表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
146/166

第百四十五話 それぞれの別れ。時々オーバーキル気配

ブックマークして下さっている方々にお願いします。


評価をお願いしたいのです。


それがあるのとないのとでは、やる気に天と地の差が生じますので。

アローラとシュネッサ。そして、彼女達の荷物運びを買って出たオルミックが帰って来た。

「今回はちゃんと形があるのよ!」とアローラは大喜びで手に持った大きな鳥をレンジョウに見せている。

「雉か。これはどうやって仕留めたんだ?」レンジョウが褒める。

「簡単なのよ。透明になって姿を消して、その後にシュネッサから借りた剣で一突きにしたの。」

二羽の哀れな雉はこうして手に入ったらしい。まだまだ残っている猪の肉の残りも片付けないといけないが。

しかし、今の私の身体から湧き出す無限に近い食欲は、雉の味を思い浮かべるだけで沸々と体内に充満して来るのだ。(情けない事に・・・)

全く、こんな身体にしてくれた部長には、元の世界で絶対に報復を加えずにはおけないと、暗い決意を新たにしたものだ。

「ほら、山椒みたいな香りの実を見付けました。乾燥させるのは無理ですが、これを使えば鶏肉に合う味を加える事ができるでしょう。」

ラベンダー色のアメジストみたいな縦長の瞳を備えたお淑やかなダークエルフが新たな味覚を提案して来た。

そして、その瞳と対照的なのが幼いハイエルフの娘の瞳だ。

”夜行性の獣みたいな縦長の瞳のダークエルフ、昼行性の獣みたいな丸い瞳のハイエルフ。そうなんだ、あの娘の双眸は狼を想像させる。人懐っこい可愛い狼だ。”

何となく、この娘が恋敵なのだと言う事を忘れてしまう時がある。

大体が戦いに没頭している時。そして、この娘が楽しそうにしている時。

”うーん・・・。私って、こんなに博愛の精神を備えた女だったっけ?”

そう思うが、アローラがご機嫌な理由の多くはレンジョウの存在そのものなのだ。

レンジョウがアローラの行動や考えを喜ぶ時、アローラも喜ぶ。つまり私は、レンジョウが喜んでいると言う事だけでこの狼の双眸のエルフを許してしまえるのだろう。

”これはマズいわね。永遠にこのままじゃ主導権を取れない。”とも思う。

主導権を取る。つまりは、レンジョウを独占すると言う事を考えてみて・・・。

”いや、それは適わなかった。それこそ、自分が元居た世界を考えても、レンジョウとの間にはあの女が居た。多分、あの女は・・・。”


「シーナさん?」考え事に没頭していると目の前にシュネッサが居た。”ドキン!”と大きな音を発して心臓が跳ねた。

「何、シュネッサ?」と聞き返すと、シュネッサは首を傾げながら「シーナさんは旅の前よりも更に痩せておられます。多分、消費カロリーが常人の何倍かになっておられるのでしょう。だから、一度に沢山食されるよりも、多数回に分けて食事をなされた方がよろしいかと思ったのですが。」

どうやら、私はシュネッサの話を完全に耳から筒抜けさせてしまっていたのだろう。赤面の至りだ。

「忠告ありがとう。試してみるわ。」誰よりも自分の為に。

それにしても、そんな有様だと、日がな一日物を食べ続けるフォアグラ用の鶏と同じになってしまいそうだ。

「シーナが木こりになったら、森一つ分の大木でも一日で切れそうだけど。そうすると山小屋三つ分に満杯の食糧が必要になりそうね。」と言う声が・・・こいつ、可愛いなんて二度と思わないぞ。

