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第百五十一話 赤い死が去って行く

木立の中を通って来る日差しが急に減り始めている。

中秋に差し掛かるラサリアは、平均緯度が地球で言うと丁度新潟とかの温帯だが亜寒帯に似た気候の国だ。

コンスタンティンが一番北でほぼ北海道並みの亜寒帯の外れの緯度、ノースポートとフルバートが新潟近く、バーチと開拓中のファイアピークは東京位の緯度と考えれば良い。

だから、夕方以降の木立の中は寒いのだ。

平原とも違うので、そこらに馬を養う程の草がある訳でもないし、そもそも軍馬よりも大きな輓馬は木立の中を進む事すらできない。

ただ、オルミックが走り回って水場だけは見つけた様だ。こればかりはついていた。


本当ならアローラが動いてくれたら、もっと早く見つけられたんだろうけど、何故か朝方からのアローラは情緒不安定だったので、仮眠の後も更に休ませている。

「カナコギ、お前もオルミックもちょっと休め。レンジョウとチーフがもうすぐ起きて来るだろうから。」と言うなり、馬車のドアが開いた。

レンジョウとチーフとシュネッサ姐さんが出て来る。ちょっと遅れてアローラも。


本気でこいつ、ちょっと許せん。両手に花どころじゃないぞ。貴重な資源を独占するな。いや、チーフ以外は別に良いけどな。

「やあ、起きて来たか。カナコギとオルミックを休ませる。乗客区を開けて欲しい。そこで休ませる。」そう言ったら。

「お前も休め。二人と一緒に明日の朝までな。」とレンジョウに言われた。


「わかったよ。とにかく、湯を沸かそう。もう明日には街道に到着するんだから、シリアルの残りを鍋で温めてから、馬に全部食わせよう。俺達は猪の残りと、例の雉を塩味で茹でて食っちまおうぜ。」

全員がそれに賛成した。馬にしてみれば、大した量の食事ではないだろうが、もう少しだけ我慢して貰いたいところだ。

そこで気が付いた。あの赤い暗殺者はどこに行ってしまったのだろうか?


****


薄闇に包まれつつある木立の中。我は通信を送る事にした。

こればかりは、神通力に頼る訳にも行かない。何しろ、我にできるのは大量破壊と殺人だけなのだから。

そんな訳なので、ゲーム世界の裏技を利用させて貰うのだ。


「Espera hasta que tus amigos se unan」

個人通話用のチャットソフトを起動して、それとラウドスピーチ機能を繋げるのだ。

スパイダーの奴が今何をしているか知らないが、ビックリしただろう。


そんな些事は置いておこう。さて、近くに獲物がいる。今回は殺す訳にはいかない。


****


ふーむ・・・。口に出してそう呟いてしまう。

フルバートを脱出してからもう一週間。手下20人を引き連れての逃避行ってか?

俺専属のコックだったアレックスは、一同の炊飯を行う為に大忙しだ。

ここに来て、俺と手下は文字のとおり、同じ釜の飯を食う間柄になったって事だ。

まあ、悪くない。狩りの出来る奴も居て、今日も山鳥を3羽、うずらまで捕まえて来た者も居る。

「ボス、うずらが焼けました。良い脂が出てますよ。」

「だがよ、俺だけが一番美味いモンを喰うってのは、それで示しが付くか?ええ?」と言うと、それでも腿肉を骨ごと千切って口に運ぶ。

「お前ぇらも喰え。俺だけってのは無しだ。」2羽目には手を付けるつもりもない。

一番美味いところは貰った。後は全員で分けるのが筋だろう。子分達は俺の言うとおりにした。


「なあ、アラン。これからどうするかって事なんだがよ。」鉄のスキレットに入れた蒸留酒をキャップ一杯分だけ呷る。もう一杯注いでアランに渡した。

アランは丁寧にそれを拝領すると目を閉じて口を付けた。

「バーチには既に盗賊ギルドが夜逃げをした旨は伝わっているでしょうね。」

「アラリック・ロンドリカはすっ飛ばして、先にランソムってか。」

「本気でやっちまう気なんですか?逃げ出す時に大変ですよ。」とアラン。

「ん、それは問題ない。サリーさえ来てくれたらな。だから、オルミックを待つのが一番だろうよ。明日、金を渡すからバーチで買い出しをして来い。アレックスの負担をできるだけ減らしてやろうや。」俺はニンマリと笑ったが、それを目にした途端にその顔が凍り付いたもんだ。


