第百四十九話 光溢れる虚無の中で
ここはいつか来た星の世界だ。何故俺はここにいる?
星空、相変わらず美しい微速度撮影の様な星の動き。しかし、前回とは少し違う気がする。
それらは不自然に規則的でありながら、自然に滑らかな動きであり、思わず目を奪われてしまう絶景であった。しかし・・・どこが違うのだろう?
”聞こえるかい?蓮條主税・・・。”
「聞こえるよ、何処の誰か。責めて自己紹介位はしたらどうなんだ?」
”そんなに凄まないでも良いさ。前にも言っただろう。いずれ理解できるし、理解できるまでは説明しても無意味だと。”
「ああ、覚えてるさ。勿体ぶった言い方は鼻について仕方ないがな。」
”ふふ・・・。”小さく奴が笑ったのが理解できた。
「俺は何か楽しい事を口にしたか?」と聞いてみる。
”ああ、楽しい。君とこうして語り合える事で、こちらの使命が着実に遂行できていると確認できるのだから。”
「その使命とやらも、いずれ理解できるし、理解できるまでは説明しても無意味なんだろうな?」と皮肉ってみた。
”ご明察。そのとおりさ、流石だね。”との返答があった。
天空の星々の光が白一色から変化して、様々な光芒を放ち、脈動するのが見えた。
「この星々は何なんだろう?」と呟くと、意外なことに謎の人物?から返事なり説明なりがあった。
”そのヒントとして、君の知らない、君が理解していない君自身の事を説明しなければならない。”
「何だと?俺自身の事が、この星々と関係していると言うのか?」俺は首を捻った。
正確に言うと、俺には俺自身の実体が感じられていない。言ってみれば、俺は視線だけ、視覚だけがこの世界に転送された様な感じになっている。首を捻ろうにも、首がどこにあるのやらだ。
”まずもって、君は現在いる仮想世界でもそうなのだが、現実の物質世界でも余人には理解できない感覚を有していた事を自覚しているか?”
「・・・・。」俺は沈黙した。
思い当たる節はあった。それに気が付いたのは母だった。俺がまだ幼い頃の事だった。
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母は、小学校の教師をしていた人だった。だから、俺が幼稚園に入る前から様々な教育を俺に施していた。
「はい、これは黄色。黄色い色の果物は・・・レモンね、黄色い色の積み木はどれ?」と、色の概念とその色のカテゴリーに入る何かを分別する訓練。三歳の頃に、俺は既に平仮名と片仮名の学習を終えていた。
しかし、色覚の訓練を行う内に、俺と母は何故かディスコミュニケーションに陥る事が多かった。
まず、俺は▲の形をした積み木を白い色彩と認識する事から、それが黄色であっても白い積み木と誤認する事がしばしばあった。
これは”共感覚”と呼ばれる、稀に発現する脳の機能の・・・もしかすると異状と言える現象なのだそうだ。
俺は音響、風を切る音や笛の音色等を色彩と関連付けて知覚する事があった。俺は子供の不器用な短い舌と同じく不器用な唇と顎で口笛を鳴らして色を表現した。
長じては、中学高校時代に熱中していた空手道では、俺は相手の身体の動きや足の動きを視覚で捉えて、それをある種の音響信号や文字の形で脳内で認識していた。
距離や上下と速度も同じ、それらはある種の立体的な図形として認識している。例えば赤い暗殺者の短剣の動きなども、それらは色彩ある立体図形の形で認識され、こちらの対応は別の図形として認識されていた。それらは刻一刻と変化しては蓄積される。
いうなれば、俺は対手の構える囲碁の様な点と点を結ぶ図形として、速度や音、筋肉の動きや肩と膝の位置などの情報を把握しており、それに対する俺の動きをやはり同様の図形として認識対応している。
それら図形は、相手の背後に蓄積する形で現出する為、対戦時には視覚の妨げに一切ならない。ある意味、それ以上に”何かの変化”が図形の描画を伴う為に、動作の把握に役立つ事しばしだった。
一連の動きは一つのセッションが終了されるまでの間は図形として残り、セッションが終了すればリセットされて消える。(俺自身の図形はどう把握されているのか、自分でも良くわからないのだが・・・現に把握している事は間違いない。)
こればかりは、幼い頃から俺の特別な感覚に気が付き、それらを研究してくれた母の存在があってこそ、その本質を人生の初期に理解し、自分で自分のユニークな特質を使いこなす訓練を積めた事が幸運だったと言える。
俺の戦い方が基本ヒットアンドアウェーなのも、自分の作り出した図形の色と形が対手の色と形、そして撃ち合った時の”反響”が十分ならざる場合は即座に退く事が基本だったからだ。
痛みや苦しみも、俺には音響や色彩付の言語の形で感じられる。
脳裏に強く描かれる最近の出来事があった。
当時は大柄の戦士だった暗殺者に首を斬り落とされかけた際の事。あの時には、腹の底まで響く重低音と赤と黒の色彩の奇妙なアルファベットに似た記号、加えてガラスが割れる音を数万倍にした鉄骨や鋼材の捻じれ裂ける音が俺の脳内に充満した。周囲の仲間達がその際に何か叫んで来た音は、全てが奇怪なグラデーションの白黒紫の日本語と英語のアルファベットで、脳内を斬り裂く様な痛みを伴う心理的混乱をもたらす何かだった。
その仲間の絶叫や悲鳴を耳にした俺は何を感じたのか?