「お前の身体の救済策が必要になりそうだな。」レンジョウもそう言うが、雰囲気が真剣なだけに、なまじっかな茶化しよりも余程心的なダメージが大きい。

「一番簡単な解決策があるよ。」とアローラが極平板な声で言ってのけた。

「え?解決策があるの?」かなり間抜けな声で私は訊き返した。

「うん、エルフのご馳走だよ。あれなら栄養補給に最適だし、お腹もパンパンにはならないからね。」

「あ・・・。」これは感謝すべき事なのだろうか?うん、間違いなく感謝すべきだろう。


非常食として持って来ていたご馳走は後十個程残っていた。けれど、今はまだ猪の肉が残っており、雉も捌いてない。そして、雉はなかなかに長持ちする食材なのだ。

「ね、あたしに掛かれば、シーナの問題もあっと言う間に解決なのよ♪」と勝ち誇るアローラを見るに付け、やはりどこか底意地の悪いところがあるエルフに対して、私の複雑な気持ちは抑えきれないものがあるのだ。

「後は体温だな。こればかりはどうにもならないか?」レンジョウが呟く。

「エルフのご馳走も無限にある訳でもないし。やはり一時しのぎなのかも知れないね。」とアローラが他人事みたいに言う。やはりコイツは可愛くない・・・。

「それにこのゲーム世界限定の救済方法だしね。」と私は続ける。こればかりは嫌味ではなく本心だ。

「難しいな。」とレンジョウ。さて・・・部長、あんたの頭蓋骨は何でできているんだろうね?


****


「救済方法ってないんですか?」サエが周囲の者達に訊く。

「お淑やかに振舞い、なるべく動かないのが一番最初で、次に糖蜜とかで栄養補給を欠かさない。ガムシロップなんかが彼女に取っての最高のカロリー源と言う事になるかもね。」オペの一人が言う。

「胸やけしそうな食生活だな。俺には耐えられない。」ヴァスが呟く。

「私も砂糖バッカリとかは無理。味付けならともかく、主食が砂糖や糖蜜とかは考えられないわね。」サエが首を小さく振った。

「元来から豊満なタイプじゃなかったけど、彼女の頬のあたりを見てると不安になるわね。」

「資料を見ても、未来では専用の超高カロリー食を摂取して、水冷のスーツで冷却していたとあるし。救済方法は無いと言う事なのかな?これは彼女に限った事でも無かった訳だが。」とヴァスが続ける。

「サー・フォルクスは誰の入れ知恵でこんな事をしたんだろう?」と言う問いを皆に投げたが、それには誰も答えなかった。

「今の所、彼女の本体とアバターは時間の同期がズレているんだよ。アバターの方が、本体よりも時間経過が長いんだ。本体の方は目覚めたら、特殊部隊用の糖蜜に漬けたレーションを普通の食事の添え物にするとかで補えると思うがね。」とオペが答える。

「しかし、現実に戻った時点で、彼女にあれ程の能力が必要なのかな?」とヴァス。

「ホント、わからないね。」


****


「これが修正案の全てと言う事か。」サー・フォルクスは溜息を発する。

周囲には誰も居ないため、独り言を呟いているのだ。

付表の類と添付書類にも目を通したが、かなり深刻な事が書かれている。

”これだけの装備を、予算内で右から左へとは絶対にならない。これをどう解決すべきなのかだ。”

人類に比べて、その異能と身体能力を考え合わせると戦力的に比較すべきもない天使や悪魔達が、何故あれ程に”未来”で敵対勢力に梃子摺ったのか。あるいは多くの天使や悪魔達がいとも簡単に無力化されるに至ったのか全て納得できた。

最終的に強化外骨格などと言う”我々らしくない”装備を纏うに至った経過についての理解をも得たのだ。

「現状のまま放置しておいたら10年で穏やかに手遅れに、対処を今すぐ開始したとしたら事態は過激化し、最短2年でここまでの事態に至ると言う事か。」

中間段階においても我々の存在を感知されてはいけないと言う条件付きでの行動が必要と、資料にはそう書かれている。だから私にお鉢が回って来たのだろう。

なるほど、我々は諜報機関を掌握している。コソコソ活動する事の本格その方面の大家と言う事は納得できる。

しかし、これらの装備を取り揃えた時点での隠密行動など夢のまた夢だろう。

”他の解決方法を模索すべきなのかも知れない。”

現時点でのたった一つの明るい部分とは、数分前からシーナの精神状態が非常に安定しており、現時点でも”私に対してカンカンに怒っている”程度の極穏やかな反応を示している事だけだろうか?


