第百五十話 人の行ける限界は・・・
オンデスの言葉を聞いて、俺が思ったのは「やはり、あの黒い石のおかげで面倒な事に巻き込まれたか」と言う事だった。
俺は”額の辺り”を揉んでいた・・・。とその時に気が付いた。
俺は自分の身体を認識している?両手を見てみた。見える?俺の両手が・・・。
”おめでとう、蓮條主税。お前は、この世界で自分自身のイメージを確定した。”
「お前?あんたは俺の事をそう呼んでいたか?」さっきは確か君と呼んでた様な。
”ん?そうだったか?まあ、良いじゃないか。細かい事さ。”声はそう言った。
「それで?今回のセッションとやらは、これで終了なのかな?」俺の返答は少しシレっとした感じだった。
オンデスは名付けによって”地球”に存在を確立したと言う。まあ、詳しい事は俺にはわからないが。
なら、俺は何故この場所で存在を確立できたのだろう?ちょっと疑問だったが、質問するのは躊躇われた。
どうせ返事は「お前がわかった時に理解できるだろう。」その程度のものだろうから。
****
オンデスが柔らかい青い光を放っている。相変わらず俺はこの星空の下に居た。
?と言う俺の心の声を読んだのか、誰かの声は俺に語り掛けて来た。
”先程の君の言葉は、あれで間違いないのかね?”
どの言葉と言えば、あの言葉だろう。
「間違いはない。あんな事を間違いで口走る奴はどう考えても許せん奴だろうな。」
別に胸を張って言う様な事ではないが、本心なのは間違いない。
ただ、あれを普通の人間が口にするかと言うと、多分しないだろうが。
”アドバイスを一つしようか。君が守ると宣言した女性たちの内、シーナに至っては君を守ろうとす言う使命すら抱いている女性だ。そして、アローラについては、存分に守ると良い。アリエルもそうだ。しかし、一人だけは君に守られる事を良しとしないだろう。”
一人だけと言うが、それは誰だと迷う必要すらない訳だ。
”心が通じない、通わないと言うのは辛い事だ。だが、彼女を愛しているのなら、甘んじてその辛さを受け止めたまえ。”
”君の人生は、決して順風満帆では無かった筈。この苦しみも君ならば受け止められる筈。そう信じているよ。”
「お前は人間なのか?」俺は尋ねてみた。
”人間か・・・。少しそれについては疑問が生じるところだな。けれど、人間の心が理解できると言う事は理解して欲しい。”
「さっぱりわからん。けれど、忠告については受け取っておく。」
”そうか、ありがとう。君の健闘を祈るよ。今回の君の来訪はとても有意義だった。”
「オンデスはどうするんだ?」俺は訊いてみた。
”オンデスについては、あの存在は勝手に自分で自分自身を進化させて行くだろう。君はあの存在の名付け親であり、あの存在は君に恩義を抱いているし、忠誠を誓っている。”
「うーむ・・・わからん。」
”我が君。いずれまた、時が満ちればご挨拶にあがります。今のオンデスには何等の力もありませんから。それまではお別れにございます。”
その様に返事があった。今回の件は、言ってみればオンデスに名前を付ける事だけが課題だったのだろうか?
”君は知らないだろうが、最初に地球を訪れた精霊、あるいは地球に招かれた精霊は、言語を習得するだけでも大変だったんだよ。君は先人たちに感謝すべきだろうね。”そう声は告げた。
「そりゃそうだろうな・・・。」と言いつつも、その苦労については想像もできない俺だった。
成程、声を出せたとしても、発音の仕方だけでも大変だろう。
なにしろ、喉も口もないのだから。最初の精霊はどれ程の苦労の末に言葉を習得したのか。
あれ・・・・。この事については、こいつに聞いてみるべきだな。
「おい、その先人たちと言うのは誰の事なんだ?」
”君の知る者としては、トラロックもその一人だ。しかし、彼が召喚した精霊は既にその先達から言語を学んでいた。”
「トラロックが精霊を召喚していた?」
”不思議ではないだろう?あれ程の大きな力を持った人間なら、精霊を召喚していてもそれほど不思議ではないだろう?”