「ボス?どうかしやしたか?」と俺の表情に気付いたアランが心配そうに訊いて来る。

「アラン、あそこに何て書いてある?」と中空を指し示す。

ギクっとした顔でアランが中空に描かれた文字を読む。「”仲間と合流するまで待て”と書いてありやすね。」

フッと笑いが込み上げて来る。ああ、言ったとおりにするさ。

「おい、アラン。明日の買い出しは豪勢にやりな。酒も思い切り買って来い。」

「はい、ボス。仰せの通りに!ただ、腕が鈍らない様に、手下には狩りを続けさせます。」

「お前ぇの思ったとおりにやりな。それと、バーチとノースポートの間に、誰か人を遣ってオルミックを待たせておけ。素人には絶対に手を出さない様に言い含めてな。」

「わかりました!」俺は二杯目の蒸留酒をスキレットのキャップに注いだ。これ位はまあ良いんじゃねえか?

アレックスには更に命じて、手下への飯を追加で作らせた。奴には申し訳ないが、ここは景気を付ける時なんだからな。


****


シュネッサ姐さんの大活躍で、残った小麦粉は以前に食べさせて貰った丸めた麺に早変わり。

猪の獣脂で作ったラード、少々の塩、小麦粉が平たく成形されて、フライパンの上で丸められて焼かれて行く。

チーフがその制作過程を凝視している。けど、あれを一発で真似できる者は滅多とは居ないだろう。

姐さん、マジで凄い。尊敬する。敬愛する。俺の舌は完全に彼女の料理の虜になってしまってる。


オルミックの方を見ると、真剣な顔で焼いた麺を貪っている。レンジョウもカナコギも。

アローラだけがちょっと元気がない。何か悩んでるのか?いや、レンジョウとの別れの事を考えている?

そんな事を考えながら、俺も麺をガツガツと貪っている。


「ただいま。」と言う大きな声と、小さな馬蹄の響きが聞こえた。

俺はかなり驚いた。白い馬体の大きな馬が見えたのだ。暗殺者が手綱を曳いている。

「おい、その馬は・・・・。」レンジョウが絶句している。

「そりゃないでしょう?!」とチーフが叫んでいる。

薄暗がりの中で、赤い人が引いて来た馬は・・・額に奇妙な何かが生えていた。

多分、それは折れた一角で・・・。


「ユニコーンなの?それ?」とアローラが小さく呟いた。

「あんた、それは無いよ!無茶苦茶だよ!」と俺も叫んでしまった。


****


「いや、もうユニコーンではないよ。ほら、角は既に切断してあるから。」暗殺者はそう言う。

「角を切断しても、ユニコーンはユニコーンだよ。魔法で召喚される魔法生物だよ。」シーナが突っ込むが、あまりの衝撃故か元気がない。

「と言うか、角がなくても馬が体当たりして来たら、普通の人間は死ぬよ。」とマキアス。

「ああた、現実世界のみならず、異世界の常識すら超越してどうするんすか?」とカナコギも慌てている。

「て言うか、ユニコーンって角を切断したからって大人しくなるもんなの?」とアローラ。


「大人しくなるさ。ただ、角を切った位では無理だと思うがね。けれど、例え魔法生物でも生命は生命だよ。殺されて喜ぶ存在など居ないからね。」と至極当然の様に言い放つ。

「具体的にはどの様になさった訳ですか?」とカナコギが訊いた。

「ここはゲーム世界だからね。ほら、キャラ配置の裏コマンドでユニコーンを召喚して、一体を麻痺させておいた上で、同種のモンスターを切り刻んだり、焼き殺したりとまあ・・・。」そんな返事が返って来た。

