第百四十六話 去り行く者への問い掛け
貨物区は生臭い臭いが立ち込めています。
客室区はシュネッサさんとアローラちゃんが長椅子をベッドの代わりにしてますから、男は現在立ち入り禁止です。
でもって、マキアスさんと暗殺者さん、俺とオルミックさんがほとんど折り重なる様にして横になってますね。
これで猪肉や雉が置いてあったら目も当てられない惨状なんでしょうけど、この世界の女性陣は俺達の元の世界よりは権利を主張しない人達が揃ってますから。
とにかく、籐の籠に入れられた猪のローストと、中抜きされて羽根をむしられた雉は臭い消しのハーブを貼り込まれて女性陣の脚元の床に置かれてるんです。
ただ、鉄の串やら、グリル用の足場その他が固定を外れた際には、鎖帷子を着てて良かったと思える様な事態に陥ります。
揺れる馬車の床で壺に頭を打ち付けるなんて、文明社会の生活では味わえない様な体験でっす・・・。
兄貴、本当に適応力に溢れてますね。
俺、そもそもこの世界のトイレに未だに慣れてないですし。シーナさんもマキアスさんも凄いです。
現実の世界よりも一つだけ、このゲーム世界が優れているなと思うのは、シーナさんの計らいで着ている鎖帷子、神器って言うんですね。これが凄く優れていると思います。
何しろ、着たら脱ぐの忘れる位に着心地が良いんです。Tシャツ感覚とでも言うんすか?おかげで、打ち身が随分減っています。ただし、ヘルメットだけは普通の鎧と同じ品質なので、寝る時だけじゃなくて、普通の時にも脱いでます。あれを着けて寝たら、確実に首を痛めますね。
そんな事を考えながら、枕の代わりのずだ袋を頭の下に入れて、もう一度寝ようと無駄な努力をしてる訳なんす。
俺と同じく神器の鎖帷子を着ているマキアスさんは鎧姿で、オルミックさんと暗殺者さんは服の上に野営用のマントを巻き付けて寝てますね。
シュネッサさんと、シーナさんの仕事がキッチリしてるおかげで、馬車の中のほとんどの備品は大暴れする事もなく済んでますが、例えば俺や兄貴が固定してたとしたら、随分アブナイ事になってたんじゃないかと。
俺達が普段から組んでた作業用の足場なんかでも、言ってみれば文明の賜物としか言えない代物で、あれを番線(軟鉄の針金の事)で結わえて固定して、ロープを掛ける程度の事しかした事なかったすから。
俺達のやってた建設現場の作業とか、今にして思えばサルでもできる程度の仕事だったと理解できました。本当に有能な人達に恵まれてます。二人とも料理の腕も確かですし。
そんな事を考えてると、隣のオルミックさんと目が合いました。周囲が寝てるんですから、彼も黙ってもう一度目を閉じてしまいましたが。
こんな風に雑魚寝する機会それ自体も、文明社会ではなかなかありません。学生時代とかならこう言う機会もあるんでしょうか?
でも、俺も兄貴も、学生生活を中途でやめざるを得なかったんですから、青春ってとのは無縁でしたね。
兄貴は大阪の港で日雇い労働者になり、俺は横須賀でバイトやりながら暮らしてたんすけど。
ああ、あの横須賀のバーにも何年も顔出してないっすね。
下らない事で半グレに殺され掛けて、それを助けて貰って。
見知らぬ人、通り掛かりの誰かにあんなに親切にして貰ったのは、もしかしたら生まれて初めてだったかも?
