第十五話 すれ違い
俺はランスロットさん達とは別行動で酒場にいました。シーナさんの言う事が本当だったなら、使いが来る筈です。カウンターにいる親父にエールを頼んで、開いてる席に座ります。まあ、本物のエールが来るわけじゃないんですが、気は心って言葉もありますしね。
で、すぐにその使いってのは来ました。カウンターに座ってエールのジョッキをクリックした途端、秘話モードでテキストが表示されたんす。「シーナ様の命により、そなたを案内する。後に続き給え。」影?いや、映像がキッチリと結ばれて、初めて人の姿がはっきりと見えた。
”揺らぎ”と言う魔法の効果なんですね。人の姿をまともに見えなくする青系統戦闘魔法の・・・。WIKIに載ってました。
じゃあ、この人は魔法を使えるか、魔法のアイテムを持っている人って事になります。シーナさんの使いだと言うのは本当なのでしょう。無言で後を追います。
路地の中を走り、俺は黒ずくめの、すぐに見失いそうになる人影の後ろをついて行きます。どれくらい移動したでしょうか。唐突に、家の壁が内側に開き、俺は腕を取られて、中に引き摺り込まれました。瞬間の事で、到底反応できなかったです。
扉は瞬時に閉まり、明るい室内の床に俺は転がってて、見上げると、机に肘をついたシーナさんがそこにはいました。「下がりなさい。」とシーナさんが言うと、俺を引き摺り込んだ屈強な戦士らしき人物は一礼して扉から廊下に出て行きました。
「さて・・・さてと。まずはもう一度お名前から・・・いいかしらね?」シーナさんが言います。単なるテキストだけの会話なのに、何故でしょうか、例の刑事さんよりもずっとずっと怖いんです。迫力が段違いなんです。
「はい、鹿子木誠人と申します。」短く頷いて、シーナさんは手招きをする。「まず仰向けの姿勢をなんとかして。それと、ここに椅子が用意してあるの。だから座って。」と言われたんですが、俺、この人と差し向いになるより仰向けの方がプレッシャー少なくて嬉しいんですけど。そんな事言ってたら、より事態が拗れそうなので・・・・素直に言うとおりにしました。
「次は貴方が何故レンジョウの事を知ってるかの事情聴取よね。何故?どう言う事なの?」これ、胡麻化したらどうなるんでしょうか?後で知ったんですが、この人には兄貴でも逆らえないらしいんですよね。だから、素直に本当の事を話しておいてよかったです。
「俺は兄貴と同郷の生まれです。日本って言う国です。」
コツコツっと音を立てて、シーナさんはペンの尻で机を叩きました。「レンジョウは、自分が異世界で生まれて育ったと言ってた。それなのに、同郷の人がここにいる。ならば、彼は私たちに嘘を吐いていたって事かな?」
「いえ、俺は今、その場所に本体が居る訳ではありません。ただ、俺の使っている、貴方たちには魔法にしか見えない道具で、ラサリアに分身を送り込んで操っていると言う事です。それと、兄貴は俺たちの世界では、監獄から抜け出した脱走犯と言う事になっています。」
「なんですって?」シーナさんは状況の一端を理解してくれたようだ。願わくば、これが何等かのゲームのイベントではないようにと、俺はそう祈っていた。「俺は、ここに来るのに使っている道具を利用して、兄貴を探しました。そして、異世界の噂話に使う道具でラサリアに兄貴がいるかも知れないと知り、探しに来たんです。」
「なるほどね、レンジョウの武術の技とかを見ても、私たちの世界とは凄く違うし、彼の知識も同じ。嘘を言える様な性格でもなさそうだし。」まあ、正しく兄貴の事を見てくれてますね。
「で、兄貴は今どこにいるんすか?俺、会って話をしないといけないんですよ。」俺はズバッと最重要課題を切り出した。
「それは答える事ができない。部外秘の案件で彼には動いて貰ってる。出発したのは昨日なの。」シーナさんはそう言います。
俺たち、完全にすれ違ってたんですね。極僅かの時間差で、兄貴はラサリアから出発して他の土地に行ってたんです。
「その案件はいつ終わるんですか?」俺の答えに「多分数か月はかかると思うわ。」とのシーナさんのお返事。
「数か月も待てないっすよ!そんな長い間は!」って、おかしいっすね。うん、確かめてみよう。「あの、ちなみにですが、兄貴がここにやって来てからどれくらいの日にちが経ってるんでしょうか?」