「流石と言うか、やっぱりと言うか・・・。」

「どんだけ極めてるんすか。」

「完全に道理が引っ込んでるよ。」

「駄目だ、全然今後の参考にならん。」

「暗殺者さん、あんた出鱈目が過ぎるわよ。」

等々の否定的な意見、諦め、呆れ、モンスターに対してのまさかの憐み等が述べ立てられた後に、オルミックが初めて肯定的な意見を述べた。


「もしかして、これでボスのところに乗り付けるつもりですか?それならいろいろな意味で捗りますね!」と彼だけが喜んでいた。

「オルミック君!君ならわかってくれると思っていたよ!君だけはわかってくれたんだね!」と暗殺者は大喜びだ。

「あのな、こんな危険な手合いを褒めちぎったりしたら、その後に手酷いしっぺい返しがやって来るぞ。」と俺は忠告した。

「レンジョウ君、君は本当に面白みがない男だね。少々ガッカリだよ。」と言い返して来るが、俺的にはフーンでスルーして良い場面なのだと既に身に染みていた。

「俺としては、あんたに麻痺とか言う穏当な手段が備わっている事にむしろ驚いているんだが。」


「うん?邪眼使いは普通に麻痺は使えるものだよ。」と暗殺者は言う。

「原理を聞いて良いか?」と俺は敢えて話に乗った。

「まあ、真似をしようと思っても無理だとは思うがね。邪眼とは、言ってみれば位相変換を使った特殊能力なのだよ。」続けてと目で合図をする。

「位相とは、言ってみれば”系”なのだ。我々は物質でできている。物質とは何か?なんだと思う?」暗殺者は突然難しい話をし始めた。

「基本、電磁波や光みたいなモノと同じなんだよな。俺達は確固とした物質、固体の金属なんかは揺るぎないモノと思いがちだが、実は違うんだ。」マキアスがそう言った。


「あのさ、マキアスはちょっと頼りないけど、頭はとっても良いの。」とシーナがディスる。

「チーフ、俺が頼りないってそりゃ何ですか?」と唇を尖らせる。

「そのとおりの言葉よ。でもね、マキアスには生まれつきの特技があるの。写真記憶と言って、視覚で捉えた何かを寸分たがわず記憶できるの。だから、頭脳を使う事では頼りになるわ。」

「お褒めに預かりまして光栄です!」とちょっと胸を張ったマキアスだったが。

「でも、根が馬鹿だから。私がしっかり手綱を握ってないと使えないのよ。ホント、残念な男だよね。」と上げた後に脳天逆落としを喰らった。


「茶化さないで下さい。俺続けますよ。」とマキアス。暗殺者は相変わらず手綱を握っている。

考えてみれば、彼は多頭魔獣に殺されたオルミックの馬の馬具と手綱を回収して使っているのだろう。元ユニコーンは鞍を既に背中に結ばれていた。

「俺達は言ってみればエネルギーの振動で出来ているんだ。それが粒子か波動かあるいは双方の性質を持っている。俺達は粒子の性質が強い存在だが、音波なんかは波動そのものだ。海や川の波もそうだな。でだ、電波、電磁波や光は非常に波長が短い。音はそこそこ波長が長い、実際は俺達に聞こえる波動は長いって事だがな。実際は超高周波の音も自然にはなくても、人工的にはありえるんだろう。けど、音は波動しか持たない。だから、大気なんかの媒質が無ければ伝導できないが、それでもエネルギーの振動なんだ。」

「そして、光や電磁波は粒子性を持った波動だとされている。だから、媒質がない宇宙空間も走って行ける。恒星間の熱伝導はほとんどが光によるものだ。そして、俺達の様な俗に言う物質で作られた存在は、確実に粒子性を持ち合わせ、非常に波長が長いエネルギーの振動や斑だと思えば良い。」

「俺達はここまで確固たる実体を持てている。何故か?それは、俺達がこの慣性系内で最も摩擦の大きなエネルギーの振動なり斑だからだ。速度は極遅いが、光や電磁波よりも圧倒的な密度を有している。ここまでが話のさわりだ。わかるかい?」俺は頷いた。何となくだが、理解はできた。


