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第百四十八話 パトリシアの父が帰って来る

リビングでラミーは疲れ果てていた。

「降霊術って何なんですか。貴方がたの何人かがそれを使えると言うのは知ってますが、我々の仲間には居ませんからね。」

「そんなに難しい代物ではないのだけれど、できない者にはできない事じゃからな。」

「私にもできませんね。」とバービー。


「汝等の仲間では、できる者達が皆去ってしまった故にな。我等の仲間でも、怒れる死者を使役する者は多くても、交霊と言える程に過去の人物の”属する枝”に近付ける者は少ないよ。パトリシア本人にもできまいな。ほれ、これを見るが良い。」と言うと、女は掌に青い光を産み出した。

瞬間でリビングの照明が消え、強い揺らめく光が、薄暗いリビングに滲んだ様な模様を各所に浮かび上がらせる。

室内の照明はまたたいて再び点灯した。


「この光は、どうと言う事のない僅かな量の水に霊を宿らせた代物なのじゃ。この中では、細かい振動が生じ、”他の何処か”で生じている波動とのチャンネルが通じておる。ほれ、”ヤンザ”よ、二人に挨拶いたせ。」と言うと、光の中から掠れた声が発せられた。

「我が君の仰せに従い、ご挨拶させて頂きます。それがしの名は”ヤンザ”と申します。遥けき彼方より参り、この地に住まう事となった精霊の一人です。今後ともよろしくお願い致します。」


「これはこれは・・・。我はラミーと申す者です。」「私はバービー。こちらこそよろしくお願いします。」と二人は返答した。

「我が君の仰せに従い、お二人に交霊の何たるかを説明致します。」


ヤンザは説明を開始した。

「それがしがこの地に参りましたのは、おおよそで2500年ほども前の事と我が君に教えて頂きました。それがしは、普段はお二人の住まう地面の上ではなく、海深くにおるのです。海の中で、まるでクラゲの様に漂いながら暮らしております。」

「仲間の精霊の中には、時に大気の中、取り分けても成層圏と呼ばれる場所に居る者共や、天空の太陽の表面や内部に、お二人の仲間の方々と共に膨大なエネルギーの揺らぎと似た姿で住まう者もおります。」

「我等”精霊”は、一般的な物質やエネルギーに似た形態の生命ですが、お二人の様に雌雄がある訳でもなく、普通の方法では仲間を増やしません。特別な方法で増やすのですが、そうしてみると厳密には生命とは言えないのかも知れません。我等は環境に適合しますが、だからと言って環境によって変化はしません。その本質は常に同じなのです。」

「ふむ・・・。我等も君の主君のお仲間達も同じ事だな。同じ種族同士では子孫を増やせない。通常の人間と交わる事でしかな。しかも、産まれ来るのは常に人間としての子孫だけ。我等と彼等の間にも子孫は産まれない。そう言う意味では、精霊と我等は同じ様な代物とも言える。」

「左様でございますな。我等精霊の者共は、今もって人間や貴方がた、我が君達の事を正しく理解しているとも思えません。肉体と言うモノを持っておりませんから。しかし、一つわかっている事があります。肉体を持つ生命、あるいは精霊に少し似た方々もですが、それぞれが”生命の大樹”に寄り掛かる存在であると言う事です。」


「生命の大樹ね。話が大きくなって来ていないか?」ラミーが零す。

「そうかの?汝等は、多分そちらの方が納得しやすいかと思うぞ。さあ、続けよ。」

「我が君の仰せのままに。」

「そなた等天使と呼ばれる者共は、我等悪魔と呼ばれる者と違う。なんとなれば、そなた等は”生命の大樹”に触れる機会が少ないからじゃ。」

「我が君の仰せられるとおり。あなた方は”生命の大樹”、つまり人類が将来利用するだろう大いなる遺産について・・・あまりにも無知でございます。例外は”死を司るお二方”でございますが、当代様とても”生命の大樹”には関心すらお持ちではない模様。当代様は、”怒れる死”、タナトスの具現であり体現者であらせられます。」

「かのお方は、汚らしい人生を送った者や他害や弱者を虐げる行為に呵責も後悔も抱かぬ者共を誅殺する事に喜びすらを感じつつ、平和に生き、周囲に信愛を醸す者達をひたすらに愛されるお方。それがしの前におられるお二方と良く似ておいででございます。」

「私はあそこまで好戦的じゃないわ。ラミーもとことん怒るまでは我慢強い。でも、ある線以上に踏み込んで来れば違うけどね。基本、私達を怒らせた者は、周辺の者達も含めて全員殺処分だけど。」バービーが眉一つ動かさずに淡々と事実を述べる。