「そうね、もうかれこれ半年以上は経ってると思う。正確には7か月半、223日よ。」・・・やはりか。「・・・もしかして、そっちとこっちでは時間や日数の経過が違うの?彼が貴方の世界からいなくなってどのくらい経ってるの?」
どう答えようか?いや、正直に・・・・。「兄貴が消えたのは、今日の朝の事です。そして、今俺の世界では夜の午後8時。つまり、14時間ほどしか経ってません。」
「そちらの一年は何日なの?」
「閏年には一日増えるけど、基本は365日ですね。」
「こっちの一年は325日だから。ならば、こちらの一年がそちらの一日少しって事になるのね。」
「そうなりますね・・・。」
「どうしたものかしら、彼が帰って来るまでに見込んでいるのは大体3か月、そちらだと6時間そこそこになるのよね。それくらいなら待てるかしら?」
「こっちでは真夜中2時過ぎですね。でも、それくらいなら問題ないと思います。でも、早く兄貴とは連絡を取りたいんです。」
「貴方の事を彼に話したら、任務放棄して帰って来そうに思うわ。それは困るの。だから、貴方の事は彼には話せない。」あー、完全に信用されてる訳でもないんですね。と言うか、俺がここにいる事を知ったら、兄貴は今やってる任務に集中できないかも知れないです。多分、大事な事やってるんでしょうし。
「りょ!」と返事したら、シーナは「”りょ”って何?それ、そちらの言葉なの?暗号?」と気色ばんで来た。「”りょうかい”の略字っす。わかりにくかったっすか?」と言ったら、その後に罵詈雑言が丁寧な言葉で包まれて嵐のように吹き荒れたっす。
ため口厳禁、この世界は階級とっても強い社会だし、この人もそこらのお姉ちゃんじゃありません。そんな安い代物じゃないんです。反撃も凄いし・・・。
「大体お話はこれで終わり。後日のために、これを渡しておくわ・・・。」シーナさんは手に持ったカバンの中から、綺麗な銀色の札と、銀の鎖を取り出して、机の上に置きました。
「塔の門番に、この札を見せてくれたら、私に取り次いで貰えるわ。」俺はそのアイテムをクリックして手に入れました。アイテムボックスの中に”シーナの割符”と言うのが追加されました。
「じゃ、またこちらの数か月後に会いましょう。門番が通してくれたら、その時はレンジョウも帰って来てるって事よ。こっちも忙しいから世間話するために会うとかは無理だけどね。」
「わかりました。とにかく、兄貴が帰って来るのを俺は待ってます。」シーナさんは頷くと、ピンと言う音をサウンドボードが奏で、視界が真っ暗になりました。「なんすか?バグりましたか?」と俺が困っていると、画面上に”安全なところで解放するわ。”と言うシーナさんのメッセージが現れて、待つ事数十秒で画面は元に戻りました。
「目隠しして身柄を運んだ上で、見知らぬ場所で解放とか、まるでテロリストのやり口っすね。」苦笑しちゃいました。けど、これが偉い人達のやり口なのかも知れません。
「とにかく、兄貴発見に一歩前進っすね・・・。」もう、その時点までで俺は兄貴がゲームワールドに呑み込まれて消えたのだと確信してました。
あまりに真に迫ったシーナさんとの会話では、相手とテキストで会話してたのを除けば、全く気の強い人間の女性との会話そのもので、これがAIの適当な疑似会話とかとは格が違いました。ここまで人そっくりに話ができる人工知能とかは、ちょっと考えられないですから。
でも、その時は全く考えてなかった事がありました。俺が話したシーナさんは、多分兄貴とも話してる訳です。そして、ゲームの内部世界の登場人物です。それが何故ここまでの会話ができて、知能を備えているように思えたのか。彼女の正体は何なのか、このゲーム自体が何故こんな現象の中心として存在していたのか。
けど、その時の俺にわかってたのは、兄貴がこのゲーム内に召喚されて”存在”しているのと同じように、シーナさんもどこかに”実在”しているのだろうと言う事でした。その事をその時の俺は深く考えていなかったんす。
その事を当時の俺が深く考えなかったのは、それはそれで正解だったんすけどね。後で振り返って、俺はそう思ったもんです。
*** 次回から蓮條主税の視点に戻ります。