「俺達と言わず、全ての粒子的存在は回転している。それらの回転は全て同調している。その同調の一連の系が慣性系なんだろう。そして、回転が同調していないと、同調していない物質は周囲の空間との摩擦で質量は単なる熱量運動量に変化してしまうのだろう。それが彼の言う位相変換と言う事なんだろうさ。あるいは位相間の摩擦障壁を突破する方法もあるのかも知れないが、人類はそれをまだ知らない。」

「彼は物質のスピンの在り方を自由に変化させられるんだろうな。完全にスピンを止めてしまえば、全ては熱量や運動量となる。それを極度に手加減すれば、摩擦による衝撃で生命なら麻痺するだろう。適度にスピンに干渉すれば、固い岩を赤熱させて猪をローストする竈にもできると言う事だろうな。」


パチパチと言う拍手の音が響いた。

「ご名答。我の友人である悪魔の碩学が説明してくれた通りだな。」暗殺者はご満悦だ。

「いや、俺の話は終わっていないんだよ。あんたさ、幾ら何でもトンデモ無さすぎだろう。山を幾つでも吹き飛ばせるけど、その際の熱量で世界が滅ぶってのは全然大袈裟じゃないって事だろう?」

マキアスが色めき立っている。

「あんたの能力は、言ってみればスタートレックの量子魚雷と同じ原理だろうし、突き詰めればゼロポイント反応炉とも同原理だろう。究極の攻撃兵器と究極のジェネレーターの両方を備えた人間型の不死の存在だって?全く冗談じゃないぜ!」マキアスはそう喚いた。


「少し違うかな。我は多数の位相からの同時変換を行うのだから、トランスフェイズ魚雷と同じ原理だと思うのだよ。」と薄く笑った。

「余計に悪いわい!天の川銀河の何処の種族にも防ぐ方法が全くないって事だろう!」

俺はそこらへんに詳しくないので、マキアスが何故ここまで騒いでいるのかが理解できていなかった。

「鹿子木、連中の言う事が理解できるか?」と水を向けてみた。

「俺にもちょっとだけしかわからないっす。でも、わかるのは、暗殺者さんの力は、銀河系に地球人が進出し始めた。ワープ航法で宇宙船飛ばしてる世界の武器より、余程恐ろしいって事でしょうか。」

「ふむ・・・イメージが湧かないが。」

「マキアスさんが引き合いに出した、スタートレックの世界では、地球の現有核兵器程度はオモチャっす。普通に宇宙船が反物質兵器や、凶悪そのものの光線兵器で武装されていて、惑星の地表位楽勝で粉砕できるって感じですかね。流石に惑星ごと破壊する様な無茶な種族は滅多と居ませんが。」

「うーむ。それじゃあ、無茶な種族じゃなくて、惑星を破壊できそうな無茶苦茶な奴がここに居るのは、何の悪い冗談なんだろうな・・・。」と俺が言うと、


「我とても、その様な無茶を何でするものかね。」と暗殺者は口を尖らせて反論したものだ。

「やるやらないじゃなくて、できるできないが問題なんだよ。」と再びマキアスが突っ込む。

「そもそも、何であんたはそんな大それた能力を持ってるんだ?そこが問題だろう。個人の持って良い能力の限界を軽く上回っているよ。」とマキアス。


「ふむ・・・。それは何となく我にはわかるのだよ。」と暗殺者は言う。

「我の力も、所詮は望んだ力であり、与えられた力だ。我等、天使も悪魔もだが、強い力を持つ者ほど、濫用を恐れる。与えられた力に振り回される様な輩も確かにおるが、それらは総じて力が弱い者達だな。過去に、非常に大きな力を持った者達が人類を殲滅しようと試みた事もあったが、それも一度だけの事だった。」

「それはとても大きな事件だったが、それによって得た教訓はと言うと、我等は本当に人類が好きなのだと言う事。そして、我等は力を隠してひっそりと生きるべきだと言う事だったな。」


「意外かね?我等が総じて君達人類を好きであると言う事が。」暗殺者はそう言う。

「あたしは信じるよ。だって、そんなに大きな力を持っているならさぁ。あたし達なんて、雑草みたいに刈り取られて終わりって感じでも不思議じゃないんだし。エルフの軍勢全てを集めても、一睨みで終わりにされそうだもんね。暗殺者さんが人類やエルフを好きだってのは信じて良いと思うよ。」とアローラは言う。