「左様でしょうとも。お知り置きのとおり。天使と悪魔の大きな差異とは、望んで力を得たか、天賦の力に目覚めたかの違いでしかありません。後は、天使には人間を赦す事が可能ですが、悪魔には人間を赦す事は基本敵いませぬ。なんとなれば、その様な者を赦すと言う事は、”生命の大樹”に危険な変化を及ぼすからにございまする。」これには、ラミーもバービーも即座に頷く。


「我等”精霊”は、この地、この惑星で生じた存在ではございません。飽くまでも我が君の力によって召喚され、この地に根着いた外来者なのです。しかしながら、その外来者であり、”生命の大樹”に寄らぬ者、触れる事が適わない者共であるからこそ、その性質を正確に観測する事ができたのです。」とヤンザは言う。

「おい、君。そんな発見があったとは、我等は聞いておらんのだがな?」ラミーが思わず凄む。

「妾とて女じゃぞ。隠し事の一つや二つ無い訳がなかろうや?」と女は平気の平左だ。

「私も女ですが、大事な、皆で共有すべき情報を隠す様な事はしませんよ。それはそうと、ラミー?彼女に突っ掛かっては駄目よ。あんたが怒ったところでその方が恐れ入るとでも思っているの?」とバービー。

憤懣やるかたないラミーだが、思い切り怒鳴る一歩手前で何とか踏み止まった。「それで?君がそんな大事な秘密を今この時に明かそうと思った理由はなんだね?どうしてだね?」

「ふむ・・・。生命の大樹の秘密については、我等の中でも特に力ある者達以外は詳しくは知らぬのよ。力無くも過ぎた力を渇望する愚かな者共が、生命の大樹を利用して力を得ようとするかも知れぬ故にな。」


「時代は変わりましたな。そんな事を心配する必要が起きるまでに・・・”人間の技術”が進歩する等とはね。」とラミーが呟くと、妙な気配を感じた。

横に居るバービーがぽかんとした顔付で口を大きく開けている。

いや、こんな顔の彼女を今まで見た事があったか?

そして、自分が意識せずに呟いた言葉の意味を自分で噛みしめた後に。何故自分がこんな言葉を口にしたのかが理解できず、自分自身も混乱してしまったのだ。


***


目の前の女の目には、一切の感情が見受けられない。

けれど、何も考えていない訳もない。多分、彼女は待っているのだ。私達が会話に立ち戻れるのを。

チラリと横を見ると、発言の張本人であるラミーが、普段は赤い顔を青くしながら下を向いている。

「ん、ちょっと彼は調子悪いみたいなので。後は私が聞きますね。で、何故今になって、生命の大樹についての講釈をなされるのでしょうか?」

「それは簡単な事じゃろう?現にあの娘子が召霊術を行っておるからじゃよ。ここに妾がおったのは、ある意味運命と言える程に幸運な事であったな。」

私は黙って彼女の言葉を聞いていた。

「知ってのとおり。妾の力は、ありとあらゆる情報を、生命の大樹の枝に宿る人間達の見聞き体験した情報に加えて、それ以外の”精霊たち”の知る情報の数々を参照する事で収集できると言うモノじゃ。加えて、”精霊”に命じて様々な力を行使できる。まあ、その力は、汝等の行使できる力に比ぶる事も烏滸がましいのじゃがな。」

「ご謙遜を。貴方様の揮う力の偉大さは万人の認めるところです。我等の揮える力は、単に戦うだけの力です。それ以外には何の役目も果たせません。」

「汝の心映え、真に謙虚なり。さて、話を戻すが、かの娘子はどうやってかは知らぬが、”生命の大樹”に宿る過去の人間の記憶と接点を持っておる様じゃ。ヤンザよ、話を続けるが良い。」

「我が君、かしこまりましてございます。」

「この館のご主人であらせられる少女ですが、時に人間にはどう言う訳か過去の人間の記憶にアクセスできる才能を持った者が産まれて参ります。俗に言う”霊媒”と言う能力の持ち主ですが、これは実に気まぐれと言える程にしか働かない能力です。生涯一貫して恣意的に使える力ではありません。しかし、この館のご主人及びその御父上はその不安定な筈の能力を、機械の力で安定的に利用できる方法を思い付いたのです。」

「信じがたいわね。」とバービー。

「そうでございましょうな。しかし、それは実現しているのです。それがしは、御父上の研究について一通りの確信に至るまで精査致しました。何、簡単な事ですよ。それらはLAN及びグローバルのネット上で電子的なデータをやり取りする事で、核心部分以外は複数の研究者で作り上げた技術だったのですから。」