死ねない、死んでは駄目だ。生きて仲間達の為に戦わなければと言う、恐るべき呪縛にも似た使命感であり、焦りであり、渇望であり・・・生きている事の意味そのものの意味を問うかの如き義務感の噴出が脳内で起きた。そして、俺の意識はその瞬間に暗転したが、目覚めた時にはそれらの記憶は正確に継続されていた。
そう言う自分の内部世界に対して、俺が最初から平気だった訳でもない。
幼い頃は、まずもって色彩と物品の形状等が通常の人間と全く違う関連付けがなされる傾向が強く表れており、様々な学習に支障が出たし、動作についても他人の周囲に出現する色彩や図形に注意が向いて、奇妙な動作をしてしまう場合が多々あり、多少落ち着きのない男子と言う評価すら受けていた。
それが俺にはかなり負担となっていたが、反面大きな援けとなった場合もあるのだが・・・。
そして、ようやく俺の中で様々な感覚の折り合いが付いた頃、母は動き始めたのだ。
母は俺にある時一冊の小説を差し出して来た。筒井康隆と言う作家のSF小説だった。
母は少しこの小説を差し出す際に悩んだ様だった。何となれば、その小説の登場人物は女性で、フリーセックスを経験した、ちょっと危ない享楽的な人だったからだ。(当時の俺は中学入学直前の年頃でもあった。)
しかし、母の意図するところは少し理解できた。その女性、ヘニーデ姫と呼ばれる膨大な精神力を持ちながら、何等の特殊能力にも目覚めていない女性の感覚は、俺の感覚知覚する世界と似た様な様相の世界だったからだ。
ヘニーデとは心理的な混沌であり、その女性の内面については、次から次へと見聞きした何かに色や形や物体が代入されて連想される特殊な感覚として描かれていた。
けれど、その本を読んだ後にツラツラと考えてみて、やはり俺の感覚はこれとも違うと思えた。
多分、筒井康隆と言う人は共感覚の何たるかをあまり理解していなかったのだろう。(作者自身にその様な感覚が備わっていないなら当然の事なのだが。)
また、俺の様に自他の動きを図形として認識する共感覚の持ち主は確認されていない様だった。俺はもしかするとトンデモなくケッタイな感覚の持ち主なのかも知れなかったし、自分でもそうなのだと納得してもいた。
そして、俺はある時に、共感覚を有していた過去の作家の話を耳にした。
その作家の小説も読んでみた。その時は別に何も感じなかったが、物語の語り手である中年男性が、ヒロインである多少頭の弱いかなと思われる少女の名前を発音する際の描写に共感覚の持ち主がどんな風に音を感覚しているのかが見て取れる。小説の冒頭がその場面だ。
その頃は特に何と言う事もその小説には感じなかったが。まあ・・・最近では俺はその本を読んだ事に後悔する事が多いのだ。
その本を読書をこよなく愛していた父が目にした事がある。
父はちょっと嫌な顔をしていた。
なんでも、その本が題材となった社会的造語を知ってから、父は外国の大好きだったTVドラマを見るたびに、嫌な気持ちになる様になったと語っていた。
その本の題名は「ロリータ」と言う。作者のウラジミール・ナボコフは共感覚の持ち主だったのだそうだ。その作品は映画化され、あの有名なスタンリー・キューブリックが監督している。
ちなみに、父が言っていた外国のTVドラマとは「大草原の小さな家」と言うのだそうだ。
いや、父の場合は単に青年期に突然問題になって来た社会通念と言うか偏見を聞いて、思わずギクリとなってしまっただけだろうが・・・。(父は、その「ロリコン」と言う言葉を聞いてから後、純粋な心でそのドラマを見る事ができなくなったと言っていた。)
俺の場合はそれをある意味実践してしまったのだ。
少女の外見をしたエルフ族の勇者アローラ(アローラは中身はどうかとして外見的には幼い少女だ。実際、中身も器にある程度は追従する訳だから・・・。)と結ばれてからこの方、俺はこの言葉を思い出しては心が痛む様になった。父が今の俺の有様を見たら、一体どう思うだろうかと考える事も・・・時々ある。