「私はキリスト教徒だからね。ヨハネの黙示録なんかも読んでいる。だから、天使も悪魔も両方が人類の敵になると信じていた。昔はだけど。」シーナはそう言う。


「天使は強大な力を有しておる。そして、天使は神の使途である。だから、神の忠実な僕である自分達の苦境を見て怒っておられる筈だ。どうか神よ天使達よ、ローマ人どもをぶち殺して下さい。ついでに地上の他の民族や国家も。でも、自分達だけはいい子だから助けて下さいね。なーんてね・・・。」

「そんな都合の良いお話はありえないだろうに。けれど、あ奴等は一事が万事、そんな調子だからな。」

「だから、我はユダヤ人が嫌いなのだ。だろ?」と俺は先を読んで言った。暗殺者はジト目で俺を見たが俺はその視線を軽くスルーした。

「まあな・・・。そもそも、我等に名を付けたのはカナーンの民であった。”エル”と言う名前は、カナーン人の信仰する神々の尊称だ。イスラエルの各部族も元々は同じ神族の信仰を頂いておった。それがいつの間にやら知らない神を頂いて、ペルシア人の様に一神教となっておったのには驚いたもんだ。まあ、それは良いのだがね。そもそも、我等は我等の好きに生きておるからな。人間の勝手な解釈や宣伝でどうこうできるものかい。」


「”エル”って言う言葉は、”エルフ”にも通じる言葉なんでしょうか?」とシュネッサ。

「やも知れぬな。”マー”や”メー”が世界の多くの場所で母や生命の誕生に関わる何かの意味であるのと同じく、我が訪れた世界の多くでは”エル”が超自然的な存在、つまり魔を意味する言葉であったのは確かだ。五芒星や六芒星がインターナショナルな魔除けの象徴であったのと同じだな。」

「六芒星は、あんたの嫌いな民族の国旗でもあるよね。」とマキアス。

「中世のヨーロッパでは、酒屋の看板でもあったから、あれを無暗に嫌うつもりはないがね。」と彼は笑っていた。

「あんた、本気でユダヤ人を嫌ってないだろう?」と俺は言ってみた。

暗殺者はニコリと笑いながら、怯える白馬の頬を撫でている。「それはどうかな。」とだけ答えた。


暗殺者の雰囲気がその後すぐに変化した。馬の頭を優しく撫でている。

「さて、オルミック君。」と彼は呼び掛けた。

「はい!」オルミックは踵を付けて直立した。

「彼等彼女等とはまた会えるよ。今は一時の別れを惜しみたまえ。」と彼は言った。


その瞬間、俺の身体には衝撃が走った。

今日か、明日か、別れがやって来る。それは知っていた。けれど、わかっていなかった。

僅か数日、けれどこの数日だけで・・・。

俺は・・・。


誰が最初かはわからない。けど、俺達は暗殺者とオルミックに殺到した。お互いの鎧が打ち合わされる位の勢いで。

「おやおや。」と軽い口調で暗殺者が微笑んだ。

「皆さん、忘れません。お元気で・・・。」とオルミックも涙ぐんでいる。

「出会った時は怖い人としか思えなかったのに・・・。」

「私もです。殺されると思いましたのに・・・。」アローラとシュネッサも涙ぐんでいる。

「あの華麗な足技、俺もいつかモノにしたいっす!格好良い暗殺者さん、ああたの事は忘れないっす。盾も大切に使わせて貰うっす・・・。」

「あんたは不死身だろうから心配無用だけど、俺達は違うからな。俺達の事、チャンと覚えてて、間に合う間に会いに来てくれよな。」鹿子木とマキアスも鼻をすすっている。

「敢えて本当の名前を呼ばせて貰うわね。”サマエル”。貴方の強さ、優しさは知っている。未来の貴方も、私にはガッカリしなかったって言ってた。今回も・・・きっと期待には背かないわ。」

