いを、罰として山から何度も宙摺りにしたとすれば、汝の顔がそれ程に左右対象である筈もなかろうしの。多分汝の頬げたは大変な形となっておったろうさ。」とグレイスは大笑したものだ。
夫婦喧嘩の余波で、ギリシア中の者共が巻き添えで全滅しておったろうとも言っていた。こんな冗談を言うとは、彼女は非常にご機嫌の様だ。あの蛇の様な目は相変わらず笑っていなかったが。
「現在でもギリシアの国是である”自由か死か”、それは今では”読書家の悪魔”が愛する作家のデュマの描写しておったとおりにギリシアを支配しておったオスマン帝国に対するギリシア人の態度であるかの様に伝わっておるが、実は違う。」彼女はそう言って少し言葉を切った。
「実のところは、例の有名な石像であるミロスのアフロディテ、ミロのビーナスじゃな。あれが出土した場所であるミロス島を同じギリシア人であるアテナイの軍隊が囲んで大変な苦難に遭わせた際の言葉なのじゃよ。」私達は黙って聞いていた。
「あの馬鹿げたペロポネソス戦争の最中の事よ。中立を保って、アテナイにもスパルタにも与したくないと願ったミロスの者共を、アテナイの者共はポリスの周りを最初に取り囲み、講和を持ちかける一方で兵糧攻めにしたのよ。その際に侮辱的なアテナイの態度に”自由である我々が人事をつくして隷属化に抵抗しないことは,不義であり怯懦である。七百年の伝統あるこの国から寸刻たりとも自由の失われることは我々の許すことではない”とミロスの者共は言い放ったのだ。結果として、ミロスは必死の抵抗虚しく、アテナイの軍靴に蹂躙され、壮健な男は殺され、女子供は奴隷にされて売り飛ばされるか、現地で奴隷とされた。その後にスパルタはアテナイとの戦争に勝って、奴隷を解放してやった。それで彼等は自由となりミロスに帰還が適ったのだが、次にはやむなくスパルタに併合されてしまった訳だがな。」
ミロのヴィーナス。それはふくよかで疲労を知らぬ女体では決してない。ツンと上を向いた乳首と、見事な腹筋を備え、固い表情で唇を固く噤んだ見事な肉体美、あるいは健康美を備え、男に媚びぬ女性、男を圧倒する存在感を示す女性を象徴する肖像なのだ。
ある意味、同じ島で崇拝されていたポセイドンの肖像よりも肉体的に逞しい程だ。
あるいは、それこそがミロスの者共が後世に遺したかったメッセージだったかも知れない。
「まるで数年前のウクライナに対して、ロシアがやらかした事そのままですな。」とラミーは言った。
「ウクライナのぉ・・・。あの地の統治者、前職がコメディアン出身の大統領にしては、良くぞあれ程に戦う気概を備えておったと賞賛すべきおのこであったな。戦争の最後は多少残念であったが、それでもよくぞここまで戦ったと妾は彼を讃えるものであるが。ともかくも、あのようにスラブ語で”田舎”等と言う意味の国が今なお存在しておる事も少し考えさせられるところであるがな。こんな馬鹿にした国名はそうそうは無いぞ。アジアには”貢ぎ物が少ない”と言う名前の国が以前あったそうだが、それに匹敵する位の馬鹿にした名前であるな。」
「ところで本題に戻っていただけませんか?ギリシア神話の話でしたよね。」ラミーが路線を元に戻そうと試みた。
「ああ、そうだったの。ギリシア神話とは、言ってみれば”神様になれば凄く偉くなる。ちょっとした事でも人を罰してえらい目に遭わせられる”と言う事に尽きる。その程度の神のイメージを作り上げれば、徳の高い半神が出現したとしてだが、それらは大変に尊敬され、重宝されるとは思わぬかや?まともな性格と考え方をする半神の様な人物がもしも現れたならじゃが。」