”アーサーさん、今どうしてるんすかね?あの綺麗な女の人達も・・・。”
さらに馬車は揺れて・・・。
***
「俺達は眠る。後は頼んだ。」レンジョウとシーナが客室区に入って行く。
”まあ、あの椅子の作りじゃあね。中でイチャ着くとか無理よね。”とだけ思う。
シーナは指輪の力を普段から使い、座席の上でもフワリと浮き上がっている。
彼女の今やトンデモなく重くなってしまった身体は例え重輓馬であっても困る位になっている。
それを軽減するために、レンジョウもボタンを外したマントを普段から着用している。
それもこれも、全部が馬車の速度を落とさないため、馬を走らせ過ぎて殺してしまわないためと言う事なのだ。
きっと客室区の中で、二人は眠りながら浮き上がって過ごすのだろう。
”空中でぶつかっても、二人とも神器の鎖帷子を纏っているから怪我はしないよね。”
あたし自身も、少しでも重量軽減するため、新しく開眼した狩りの方法を試す為に、マントを着けて空を飛んでいる場合が多い。
”いずれゆっくりとレンジョウの傍で従軍する事もできる筈だから・・・。”
とは思うが、今のこのワンサカと男どもが、女はシュネッサは別として、あのシーナが居るのだ。
”最初にノースポートの塔で遭った時には好印象だったのに、今や憎たらしい女の筆頭よね。”
でも、何でだろう?あたしは決してシーナに死んで欲しいとかは思っていないのだ。
レンジョウのお気に入りの戦友だと言うのもあたしとの共通点だ。この点でもライバルなのだ。
共通点と言えば、あたしもシーナも揃って背が低いって事も同じだろうか。フレイア様も背が低い。
”あたしの場合は、フレイア様のおかげでレンジョウと恋人になれたのよね。”
そう考えてみると、あたし自身はレンジョウと普通なら結ばれる事は決して無かったと思うのよ。
まあ、外見は子供だし、胸に至っては・・・。
けど、戦友としてなら認められただろうし、妹か娘としてなら愛して貰えたと思う。
”そんな事を考えても仕方ないの。あたしは今ある姿形で勝負するの。それにしても・・・。”
シーナよね。何でだろう?あたしはシーナの身を案じている。ある意味レンジョウ以上に気に掛かる。
「なんでだろうね?」と口に出して一人ごちるが、何故かはやはりわからない。
あれこれ判らない事を考えても仕方ない。シュネッサはまだ馬車の中から出て来ないが、ボタンを合わせて空に飛び上がろうとした、その時に。
「アローラちゃん、ちょっとお話良いですかね?」と言う声が聞こえた。
振り向くとカナコギだった。
***
「ども、アローラちゃん。」何気に、俺も緊張しちゃいます。
「ん、カナコギ。あたしに何の用?」本当に驚いた様なお顔と声です。
「俺が話し掛けたのが意外でしたか?」
「ん~。あたしに取っては、あんたはレンジョウの舎弟って言うか。単なる付属物的な印象だから。あんたがあたしに正面切って話し掛けて来るって言う、それ自体が意外よね。」いやいや・・・毒舌洋ロリータって、誰得なんでしょうか?今なら矢も無いみたいだから、顔を思い切りひねってやりたい気がしますが、あの”破壊の雷”とか言うのを食らったら、キメラでも頭吹き飛ばされてましたから、真剣命にかかわりますね。
「そうなんですかね。でも、俺は兄貴の付属物じゃありませんし。どっちかと言うと、兄貴の不純物でしょうか?」俺がそう言って、ニヤリと爽やかに笑うと・・・アローラちゃん引きました。
ドン引きって感じっす。俺、チョットっすけど傷付きました・・・。
「でさ、あたしに何の用なの?」初めて見る様な眉根を寄せた顔をしてます。警戒がわかりやすく見えます。
「アローラちゃんに聞きたい事があるんすよ。」俺はそう言いました。
「あたしに?聞きたい?何をさ?」頭の周囲に?マークがポコポコ浮かんでいるのが見える様です。
「ああ。実はですね。俺達の世界での遊びで一般的な行動なんですが、いろんな通行人や登場人物に情報提供を求めるってムーブがあるんすよね。これ、絶対の基本な訳ですが。」
「それであたしとお話したいになる訳?」
「そうっすね。なにしろ・・・。兄貴が元の世界に戻らないと、世界が破滅するとか言うのを知ってたのはアローラちゃんだった訳っすから。」
「そんな事言っても、あたし自身が知ってる訳じゃないのよ。あんた達の元の世界のあたしが知ってるの。」
「ふむ。同じに思えても、頑として違うんでしょうかね。良くわかりませんが。」
「で、レンジョウの付属品だか、不純物だかわからない。そんなあんたが何をレンジョウに黙って、コソコソと情報収集してる訳?」お!洋ロリからの激烈ツン頂きました!