シーナが名前を呼んだ時、暗殺者、サマエルは深い微笑みを顔に刻んだ。

少し寂し気で、感慨深いその表情に俺は心打たれた。美しく、柔らかい笑みだったからだ。

きっと、遥か昔にトラロックにも同じ様に笑顔を向けていたのだろう。そして、トラロックが死んだ時には素直に悲しい顔をしていたのだろう。


「ああ、きっとそうだろうな。そして、他の者達も。我は君達を、君達の世界を守る為に微力を尽くすよ。そうだね・・・・。精々世界を破壊しない様に適度に、慎重に力を貸す事にするさ。」

「最後にレンジョウ君・・・。我の言葉を忘れないでくれ。」と俺に向き合った。

「ああ、忘れないよ。俺は元の世界に帰る。そして、過去に向き合って清算する。それからの事はそれから考えるさ。」

「ああ、それが良かろうよ。我の喧嘩友達がな、君の前世で君の戦友だったそうだがね。彼は君の前世についてこう言っていたよ。」

『あのお方は、とても沢山の人達と関り、歴史の大きな転換点に関与した。彼ほど歴史の推移に大きく関わった者はそうそういない。そして、彼ほど無私の心の持ち主で、熱い心の持ち主は見た事がない』

「そう言っておったよ。」と・・・。


「俺はそんな立派な男じゃない。けれど、あんたの期待にはできるだけ応えたいと思う。俺自身の為にも、そして俺を気遣ってくれる者達の為にも。」俺はそう言ってから、暗殺者に右手を差し出した。