「あの・・・。わかりませんが、それがギリシア人の考えた神の姿とどう関係するのでしょうか?」サッパリだった。チンプンカンプンだった。
ああ、そう言えば、英語ではGREEKS=ギリシア語=チンプンカンプンと言う意味だったな。そんな雑念が浮かんで消えた。
「あ奴等はな。ホンに年中どこかで争いを繰り広げておった。何故だと思う?」とこれは”彼女流”の質問だったと言える。とにかく、唐突なのだ。
「わかりません。」と瞬時に私が答えた。それ程に期待してなかったのだろう。すぐに返事は帰って来た。
「カロカガティアの為よな。あの者共は、我等汝等の姿を見て、その力を見て思ったのじゃろうよ。自分達でもあの力に手が届くかも知れないとな。」
「はあ???」とラミーが固まった。不遜とまでは思わないが、そんな事は無理に決まっている。
「ほれ、ギリシア神話のニケであり、ローマ神話のウィークトリアス。まあ、後者はローマの元老院に像が飾られておったが、キリスト教徒の言う事を聞いて撤去された後はどうなったのやらな。妾も興味がなかったので調べておらぬが。ともあれ、それらに共通しておるのが鳥の翼をもっておると言う事よな。」
「まあ、我等にも翼があると思っている人間は多数いますがね。あんなものが背中から生えてたら不便で仕方ないでしょう。」と言うのはラミー。
「それはそうじゃろう。妾達にも蝙蝠の翼があったら大変じゃったろうな。肩凝りとか言うモノで毎日が苦痛になっておったろう。」
「つまりの。あ奴等は人ならざる者への憧れが極端に強かったのだろうと言う事よ。故に争い続けたのじゃ。」
「わかりません。」と私は答えを促した。
「あ奴等は、言ってみれば武勇を証明できる機会を渇望しておったのよ。それ故に同じ民族同士で飽きずに戦いを繰り広げた。もちろん、平野の耕作地を占拠すると言う陣取り合戦と言う理由もあったろうが、それにも増して武勇を証明する機会に飢えておった。」手をひらひらと振りながら彼女は話を続ける。
「自分の身体の中に流れる”ヘレネー”の血。神や巨人の血が目覚めれば良し。耕作地が手に入れば良し。勇名が轟けば良し。じゃから、気の毒なペルシア人が相手となった際には、祭りの真っ最中のスパルタは別として、他のポリスの面々は一丸となり、挙って戦力の供出に応じたと言う事じゃ。」
「そして祭りに参加しなかったスパルタ人が中核となって、血の雨を盛大に降らせてみせたと。それのどこがカロカガティアと言う概念に通じるのですか?」私はその様に質問した。
「カロカガティアの存在を明白に証明する寸前まで行った人物がおった。アルキビアデスと言う男じゃ。かの者は、見目麗しく、力に満ち、頭も良かったし、哲学にも通じておった。戦でも大活躍だったし、戦術眼も見事。哲学の同輩としては同時代にソクラテスがおり、彼はソクラテスの叡智にぞっこん惚れ込んでおって、その外見と行動力で見た目は風采の上がらぬソクラテスに猛アタックを掛けておったそうじゃ。」
「その立派な人物はどうなったのですか?」とラミー。
「ディアボロス、つまり中傷する者によって冒涜され、アテナイから追放された挙句に、その当てつけとしてソクラテスまで人民裁判に掛けられて毒を煽らされた。ペロポネソス戦争の真っ最中にな。そんな事をする者が多くおったので、アテナイは大混乱じゃったよ。それ以前にペリクレスが必死にアテナイを立て直そうとして、陶片追放で政敵を追い出して風通しを良くしてもなお、この体たらくじゃった。偉大な碩学であり思想家であったソクラテスは、誰彼構わず論争を吹きかけて恨みを買ったが故に殺されたのではない。単にカロカガティアを達成しそうになった人物への妬みが理由で殺されてしまったのじゃ。ほんに人とは愚かよの。」彼女はそう言いながらも、いまだにギリシアに住み着いていいる訳だが。
