第百四十三話 世界の終わりに訪れるモノ
話数を間違えてたので修正しました。
「多頭魔獣に出会ったか?」俺はオルミックに訊いた。
「はい、ここからそう遠くない場所に居ました。」オルミックはそう答えた。
「どんな場所だった?」マキアスが訊く。
三人は鹿子木を遣わせてからすぐにやって来た。全員に食事を振舞い、休息させる。
「これが街道に出るまでの最後の食事になるかも知れん。詰め込んでおけよ。」俺がそう言うと、三人はナイフで猪を切り刻み始める。
気の付くシュネッサが、小麦を練って、薄く柔らかいクレープみたいな物を作り始めた。
それを直火に乗せたフライパンみたいな道具で焼き始める。
それは水気は多いが、ハーブを刻んで混ぜ込んでおり、肉を乗せて丸めてから三人に差し出された。
「お替りは沢山ありますよ。」シュネッサはそう言ってからオルミックに包んだ肉を渡した。
「毎度美味しい物をありがとうございます。」危険な場所から逃れて来た元盗賊は、ほっとした様子でそれを受け取り、口にした。
「場所は、この近く、歩いて一時間程の距離にある塚の様な所でした。ちょっと大きな土饅頭みたいな形で、そこに穴が開いていたんです。そして、馬を繋いでから入ろうとしたのですが、いきなり吠え声が響いて、慌てて逃げだしたら怪物が出て来ました。そして、俺が逃げ出すのには構わず、繋がれた馬に襲い掛かって殺してしまったんです。」オルミックはそう言った。
「俺達がやって来た街道へ向かう小道からは近いのか?」俺がそう問い質すと「間近です。」との答えがあった。
「それなら、近くの村の人が襲われても不思議はないわね。行きがけの駄賃に、キメラを退治しておくべきね。」シーナがそう言う。
「多頭魔獣って事だと、ヴァネスティの近くにあるカオスノードの中から飛び出した奴かな?炎の巨人とかだと、移動速度が遅いから遠くまでは行かなかったけど、多頭魔獣や石の悪魔なら、空を飛ぶから結構遠くまで逃げてても不思議はないもんね。」とアローラが言う。
「多頭魔獣の出所としては、その線が正しいのかも知れないな。」俺はそう口にした。
「悔しいのは、馬を失ったせいで、ボス達に合流するのが遅れそうな事ですね。勿体ない事をしました。」オルミックが口惜しさをにじませながらそう言う。
「街道までは馭者をして貰うよ。街道に出たら、宿場で換え馬を譲って貰おう。チーフなら、ある程度の無理を言っても何とかして貰えるだろう。」肉を齧りながらマキアスがそう言っている。
「しかし、キメラか。我は出会った事はないが、強いのかね?」蛇がそう言う。
「あんたなら簡単に倒せる程度の魔物だね。俺はカオスノードの中で、奴等を沢山弾いてやったよ。」と言うと。
「ふうん・・・。この世界のキメラはその程度の怪物なんだね。」と意外そうに言う。
「俺達の元の世界のキメラはどんな怪物なんだ?」俺は何やら興味が湧いて来て、暗殺者に軽く質問した。
「いや、想像上の怪物キメラは、ギリシアやローマでは”世界の終わりに出現する怪物”と言い伝えられているんだよ。」
「へえ?そうなのか?世界の終わりね。」
「元々、キメラとはギリシアにある活火山でイーデ山と言うのがモデルだと言われているね。イーデ山には、昔々は山の頂上に山羊が、中腹にはライオンが、裾野の下の方の密林には大きな蛇が棲んでいたと言われているんだ。」
「ギリシアにライオンなんか居たんだ?」シーナが口を挟んで来た。
「言い伝えだけど、居たんだろうね。」蛇が応える。
「今は居ないのか?」俺も口を挟む。
「居ない様だね。」と蛇。
「何でいなくなったの?」アローラも興味津々だ。