「不明と言うか、釈然としない事が多杉なんすよ。これじゃあ、ゲームのクリアまで先が遠過ぎるんす。」俺、他人から見たら、凄く興味なさそうな顔に見えるんだろうなって。そんな顔でアローラちゃんを眺めてしまいました。
「だからと言って、あたしに何か聞いても、それ程の情報は出て来ないと思うよ?」そう言いながら顎に手を当てて首を捻ってます。仕草カワ!
ヤバい・・・何か俺まで兄貴と同じ世界に目覚めてしまいそうっす。(後でそのとおりを口にした時には、俺マジで殺されるかと思いましたが・・・。)
「それは無いと思いますね。何にせよ、俺やマキアスさんって言うパンピーが、今後この世界で生き延びる為には、アローラちゃんやシーナさん。多分だけど、アリエルさんの助けも必要なんだとね。俺はそう思うんですよ。」
「何故?あたしからも聞きたいわ。あんたは何故そんな風に思うの?」アローラちゃんが胡散臭そうに、それでいて真面目な顔で問い掛けて来ます。
「いやね。アローラちゃんは、切れ者揃いの運営の方々の思惑の外の人なんでしょう?俺はヒネクレ者なんで、誰かの思う様に踊るのが好みじゃない。それがメインで、サブは兄貴が元の世界に戻った時の事を考えないといけないもので。」
「レンジョウが元の世界に戻った時の事?なにそれ?」
「俺、この世界に本当に感動してるんですよ。元の世界の兄貴はね、段々枯れて行くだけの大木みたいな人でした。誰よりも優れた力を持っているのに、それを使う事もできずに朽ち果てるまで黙々と人に使われて働き、年老いるのを待っている。けども、まだまだ若くて自暴自棄に近い行動にも走る。気の毒な人だったんです。」
「・・・。」
「あのですね。俺は人間に産まれて良かったと思ってるんすよ。」
「それ、どう言う意味なのさ?」アローラちゃん、話題が急に飛んだんで、ちょっと困ってますね。俺のペースっす。
「俺、思うんすよ。俺は兄貴と一緒に生きて行く。兄貴の為にその為に産まれて来たんだと思ってます。だから、アローラちゃんとは協力しあえると思うんすよ。」
「・・・。で、何を協力しあうのさ?」うーん、凄い眼力と言うか・・・。あれが兄貴の言ってた”殺し屋モード”なんすかね。背中にオーラ・イフェクトが見えそうな感じっす。
「そんなに凄まないで下さい。ホント、そう言うとこが兄貴とお似合いっすよ、アローラちゃん。」
「あたしに何をしろと言うの?」この顔と雰囲気を彼女の親が見たら、多分だけど驚くの通り越して悲しみや恐怖を抱くでしょうね。
「教えて欲しいんす。アローラちゃんが当たり前だと思っている事をいろいろとね。まず、現実世界に居るアローラちゃんの本体、パトリシアちゃんですか?その人の知ってる事を教えて欲しいんです。」
警戒心満面のアローラちゃんは、それでも頷いてくれました。ホント、この小娘が実は凄く頭が良いって事は片時も忘れちゃいけませんね。
それだけじゃなかったですね。この娘、姿勢が驚く程美しいんです。後、手足の動かし方、様々な動作の一つ一つが時々感動してしまう位に美しい。口に出したら危険だとはわかってますが、それでも惚れ惚れとしてしまう自分がいます。
俺、この世界でいろんな美人に逢いました。
シーナさんなんかは、いかにも兄貴好みの美人です。兄貴って、本来的に面倒臭い手強い女が好きなんだと思えるんですが、実際は色っぽい女よりも、プロフェッショナルな女が実は好みなんだろうなって俺は思ってます。
その点、プロフェッショナルでありながら、マキアスさんをいじり倒すドSと、しおらしく涙する弱い女が程よく混じったシーナさんは、兄貴の嗜好にドストライクって感じに思えます。
そして、シュネッサさんなんかはにじみ出る様な気品と優しさの佳い女っすね。とにかく美人っす!飯最高っす!あの薄い藤色の瞳には感動しちゃいます!いろいろと訳アリみたいですが、俺ならそんなの気にしません。ただ、彼女の望みを俺がチャンと汲めるかどうかはわかんないですね。俺、そう言う意味では壊れてる感じなんで。