「忘れないよ、サマエル・・・。」俺の目から涙が迸って、サマエルの右手を濡らした。

「君は良い男だよ。なるほどな、彼が惚れ込む筈さ。我も君の事が大好きになったよ。」


「じゃあ、お別れだ。またね、君達。」そう言ってサマエルはその長い手を振る。

「ありがとうございました!また、きっとお会いしましょう!」とオルミックは鐙の上に立ち上がり、背を伸ばして手を振っている。その顔はとても晴れやかだった。


「これをどうぞ。」とシュネッサが小さな袋を差し出す。サマエルはそれを受け取った。

「道中のお食事にどうぞ。エルフのご馳走が入っています。お二人の5日分と言う事で10枚程ですが。」

「頂けません!幾ら何でももったいないでしょう!?」とオルミックは気色ばむ。しかし・・・。

「我は言ったろう?女性の誘いは断るなと。女性の親切は尚更だよ。有難く頂きなさい。」

「・・・。もう、俺は貴方がたにどう感謝して良いのか。それすらわかりません。」とうつむきながら小声で言葉を絞り出していた。

「オルミック、元気でね!」アローラのソプラノが暗い木立の中に響く。

「さあ、行こう。手綱は我に任せよ。暗い中でも大丈夫さ。」サマエルが最後に手を振った。

並足の白馬はすぐに見えなくなった。サマエルは楽に白馬の手綱を握り、駆けて行った。

暗紅色の衣服は闇に紛れやすい。白馬の尻が闇の中に消えると、それっきり。蹄の音がしばらく響いていたが、それもじきに聞こえなくなった。


****


妙に嘘寒い感じがしました。

あの人が去って行ったと言うのがまだ信じられないっすね。

それにしても、兄貴のあの有様・・・。

「おい、レンジョウは大丈夫なのかな?」とマキアスさんも心配しています。

「落ち込んでますよねぇ・・・。」俺にもそれはヒシヒシと伝わって来ます。

意外な事に、一番堪えてるのはアローラちゃんみたいですが。

両脚斬り飛ばされてたのに。まあ、それは兄貴も同じかな。兄貴の場合は首だったですが。


「本当に、人と人の出会いってわかんないっすね。」と俺が言うと。

「あれ程凄い出会いは滅多にないだろうけどな。一歩間違うと俺達全員殺されてたんだし。」とマキアスさん。まあ、あの人はあれでも本気じゃなかったんでしょうけどね。


兄貴とシュネッサさんに両方から囲まれて、アローラちゃんが木立の中に消えて行きます。

エルフの勇者たるもの、やはり人前で泣きじゃくっているのは良くないんでしょうね。

でもまあ。彼女にしても、俺と最初に出会った時は殺気立ったエルフを嗾けてたらしいですし。

それでも直接会った訳ではないですが、直接会ってたら確実に俺は殺されてたでしょうから。


「これも兄貴の人徳なんすかね。」と呟くと、自分の言葉にちょっと笑ってしまいます。

それと、俺にはアローラちゃんの気持ちが少しだけわかります。

きっと、明日の朝はアローラちゃん達も、エルフの森に帰るんでしょうから。

「今のうちに泣いておくのもありっすかね。」と同じく呟くと、それを耳にしたマキアスさんが少しだけ怪訝な顔をしてました。

シーナさんは何かを思い付いたのか、馬車の中に飛び込んで行って、まだ出て来てません。

夜は深まって行きます。ちょっと冷たい風を受けて、オルミックさんの身体が冷えたりしない様にと考えたりもしました。


きっとまた会える。今は赤い死の天使が言った、その言葉を信じたいと思うばかりです。

(超蛇足的未来予想)YAMATO2205 新たなる旅立ちを視聴して

ヘルダイバー本編のご拝読に感謝致します。

備忘録と言うか、”ヤマトよ永遠に”が作成される前に、今回の敵役”デザリアム”についての考察を述べておこうと思います。

なに?あれを観てないんですか?もったいない・・・。こんな長く面倒臭い小説を読める人なら、あの作品を思い切り楽しめると思うのですがね。

まあ、良いでしょう。観た人だけの為に私なりの未来予想と言うか、設定の深堀りを開陳しておこうと思います。

多分、あのYAMATO2205の世界における更に未来の宇宙では、波動エネルギーの濫用あるいは浪費によって、非常にエネルギー準位が低くなっているのではないかと思えるのです。

今回のヘルダイバーの本編において、暗殺者の能力が多位相の慣性系のスピンの違いを利用した位相障壁との摩擦によって、物質を熱量に変換してしまう事ができると述べました。

また、その力は”ゼロポイント反応炉”でもあると。

さて、”ゼロポイント反応炉”とは何でしょうか?

ゼロポイントと言うのは、アインシュタイン等が提唱したエネルギーの基底状態の事を指します。

ヘリウムは通常の大気圧の中では、絶対零度下であっても、液体になれども固体にはならない。

何故ならば、ヘリウムの粒子が慣性系の中にあり、スピンを行っているからです。

昔の円谷プロの特撮作品の中では、絶対零度下では物体は完全に運動をやめ、質量を失って浮遊すると言う風に描かれていましたが、それは間違いです。

物質はエネルギーの基底状態であっても、キチンと運動しており、それらのエネルギーはゼロポイントエネルギーと言われています。

ですが、ここで問題です。ゼロポイントエネルギーよりもエネルギー準位が低い状態を人工的に作り出せたらどうなりますか?

エネルギー準位が低い所には、エネルギー準位が高い所からエネルギーがやって来ます。

YAMATO世界での次元波動エンジンとは、真空から無尽蔵にエネルギーを集める何かだと定義されています。つまり、ゼロポイントエネルギー反応炉とは、次元波動エンジンと同じ代物だと言う事でしょう。

その設定に従って考察して行きます。

デザリアムは別の時間軸の人類であり、ヤマトに頼らずガトランティスを力業で吹き飛ばす位のエゲツナイ艦隊を作り上げ、結果としてあちこちで”次元空洞”(次元断層ではなくて)みたいな何かが発生してしまい、周期律表が違う宇宙みたいになってしまったと思うのです。

物質とは、てんでバラバラに粒子が寄り集まっているものではなく、真空が充填されているからこそ堅固な物質として存在しえるものでしょう。

それ故に、デザリアムの艦艇を構成する物質自体が現時点での宇宙よりも全体として波動エネルギーに対して脆弱になってしまった。

言ってみれば、宇宙の物質も非物質もエネルギー振動によるむらみたいなもので、電磁波や光は粒子性が希薄な短い波長のむら、物質はそれよりも高密度で長波長のむらと言えますが、波動エネルギーを濫用した世界では、もしかするとワープが不可能なレベルまでそれらの媒質である次元波動あるいは真空の力が弱まり、全ての運動速度が低下した”硬直した凍結寸前の世界”になってしまっているのではと考えます。

