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第百四十一話 トラロックと言う神 その3

「ここで誤解を受けそうなので、一言補足しておくよ。トラロック本人は、自分の事を神であるとか、神の血筋であるとかは生涯一言も言わなかったんだ。」紅い暗殺者はそう言う。

「では何故今では神だったと言い記されているの?」シーナが尋ねる。

「神の様な力を持った人物だったのは確かな事だ。それともう少しだけ話は続くよ。」彼はそう言って話を再開した。


****


「どうあってもテオティワカンに住まう事は断られると?」カックがそう言う。

「ええ、この場所こそが星の声が最も届く場所ですから。」トラロックはなかなかに頑固なのだ。

「テオティワカンにお越しいただければ、我等が貴方のお世話をしやすいのです。今はかのお方がご面倒を引き受けて下さっているでしょうけど、それもいつまで続くのかは知れません。」


****


「現地の者共から見れば、我は女と見まがう姿であった。おまけに装束が赤いと来ておる。」

「赤と言う色は、現地では”色”そのものだった。ほら、コロラドと言う川があるが、あれは赤い川と言う意味のラテン語だ。コロとは現在の英語のカラーの語源でもあるな。」

「我は”赤い花の女”と言う、またしても勘違いされた異名を頂いた訳だ。けれど、今回は誤解を解くつもりもなかった。」

レンジョウとシーナは顔を見合わせておるな。しかし、レンジョウの仕事熱心な事。ハンドルを回す手は一切止めておらん。そろそろ良く焼けて来たようだが。

「何故だって?奇妙にもトラロックがその誤解を喜んでおったからだよ。」

「本当にいたずら好きな男だったよ。そして人情に脆かった。結局、あの者は妥協したのだ。山を少し降りた場所に引っ越して行った。いろいろと我には感謝しておったな。まあ、6年程も寝食を共にしておったのだし、当然と言えば当然なのだろうが。」

「山を降りる前に、トラロックは今まで我が知らなかった幾つかの力を披露したものよ。つくづく、あの男は力を揮う事を好いておらなんだな。謙虚と言うよりも、我からすれば勿体ないとしか思えぬよ。」

「どんな力を彼は使ったの?」シーナが尋ねる。

「驚きの力だったよ・・・。彼が使えるのは星の力による天候操作だけではなかったのさ。」

「遠見や千耳通と呼ばれる能力。彼が星に教えた知識のフィードバックによる能力らしい。星の声と語り合う惑星間共感能力だけでも凄いと思うがね。それによって、星は学び、様々な方法を提案したらしい。それらを披露してくれた。」

「トラロックと我とは、引っ越しの前にそれまではしなかった事もした。共に旅をして、海まで出向いたりな。楽しかったよ・・・。」

「遠見?千耳通?それは一体?」レンジョウにもこの言葉は初耳だったようだ。

「遠見とは遠隔視の事だ。遠くの情景を見る能力だな。千耳通とは、千里眼の様に遠くの音を聞く能力だ。」

「それはどんな原理なんだ?他の惑星で、地球の音を聞けるのか?」レンジョウは驚いている。

「可能だろうね。今現在の人間の発明品でも、レーザーを使って窓越しに視線の通らない部屋の中の会話を聞く盗聴装置がある。それをもっと大規模に行う方法があるのだろうさ。遠隔視についてはもっと簡単だ。大きな大きな精密無比の望遠鏡なら、リアルタイムで何でもできるだろうさ。」

「ただし、それを行う者の知覚能力や情報処理能力は正直な所、人間及び人間の作製物を遥かに超えていると言う前提に拠って立つのだろうが。」我は頭を振った。


「まあ、そんなのはどうでも良い様な能力の一つだったとは言わないが、トラロックにしてみれば小技だったのだろうと思う。海に出た我等は、小さな港町に立ち寄った。そこは程々の規模のうらぶれた漁港であったな。そこでトラロックはいつもの様に地面に座りおった。そして、力を行使したのだ。砂浜に突然魚の大群が押し寄せて、漁師共は漁に出る事もなく魚を得たのよ。我等は漁師共の手伝いをして、金を払わずに干し物ではない魚をたらふく腹に詰め込んだものさ。」

「トラロックは薬草や香料に関する知識も豊富だった。元々は天文台で働いていた小僧だったそうだが、良い教育を受けており、星との語らいで世界各地の様々な知識も手に入れておった。」

「驚いたのは、世界各地に散らばっておった、我等の仲間達の消息を彼が教えてくれた事だな。君達の言う先代様が、アイルランドに居る事も彼に聞いたのだよ。」

「何と言うか、あんた達、自由過ぎないか?」レンジョウが呆れている。

「有限とは言わないが、我等の人生も一度しかないのだ。多少の寄り道や道草には我慢して貰いたいな。実際、我の大きな寄り道であるかの地での生活は目新しかったし、とりわけてもトラロックと過ごした時間は特等に楽しかったのだよ。全くもって掛け替えがない年月だった。いやさ、人との関りそれ自体が本当はどれも掛け替えが無いのさ。ただ、皆がお互いを大事に想い合わないだけでな。」レンジョウが、シーナが、アローラとシュネッサも意外そうな、ある意味ギョッとした顔をしている。我は続けた。