とにかく、難解な課題について考えるべき時には、可能な限り建設的で合理的にしかも単純な筋道を構築する事で解決策を講じる事が重要だ。今の場合は特にそうだと直観していた。

様々な方法について思索するが、彼が一番最初に手配したのは、日本に配置したシーナの口座にポケットマネーの一部を送金した事だった。

これは現代社会では一応万能の対応策だと言える。少なくとも、考えるべき事を他の誰かに一部委託できると言う意味では最善の方法の一つなのだから。


「やはり、この様な事態への対処と言う無理難題を解決するためには、蓮條主税の眠っている能力を呼び覚ます以外には方法はなかろうな。」

その蓮條主税に何とか追随できるのは君だけなのだよ。シーナ君。

それにしても、この情報の数々は、管制室にも伝達不可能だと言う事が大事だ。

電脳世界には、もはや余計な情報は一切流せない。

フルバートの現状、スパイダーへの浸食の数々。電脳世界に持ち込まれていた未来からの量子コンピューター。

RUR計画が現時点で”この世界に”取っ掛かりだけでも存在している事を知った今では、電脳世界への情報提供は漏洩に容易に繋がる自殺行為でしかないと理解できる。

「君は怒るだろうな。けれど、怒るだけなら私は幾らでも我慢するよ。」

そう、君の鉄拳が襲って来ない限りは・・・・。

だが、君には今の肉体に十分に馴染んで貰わないと困るのだ。ぶっつけ本番など洒落にもならないのだから。


「それにしても、わかっているのかね?君達のほぼ全員が、既にその存在を”敵達”に知られていると言う事を。」

ゲーム世界の中に投入した、蓮條主税、シーナ・ケンジントン、藤巻明日香、その他の多くの者達の事を考える。

彼等彼女等は多分だが、全て囮なのだろう。予想外の六人目については、二人の最も戦闘能力の高い部類の天使と、月の者共の知恵ある悪魔に、地の者共の悪魔の中でも有力者の一人を派遣している。

その近くには六人目からエルムと呼ばれる様になった月の者の上司も居る。

「とにかく、君達の身柄については、陰に日向に護る事にするよ。だから・・・あまり怒らないで欲しいのだけどね。」

そんな望みは叶えられそうになかった。

機能的なデスクを前に、同じく機能的な機器の数々を前に。フォルクス部長は一人佇むのだ。


****


「街道まで後半日となった。宿場町までは更に半日。名残惜しいが、これも世の習いだね。」

大いに衆を惑わすだろう多頭魔獣の惨殺された死骸を埋葬するのには、暗殺者の左目に頼る事となった。

500キロを遥かに超える(多分1トン近い)、ほぼ馬車馬や輓馬馬並みの重量生物を普通の人間は剣で殺せても、掘った穴に向けて引き摺ったりするのはシーナ以外には不可能なのだが、そのシーナにせよ力仕事をさせるのには大きな代償が必要なのだ。

大量の食事と、汚れを落とす為と過熱を解消するための水浴びが必要となる。

結果として、暗殺者の協力を願う事となった。まあ、彼に取っては朝飯前の仕事だったのだが。

そんな暗殺者は平常運転だ。

「レンジョウ君、我は君達と知り合えて良かったよ。その連れの者達とも知り合えて良かった。オルミック君だけは、これから先も一緒だがね。」と言って、オルミックの肩に手を置く。