”私の先輩である水の精霊のアルチが、かのお方に仕えていたと聞いています。他には大気の精霊のパパロテも。”
「それはどう言う意味なんだ?」
”アルチは水、パパロテは蝶と言う意味なのだそうです。”
「・・・・・。」いや、俺のネーミングもあれだが、トラロックも大概直球のネーミングだと思った。
”地球に最初に精霊を招いた者は、精霊の一人に今では伝える者も居なくなった言葉の名前を付けているね。”
「ふむ・・・。トラロックに召喚された精霊たちは、今はどうしているんだ?」
”我が君、変わらずトラロック様にお仕えしています。”
「そうか。やはり、トラロックは星の世界で生きているのか。」
”左様にございます。加えて、トラロック様と似通った因子をお持ちの人類が、今この時代の地球に誕生しておられます。アルチとパパロテを使役する事が可能なお方が。”
頭がクラクラして来た。ここはまだ電脳ファンタジー世界の真っただ中だ。しかし、俺が元の世界に帰った後に起きるだろう事々の予兆と言える事が今も進行しているのだろう。
シーナの言葉が脳裏によみがえって来る。”この世界の運営は頭が良い。理屈がわかるまで何度も説明を行って来る”そんな感じだったか。
「あんたは運営の者なのか?」とダメ元で俺は問い掛けた。返事はあった。
”いいや、違う。君同様に、プレイヤーと呼ばれる者だ。けれど、先代様と同様にイレギュラーである事も間違いない。”
「同じ穴のムジナって事か。なるほど、あんたも天使だか悪魔だかと呼ばれるお偉い存在の一人なんだな。」それにも返事があった。意外なことに。
”いいや、違う。俺は天使でも悪魔ない。君と全く同じで人間の両親から産まれた。そして、人間として育った。”
「そうか・・・。」俺は幾つかの伝聞と照らして考えてみた。死の天使、紅い暗殺者は、俺がこの世界に入り込める事を非常にユニークな特質として説明していた。
先代様の授けた、今や俺の額の中にあると言う邪眼石の力によって、俺はこの世界に来ることができるのだと言っていた。彼は最初から、その事を知っていた様だった。
「この世界に来ることができる人間が只者である訳はないだろう。あんたも、俺と同じく邪眼石の力を使えると言う事か?」
”そうと限った訳ではないだろう。進化したテクノロジーを使えば、話は別になるだろうな。携帯電話は異能によって遠くと話をする何かだろうか?”
「いいや、違うな。俺としては、あんたがケッタイな異能者で、天使とか悪魔とか呼ばれていると言う方が納得しやすいだけだろうな。その方がより簡単に納得できるさ。」
”うん、わかるさ。パンピーがいきなり異世界に連れて来られて、極悪難易度のクエストを軒並みクリアさせられて、挙句は元の世界には破滅の危機が迫っているから立ち向かえとかはな。言いつけられた者の身にもなれと思うだろうさ。”
「ああ・・・・。」俺は口ごもった。軽い口調で俺に話し掛ける相手の声色が、強烈な圧を放っていたと理解したからだ。
”だが、君以外には解決ができない。君と君を愛してくれる女達、君を信じてくれる仲間達、君を利用しようとする者達。全ての相互協力と互助がなければ、世界は滅びるか、滅びなくても凄まじい災厄に見舞われる。今回のアルマゲドンは、今までとは少し違っている。下手をすればラグナロクになる。”
「アルマゲドンとラグナロク、どこがどう違うんだ?善悪双方が戦う図式には変わりあるまい?」俺は素朴に訊ねた。
”アルマゲドンは、二つの勢力が戦い、勝者が存在する最終戦争だ。しかし、ラグナロクには勝者は居ない。ラグナロクを止める術はあったが、その術を知っていた者は遂にその方法を行使しなかったが故に世界は滅んだ。結構含みの多い神話ではないかな?”