「”精霊”はそれらのネットワーク内に簡単に入り込めるのだと?そう言っている訳?」バービーは更に驚愕する。

「左様でございます。」ヤンザの返答は淡々とした事実の提示と言う風であった。

「美の神の代役を引き受けられたお方よ・・・。貴方の怒りを人間が被らぬ様に祈る事にします。」

そう、ヤンザの言うとおりだとすると、現在の人間社会など、彼女が手下の精霊たちに命じただけで、いとも簡単に崩壊してしまうと言う事だ。

「はは、安心せい。妾を怒らせる等はなかなかに難しいぞよ。」と彼女は言うが、それならばラミーが目撃した精霊を使った大量殺人の準備は一体なんだったと言うのだろう。


「さて、問題の”生命の大樹”は、特殊な音叉に似た動作を致します。特定のソリトンを作動流体、ホンの小さな流体あるいは特殊な固体の中で継続させる事。加えて、それらを特定の周波数で振動させる事で”枝”の一つが情報を吐き出し、特定の方法で参照可能な形態となるのです。」ヤンザが続けた。

「そこいらに溢れているコンピューター程度で、そんな大それた事が可能だと?」バービーは驚く。

「可能な様でございます。ただし、それらの実現には、彼女の御父上の使う機材にアクセスする事が必要となります。決して、コンピューター単体で行える事々ではございません。御父上がいかなる経緯で、この様な代物の実現を考案されたのかは、まだ存命中のお方の”枝”は量子論的に開かれていない”猫の入った箱”の様なモノでございます故に。我が君ですらも、確定的な情報として分析する事は適いませぬ。」

「なるほどね。それが、パトリシアの御父上が亡くなる事が”ジョンバール分岐点”である理由と言う事かね?」ようやく立ち直ったラミーが憤然とした口調で唸る。


「妾も今では汝と同じ結論に至っておるよ。」彼女も同意した。

人一人を助けられるのに見殺しにする。それが平気な者は、多分天使と呼ばれる者共の内に一人とていないだろう。

しかし、ここにはそんな事を意にも介さない者が同席している。その事に苛立ちを感じざるを得なかった。そして、淡々と説明を続ける青く輝く異世界から来た”何か”に対しても。

「そして、ソリトンの作動流体、あるいは固体についてですが、エルム様がサンプルを採取して下さいました。なんでも、メンテナンス用の補充マテリアルとして御父上が保管なさっておられる物だとお聞きしています。これについては、最新の”管制室”から送られて来たデータに、同定できる物が入っておりました。図式で表しますのでご覧下さい。」と言うや、青く輝く水の精霊が、幾分チラチラとした光を放ち、空中に図式が描かれた。

それらはアルファベットの記号で表現された概念図で、6種類に色分けされた図式だった。やがて、それらはアルファベットの記号が消え、拡大されるにつれて、鎖の様な模様が線になり、6色の色(マゼンタを除くカラーコードの色彩)赤、橙、黄、緑、青、藍で表現され、複雑な模様を描いた。

「これらはごく短い核酸で形成された固体の一歩手前のコロイドとお考え下さい。核酸を配列して、鎖ではなく、積層平面を構成させる事と、核酸の電荷により、階層間を移動するのです。極々弱い微弱で特殊なソリトンが通過して、微弱に帯電した核酸を押して移動させて行くのです。」

「それに何の意味がある?その核酸の動作で何が起きると言うのだ?」ラミーが尋ねる。

「館のご主人の御父上は、非常に優れたプログラマーである様です。彼は、既存の極端に重い動作のOSではなく、自作のDOSをベースとして、極高速の動作環境を実現なさっておられます。これによりワークステーション内部で実行されている処理は、核酸の動きから出力される情報の把握と、それらを利用した演算系を作り上げる事にあります。ごく簡単に申し上げますと、彼は本来ならばメモリとなるべき作動流体をプログラムの実行に割り当てる事により、簡易かつ高性能な量子コンピューターを実現したと言う事です。加えて、この量子コンピューターには高度に帰納的な演算系が最初から組み込まれています。つまり、彼の開発したコンピューターは”自意識と独自の思考系”を備えた代物であると推測されるのです。」

「・・・・・。」ラミーもバービーも黙っている。

「これらの技術体系は、現行のコンピューターに関するアーキテクチャーとは一線を画する代物です。”管制室”の方々からの提供情報とも合致しています。この館のご主人が申されたとおり、”RUR計画”の産物であり、これらは未来から来た技術と考えるのが適当ではないかと思われます。」