「これも言い伝えだけど、増えに増えた山羊が草を食べ尽くしてしまい、ライオンはそれを狩ったけど、連中は腹一杯になると動かなくなる怠惰な生き物なので、その間に山羊が更に草を食べてしまった。気が付くとライオンの住める環境では無くなり、ライオンはいつしか姿を消した。裾野の森も、気が付くと山羊の餌食になって森が消えた。遂には山羊も住めなくなって全滅した。そんな感じらしい。」蛇は肩を竦めた。
「何かの寓話っぽいっすね。」鹿子木がそう言うと
「意味の分からない寓話だけど、要は世界が滅ぶ時って自然のバランスが壊れてしまう時だって意味なのかな?」とアローラがまとめた。
「なんか、自然のバランスについて語るとか。アローラちゃん、今日は見事にエルフしてまっす!俺、ちょっと感激っす!」と鹿子木が感激している。
「いや、アローラは普通にエルフだし、普段は森の守護の為に駆け回る本物のレンジャーなんだけどな。」と俺がついつい突っ込んでしまう。
「エルフしてるってどう言う意味なのさ?」とアローラは首を捻っている。
「お前の頭の中のエルフやオークのイメージについて詳しくアローラに説明して良いか?」と鹿子木に言ったら「やめて兄貴!俺の命が危ないから!」と大騒ぎしている。
あの益体もないエルフとオークの話は、多分日本限定の創作風景なのだろう。実写版の指輪物語なんかでも、オークはあんな感じじゃなかった。かなりグロい外見で、野蛮で邪悪な生物の典型として
そう言えば、工兵隊を襲って来たオーク達、あれは肥満したデカい人間って感じで、戦い方には幾分気弱なイメージすらあった。獰猛と言う事なら、間違いなくエルフの方が獰猛だろう。
得物も人間やエルフの使う精巧な剣や槍とは違う、多少雑だけど、実用性は高いとにかく頑丈な細工だったと記憶している。
二人の新兵にそれらを渡した時の記憶がある。
オークを叩きのめしたのは、あれが最初で最後だったが、連中は多少不器用ではあっても、人間とそんなに違わない生物だったと言う印象しかない。
つまり、オークには悪い生物と言う印象が無いのだ。むしろ、エルフの方にこそ悪辣だったり邪悪だったりの傾向が見受けられる。人間はいわんやおやだ。
フレイアにせよアローラにせよ、自分達は良い種族ではないと思っている節がある程だ。
俺達の元の世界には”強い”と”悪い”と”正義”の区別がつかないと言う、非常に困った民族が居ると聞いているが、それよりは随分人間らしい相手あろう。
少なくとも、話くらいはできそうな相手だった。オークの国の勇者達も皆立派な者達が揃っている事でもあるし。
歩く道すがら、暗殺者は多頭魔獣の伝説と実際について語っていた。
「紀元前四世紀くらいに作られた青銅の像で、キメラを象った物があるのだよ。我はそれをローマで見た事がある。それを造ったのは、ローマが発展する以前に、イタリア半島に大勢力を持っていたエルトリア人と呼ばれる民族だ。かの民族は、殊の外青銅の扱いが巧みでな。当時、金色に近い色合いで煌めいていた青銅は、本物のライオンもかくやと言う美しさだったな。」
「どんな感じなんすか?やっぱり、ライオンの背中から山羊の頭が生えてて、尻尾は蛇だったんすかね?」鹿子木が興味津々で聞いている。
「そのとおりの代物だったよ。後世のファンタジーRPGの描くとおりの姿が、今から2400年前に描かれていたんだ。ただし、キメラのたてがみはそれ程立派ではなく、体躯も随分痩せてはおるがな。」
「やっぱ、キメラと言うと多属性攻撃って感じなんすけどね。爪や牙で物理攻撃、炎と氷の属性攻撃って感じですか?」
「いや、ライオンの口で炎を噴き出すのと、強い前足で攻撃するのがメインなんじゃないかな?我は氷を使うキメラの伝承は知らんよ。」