「俺はオーディンではない。けれど、ラグナロクを止められると言うのなら、俺は可能な限りの努力はする。ただ、俺は普通の人間なんだ。特別な事件や、世間一般の裏にある世界は知らない。どこに行き、何をすべきなのかを知る術がない。」
”そうだろうな。しかし、それらを知る術はあるのだ。その為にも、君がオンデスに名前を付けた事がいずれ役に立つ事だろう。今回はここまでだな。”
「ああ、そうか・・・。」俺に他の何が言えただろうか。
”君の今後の健闘を祈るよ。ここまでの会話が成立した事にも大きな喜びを感じる。まだ間に合うかも知れない。そんな希望が湧いて来るからな。”
”我が君、息災を願います。またお会いしましょう。”
****
”ふん、しばしの別れと言う事か。しかしなんだね、お前も本当に大変だな。”
”そうでしょうか。私、オンデスの”目”から見れば、貴方様の方が余程に大変な身の上に思えますが。”
”そうかね。俺から見れば、実際に動き、判断し、決断するお前達の方が随分大変に見えるよ。単なる口うるさい傍観者の何が大変なものか。”
”左様でございましょうかね。チェスの盤面の上で走り回る者達と、盤外で頭を使う者とどちらが大変なのか。私には比較する事はできませぬ故。”
”それは俺にもわからんな。けれど、わかる事は一つだ。”
”あいつは無敵でもなければ、不死身でもない。そして、最強でもないし、頭も良くない。”
”貴方様は我が君を大変に卑下なさるのですね。”
”うん?そうでもないさ。とにかく、大事な事はあいつが生きている事。そして、あいつは自分の命がある限り、誰かの命を助けようとする事。それが大事なのさ。だから、あいつを助けてやってくれ、オンデス。”
”貴方様と仲間達には使命を頂きました。我が君からは名前を頂きました。それらに懸けて、微小な身の力の限りを尽くします。”
”良い心掛けだ。ならば、今は力をつけるんだな。その力と仲間達の知恵を集めて、あいつのために働いてやってくれ。”
”はい、もちろんでございます。”
”頼むぞ。お前もこの世界の希望の一つなんだ。それを忘れるな。”
”はい・・・。はい・・・。”
”お前、どうしたんだ?話しぶりが違っているぞ。”
”私は精霊です。人間とは違う考え方をする存在です。けれども、理解できました。精霊も感動する事があるのだと。”
”ふん、それはそれは・・・。とても人間的な事だな。けれど、それで良いのだと俺は思う。”
”左様ですか?”
”ああ、お前もいつか、俺の言った事を理解できるだろう。さあ、お互いに為すべき事を為そう。”
”はい、ではまたいつかお会いしましょう。”
”ああ、以上終わる。”
声はそこで途切れ、星空には青い光を放つオンデスが残った。オンデスは更に青い光を集めて行く。
オンデスが集めた光は、それぞれに集結しなおして、幾つもの大きな塊を作り上げて行く。
延々と、それらは集まり続け、星空に青い大きな星団を形作って行った。
****
俺は目を覚ました。横ではフワフワとシーナが指輪の力で浮かんでいる。
クウクウとわずかなイビキと共に、口からちょっとだけヨダレが垂れている。
俺は思わずハンカチで拭いてあげようかと考えたが、これで起きたら何をしているのかと訊かれるだろう。
”やめておこう。”と思った。今のシーナに本気で殴られたりすれば、俺でさえも数日は寝込むだろうから。(まあ、まず本気では殴られないだろうが、代わりにシーナが深刻な寝不足に陥りそうだ。)
見れば、シーナに抱き着く様にアローラが浮かんでおり、座席にはシュネッサが座っていた。何かを考えている様子で、物思いに耽っている様子だ。
ふと、彼女は目を上げた。穏やかで憂いに満ちた目が俺を見上げた。ニコリと笑う。
俺は、その薄紫、あるいはラベンダーの瞳に束の間見入った。そして、一つ頷くとふわりと揺れる二人の恋人に少しだけ手を当てて、ほんの少しだけ回転を緩めた。
全く、飛翔の指輪やマントとは、どんな原理で働いているのだろう。俺には見当も付かない、オンデスならば解説してくれるだろうか?