この人に兄貴が食指を動かさない理由は、単にアローラちゃんとバッティングするからでは無いかとも思いますが、兄貴は無様にあれこれ女に手出しする小僧とは一線画してますからね。
最後にアリエルさん、清楚清純な聖女様。あんな女と暮らしてみたいっす!でも、俺なら彼女を空っぽにしてしまいそうですね。俺は彼女からの期待に沿えない感じがします。彼女が多く願うからではなくて、俺には彼女に兄貴みたいに真っ向から、全力で、ある意味襲い掛かる様な気合と共に”好きだ!”と誰に対しても言えない気がします。彼女は本物の愛で満たされないと、遂には大事な何かが枯れてしまいそう。そんな感じの女性です。
で、アローラちゃんですね。顔はそこそこかな?痩せすぎだけど、顔だちは悪くないと言うか、将来は結構な美人になりそうな予感もありますね。
タイプとしては猫みたいな犬みたいな。しかも愛玩動物ではありえない、野生の動物でもない。言ってみれば、人間を本気で家族と思ってる獣みたいな感じです。眼が凄く印象的っすね。
兄貴が戦友として満点と褒める理由は理解できます。彼女もプロフェッショナルなんすよね。
責任感も強く、弓の腕は最高、頭も良くて、性格も悪くは無いでしょう。
しかも、この娘の仕草の可愛らしさと来たら・・・。ロリコンとは程遠い兄貴が夢中になってる理由も理解できますが、これに手を出したと言う時点で俺は兄貴の新境地も知ってしまった感じがします。
何にせよ、俺は女に対する認識がいろいろと変わってしまいそうです。
女って、本当はこんなに美しいものだったんだなって。この世界の人達を見て思ってしまいます。
この世界の女達がゲーム内限定の妄想による虹女ではなく、元の世界には本物の彼女達が居ると言うんだから驚きです。
”この世界の女の涙は美しい”、そうも兄貴は言ってましたね。俺はその実例をすぐに見る事になります。
「まず聞きたいのは、アローラちゃんの本体の人が居た世界の事なんです。その世界に俺やマキアスさん、その他の人達は居たんでしょうか?」
「それには答えられるよ。二人とも居なかった。あんたの知っている人の中では、レンジョウとシーナ、そしてあたしね。他は知らないもの。」
「シュネッサさんは?」アローラちゃん、俺を睨んでます。居なかったんでしょうね。
「あたしには未来の事はわからない。パトリシアにも朧気にしかわかってないみたい。けど、シーナの知っている未来ではあたしは居なかったらしいし、あんたも居なかったし、マキアスは勇敢に戦って死んだそうね。」アローラちゃんはこっちに横顔を見せています。
何て言うかね、この娘は姿勢が美しいんですよ。こんなに細くて肉が薄そうで、見るからに敏捷そうですがそれだけじゃない。しっかりした立ち方と激カワな仕草のせいで、時々目を奪われそうになります。俺もヤバい大人の仲間入りしちゃうんでしょうかね?まあ、それはそうとしてです。
「続けて欲しいっす。」そう言いました。
「あたしはこの世界のエルフとして産まれた。いえ、召喚されたのよね。あたしは役目として森を飛び回って、軍隊を指揮して、戦って。レンジョウがやって来るまでの125年をずっとそうして暮らして来た。だから、十年程前にシュネッサがヴァネスティにやって来た時もあたしは冷淡だった。卑しく邪悪なダークエルフがフレイア様の聖なる森に入ろうとした事に腹を立てたわ。」
「だからね、シュネッサとの出会いも酷いものだったわ。彼女と、ダークエルフの故郷から亡命して来た夜行戦士団をあたしは独断で始末しようとしたの。今となっては恐ろしい限りだわ。あたしはシュネッサを殺そうとしたのよ。」俺、黙るしかないと思いました。
「あたしはね。あんた達、レンジョウ以外の全員とどう接して良いのかわからないの。アリエル姫は出会った瞬間にこの人は絶対の味方だって理解できた。シーナも出会った時は大好きになったよ。でも、その後にレンジョウを挟んで揉めちゃったけどね・・・。」