「よろしくお願いします!」と元気に返事をするオルミックには暗殺者を恐れる様子もない。

「人生は一期一会だよ。どんな人物が居たとしても、その人物と実際に道が交わるかどうかは、ある意味運命的な何かが働いておる。我には是非とも会って話したかった人物がいた。一般的にはヴォルテールと呼ばれておるフランス人だが。彼の著作を彼の死後に読んで、この人物と会わずにアステカを訪問した事は間違いだったかもと思ったものだったよ。読書好きの我が友から、彼の存命中の会談が適った事について聞き及んで、本当に残念に思ったものさ。」

「もしかして、ヴォルテールもユダヤ人が嫌いだったとか言うオチなのか?」と俺は若干のジト目で暗殺者を見やったが、図星だった様で、苦笑いをしていた。

「俺の父はスピノザの哲学や論理について教えてくれた。善と悪がどんなものなのかを子供の俺に熱く語っていたんだ。父だけではなく、多くの日本人もユダヤ人を嫌ったりはしないぞ。」とだけ言うと、「何十年か後には、我の考えも変わるやも知れないな。」と嘯いていた。


「とにかくだ。我等の道は交わった。その事を喜ぼうではないか。我は滅多とおらぬ、人間に産まれて我と互角に撃ち合える素晴らしい闘士と出会ったのだ。喜びに堪えぬよ。」と言いながら、腰の二本の短剣を手で叩いた。

「本当におっとろしい対戦相手だよ、あんたは。お情けで一勝、次の一勝もあれは勝ったと言える勝ち方なのかわからん。僅差の勝利と言うよりも、勝った理由は直感による小細工だからな。」俺は正直に思ったままを言った。

「ふむ。だが、勝ちは勝ちでは無いか。人は敗北から多くを学ぶと言うが、我はそれを嘘だと思うぞ。人は勝利から学ぶものが多いのだよ。勝ち続けないと学べない何かだってあるんだ。競技者である君ならば理解できるだろう?」

「いや、俺は競技者であった男かなと思う。もう、引退して随分長いからな。」と俺が言うと、暗殺者は反論して来た。

「違うね。君はまだまだ現役の競技者さ。フェアプレイを信条とし、一途なまでの敢闘精神を備え、超人的と言って良いレベルの技量と天稟を有しておる。不運故に世間には認められておらぬが、君の精神は腐っておらぬ。容易い道ではなかったろうが、君はその不屈の信念で自分自身の尊い本質を護り抜く事に成功しておる。驚くべき功績だと言えるだろう。」暗殺者はそう言った。

「買い被り過ぎだよ。」と俺が言うと、シーナとアローラが顔を見合わせて。「まだあんな事言ってるよ。」「自己評価低いねー。」と俺に聞こえる声で言った。普段はそんなに仲良くないのに、こんな時だけツーカーなんだな。

「俺もあんたにいつか追い付ける様に精々努力するさ。」とだけ答えた。

「ふむ・・・。その為のヒントをあげようか。」暗殺者はそう言う。

「ヒントだと?」ちょっと意味がわからなかった。

「ヒントだよ。実はね、この世界の魔法スキルや特殊能力と言うのは、現実世界での様々なテクノロジーに反するものではないのだよ。」暗殺者は極真面目にそう言う。

「つまり、このマントの”飛翔”や”透明”、俺の備えている”魔法免疫”なんかも現実世界で実現可能だと言いたいのか?」俺は驚きを隠せなかった。

「じゃあ、”現実の世界”って言う場所でもそれらは使えるって事?」アローラが俺の代わりに訊いてくれた。

「そうだな。我等がそれぞれの能力を使っている様にな。我等とて、言ってみれば人間の些細な部分を改修しただけの存在に過ぎないのだよ。」暗殺者はそう答えた。


「ちょっと待って下さい。それじゃあ、俺達人間の些細な部分を改修すれば、暗殺者さん達と同じく何千年も不老不死で暮らしたり、目から怪光線を放って、豚の丸焼き用の竈を作ったりできるんですか?」と鹿子木が訳のわからない事を言いだした。