暗殺者は・・・あれは理論派ではないだろう。実地に空の飛び方や浮かび方を教えてくれそうだ。いや、知っていればだが。そして、かなり余計なおまけ付きでだろうが。
馬車はなおも道を駆け抜けて行く。
****
「もう限界だな。」マキアスがそう言った。
「並足ですら、こいつらには無理だよ。このままじゃ殺してしまう。俺には賛成できない。しばらく休ませて草を食べさせるべきだ。」
「んー。マキアスさんがそう言うのなら仕方ないっすね。後半日程なのに、ここで馬を殺したら、あの糞重い宝石の櫃を担げるのはシーナさんだけでしょうし。彼女にしても、食事無しでは数時間でダウンっすからね。」カナコギもそう言った。
「マズいですね。」俺にはそれしか言えない。このままじゃ、ボスがランソムを始末するのに間に合わない。
「君達だけなら、多少ノースポートに到着が遅れても問題ないのだろう?なら、我とオルミック君だけで先に行くよ。君達は後でゆっくり来ればどうだね?」と暗殺者。彼は現在馬車の横を走っている。馬と同じ速度で、息も切らさずに。
「この馬車馬は輓馬に近い馬で、全然速度でないからね。オルミックさんが先日まで乗ってた馬と、背の高さも、頭の大きさも段違いでしょう?こんなのに跨るのも大変なら、これに跨って目立たないのはもっと大変だよ。」とマキアスが言う。
「それもこれも、俺が多頭魔獣に馬を殺されてしまったからだな。」と言って下を向くと、馬車の天井の暗殺者も、馭者台の上のマキアスも「それは違うさ。」と慰めてくれる。
手綱を叩いて、マキアスは馬を道足にさせた。もうすぐ夕暮れだ。
そして、街道まで後数時間の距離。ここに来て足止めと言う事になるのか。残念としか言えない。
****
意外に今回の”旅”は時間が掛かった。そう思っている。
前回の星空の世界への旅は数秒だったが、今回は違っていた。
俺は数時間(この世界の時間で)眠っていたらしい。
と言うか、多分俺はあの世界にいる間は身動きが取れないのだろう。
まあ、無理も無いか。あそこに精神が赴いている間は、俺の身体は抜け殻になっているのかも知れないのだから。
”そう考えると危険だよな。あの世界への旅は。”
今回はいきなり星空が広がっていたのだから、これはどうにもならなかったろうが。
それにしても、自分であの世界に行く方法がとんとわからないのだから・・・。
まあ、あんまり考える必要もないのかも知れないが・・・。
いや、そうでもないのか。あのオンデス。
俺を主君と呼ぶ、正体不明の精霊と自称する存在。あれをいつまでも放置はしておけないのか。
しかし、次から次へといろいろな新しい事実が判明して来る。
なによりも、あの声と話していてわかったのだが、オンデスの様な精霊とやらは、トラロックやその他の強い魔力?を行使できる存在が使役する何かだ。
俺程度の者が、何をどうして、そんな大層な存在をどうこうできるのか。マジでわからん。
そこで俺はふと思った。
「何故俺はあのオンデスが凄い力を持った存在だと確信しているんだろうか?」と言う事を。
あのオンデスの巨大な結晶化を見たからか?それだけではないと思う。
「俺はあいつについて、何かを知っている。そんな気がする。」とも思うが、それがどんな経験か、過去、あるいは前世の記憶なのか。
あの危険な暗殺者は、人間は普通に転生する存在だと言っていたのを更に思い出した。
それともう一つ、敢えて考えない様にしていたが、一番疑問なのは、俺が異世界(電脳世界)に召喚された際に、荷物に紛れていた”稲妻の籠手”だろう。
あの異世界を生き抜く為に必須の武器。あれはどこから来たのか。誰が俺に与えたのか。誰が作ったのか。何故俺に預けられたのか。
全部が謎である。
そして、オンデスの輝く姿を見ていて思い出した事がもう一つあった。
そう、フルバートの地下に現れたアリエルの姿だ。
白と青の星の光を纏いながら、アリエルは俺達の前に姿を現した。