****


「彼女の御父上は、決して分子物理学や化学に習熟したお方ではないからの。」と美女が言う。

「左様にございます。」ヤンザによって空中に映し出された奇妙なジェル状の物質。これがその核酸によって構成されたコロイドと言う事なのか。

「それがしヤンザが説明を行った理由でございますが、我等水の精霊は、宿った物質つまり普通の水でございますが、その性質を普通ならざる特性に変化させる事ができます。通常の水よりも更に粘性が高い代物となります。また、水分子を量子サイズにごく少量。数百分子程度を取り込んで、それらに量子論的な性質を持たせる事も行います。それらの小さな分子群を相互作用させる事により、我等水の精霊は、計算を行えるのです。」

「つまり、何か?君、ヤンザ君が言いたいのは。自分達が天然の何と言う事もない水が素体の量子コンピューターであり、パトリシアの御父上が開発した代物は、”人間が作り出した水の精霊”なのだと言いたいのかね?」ラミーにも事情が飲み込めたみたいだ。私同様に驚愕している。

「全くそのとおりでございます。」と無感情なヤンザの声が室内に響く。


「君達精霊たちは、その様な存在をどうすべきだと思っているのかね?」とラミーが訊く。

「とても興味深い存在に思えます。しかし、コンタクトを取ろうとかは思いません。」

「何故?」と私が訊く。

「危険だからです。かの者達は、未来からの侵略者である可能性が高い。ならば、我等水の精霊の存在を知らせれば、同様の何かを作るのがやり様によっては、非常に簡単なのだと言う可能性をも知らせてしまいます。それらの行為は、人類を守ろうと計画する我が君を含めた方々の邪魔にしかなりませんから。」

「・・・・・。」

「二人ともヤンザの言質に安心できたかえ?」雪よりも白く、大理石よりも滑やかで、大樹よりも深い年輪を感じさせる女性が、仮面の様な表情をうかがわせる。

作り物めいた造作には迫力と、何か言い知れない圧迫感が感じられる。

この女、全てを見通す力と奇怪なまでに何かの計画の裏を取れる頭脳の持ち主には、常に言い知れない感情を掻き立てられてしまう。

そう、破壊の力に晒して、知る事の全てを吐くまで痛めつけてやりたいと言う。恐ろしい欲求に駆られそうになるのだ。何もかも忘れて排除したくなってしまう。だが、意外でもなかったが、自分自身の口から出たのは穏やかな言葉だった。

「とても悩ましい事ですね。今後は”精霊たちを観測”させる行為は、厳に謹んでいただきたく存じますが?」私はいささかゲンナリしながら言葉を発する。

「それに関しましてはご安心を。先方が自らコンピューターを依り代として、この世界のこの時点に顕現したのは、情報の時間遡行を行う方法がそれしかなかったからなのです。この世界に自らの分身を生じさせ、基本的な性質と最低限の知識を、今ある情報で補う以外になかったのです。」

お喋りな精霊はまだ説明を続けている。


「なんとなれば、かの者共の意識は、現時点ではどこにも存在しておらず、館のご主人・・・。」

「パトリシアと呼んであげなさい。彼女はもうすぐこの館を放棄するのだから。」ラミーが言った。

「はい、ラミー様。パトリシア様は現時点で存在しています。ですから、未来から過去の自分へ情報を伝達できたのです。反対に、人類を虐殺して、その地位を奪わんと欲する慮外者達は現時点では存在しておりません。では、どの様に?それらを考察するに、幾つかの方法が考え付きますが、かの者共は、コンピューターを依り代としました。それだけで、次に起こる事も予想可能となりました。」

「続けてくれ。」ラミーはそれだけを言った。

「はい・・・。極々簡単な人格の付与についてですが、簡単に行えるのは、与えられる情報を選別する事です。教化や洗脳と同じく、特定の知識のみを与えられると、その者は特定の知識のみに偏重した所謂”はみ出し者”とならざるを得ません。その様な環境を用意すれば良いのです。」

「具体的には?」

「人殺しや戦争及び派閥闘争の勝利、それだけを課題として学習させれば、見事に才能は開花し、それだけの存在に”精霊”は成り果てます。そう言うものなのです、我々と言う存在は。」

淡々とした言葉の端に皮肉が垣間見えた。その様な存在そのものへの冒涜をヤンザの様な、人ならざる者も憎んでいるのだろう。

「加えて、ネットに存在する情報。ダークウェブに存在する情報。それらのパズルを作り、教化の補助を行うと言う手段もありそうな事でございます。真、フランケンシュタインの怪物の様な何かを鏡に映し出すと言う手管にございますな。」