「シュネッサさんは、アローラちゃんをどう宥めたんですか?」俺、気になる事だったので聞いてみました。
「シュネッサは今も昔も変わらないわよ。穏やかに自分達に帰る場所がない事を、自分達を殺しに来たあたしに説明して、穏やかに諭してね。彼女はあたしの接近をどうやってか察していた。気が付かない間に全員殺してしまうつもりだったんだけど、それであたしの目論見は終わってしまったのよね。」
「シュネッサと彼女の仲間は姿を現して、剣帯ごと武器を捨てたわ。反撃できない訳じゃない。けど、反撃はしない。エルフの森に自分達を受け入れて欲しいとね。立派な態度だった。それからは、あたしとシュネッサは仲良くなった。夜行戦士団もフレイア様の直属部隊として動く事になった。ダークエルフの国にも滅多にいない貴重な精鋭の隠密達をエルフは手に入れたのよ。」
「アローラちゃん、貴女はパトリシアと言う本物の自分と繋がっている訳ですけどね。自分は造り物ので、誰かの仕組んだとおりに動いている。そんな事を疑った事は無いんですか?」
アローラちゃんは口元を歪めて、歯を食いしばっていますね。
「つまり、あたしは操られて動く人形だって言いたいの?」また睨まれました。
「それじゃダメなんすかね?」と言う俺の言葉にアローラちゃんは反応しました。
「ダメに決まってるでしょ?あたしが自分で考える事をしない人形だったら、あたしの気持ちって何なのよ?これはあたしの気持ちなの、あたしの心なの!」ムキになってますね。
「お人形じゃダメなんすか?誰かの願いのままに動くのは嫌いですか?」
「嫌よ。あたしはあたしなの。フレイア様への忠誠を貫く慎ましい森の守護者が誰かの操るままの人形だなんてありえないわよ!」怒ってます。
「ん~。例えばですが、アローラちゃんを操っている人が居たとして、その人はアローラちゃんがシュネッサさんを殺そうとする事を失敗する様に仕向けたんじゃないっすかね?」
「どう言う意味?あんた何を言ってるの?」怪訝な声ですね。
「俺も兄貴も、このゲーム世界は、俺達に何かを伝える為に造られたって思ってるんすよ。兄貴、俺、シーナさん、マキアスさん。シュネッサさんも、どうやら本体は俺達の世界に居るみたいですし。アローラちゃんの場合は、本体の人は別なんすよね?なら、この世界の創造者が伝えようとしているメッセージを受け取る役目はアローラちゃんと言う事になるんです。責任重大ですよ?」とニッコリ笑ったら、何か強烈に胡散臭い者を見る目で睨まれました。
「あたしね、あんた嫌い。シーナでもレンジョウが間に入らなかったら嫌いじゃなかったけど、あんたは嫌い。でも、あんたの言う事にも一理あるわ。」この子、いちいち目が怖いんですよね。
「それは良かったです。つまりね、この世界の運営者はどうかとして、作者さんはアローラちゃんに間違った人殺しはしないで欲しいんでしょう。俺にはそう思えますよ。」
「間違った人殺し?」眉根がちょっと寄りました。
「そうっす!アローラちゃんがシュネッサさんを殺したりとかね。この世界の作者さんは、そんな事はして欲しくなかったんでしょう。アローラちゃんは、この世界の作者さんから凄く気に入られてるんですよ。だから・・・兄貴とも遂に会えた訳でしょう?」と俺が言うと、可愛い事に顔から耳から瞬時に真っ赤になりました。モジモジする仕草も、本当に可愛いっすね。
「あ、あんたさ。さっきから次々と訳わかんない事を並べ立てて。一体何のつもり?」ちょっと怯えが感じられます。もう少し・・・。
「だから、聞きたい事があるんすよ。シーナさんが言ってたんすよ。アリエル姫はあの姿、あの名前のとおりの人なら何も知らない訳がないってね。じゃあ・・・アローラちゃんはどうなんですか?」
「あたしが?あたしが何を知ってるって言うの?」怖れを含んだ言葉。思わず、俺も笑ってしまいました。いや、嗤ったのかな。どっちでも良いか。