アリエルは、言ってみれば大魔術師の一人だ。本人曰く半人前らしいが、それでも多くの事々を知っているだろうから。精霊についても、その他の事々についても。
そんな事を考えている間に、俺達の馬車は速度を緩め、その後に一時停止した。
とうとう馬がへばったか。と言う先日から感じていた想像が的中したと言う思いと、後数時間で良いからもたなかったのかと言う残念さを含んだ思いが交差する。
とにかく足が止まらないと言う事で選んだ良い馬達だったが、生物であるなら飯を食わせて休ませないといつかは死ぬのだから。
馬の管理はマキアスメインだったろうから、あいつがそう決めたのだろう。多分、妥当な線の決断だろうし、反対する気もない。
車輪の音が途絶えた大きな馬車の中。それ以前から目を覚ましていたのだろう。
シーナが目を開いた。
「やっぱり街道までもたなかったのね。」それ程意外でもない口調でそう言った。
「無理もないさ。」美しいヘイゼルの虹彩が俺を見詰める。
ブルネットのショート、色が白粉を塗ったように白い他は、目を閉じていればハーフあるいは日本人に見間違う位の細身のアメリカンは薄っすらと笑った。
「私はさっきまで夢を見ていた。」シーナはそう言った。
垂れていた涎の事はおくびにも出すまい・・・。
「どんな夢だ?」俺はさりげなく訊いた。
「あんたが死んでしまう夢よ。」訊かなければ良かった・・・。
「心配してる?でも、もう大丈夫だと思うよ。」シーナは笑った。
「私は地獄の中で生きて来て、その地獄の最中であんたを支えにしていた。そして、あんたを失った。けどね・・・。」
「あんたは私の前でもう一度死んで、生き返った。その上に、私が心配しているのに、まだあのサミーと戦って互角にやりあったりもした。」誇らしげな顔だ。
「お前でも良い勝負になったろうに。」と俺は言うが、シーナはそれを否定した。
「ううん、無理だよ。あの手数をまず凌げない。凌ぐことができたとしても、間違いなく斬り込めない。あんな変幻自在の攻撃なんか、目の悪い私には絶対に捉えきれない。」
「それなんだがな、シーナ。」俺は彼女の物言いを訂正しようと思った。
「何さ?」シーナは訝しんだ。
「お前、もう目は悪くないのと違うか?」俺はそう言った。
「え?」
「お前は弱視だったそうだが、今は随分と焦点が前と違っているぞ。例のエルフのご馳走のおかげで、身体から毒物は排出されたんだろう?」
「うん、でもね。前よりも確かに見える様になったけど、普通の人よりは視力は低いと思うよ。」
俺は両目とも1.5以上で、ちょっと遠視気味な視力だ。しかし、この世界に来て、遠くを見る習慣がついたせいか、多分前よりも視力が向上していると思う。
「最初は俺が憎くてにらんでいるのかと思ったが、実際は良く見えないから凝視してたんだよな。」
「そう言うの思ってても言わないものよ・・・。」とちょっと可愛いシーナである。
「今は違うじゃないか。こっちと目が合ったら、すぐに表情を浮かべるし。前よりも随分可愛くなったさ。」と俺はからかった。
「・・・・・・。やっぱりあんたスケコマシだよね。しかも普通にキザな言い方だし。」と顔を赤らめている。
「お前はリアルでも目が悪いのか?」俺は敢えて続けて訊いてみた。
「うん、悪いね。昔の傷で、左の眼球に大きな傷があったから。右目にも少し傷が残ったし。目が完全に失明しなくて御の字だった位よ。」
何でそんな傷を負ったのかは聞かない方が良いのかも知れない。そう思ったが、シーナの方から語り始めた。
「私の一家は、動乱収まらないイラクに居たの。父は陸軍の将校で、母の願いで兄と私はイラクで暮らしていたの。私の母はイラク出身だったからね。兄はイラクの子供とそれ程変わった風貌じゃなかったし、私も髪は黒かったし、色が白くて唇と口が小さいのを除けば、顔だちはそこまで子供の頃は問題にならなかった。イランやイラクは白人系、俗に言うアーリア人の血筋だからね。」