「ちょっと残念っすね。」と鹿子木は言うが、何が残念なのかはわからない。
「19世紀の画家で、ギュスターヴ・モローと言う男がおってな。その男の描いたキメラは、何故だか知らぬが、翼をもったヒッポ・ケンタウロスであったな。」
「そう言えば貴方って、ローマだけではなくて、ギリシアとかにも住んでたんですか?」とマキアスが訊く。
「うーん、それ程長くではない。トロイアとの戦争の最中に少し住んでおったのと、マケドニアとの戦争の時に駐屯地におったくらいかな。過ごしやすい国ではあったが、我とは合わない感じがしたのだ。」
「どうして合わないと思ったんでしょうか?」とシュネッサが訊く。
「うーん、我はこの見てくれであるからな。多少押し出しが強過ぎるのだよ。どうこう言っても穏やかな生活を好むギリシア人とはそりが良くない上に、連中はどうした事だか、非常に外出が好きなのだ。広場に集まって話し合い、路ですれ違えば挨拶し、その場で立ち止まって語り合う。とにかく、社交的と言うか何と言うか、我は戸惑うばかりだった。」
「貴方も良く話す方だと思いますよ。話題も豊富ですし。」とマキアス。
「そうかな・・・。まあ、そうなのかも知れないな。」と溜息を吐く暗殺者だった。
結構、胸元を開いて話し合う相手に不自由していたのかも知れない。だから、トラロックにあれ程入れ込んでいたのだろうとも思う。暗殺者は続けた。
「しかし、外出が苦手だから家の中に居ようと思ってもな。彼等ギリシア人達の家は、外壁がボロボロとは言わんが、レンジョウ君なら殴って壊せる程度の厚みと強度しかない。だから、かの地の盗賊は夜に壁を破壊して押し入って来るのだよ。一度我も盗賊に侵入されてな。まさかそんな手でやって来るとは思っておらんかったので、慌てたものだよ。」
「災難だったのはどっちの方だったのかな?」と俺は思ったままに口にした。
「まあ、手柔らかには済ませたよ。別に消してしまっても文句は出なかったろうが、それでも我とて無用な殺生はしようと思わん。けれど、これが決定打になったのだと思う。我はギリシアを去った。引き留める仲間も多かったが、我は今のエジプトの西あたりに引っ越して行った。まだまだ、当時はサハラも緑が多く残っておったから、我は手に槍を持って獣を狩って暮らしておった。その後に、思うところがあって、イエメンのあたりに引っ越し、イスラエル人の先祖とも交流を持ったな。本当に困った連中だったよ。なんであそこまで好戦的で挑戦的なのか、理解ができなかったな。」
「本当に自由な生き方だな。」俺はそう言った。
「そうかも知れぬな。我は人嫌いではないが、人から好かれる方でもない。むしろ、その逆だな。なので一つ所に居つく事が難しいのだよ。恐るべき紅い蛇、イスラエル人にどれ程我が憎まれた事か。それでも、連中に対して左眼を使う事など無かったのだから、まだまだ手緩い扱いしかしておらなんだのだがな。先代様とやらの様に、凶眼で思い知らせてやった方が付き合いの方法としては正しかったのかも知れぬ。後々にそう思ったものよ。」
「方々でやらかしてるんだな。俺でもそこまで荒っぽくないぞ。」俺はちょっと呆れてしまった。
「だから、どこであろうと、我は必ず手加減はしておるよ。それに戦争以外の悪事とは絶対に関わらぬ様にしておる。むしろ、我が手加減しない相手とは、快楽を求めて殺人を繰り返す外道どもと心に決めておるからな。」
「そう言う事でしたら、うちの部長をリアルでちょっと〆て頂けると嬉しいのですが・・・。」シーナが何やらそう言ったかと思うと、マキアスが「チーフ、それヤバい。マジで洒落んなってない!」と慌てていた。良くわからないが、連中の内部の事情なのだろう。