いや、頻繁に悩んだりはしていない・・・筈だ。
****
”随分深く考えているじゃないか?”と言う声が聞こえた。
「ああ、最近いろいろあり過ぎて、心の整理が追い付かない事が多いんだよ。」とボヤいたが、当然の様に関心を示しては貰えなかった。
”それは大変だね。”
俺は、この世界に呼ばれた理由がわからなかったが、どこかに居るだろう、俺に呼び掛けて来たこいつがどんな顔をしているのかは理解できる様に思えた。
「お前は、俺と話しながら、極真面目な顔をしているな・・・。」と呟く。
”ご明察。そのとおりだと言っておこう。”
「お前は男なのだろう?」
”それ位は良いだろう。そのとおりだ。”
「何が目的だ?」
”今は君と話し合う事かな?”とまあ、暖簾に腕押しの状態だ。
”我はポカンと口を開けた暗黒の宇宙を見た・・・。”
「何だ?」
”そこには暗い惑星たちがあてどもなく回転するばかりであった・・・。”
”惑星たちは回る、そこに恐怖が満ちている事も知らず。知恵なく、光なく、名付けられる事もなく回るのだ・・・。”
「なんだ?それは?何かの呪文なのか?」
”呪文と言うよりも呪詛だろう。題名は天罰(NEMESIS)と言う。作者はH・P・ラブクラフト。君も名前は知っているだろう?”
「ああ、鹿子木から聞いて知っている。何でも人種差別大好き、黒人大嫌いの貧乏人だったとか。」
”そのとおりだ。しかし、この男は勘違いをしている。この詩だか呪詛だかは、ネメシスを描いたものではなく、ギリシア人の想像していたカオスに似た何かについて書いているのだ。そして、ギリシア人達も間違っていたし、インド人達もユダヤ人達も間違っていた。宇宙の最初にあったのは巨大なエネルギーと質量のぶつかり合いから始まる。それらが白熱して、強力な双曲線磁場を作り出して更に沢山の物質を取り込み、変換して生命の育つ土壌を作り出す。ほら、見上げると良い。”
俺は何かを言おうとしたが、口を噤んで星を見上げた。
「お前の言わんとするところは少し理解できた。これこそがカオスなのだろう?」
”なるほど、直観的に理解できたと言う事か・・・。”
「ただ回り続けるのなら、それがエネルギーに満ち溢れた世界でもカオスであり、俺に求められているのは知恵と名付けと言う事か。光は既にある。あの女性が光を齎してくれたのだから。」
”ふむ・・・。では、思うままに行えば良い。”
「では始めようか。どうせ、このセッションを済まさないでは、この世界から出られないのだろうからな。」
奇妙な事に、俺は自分の傍らにいる誰か、苦笑いする誰かの横顔を見た様な気がした。返事はなかった。
俺は声に出して、自分の想いを吐露し始めた。
ここがどんな世界であるにせよ、例えば精神だけの世界で、その世界では言わずとも心の中が伝わるのだとしても、俺は声に出して語り掛けるべきだと思った。
「アリエル・・・。俺は君の為にこの世界にやって来た。俺はそう思っている。」
その様に、ここに居ないアリエルに語り掛ける瞬間。俺は、彼女に対する、自分でも思ってもみない程深く、胸抉られる様な愛情を感じた。
俺の事を慕ってくれるシーナやアローラ、彼女達の事は片時たりとも、今こうしてアリエルへの愛を再確認している最中も忘れる事はなかった。
そして、あのフレイア、俺を魅了して止まない、美しく、気高く、女そのものの良さ悪さを持ち合わせた原理的とも言える程に女性的な存在。彼女との強い結びつきも再確認できた。
俺は深く悩んでもいたが、同時に彼女達との別離を考えると、その内の誰が欠けても、俺の人生は暗黒の中での人生になるだろうと理解もしていた。
「どれ程の年月を重ねてでも、どれ程の苦労を背負っても、誰から何を言われようと、俺自身が俺の事をどう感じようとかまわない。俺は彼女達の心に、想いに、その存在それ自体に感謝し、報いなければならない。それが俺の生きる意味だ、俺の生きる道だ。」