「けどね、何故かはわからないけど、私が12歳になったある時に私達の父がイラク駐留米軍の将校だとバレてしまった。最初は皆がひそひそと陰口を叩いて、市場で買い物をする時にお釣りをまともに渡さない程度の可愛い意地悪で済んでいた。」
「母は不穏な空気を感じ取って、父に手紙を託けた。信用できる運転手の男に託けたんだけど、その男がアメリカ軍の駐在所に出入りしているのを、誰か。まず間違いなく過激派テロリストの手先が監視していて、運転手はある時車ごと拉致されて、その後二度と私達の前に姿を現さなかった。その後は坂道を転げるが如しよ。」
「その直後に、食糧が少なくなったので買い出しのために屋敷から近いバザールに母と私と兄が車を自分で運転して買い物に行ったら、どこからともなく男が沢山集まって来てね。手に手に石を持っていた。」
『お前は侵略者の男と交わり、汚い子供を設けた淫売めが!お前達こそ、悪魔の一家だ。女よ、長衣と顔布で恥部を隠したつもりかも知れないが、お前達の存在そのものが恥部なのだ。破廉恥で汚れた者共よ、この市にノコノコとやって来たのが運の尽きだ!』
それからは酷いものだった。
通報は、私達が市場にやって来る少し前から警察と軍隊に電話が入っていた。けれど、アメリカ軍の駐屯地は遠かったし、警察も小隊以下では多数の暴徒を鎮圧できるかどうかわからない。
隠れているテロリストが暴発を開始する可能性も高かったんだし。
たかだか、女子供が市場でリンチを受ける可能性が高いと言う事で、近くの警察署を空にする勢いで出動を掛けて良い理由はない。
警察署だって、テロリストの攻撃対象の一つであり、常に動向を見張られているのだから。
サウジアラビアには悪魔を意味する石柱があり、そこにムスリムたちが投石を行う催しがあるのだと言う。何百万人ものムスリムがその儀式に参加する。
私達も悪魔として石を投げられた。そして、私達母子は石柱ではなかった。
母と兄は私を庇って覆いかぶさった。
どれくらいの時間、何個の石が降り注いだろうか。兄にしがみつかれて身動きの取れない私は、私の頭を守ろうと身体ごと被さる母の胸の下でもがいた。
母の愛を無碍にする訳ではないが、身動きの取れない母は自分を守る事もできないのだと理解していたからだ。
ダブダブの厚い上着と頭巾は、私への打撃を和らげるのに役に立ってくれた。しかし、母の背中に当たる石の鈍い音が響き、母が苦痛で呻くのを聞いて、更に私は焦って身を捩った。
しばらくすると、母は動かなくなった。兄もいつの間にか動かなくなっている。
そして、銃声が連続で轟いた。投石が止む。
「生きているか!」と言う英語が聞こえた。私は返事をしなかった。
母と兄が私の上から引っぺがされた。担架等はない、彼等はたまたま近くに居たアメリカ軍の憲兵隊だった。
女子供がリンチされつつあり、その家族はアメリカ軍の将校であると通報されていたから急行した結果、憲兵隊だけの行動となったそうだ。
彼等は乗っていたハンヴィー(大型乗用車のハマーの軍用車ヴァージョン)の後席に私達を投げ込むと、一目散に医師の待つキャンプに走って行った。
兄は石の当たり所が悪かったのか、彼等が来た時点で既に死亡していた。
母も頭部に幾つかの拳大の石を当てられて重態のまま、緊急手術を受けた。
しかし、こんな所に脳神経外科の名医が居る訳もない。手術の甲斐も無く死んでしまった。
父は私だけでも生き残った事を喜んだ。陸軍大尉であった父は、軍務を離れる事はできなかったが、私の面倒についてはアメリカ国内の親戚を頼る事となった。
私は親戚のラードマン一家に預けられた。(ラードマンを、日本人はロッドマンと呼ぶらしいが。)
ケンジントン一族は、その名の通りの元はロンドンに住んでいたイギリス系移民のアメリカンだ。