「我は目から怪光線を放っておる訳ではないが、君の言う事は正しい。人類は我等と同等の存在になる事が可能だろう。ただし・・・。そのせいで人類が恐るべき行いをし始めた場合、我と我に同心する者共はそれらの一部人類を粛清し始めるやも知れぬな。」そう淡々と言い放った。

「粛清っすか?」鹿子木は恐る恐るそう訊き返した。

「左様。我等は”神に選ばれたつもりの一部人類”が、長い寿命を備えて、それ以外の者達を支配し続ける様な醜悪な有様を許容したりはせぬよ。死すべき宿命に囚われた者共が、その儚い寿命の間に何をしようと我等の感知するところではないが、不死身に近い寿命の支配者の永く久しい統治等は我等の感知するところだ。いや、我がその場合に行う事は一つだけだがな。死の天使としての本分を果たすだけと言う事になるだろうが、どれ程の愚か者であれ、それ程我は長い間は苦しませぬよ。その後に、その者の魂は悪魔達の好きにされて、遂には打ち砕かれて消されるであろうがな。」

皆黙ってしまった。俺もだ・・・・。


「それで、俺はあんた達に粛清される為のヒントは必要としていないんだが?」

「君ならその点は大丈夫さ。方法はほら、あのフルバート地下都市部で行ったあれだよ。」

「例の星の空間で俺がそれらを使って行った事なのか?あれが”飛翔”や”透明”とどう関係がある?」

俺は顎に手を当てて首を捻った。

「それを見付けたまえ。我からのアドバイスなりヒントは以上だが・・・。君が既に行った行為についての結果を我は知っておる。」

「結果だと?」

「ああ、結果だ。ノースポートに帰ったら、君はそれを目にするだろう。」と言って、シーナの方を見た。

「きっと、二人とも驚く筈さ。嬉しい驚きとなるだろう。」

暗殺者の右目が優し気な色を湛えた。

「二人ともきっと喜ぶさ。我は知っておるよ。」話はそれで終わった。

俺とシーナは見つめ合った。俺達二人が喜ぶ事に思い当たる事があったからだ。

だが、二人とも、その事について、その時に話そうとは思わなかったのだ。


****


「ねえ、レンジョウ・・・。」馭者台で二人で闇夜の中を進む内に、遂にシーナが話し掛けて来た。

「なんだ?」

「私ね。ちょっと怖いの。だって、私はあんたと関係を持った訳でしょう?姫様を差し置いてね。」

「当初からの計画だったんだろう?何を申し訳なく思うんだ?」と言うが、理由もわかっている。

柔らかな夜行石の光に加えて、万が一の為に用意しておいた魔法の照明器具。二日程しか効果はないが、シュアフラッシュのカンテラに劣らない光量の魔道具が前方を照らしている。

それでも馬車は並足以下の速度でしか走らせる事はできない。そもそも、馬もそんなに頑丈な生物では無いし、草を食べさせて休ませないと簡単に倒れて死んでしまう。

今急いでいるのは、偏にオルミックを安心させるため、それだけだ。あいつは、スパイダ-みたいな奴に対しても、真面目に仕える良い男なのだ。

「それは・・・。でも、最初はあんたと姫様があんなに仲良くなるなんて思ってなかったし。次にラナオンのトラロックがあんたを養子に迎えて姫様と結婚させるなんて言い出すとは思ってなかったし。」シーナは精一杯言葉を紡いでいる。

「けどね、あんたが姫様は造り物だと言い始めた。私は耳を最初は疑ったよ。でも姫様も自分が造り物だと言う事に納得してしまった。あの時に、私の中の枷はハズレてしまったのかも知れない。」