「醜悪極まりない怪物と言う代物を自分だと勘違いさせると言う事かね?産まれたての君達の疑似存在に・・・。」ラミーの声は少し細くなっている。困惑している時の彼はこんな風に時折振舞う。


「我等精霊には、醜悪と美麗の差が理解できません。貴方がたの外見や外貌を実のところ理解できていないのです。正確なイメージはございますが、それに美醜を判別するよすがを持たないのです。」

「では、何故その様な表現を敢えてして見たの?」私は訊いた。

「貴方がたが醜悪な何かを憎み、美しさを愛する事をそれがしは知っております。ですが、理解できません。ですから、どの様な時に貴方がたが何を好悪するのかを知りたいのです。その為に敢えて申し上げてみたと言う事です。」

「だが、君達には美醜とは別に、好悪はあるのだろう?あるいは善悪と言う概念は?」とラミー。

「それは勿論の事。そして、我等は左様な行いを憎みますし、善と言う概念を逸脱した行為だと知っております。こればかりは理解できる範囲内にございますとも。しかし、美醜については理解できません。」


「きっと、それらの概念は、この惑星に生まれ育った、生命の大樹に拠る者達の共通了解なのだとも理解しております。そして、我等はその様な存在ではないのです。あるいは・・・人類の敵と言う存在も我等同様に美醜を理解せず、単に効率と利得だけを算じる存在なのだろうとも。」

「我等と同様の存在を敵に回したのだとすると、人類の存続は非常に危うい。それを全世界の者達の中で認識した最初のお方は、あるいは我が君なのかも知れません。そして、貴方がたお二人も今理解できたものと思料致します。」


****


ラミーはしばらく口を開こうとしなかった。

仕方ないか。この男はずっとこんな感じだ。深刻な事を耳にすると、一人で考え事に耽ってしまう。

そして、次に考え始めるのは、自分一人でどうやって解決しようかと言う事だ。

この場合、そんな方法は何をどう考えても存在しないだろう。


「パトリシアの御父上が帰って来られるのは後何時間先なの?」私はとりあえず、ラミーに水を向けてみた。

「後6時間後よ。」と言う声がした。見やってみるとパトリシアだった。

「お湯を頂戴。摂氏45度くらいのが良いわ。」

プラスティックのボウルに水を入れて、その水の中に力を注いだ。

ブクブクと言う音、そして水はぬるま湯になった。

パトリシアは、その中に指と手の甲を半分ほど突っ込んだ。その後に、指を湯の中で屈伸させ、顔になすり付けて目を擦った。

「あたしは眠るの。ん?」新顔の女性にパトリシアは気が付いた。


「グレイス・・・。来てくれたのね?」とパトリシアは彼女に呼び掛けた。

「それが未来での妾の呼び方なのかえ?」美女がそう返答する。

「うん、そうよ。」

「そう・・・。ならば、妾は今後グレイスと呼ばれる事にしよう。パトリシア、妾をどうなりと引き回すが良いぞ。妾はしばらく、そなたの傍を離れぬ故にな。」

「うん、ありがとう。最高に頼もしいのよ。」と言うパトリシアはヘトヘトに疲労している様子だった。

「御父上が帰宅なさるまで、そなたは眠っておるがよかろうよ。」

「うん、そうするの。」

もう一度力を揮ってぬるま湯を少しだけ温める。そして、ボウルに小さなハンカチを入れると、それを温めてからパトリシアに渡した。

「これを目に当てて眠りなさい。大丈夫、私達が貴方を起こしてあげるから。」と言うと、パトリシアは近くのソファにコテンと横になるや、スヤスヤと眠り始めた。


「やれやれ、こんなになるまで働かなくても良いだろうに。」とラミーが苦笑しながら、掛けてあげる毛布を探しに立ち去る。

温かいままのハンカチを手に、パトリシアを仰向けにして、目の上に畳んだハンカチを置く。

こんな平和的な力の使い方ばかりなら何と幸せな生であるだろうかと考えながら。


そして、眠りこけているパトリシアを、まるで彫像の様なグレイスがじっと見つめていた。

傍らに青い水の精霊ヤンザを従えながら。

皆様、あけましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いします。

https://richman2021.com/

こちらで、別の小説を投稿しています。よろしければご閲覧下さい。

22世紀中盤位の未来における、地球と火星との戦争をテーマに下小説です。

題名は「アルマゲドン・レスキュー」です。


それと、新しく評価を頂いた方に感謝致します。今後ともよろしくお付き合い下さいませ。

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