「本物の悪魔とは人間どもの心の中にしかおらぬ者じゃし、半神を目指さんとするギリシア人の理想像たるカロカガティアも、結局は勇敢に死に場所を得たレオニダスのモノとなった訳じゃから、手の届かない逃げ水の様な何かをギリシア人どもは追い求めておったとしか思えぬな。名誉と理想を求めて、毎年毎季節倦まずたゆまず戦争を繰り返す。まこと愚かよな。」彼女はその後に笑ったが、その笑いには何の精気も感情もこもっていなかった。
「そもそも論に戻りますが・・・。何故そんな話をなさろうと思われたので?」とラミーが訊くと、グレイスは答えた。
「察しが悪いのぉ。妾はギリシア人どもを愚かだと思っておるがの、それでもあ奴等は可愛いところがあった。半神になれると本気で勘違いした所などはな。」
「じゃがのぉ。パトリシアの父御を近い将来に害するだろう者共はな。功利にしか興味を持たぬ、基本は物欲と権力欲しか興味を持たぬ俗物ばかりなのじゃ。それが半神と同じ権力と武力を持とうとしておる。それを許せるのか、お主等は?それが形だけであれ、オリンピックと名乗っておる祭りを平気で薬物や性別詐称、不正な後付けの判定で結果を覆す屑どもを?神も信じぬ、スポーツマンシップも顧みぬ、あるのは栄誉あるいは虚栄だけの魂を持たぬ者共を。」
「いいえ。」私とラミーは同時に答えた。
「なれば、妾とその方らは心は同じと言う事じゃろうよ。パトリシアの事、不服に思っておるのはその方らだけではない。妾もじゃ。」
「しかし、難しい話でしたが、話のオチとしては如何なものだったのでしょう。」
「アテナイは、ペロポネソス戦争には負けたが、その後にスパルタを打ち負かして覇権を取り戻した。その後に、同盟の資金を私物化して勢力を失った。」
「それはそれは・・・。」
「人には欲がある。妾にもその方達にもな。しかし、欲だけで行動するのならば、それは獣とは変わらない。獣は行動はするが、深い思索とは縁がない。少しなりとも妾が愛しておったのは、素朴で遠い理想を追い求めた、神権政治のギリシア人達であった。彼等はマケドニアの天才と戦って、槍衾に追い込まれて虐殺され、身の程を知り、そのマケドニアのファランクスがローマ人の勇敢な歩兵に接近されて敗れるのを見て元気を失ってしまった。」
「ソクラテス。あの偉大な哲人の死を目の当たりにして、その弟子のプラトンは二度とこのような悲劇が起こらぬようにと制度を整えた。しかし、プラトンはまたギリシア人の女性の権利を著しく制限して、その後には偉大な女性の哲人は極少数と成り果てさせた。妾は、美の神の代役だけではなく、女性の哲人の遺髪をも継ぐ事となった。半神を目指すギリシア人達の野望は、これにてひとまず頓挫する事となり、今なお頓挫しておる。」
「のお、妾にはギリシア人達に良き忠告を致す事が可能であった。けれど、それを妾は良しとしなかった。それが何故かはわかるじゃろう?」
「もちろんですとも。」とラミーが即答する。
「人類の自由意思を可能な限り尊重する。それは人類と共に暮らす者共が守るべき大原則じゃよ。そして、パトリシアも人類なのじゃ。それを忘れてはならぬ。彼女の意志や決意を尊重する事は絶対に尊重すべきなのじゃ。しかしの・・・。」
「パトリシアの敵達が、人類を暗黒の時代、破滅の縁に叩き落とすが如き、暗黒のカロカガティアを提唱するのならば、それを許す事は断じてできぬ。人類の消滅や過度の衰退、人類それ自体の自由意思を喪失する事態は看過できぬ。」