「まあ、それはいずれの事として覚えておこう。目に余るなら、我とても知って知らぬふりはせぬよ。」とだけ返事があった。
「その旨、部長にはリアルで話しておきます。」と満足げにシーナは頷いた。
「チーフ、なんでそんなに怒ってるんですか?」とマキアスが訊けば「こんな身体に改造されて黙ってられるもんですか!」と怒鳴り返されていた。
「チートな身体能力の持ち主はラノベに多いっすけど、シーナさんみたいに馬鹿食いで肉体を維持してる人なんて聞いた事ないっすね。」と鹿子木が余計な事を言って、回し蹴りで吹き飛ばされているが同情はしない。
「それにしてもだけど、多頭魔獣相手なのに、あたしの矢筒は空っぽだし、剣もないのよね。奥の手は数回使えるけど。」アローラがぼやいた。
「フレイアに援護は頼めないのか?今は流石に昼だから、フレイアも起きているだろう?」と俺が訊くと「それがね、昨日の夕方にも一度連絡を送ったのよ。でも不通だった。何かあったのかな?」とアローラは心細そうに応えた。
「明日、街道に着いた後は、一目散にヴァネスティを目指す事にしましょう。皆様との名残は惜しいですが、わたくし共も国の為に働いておりますから。」と言うのはシュネッサだ。
「それにしても、世界の終わりに出現する怪物か。ドラマティックだな。どんな風にギリシア人達は世界の終わりを想像していたんだろう?」俺は聞いてみた。
「沢山の山々が火山となって方々で火を噴き、硫黄の煙で人々はバタバタと倒れ行き、火山灰が街と言う街を吞みつくす。多分、そんな終末の様子が想像されたのは、かの大プリニウスがポンペイの最期に立ち合い、自らもその毒の煙で死に至った件から、そんな終末観が広く定着したのではないかな?」暗殺者はそう言った。
「その頃には、我はローマにはおらなんだからな。知ってのとおり、インドを目指したのだ。結果として、図らずも世界一周の偉業を達成する事になってしまったがね。」
「けど、そんなわかりやすい世界の終末とかだと、いっそ諦めも付くって所かな?」と俺は口にした。
「流石の我であっても、山々を全て消し飛ばして行くのは無理かと思う。やってやれん事は無いのだろうが、その際に生じる膨大な熱量を考えるとな。我が世界を滅ぼして回るのと、結果として大差ない様に思えるから。」
「いや、山々を消し飛ばすのは可能で、副作用の方がヤバいって、それ何か間違ってないっすか?」と鹿子木が驚いているが「今更だ。」と俺は総括した。
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「あそこです。」オルミックが指差した。
「道からバッチリ見える場所じゃないですか。」マキアスが呻いた。
「これは駆除しないとダメね。幸いな事に、今の私は空を飛べるからね。」シーナはやる気十分だ。
「さて、少し勿体ないですが、どうせ食べきれない量ですしね。」シュネッサが言うのは、鉄串を取り除き、荒縄を通して吊るされた猪のローストの事だ。
明日明後日までの食糧として、残った片脚分の肉と、切り取られた大量のアバラ近くと肩の肉を残し、他の部分は囮用のエサとして多頭魔獣にくれてやる事にした。
問題はキメラが満腹だった場合だが、腹八分目以下なら巣穴から出て来てくれるかも知れない。
我々のメンツの中で、暗視能力を持つのはエルフの二人と暗殺者だけなのだ。
空を飛ばれる事よりも、暗闇の中での乱闘の方が避けるべき事だった。相手が何匹いるのかも、今の時点ではわかっていないのだし。
「上手く掛かったようだね。」と暗殺者が言う。巣穴から一匹の多頭魔獣が現れる。
「動物園で見たライオンより格段にデカい!」マキアスが剣を構えながら緊張している。