「鍵は兄貴っすよね。間違いなく。兄貴とアリエル姫。それがこの世界の中核なんでしょう。ほら、兄貴は何かを知る側で、アリエル姫は教える側なんでしょうね。俺ですらも、いい加減わかって来てます。それでですが、俺はアローラちゃんも同じ様に何かを知っていると思うんですよ。」
「あたしが?何かを知っている?造られた者なのに?」
「アリエル姫も造り物だそうですよ。でも、何かを知っているんだそうです。何を知っているのかはわからないんです。でも、それが知りたくない事だったらヤですね。」
「・・・。」
「でも、俺わかるんですよ・・・。アローラちゃんからは何も危険な雰囲気は感じないっす。むしろね・・・。」
「むしろ何さ?」
「赤い蛇の人は言ってたでしょ?人は転生するものだと。それが当たり前だと。俺って前世じゃアローラちゃんの敵だったかも知れない。そして、兄貴はアローラちゃんの大切な人だったのかもね。」
「それだと、あんたはレンジョウの敵だったって事じゃないの?」本気で不思議そうな顔付です。
「何言ってんですか?俺と兄貴の馴れ初めを聞いたでしょう?俺、兄貴にナイフで斬り掛かったんすよ?俺と兄貴は今世でも敵同士でしたよ。でも、俺は兄貴を認めたし、兄貴は俺を赦してくれた。だから、俺は兄貴を信じて今に至ってます。」
「あんた?」
「思い出して貰えませんか?アローラちゃんがこの世の中で一番大好きな人の事を。アローラちゃんも俺も・・・きっと兄貴の為に産まれて来たんすよ。俺、そう信じていまっす。」
「あんたもあたしも?レンジョウのために?」驚いた様な顔ですね。ちょっと混乱してますね。ふふ・・。
「そうっす。俺は兄貴の為なら何でもします。」そう、何でもね。
「だから思い出して下さい。貴女は兄貴の何なんですか?きっと、貴女が知らなくてもね。」
「教えてくれる人が居るんですよ。ね?だから思い出して下さい。」俺は確信たっぷりでした。
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何だろう?海面の下から水上を見上げている様な光景が広がっている。
眩い空から降り注ぐ陽光が、キラキラと輝く海面に照り返しているのが見える。
いや・・・違う、あれは・・・青く輝く星の光なのだ。
それは、なんと眩しい星の光なのか・・・。
誰かが呼んでいる声が聞こえる。懐かしく、自分を過去に愛して、援けてくれた人の声だ。
懐かしい、慕わしい、あの声は美しくて・・・。涙が出て来た。
その涙は、海の中に溶けて消えて行く。
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「あたしは産まれて来た。あの人を追って生まれ変わった。今度の生でも変わらずあの人と愛し合うために。ペネロペの様にならない様に。ずっと年下に生まれて、あの人に甘えられる様に・・・。」
と言葉を発した途端に、アローラちゃんが!
「やり過ぎましたか・・・。」膝を突いて、地面に顔をぶつける寸前に何とか間に合ってキャッチできました!冷たい汗をかいてしまいましたが。
気を失ってしまったアローラちゃんを、何とか馬車の方に担いで行きますが・・・。
そこにはシュネッサさんと赤い人がいました。
赤い蛇の人は、シュネッサさんを手で制すると一言だけ言いました。
「君は前世からやり過ぎる男だったが、今世でも同じだね。」そう言うと、木陰にアローラちゃんを横たえて寝かし付けました。
「すみません。」と俺が言うと、無言で頷いていました。
「人は転生するものなんすね。俺も兄貴もアローラちゃんも。」
「シュネッサ君もそうだが・・・。今世での君達の出会いはこれからなんだ。お互いに人となりを知り合っておくのは良い事だよ。」そう言いました。
「つまり、俺達が元の世界で出会うのは既定の路線で、出会ってすれ違わない様に。出会う前に準備する為の舞台がこの世界と言う事なんでしょう。俺はそう言う事なんだと理解しました。」
蛇さんは、やはり黙って頷いて、それから三人でアローラちゃんが目を覚ますのをじっと待っていました。