「自由か死か。それが個人ではなく、人類全体の死であるならば、私達にも看過できない事でしょう。相分かりました。」私もそう答えた。
「ならば良し。この先は長いからの。我等の心は一つにせねばならぬ。」
「心を一つに・・・ですか。」ラミーが瞼を閉じて、睫毛を伏せる。
何度目だろうか、彼のこんな悲しそうな顔を見るのは。
「ほんの少し前までは、世捨て人として暮らしていたのに・・・。」
そう呟いてはみるものの、だからと言って現状が変わる訳もない。
後5時間半。パトリシアの父が帰るまでにそれ程の時間があるのだ。
「さあ、エルムにシッターを任せきりなのは感心しないな。彼も忙しい身の上だから。そろそろ、我等もパトリシアの所に帰ろうじゃないか。」ラミーがそう言い、続けて助言をした。
「それとだけど、グレイス・・・。」
「なんじゃろう?」
「貴女の服ですけどね。これからの事も考えると、少しこの国の様に合わせた方が良くないですか?」と・・・。
グレイスはニヤリと笑って、「そうよな。いやはや、今ではギリシアでもこんなトーガを纏っておる者はおらぬわな。良かろう。」と応じた。そして、部屋を出て屋敷の更に奥に消えて行った。
「なあ、バービー・・・。」
「ん?どうしたのよ。」
「俺達がここまで人類の行いに干渉するのは何時ぶりだろう?」
「大方15世紀ぶりかしら?アンティオヒアにみんなで集まって以来ね。」
「長い休暇は終わったって事で良いのか?」
「休暇も何も、私達にはそもそも決まった役目なんかないじゃない。単に隠遁していただけよ。」
「まあ、そうだな。とにかく戻ろうじゃないか。」
未だスヤスヤとソファーの上で眠り続けるパトリシア。その近くの椅子に座るエルム。
その頭上には、白と青の二種の光芒を柔らかく放つ精霊が静かに浮かんでいるだけだった。
月の女神に関しては次回以降で。
ウクライナの情勢が非常に危険な様相を呈しています。
日本の外相は、ウクライナの駐日大使であるコルスンスキー氏に対して「日本はロシアがクリミアを占拠した際に、それに反対して制裁を行った唯一のアジアの国」と言い放ったそうです。
この恐るべき無神経さは何なんでしょうか?
制裁に日本が加わったのだとして、それがどれだけの効果を発揮したのでしょう?
ロシアの侵攻をそれで幾分かでも緩和できたのですか?できてないでしょうに。
ロシア政府の目論見は何か。要は欧州の脱原発を阻止して、資源外交を続行する事でしょう。
日本もそうですが、欧州でも脱炭素、水素文明や燃料電池、EVなどに代表される電池動力の社会を作り出そうとしています。
これは、ロシアや現在のベネズエラを除く産油国全てを過去の時代に置き去ろうとする、究極のブロック化と言うよりも、ある意味エネルギー鎖国の様な状況の創設そのものだと考えられます。
”メルトダウンしない原子炉”で検索して下さい。高温ガス炉やトリウム炉。いろいろと出て来るでしょう。
水素動力社会とは。
どっかの陸相閣下(ローマの重装歩兵戦列を軽装歩兵がガップリ組み合って互角に戦闘できるとか言ってたお方)を祭り上げてた、日本を中国の属国にするとかのたまっていた秘密結社の方々が夢想していた様な清潔なもんじゃなくてぇ・・・。再生エネルギーとか言うふざけた低効率で再生までに時間が掛かるもんじゃなくて。
四次、五次エネルギー。石油に対して圧倒的にエネルギーを得にくいエネルギー。エネルギー奴隷としての有用度が圧倒的に低い存在を産み出せる土壌と言うモノが、原子力以外には存在しないのだと言う共通了解あっての事ですからね。