ラードマン一家は同じくイギリス移民で、ケンジントンの分家だった。
一家の母は父の妹だったけど、ラードマンの家の家長の男は既に絶えていて、家名を残す為のメキシコ系の養子だったのよ。そこらは複雑だから、私も関わらない様にしている。
問題はまだあった。投石の内の幾つかは、石畳の上で砕けて私の瞼を貫いて目を傷付けた。
その際の石の細かい破片が眼球に残っていたが、それらは軍用輸送機でアメリカに送られる最中に立ち寄った日本の病院で取り除かれた。視力は大きく落ちたが、それでも幸運だったろう。
アメリカへの向かう旅路の最後は、民間航空便で、日本の成田からホノルル経由でロスアンゼルスまでの旅だったが、それらは当然平穏無事に終わった。
「そして、アメリカに移住してからは、私は勉強に勤しみ、フェンシングを習った。」
「フェンシングの最初のコーチは、弱視の背の低い私にはフェンシングは向いていないと冷淡だったけど、二番目のコーチは違った。ナポレオン配下の背の低いド近眼の男がフェンシングの名手で”鋼鉄の元帥”と呼ばれていた事を引き合いに出して、私に根性があるかどうかを徹底的に試したのよ。」
「根性があるのはすぐにコーチに理解できたろうし、テストの後はそれはそれは優秀な弟子になったんだろうな。」俺はそう言って笑った。
「まあね。その二番目のコーチと言うのがね。今はアメリカ陸軍の偉いさんなの。カミーユ・ギボールって言う人。もう、凄い筋肉ダルマの血に飢えた危険人物だね。弟子に大怪我をさせる程の容赦なしの剣客よ。」
「お前、よく無事だったもんだな。」ちょっと呆れた。
「そう言う人なのよ。戦いで手を抜くなんて、稽古でもできない人なの。それとね、今では思い出せるようになったけど、あの人も強力な天使の一人だったのよ。しかも、有名な戦いの天使ね。」
「それは10年以上も前なんだろう?その頃から運営は何かを企んでたって事か?」
「違うと思う。多分、運命ってそう言うもんなんだと思うよ。私は未来では、彼と良く話をしたもんだったわ。未来を過去形で話すのもおかしいけどね。」
「どんな話をしたんだ?」俺にはその話に興味があった。
「何て事の無い話が多かった。面白かったのは、彼が稽古を付けた過去の偉人たちの話。特に、彼が面白く話してくれた人の一人が、ナポレオンの配下だった男の人の話。その”鋼鉄の元帥”の話もそう、鋼鉄の元帥を嫌い抜いていた男の話もね。」
「”鋼鉄の元帥”はダブーと言う人で、背が低くて、容姿も貧相で、小汚い悪臭漂う男だったけど、ビックリする位に有能だったそうよ。彼を嫌い抜いていた男はベルナドットと言う人。この人は、ナポレオンの最初の婚約者と結婚して、あの獅子王グスタフ・アドルフの子孫を退位させて、スウェーデン王国に新王朝を築いた幸運な名君だったそうね。後者は、三回程で身の危険を感じて稽古に来なくなったそうだけど。」俺はふふっと笑ってしまった。
『シーナ君、人が行ける地平の限界は、想像力の限界と同じなのだよ。だから、野心の強い者は時として驚くべき遠くに行く事ができる。しかし、結果としてベルナドットは実はナポレオンよりも遠くに行く事ができた。200年以上も武装中立国として、世界の国々に一目も二目も置かせ、そこに強固で国民が支持する国を建設できた。これはナポレオンにはできなかった事だ。そして、ベルナドット自身だって想像もしていなかった事だろう。』
『私には、ベルナドットが何故そんな事を成し遂げ得たのかが少し理解できる気がする。彼はナポレオンが捨て去ったものを全て拾おうとしたのだ。国民を煽り、国民を使うのではなく、国民に支持されて立ち、国民に教育と福祉を与えて自立させた。一族の野望や繁栄を求めて戦うのではなく、ただただ自分を選んでくれた者達の期待に沿おうとした。我が身ではなく、子孫と新しく産まれ来る国民達の為を考えた。それは立派な事であり、彼は誰も見た事のない地平に達する事ができた。』