「彼はチョッとした地震を起こす事もあったな。そんな事も可能なのだと言っていたし、行っていた。多分、大地震も起こせただろう。起こさなかっただけで・・・。」

「フレイア様の魔法でも、同じ事ができたよね・・・。」初めてアローラが口を挟んで来た。

「トラロックもこのゲームの中では大地の緑魔法を使うな。いろいろと多芸であり、頭は本当に良かった。ただ、我等の出会った場所を考えるに、彼は人付き合いが本当は苦手だったのかも知れない。そう思うさ。あれ程雄弁で力ある言葉を発する男なのにな。そこも今となっては愛しい想い出の一部ではあるが。さあ、続けるぞ。」


****


暗殺者の語るトラロックとの生活模様は俺を驚かせた。

実際、俺はこの暗殺者が”死を司る天使の一人”だと言う事までは納得できていた。

しかし、それがゲームの世界ではなく、俺の生きていた現実世界の住民であると言うのは、まだまだ納得できていないのだが。

何よりも、この中性的な外見の男が、まともな人生を送って来たのだとは少し信じがたい想いだ。

「あんたの人生は戦いばかりだと思っていたよ。」俺は知らずそんな事を口にしていた。

「まあ、そうかも知れない。何も知らない頃は、戦いに巻き込まれて、戦いを憎んでおったよ。そして、自分の力に目覚めてからは、戦いを渇望する様になった。愚かな事にな。」

その表情、その目の光から、俺は唐突に悟った。

”こいつも俺と同類なんだな・・・”と。そして、唐突に閃いた事があった。

「なあ、俺には理解できた気がする。少なくとも、あんたの言っていた事の一端がな。」

「ほう、何をだね?」

「ああ、”隣人達”と言う言葉の意味がだ。それは他の惑星と言う事なのだろう。そして、通信手段が電磁波や光だとして、往復に1時間とか1時間半と言うと一つしかないんじゃないか?」

「なるほど、なるほど。正解は一つしかないな。しかし、その事は今は置いておこう。」

「これから話す事は、かなり辛い事だ。トラロックの末路と言う事になるのだからな。」

俺は黙って聞く事にした。


****


「トラロックは山を幾分か降りて、人里に近い場所まで越して行った。」

「我は生活の静謐を守りたかった故に、彼とは別居する事にした。何、会いたい時には会いに行けば良いのだ。実際、鳥を睨み落として狩り、獣を同じく睨んで狩る。それらの羽や毛皮、肉の一部を街で売って、トラロックには残りの肉を持ち込んで一緒に食う。香料やパイナップルの美味い料理法を知っておったトラロックにかかれば、それらは本当に美味い飯に変わったものだった。」

「しかし、人々はトラロックを最早放ってはおかなかったのだよ。カックの家長が美しい娘を宛がおうと画策してな。その娘と街中で住めと、何度も誘って来よったわ。」

「トラロックは妥協して山を降りたが、人々は更に妥協を求めて来たのよ。」我は思わず神々の位置、仰角30度の方向を見上げてしまった。

「トラロックの業を、本当に人々が信じていたのかどうか。多分半信半疑だったろう。しかし、その年の雨季にもまた雨は降らなんだからな。カックの家長は、またしてもトラロックに雨を請うた。今度は司祭の長までがやって来た。我の心中には不安がモクモクと湧き上がって来たがどうしようもなかった・・・。」

「トラロックはまたしても雨を降らせたよ。地平線の彼方まで続く大きな雨雲を呼び寄せた。もう、誰もトラロックが騙り者だとは思わなくなったさ。しかし、それが良かったのかと言うとな。トラロックの住む庵は作り直されて、大勢の人夫がやって来て木で内装を作り、テオティワカンの中の館程ではなくとも、人が住める場所ができた。彼は大勢の人が傅く身分となった。」

「それもまた人の幸せと言えば言えるだろう。しかし、トラロックはそれを多少迷惑とも受け取っておったし、実際に彼はアステカの信仰に一言言わないではおかれなかった。アステカの人々は生贄として人間を使っておったからな。」全員が固唾を呑んでいる。

「君達は”神殿”と”寺院、寺社、教会”の違いをわかっておるか?」全員が首を横に振った。

「神殿とは礼拝の場所ではないのだよ。」

「では、何のための場所なのですか?」シュネッサが訊いた。

「寺院や寺社、教会とは、そこは礼拝や参拝の場所だ。しかし、神殿は違う。そこでは祭祀が行われる。多くの場合は生贄の儀式だな。それはギリシアでも同じ、ローマでも、アステカでも同じだった。」