「俺は応えたいんだ!彼女達と出会わせてくれた運命に!彼女達と出会って変化した俺の人生に!それが俺の生きる意味なんだ!!」
「赤い死の天使が言っていた。俺達がこの世界で揮う力には、現実世界でも利用可能な原理が通っていると。ならば、俺はその原理を知りたい。そして、同じ天使が言っていたとおり。俺は元の世界に戻る。戻って、過去に何の力にもなれなかった人達と再会し・・・。過去を清算する。」
俺は星空を見上げた。睨み付けた。敵意を持って睨んだのではない。決意を抱いて凝視したのだ。
星が瞬いた。その瞬きに、俺は感じるものがあった。
もしや、この星々には意識があるのか?
この星々には”光”がある、もしかして”知恵”もあるのか?
「星々よ、お前達には俺の声が聞こえているのか?!」と声に出して問い掛けた。
星々は青く光りはじめた。それは、フルバートの地下で幻影を投影したアリエルの背後にあった光に似ていた。
今やマキアスの手挟む武器となった”正義の右腕”と呼ばれる強力な魔法剣が帯びる”聖なる復讐者”と言う魔法の燐光と似ていた。ならば、あれは聖なる”浄化の炎”と同質の”星海の光”なのだろうか?
星々は声を発しない。けれど、呼び掛けには応じてくれている様に思えた。
星々の近くに行きたい。俺は今度は声に出さずに念じた。前回同様、それは上手く行った。
遠くでは燃え盛る白熱の炎と見えた星々だったが、近付くと違った。それらは燐光を放つ鏡の様な何かに見えた。
紛い物の星?とも思ったが、今回の星々は前回の空の星々とは違っていた。何しろ、激しく回転していないのだ。
「集まれ!集まれ!」俺は星々に呼び掛けた。命令した。
それらは水滴の様に見えた。光を含む水滴。それらは反映で光っている様には見えなかった。
聞き慣れない、いや聞いた事はあるが思い出せない言語でそれは語っていた。
聞いた事のない言語。少なくとも”今生”では・・・。
そして、聞き知った声と言葉が聞こえた。
”Let there be light.”光がありますように。光あれ?の意味か。とにかく、英語なのは俺にもわかった。
あの声だ・・・前の星の世界で一言だけ声を発した女性の声。
この声は何だろう?抑揚も何もかも、人間の声とは少し違う様に思える。だが、明らかに女性の声だとはわかった。同一人物?なのだろうか。俺にはわからなかった。
次はまた同じ様なフレーズで今この時に声が聞こえたのだ。微妙に違う言葉が。
”Let there be my name. ”
今度の声は女性の声とは違った。もっと非人間的な声で、男女の区別すらできない。しかし、言語自体は先の言葉と同じく英語で俺には伝わって来た。
意味は・・・我が名を聞かせよと言う事か?一字違いで文脈が大違いだ。
「俺が名付けて良いのかい?」と、いい加減ファンタジーの作法に慣れ親しんでしまった俺は問い返した。
”Yes,master!”と今回は非人間的な声から、妙に快活さを加えた口調で返事が返って来た。
「”そのとおりです、我が君”か・・・。俺はお前の主人と言う事か?」
”As your order,my master!”まるで、ネズミーのアニメに出て来るランプの精霊の様な口調だ。
見れば、青の光の他に白い光も方々に見える。
「お前の名はオンデスだ・・・。」それはフランス語で意味は海水、淡水、波動、電波を表している単語なのだ。母がフランス語を好きなおかげで、俺もフランス語の単語を聞き知っていた。
その優雅で、母に拠ればフランス語での会話では誤解が生じないのだと言う、確固たる文法の回りくどくはあれども、正確に言葉を刻む作法については理解していた。
何故か、俺にはこの青い光の粒をそう名付けるべきだと思えていた。この青い光の粒が俺に語り掛けているのだと理解できた。それは正解だったらしい。
”オンデス。私の名はオンデス・・・。”今度は日本語?でその青い光は語り始めた。