「ううん、我ばかりが大活躍と言うのは何か間違っている気がするからな。君達、援護はするからあの怪物を倒して来なさい。」と暗殺者が鹿子木とマキアスにそう言った。
「おお!度胸試しにはちょっとキツイ相手だけど。」
「俺行きますよ!兄貴見てて下さい!」と二人ともやる気十分だ。
「空飛ばれたらヤバいんじゃないの?」「あたしもそう思う。」とシーナとアローラが言う。
「そこはそれ。我に任せたまえ。」と言うと、何の兆候もなく、多頭魔獣の翼が千切れて落ちた。
当の多頭魔獣自身が、自分の翼が切り落とされた事に気が付いた様子もない。
「あんたがやったのか?」
「そうだな。これが前に言った、君の勉強にならない戦い方と言うものだよ。さあ、二人とも掛かりたまえ。」と暗殺者は言い放った。
「俺も行きます!」オルミックが炎の剣を手に突撃を開始した。中央が鹿子木、左と右にマキアスとオルミックが位置する。
多頭魔獣は空に飛び上がろうとして、その時初めて自分の翼がなくなっている事に気が付いた様だ。
喚き声を挙げて、正面の鹿子木に襲い掛かった。炎を吐き、次に爪と牙、その巨体でのしかかろうとする。
炎はあの青く光る盾で簡単に逸らされてしまった。鹿子木は多頭魔獣の突撃に気が付くと、瞬時に後ろに下がり、爪と牙は地面を抉っただけだった。
間髪を入れず、”レインダンサー”が風を斬り、多頭魔獣の横面を叩く。その後刀身が引き戻され、斜めからもう一撃を加えるが、山羊の頭が振り回されて、角で剣は弾かれてしまった。
マキアスが両手で”正義の右腕”で斬り掛かる。オルミックは燃え上がる剣を怪物の横腹に見舞うが貫通していない。背中の山羊の頭が唾を吐きながら雄叫びを挙げる。
獅子の口から凄まじい咆哮が上がり、怪物が身を捩った。鹿子木の第三撃はたてがみの上から首筋に入ったが、獅子の頭で突きを入れられて思わず後ろに下がった。
マキアスの次の一撃は肩に当たり、怪物は見る見る動きに遅滞を生じる様になって行く。
オルミックの突きが遂に腹を貫通し、脚の力を失った多頭魔獣は、遂に地面に腹部を落としてしまう。山羊の頭が悲鳴の様な鳴き声を立てるが、大勢に影響はない。抵抗は更に弱々しくなって行く。
こうなったら後は消化試合も同然だ。
多頭魔獣は抵抗力をみるみる失って行く。獅子の頭は血まみれとなり、マキアスの一撃が山羊の頭を斬り飛ばしてしまう。蛇の首は弱々しい空気音と共にフラフラと揺れるだけだ。
オルミックはひたすらに剣を怪物の腹に突き込み、燃える剣が怪物の毛皮を萎びさせて行く。
遂に怪物は瀕死となったが、その命が尽きる前に、更に二頭の多頭魔獣が姿を現した。
「お前達はそいつがくたばるまで面倒見てやれ。シーナ一緒に来い。アローラは奥の手で援護だ。」
返事の代わりにアローラが放った”破壊の稲妻”が一頭の多頭魔獣の山羊の頭の上から落ちて来た。
山羊の頭は消し飛び、獅子の頭と蛇の尾が威嚇と憤激と激痛を表明する喚き声を発した。
最後の無事な一頭(正しくは一匹か?それとも三頭か三匹なのか?)も、すぐに無事では居なくなる。
肩に剣を担いだシーナが、恐るべき速度で先制の一撃を見舞ったからだ。大上段から繰り出された初手の一閃が翼を切り落とし、引き上げられた剣による横薙ぎが山羊の頭を飛ばした。
俺は山羊の頭を失った多頭魔獣に襲い掛かり、充分に踏み込んだ右の突きを獅子の頭に叩き込んだ。鼻面が歪み、電光が顔面を包み込む。そして左のフックがたてがみに入る。
多少のダメージは固いたてがみに吸収された様だが、それも誤差の範囲内でしかない。閃光が走り、首元に叩き込まれたダメージは確実に徹っている。