2199でヤマトとガミラス巡洋戦艦(メルダの乗艦)が堕ち込んでしまった次元空洞、あれこそも次元波動の濫用によってできた波動枯渇現象による小さな沼みたいなものだったのではないかと。

真空も無限のエネルギーを持っていたのではない事が誰の目にも明らかな程に証明された宇宙。だからこそ、デザリアムは容易く世界を蝕むだろう次元波動技術の極致であるイスカンダルを手に入れて管理し、過ぎ去った過去を改竄するために出現したのではないかと思えるのです。

彼等の世界にとっても、イスカンダルは大きなジョンバール特異点だったのかも知れません。

彼等は最後には死に瀕した本来の世界を捨てるか再生し、ついでに、まだまだ活力のある地球人の身体を乗っ取り、機械によって補綴して生きるしかなくなった自分達の種族を延命する。そんな感じですかね。

ちなみに、スタートレックの世界でもYAMATO世界に起きたのと同じ様な現象が起きていました。

ワープエンジンで様々な種族が好き勝手に宇宙を斬り裂いた結果、亜空間に大きな亀裂が走り、確か最大ワープ5だったか6だったか以上で航行する事を各種族が自粛していた事がありました。

その後に亜空間へのダメージを軽減する仕掛けが考案され、実用化された事で各種族は光速の何千倍かで航行する事が可能になったのです。

宇宙を斬り裂いてしまう可能性がある波動砲の濫用で、古代アケーリアス文明の遺産である死の箱舟を破壊できた時間軸は、宇宙を満たす真空の力を宇宙が活力を失うまで繰り返した世界でもあった。

私はそんな設定なのだろうと思っています。

これに似た状況は鹿子木大好きなペリーローダンシリーズにも起きており、宇宙定数を変化させてしまう正体不明の超種族の干渉で、5次元以上の次元の抵抗が異常に高い状態に天の川銀河と近隣銀河が置かれてしまいます。

ネットで”ハイパーインピーダンス”と検索すれば出て来ます。

時間警察との戦いで衰退を始め、アルコン水晶帝国との激闘で更に疲弊していたテラナー(地球人)の帝国は、これにより坂道を転がる様に衰退して行く事になります。

主力武器であるトランスフォーム砲は短射程低威力の以前と比べればゴミ兵器へと変化し、5次元以上のゾーンを使った超光速達成も不可能となり、複数艦艇の分散処理システムであるシントロニクス人工頭脳も利用不可能となってしまうのです。

けどまあ、シントロニクスについては、コラヴィルと言うハッキング装置にえらい目に遭わされる様な重大な欠陥も備えた装置だったのですが。(多分、このネタに追従できる読者は極少数派とは思いますから無視して下さい。)

とにかくです。いずれ、”ヤマトよ永遠に”がリリースされた後に、私の考察が正しかったかどうかが証明されるでしょう。まあ、多分一筋縄では行かない設定がなされるのでしょうけどね。

楽しみにしています。

私としては、イスカンダル人の最後の一人、サーシャちゃんが死んでしまうかどうかの方が余程気になりますが・・・。

古代守は既に死んでいるので、藤堂長官を自爆して逃がすのは芹沢さんがやるのだと予想していますが。産まれて間もないサーシャちゃんが身を挺して頑張った挙句に非業の死を遂げるのは勘弁して欲しいと思うのです。

もう、消えてしまったユリーシャの願いのとおり、地球で楽しく暮らして欲しいと思うのですよ。

スターシャも最期は正直で立派でした。デスラーも想いが通じて良かったと思います。

結ばれはしませんでしたが、スターシャはデスラーに最後の最後で心から感謝して去って行きましたし。

次回作は26話構成だそうです。早くできると良いですね。

毎回映画館に足を運ぼうと思います。コロナが収まっていたらですが。


それよりも先に、”スカイライン・逆襲”が2/26公開ですから。

プライムヴィデオでセル版配信してくれないかな。絶対買うしw

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