次いで起きたのは、オンデスなる何かが、周囲の青い光を従え、大きな球形に近いダイアモンドの巨大な結晶の様に、格子や積層を構成して、クルクルと回転し始めた事だ。
それらの結晶はどんどん大きくなり、俺の視界の端を数舜で追い抜く勢いで結晶し始めた。
”この地において、名前を得る事で、私は存在を確立する事ができるようになりました。感謝致します、我が君。”オンデスは今や物理的な音響で俺に語り掛けて来た。
「適当な名前を付けただけで、そんなに感謝されてもなぁ・・・。」俺はその反応にちょっとだけ、実はかなり困惑していた。
”ご謙遜を。今の私は小さな存在で、我が君のおためを計る事も適いませぬが、いずれ遠くない将来には違いますでしょう。私はその間に仲間から沢山の事々を学び、様々な知識と力の行使の仕方を学ぶ事とします。本日は挨拶だけを送る事に致します。”
と、巨大なダイアモンドの球体の様なオンデスが言う。
奇妙なまでに人間の言葉に詳しいオンデスに、俺は少し質問をしてみた。
「オンデス、お前はどうやって俺達人間の言葉を習得した?」
”我が君、それは当然の疑問だと思います。我が君は精霊について、何もお知りではないのですね。”
「そりゃそうさ。俺は魔法使いじゃないからな。」
”それは誤解でございます。私どもは魔法的な存在ではありません。通常の生命とも違いますが、それでもこの世界、我が君の元の世界にも存在しているのです。”
「なんだと?お前は俺がこの世界、電脳世界の者ではないと知っているのか?」俺は少し驚いた。
”左様でございます。私めは、貴方様の従者として、こちらとあちらの両方の世界でお仕えする事を条件に、電脳世界と地球に存在する事を許されたのです。まだ見ぬ世界を、我が君と共に冒険する事を。そのために、私は人類の言語を覚えました。”
「・・・・・・。」
”私ども精霊は、皆が皆、地球上に住まう場合は、誰かにお仕えする様に定められているのです。”
「何故だ?」俺にはその理由が理解できなかった。
”簡単でございます。私どもは言わば余所者でございます故。間借りの代金を支払う事と同じ事なのです。そして、人間の誰かに許可を貰わなければ、私どもは地球で暮らせないのです。名付けはその誰かの許可と言う事になります。”
「筋が通っている様な、そうではないような・・・。」
”ご案じなさいますな、我が君。精霊は皆忠実で正直です。大それたお望み以外ならば、何なりと我が君の仰せには従います故に。”
「それにしても、何故俺にコンタクトを取ろうと思ったのだ?」
”ふふふ・・・。それについては説明できる事が限られております。”今、こいつ笑ったよな?
「では可能な限りの説明を願おう。」急に胡散臭くなって来た精霊に俺は尋ねてみた。
”我が君のお人柄を知っておられるお方からの推薦とだけ申しておきます。それがどなたかはお聞きにならないで下さい。”
”そして、我が君ご自身のお力もあります。我が君には、私どもの存在を内包する力が備わっておいでです。そう、いと強き天使から賜った宝である邪眼石が。”
その時の俺はわかっていなかった。あの先代様との出会いがどんなに大きな変化を俺にもたらしたのかを。
そう、そして、今の時点でどんな者達が自分のすぐ近くにどれだけ存在していたのかを、俺はほどんど何も知らなかった。
これから何度も訪れる驚愕は、俺の無知故の産物たちだったと言う事だ。
作中で描写している蓮條主税の共感覚についてですが、多分実は共感覚の持ち主なんだろうと言う男の述べるところを参考として書いています。
作者も共感覚の持ち主と言えますが、細い横線が金色として認識される、特定の平仮名を赤色と認識しており、赤地の紙に特定の文字を印刷すると、その文字が見えなくなる。
その程度です。あるいは、自分の知らない感覚があるのかも知れませんが、それについては未だ認識しておりません。