「そんな言葉が似合わない、血の臭いがプンプンする人だったけどね。あ、天使か?」とシーナは笑った。
「いい話じゃないのさ。」と突然横からアローラが口を挟んだ。さっきから目を閉じたままで、俺達の話を聞いていた様だ。
「シーナ、時間ができたら、あんたともいろいろ話してみたいのよ。」
「どんな話をするのよ?」
「あんたが話してくれる事を、あたしは黙って聞く事にする。あたしはエルフの世界の事、森の中しか知らない。そう造られたんだから。でも、外の世界、レンジョウの元の話の事も知りたいの。もう、あたしの行くだろう地平はエルフの森の中だけじゃなくなってるんだから。」
アローラはそう言う。
「俺達はどこに行くんだろうな。」俺はポツリとそう言った。
想像力を働かせ様にも、何をどう想像したら今後の道筋が僅かにでも垣間見えるのやら。
全く見当が付かない。チラリと、先程から無言のシュネッサを見るが、彼女は視線をちょっと上げたものの、首を振ってみせただけだった。
「つまりは前に進まないと何も見えてこない。そう言う事なんだろうな。」俺はそう呟くしかなかった。
なんか、気が向いたのでヨウツベで、古いアニメ「北斗の拳2」の主題歌を聞いてました。
探したらMAD動画があり、その中でケンシロウに破砕死させられたザーコのユニフォームがちょっときになりまして。
同じ少年ジャンプで連載されていたドラゴンボールのフリーザ軍団のユニフォームそのまんまなんですよね。そう言うお身内パロディとかもアリアリだった時代だったろうかと。
それにしても、マッドマックスを映画館で見た頃から知ってた事なんですが、実はガソリンって腐るんですよね。
あんな、核戦争後数年、数十年も放置されたガソリンなんか絶対使えんよと・・・。そう思いながら見てました。
ガソリンが腐るとは、本当に腐敗減耗するって事じゃなくて、キチンと管理してても時が経過すれば劣化して、ドロドロのコールタールみたいに変色して水分を失って固まって行き、臭いも凄まじい悪臭を放ち始めます。
機械油とかで手がベタベタに汚れた時には、新鮮なガソリンをスプレーして手に散布すると機械油を溶かしてくれますが、そのスプレーの中に古いガソリンを長く放置してしまうと、これは新しいガソリンで必死に洗い落とすしかなくなる程に固まってしまいます。しかも超臭いんです!
でもまあ、そんな余分な知識は置いておいて、とにかく見てて楽しかったので、作者は最後まで興奮しながら見てました。
ブンブン走り回る暴走族風のバイク。それにまたがる奇妙にパンクでヘビメタっぽい悪い人達。
「うん、設定は随分違うけど、アウトローVS徹底的に邪悪なインディアンが出て来るちょっとダークな西部劇だな。」と思いながら。
話を元に戻して、北斗の拳2のオープニングは、様々なアニメーションのオープニングの中でも最高に好きなモノの一つです。
子供だったバットは逞しく成長し、リンも可憐に成長しています。
なによりも、主人公であるべきケンシロウよりも、バットがオープニングで目立っているところも出色でした。
トム・キャットさんの歌声も奇跡的な程に耳を通して脳髄に訴えて来ます。
曲の終盤で、バットが馬に乗ったケンシロウをアクセル全開のバイクで追い抜き、次いでリンとすれ違いながら、ボウガン片手に天帝の都にバイクで疾走して行く場面、後は中盤のリンとバットが北斗の軍の皆に胴上げみたいに担ぎ上げられて交歓する場面も良かったです・・・。
主人公は既にバットとリン、ケンシロウは狂言回しのシューターと言う役回りで進行するのかなと思いましたが、リンが攫われてからは、またケンシロウメインになってしまいましたが・・・。
とにもかくにも、心に残る作品でしたね。最終回のカイオウの最期も見事でしたし・・・。
まあ、何となく気が向いたので聞いてみましたって感じの曲に関する雑感です。