右手が貫手の形になり、首元に再び打撃が走る。ポキンと言う音と共に獅子の首が歪に曲がった。
シーナの更なる一撃が加わる。ほとんど、シーナは一連の打撃を走り抜けながら放っている。
最初に翼、次に山羊の頭、最後に蛇の首が斬り裂かれて地面に転がった。
残った獅子の頭に、アローラが破壊の稲妻を落として吹き飛ばした。力を失った多頭魔獣の胴体は横に倒れて動かなくなる。
俺もわずかに遅れて力を失いつつある蛇の頭に一撃を加える。手刀だ。
大蛇の頭、丁度頭頂部のあたりに手刀は炸裂する。電光が走り、蛇の頭が死ぬのと同時に、多頭魔獣の前脚が力を失って、地面に倒れ伏してしまう。
「兄貴流石っす!」
「チーフもレンジョウさんもどんだけ凄いんですか?俺達がこんなに苦労した相手を秒殺して、息も乱してないなんて。」
「いや、こんな人達を相手にしようなんて。ボスは無謀過ぎだったと思い知りましたよ。」
多頭魔獣を倒して、俺達に加勢しようとして果たせなかった三人がそれぞれに声掛けして来る。
全員無事みたいで安心した。だから黙って右手の親指を立てた。サムズアップと言う動作だ。
おっと、この中にはメキシコ出身のオルミックもいるんだったか?あっちでは、この動作はNGだったのかな?
いや、そうではなかった様だ。彼も俺にサムズアップを返して来る。俺は用心の為に籠手を外して、三人にハイタッチを行う。今回は戦闘に加わらなかったシュネッサは勇戦した者達に拍手をしている。
シーナもアローラもそれに加わった。遠くでは、紅い暗殺者がこちらを顎に手を当てながら見やっている。
さて、彼は何を考えているのだろうか?
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思わず笑みを浮かべてしまいそうな自分を律するが、多分遠目にも我が愉悦を感じている事はわかってしまうのではないだろうか?
確かに、この世界が終末に至るだろう大事件は起きるだろう。我は6世紀に起きたあの出来事を覚えている。
恐ろしい出来事であったが、それでも短期間で片付いたのは、あの凄まじい力の持ち主が身を挺してくれたからでもある。
しかし、それ以外にも、人間の勇気ある者達が立ち上がり、彼等は非力ではあっても懸命に戦った。
それこそが希望なのだと、我等は思った。天使も悪魔も、双方が人間と言う存在と共にある事を誇りに思ったのだ。
我は想った。様々な人間達と付き合う内に、希望と言うのは優しさの中にあるのだと言う事を知悉した。
とりわけ、トラロックと言う稀有な人間と親交を結んでからは、その想いが信念にすら結晶して我の中に定着した。
だが、優しいだけでは誰もその存在を確固たるものとする事はできない事も確かである。
真に人間に希望があると想うのは、彼等の中の少数の者達が示してくれる、無私の勇気があってこそなのだ。
そう、世界が終末を迎える時には、終末を回避するために勇気ある者達が必ず立ち上がる。
君達もまた、世界の終末に現れる者達なのだ。
一つの戦いに区切りが付いて、共に称え合う強き者達の姿を見て・・・。
我が想っていた事とは、そんな感慨を伴った。懐かしくもほろ苦い何かだった。
人は生まれて死んでいく。我等だけが生き延びて、その循環を見詰めている事に辛さを感じたが、それも一時の事。
新たに産まれ来る者達を見詰めて、死に絶える気配すらない、そんな我の感動が再び蘇って来るのを嬉しく思っていた。
そう、彼等こそが、この世界の、そして我等の故郷の世界の新しい希望なのだと。
我は、彼等に出会ってから何度目かわからない程の感動に胸を震わせていたものだった。
これだから、人間と付き合うのはやめられないのだ。