オーストラリアくんだりから、毎度毎度マイナー極まりないエネルギーをタンカーで輸入する様なのんびりしたサイクルで何がどうなるとおもってるんだろうかとね。
けれど、遂にトヨタやホンダみたいな、化石燃料エンジン一筋だった企業も潮目を読んだみたいですからね。もう、後戻りはしないでしょう。できないでしょう。
戦車や超音速航空機みたいな、ふざけた出力が必要な奇怪な工業製品以外では、今後は化石燃料は必要とされなくなるかも知れません。
あるいは、量子ドット太陽電池を軌道上に浮かべて発電するようになるかも知れませんがね。
20世紀後半の技術で、10000トンの衛星が数ギガワットの発電能力を発揮できると算定されていた代物です。
(当時はまだ発明されていなかった量子ドット太陽電池無しでですよ。その発電効率は75%、当時放映されていた21世紀の初めのアニメであるガンダムSEEDのモビルスーツの太陽光ユニットがこの程度の発電効率だと設定されていましたが、現実はその作品の放映期間中にコズミックイラ並の発電技術を日本人は開発成功してしまいました。)
我々は、大きな文明の転換点に居ます。それが喜ぶべき事かどうかは、今後の推移次第ですが。
ところで、余談ですが、ギリシア人が自分達を「ヘレーンの子孫である」と称していると記述しました。
ヘレーンとは、ギリシア人の始祖であり、ゼウスの起こした洪水によって死滅した世界を生き延びた、パンドラの箱で有名な女性パンドラと、人類に火を与えた巨人であるプロメテウスの弟のエピメテウスの娘「ピュラー」とプロメテウスの息子「デュカリオン」の息子と言われています。
世界には”洪水伝説と箱舟伝説”が多数存在します。有名どころでは聖書にも書かれていますが、その成立はシュメールかバビロニアの時代だと思われます。
これらはユダヤ人やアカイア人・ギリシア人、大きく遅れてケルト人の神話よりも時代を遡ります。
ところで、このエピメテウスの娘「ピュラー」とは、”赤毛の娘”の意味であると言われています。
アキレウスが女装していた少年(少女?)時代の名前も同じです。
と言う事は、アキレウスは赤毛だったのですね。
赤毛と言えば、ケルト人の内でも、アイルランドの人達が有名な赤毛のイメージです。
いや、同じくケルト系列のガリア人の子孫であるフランス人でも赤毛は居ましたが、あれは少数派でしょうか。
(その女性の名前を、シュネッサのリアルネームとして付けてしまいました・・・。ちなみに、シュネッサはリアルでも黒い肌で金髪ストレートです。)
いずれ、先代様と赤い暗殺者(とシーナの剣の師匠)のアイルランドでの乱暴狼藉の話を書こうと思っています。後30話くらいで・・・。
一体、いつになるのやらですね。
乗ってきたら意外と早いかも。だから皆様、評価よろしくお願いします。
(更に追記)不思議な事なのですが、最近では、「スパルタ人はテュルモピライの戦いの終盤で、槍が折れたら剣で戦い、剣を失えば拳で殴り、最後は歯で噛みついた」と言う描写がネットで流布している模様です。
これは子供の頃に私が聞いた話と逆です。
「我が子ら、我が兵士よ。槍が折れたら剣を抜け。剣が折れたら足で蹴り手で殴れ。手足も折れたら歯で噛み付け。歯が折れたなら、生まれ変わって槍で突くのだ。」と言う言葉です。
これはダレイオス1世の言葉と聞いていましたが、一体どうして数十年の間に説が変化してしまったのやら・・・・。
マラトンの戦いに臨む前の出陣の激励と聞いていましたがね。時代は私の想像を超えて変わっているのかも知れません。
旧い知識と新しいネット上の知識は、何故か正反対になっている事は、私が知らないだけで数多くあるのかも知れません。