「お前は俺がアリエルの事を造り物だと言っても動じなかったな。何故だ?」シーナは両肩を竦めたが、手綱は決して手放さない。

「どうしてかな。わかるのは、あんたの話を中断しちゃいけないって思った事。私の事を造り物じゃないと断じた事。もう一つの理由は、あんたの本心を聞きたかったからね。」

「俺の本心?」

「そうよ、あんたは姫様が造り物だと思っていても、それでも姫様を愛しいと言ってくれた。造り物には興味ないとかあの場所で言い出したら、私とザルドロンはきっとあんたを許さなかったね。」

「そうか・・・。」

「だから、最近は深く悩んでいるよ。姫様の宝を横取りした臣下ってだけじゃないの。未来を思い出しても、あんたを独占するチャンスなんか最初からなかった事に気が付いたしね。そして、多分紀元前に私が出会っていた姫様の事も。」

「・・・。」

「情報が多過ぎるの。謎も多過ぎる。」

「鹿子木の言う所のムリゲーとかクソゲーなのかな?」

「いいえ、このゲームに関係している者達は恐ろしく頭が良いの。無理ゲーなんか作らないよ。」

「そうなのか。なら・・・。」

「徹底的に叩き込んで来るよ。わかるまで情報を叩き込んで来る。」シーナの言葉には確信があった。

「でも、一番の謎はあんたなんじゃないか。私はそう思っているよ。」ヘイゼルの双眸が俺を凝視している。

「俺が一番の謎なのか?」

「ええ、私はヘルダイブした。二度と元に戻れない情報の時間遡行。その代償として、私達が居た可能性世界の確率は大きく下がるの。”あの女”がヘルダイブ実行を決めて、私も確率が下がり切る以前にまたヘルダイブを行った。」

「200年間も、私とあの世界のあんたは一緒に戦った。けど、あんたは撤退途中の部隊を援護しようとして、核融合爆装レーザーを浴びてしまい、消し飛びはしなかったけど、そのまま瞬時に第二宇宙速度以上に加速されて宇宙の彼方に消えてしまった。」

「でさ。あんたはどんな可能性世界からやって来た蓮條主税なの?おかしいよね、これだけ”前世”を共にした間柄なのに、いろいろと思い出さないって言うのは。私の様に、何かを普通は思い出すものなのよ。けど、あんたにはそんな兆候は全く見えない。」

俺にはシーナの言っている言葉がほとんど理解できなかった。高校中退の土木作業員に理解できる内容を遥かに超越していたのだから。

「わからないな・・・。俺には全くわからない。」悲し気にそう答えるしかなかった。

「でもね。いずれはわかると思うよ。このゲームの運営は、多分あんたにゲームの意味を説明したがっている筈だから。」それ以降、シーナは闇夜の道をジッと見つめながら馬車を走らせていた。

小さな道は、それでも比較的平坦であり、時折車軸が折れるのではないかと思える衝撃が襲うが、それもこの世界の道行きでは当たり前の事だ。

小さな悲鳴と呻き声は無視する。これもこの世界流の振舞い方だ。

「朝にはアローラとシュネッサがヴァネスティに帰還する。そして、宿場町で馬を手に入れたらあの男とオルミックもバーチに向かう。また俺達だけの道行きに戻るんだな。」

「あんたの可愛いアローラちゃんともしばらくお別れね。」俺はシーナを睨んだが、この世界で俺に睨まれて恐縮した女を見た事は無かったし、今回も同じ事だった。


”まあ、こんな感じの世界なんだよな。”俺は一人ごちると、チラリとシーナの方に目を向けた。

パッと見、穏やかにさえ見える表情ではあったが、この手強い女の考えている事など、俺程度の男が全てを知る事など叶う筈もないのだ。

馬車は暗い小道を走り続ける。遮眼された馬は何を考えるでもなく、ひたすらに脚を動かし続けるだけなのだ。

今の俺と同じ様に。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