「神に犠牲を捧げ、それにより利益を求める。原始的と言うか、まあわかりやすい事ではあるな。そこには固定された何等かの方法はあっても、体系的な神への理解は生じなかっただろう。あれ程に学問について考え、哲学について思索したギリシア人達ですら、神とは人間と似た様な考えの強く大きな力を有した何かだと言う考えで思考停止しておったのだからな。それでは我等程度と何の変わりもあるまいにな・・・。」

「むしろ、貴方達の存在が人々に知られていたから、そんな信仰になってしまったのではと思いますが。」シュネッサが控えめに突っ込んで来よったわ!しかも一切反論できん!ww

「話を続けるぞ!」と強めに言ったのだが、皆の我を見る目が生温かい。

「とにかくじゃ、トラロックは司祭共に一目置かれたので、今度は司祭共に注文を付けたのだよ。生贄は良いとしても、人間は止めましょうとな。まあ、想像できるだろうな。凄い反感を買ったよ。一時は命まで狙われた程にな。」

「それをあんたはどう捌いたんだ?」レンジョウが興味深い様子で訊いた。

「こんな感じで。」と言うと、我は手足を振り回し、殴る蹴るの動作を見せた。

「やっぱりあんた、素手でも俺より強いだろう?」とレンジョウがぼやくのを敢えて無視する。


「シーナ君、そろそろ猪の腿肉が美味しい頃合いだよ。我の長話よりも今は食事を始めたまえ。」と忠告した。彼女の顎に垂れた涎を見ないふりするのが、紳士の心得と言う事だろう。

レンジョウが音を立ててむしり取った腿肉に彼女はかぶりついた。アローラとシュネッサもアバラの肉をナイフで切り取って食べ始めた。

アローラは美味しさを身体中で表現している。シュネッサは、我の分の肉を切り取り、お椀に乗せて差し出した。この娘は本当に良い娘である。

そうだ、豊満ではないが、トラロックが幸した娘を思い出す。控えめで賢く、他人の世話をせっせと行う善良な娘であった。

あれから、既に17世紀も経過しておったのか・・・。


****


「トラロックは遂にテオティワカンの娘を娶った。気立てが良く、粗末な庵も気に掛けず、ただただ人々に恵みをもたらす善なる男に尽くするのを好しとする。そんな娘であったな。トラロックの好む者は、すべからく善人であり、自分よりも他人を思いやる人物であったからな。我は二人をお似合いの者であると思ったのよ。」

思わず笑ってしまった俺を、暗殺者は咎めたものだ。

「そうは思わないのかね?」と奴は不愉快気に言った。

「いや、そう思うさ。だが、考えてもみろよ。」暗殺者の顔付が困惑したものになった。

「何をどう考えると言うのかね?」本気で疑問に思っている風だ。

「あのさ、元大男の暗殺者さん。」アローラが肉を齧りながら笑う。

「何だね?」

「その現実世界のトラロックが一番気に入ってたのは、どう考えても貴方なんだけど?」アローラがそう言う。

「ええ、そうですわね。」とシュネッサも同意する。

奴は顔を赤面させながら口ごもっている。

「さて、善人であり、自分よりも他人を思いやるお方。どうぞ続きをお願い致します。」とシュネッサが更に追い込んだ。


****


腿肉に夢中になってしまった様子のシーナを除いて、他の皆は我の話を聞いている。

何と懐かしい話をしたものか。それを理解して聞いてくれる者の存在がどれ程に大切なものか。

我も、そしてこの世界のトラロックもレンジョウに言った言葉だが、”人は孤独であってはいけない”と言う事。そして、そうではないと理解した時の喜びの大きさ。

「トラロックは結婚した。カックの家の娘ではなく、市井の善良で素朴な娘であった。人の口の端に登っていた我の事は遂に忘れられて行ったのだよ。我は二人を祝福し、二人の幸福を祈った。」

「既に、当時の我はトラロックが普通の人間同様に年齢を重ねる存在だと確信しておった。だが、愚かな天使でしかない我は、彼が無限の生命を持つ存在だと勘違いしたいとも思っておったのだのよ。」

「彼は住居の中ではマリーゴールドをお香として焚き、清潔で簡素な生活を守った。湖に行って祈れば貝の類が自分で穴から出て来るので、彼の到着と共に、臨時の漁師がワンサカとお供して来るような有様だった。”神の子”として崇められたのも当然だったろう。」


「だが、そんな彼であっても、人と言うのは素直に崇めたりしないものだ。彼を非難しようとする者はやはり現れたのよ。人格的にも何の問題もないトラロックを貶める理由としては、彼の出自が取り上げられた。すなわち、トラロックはアステカの者ではなかったのだ。彼はマヤの者だったのだ。」


「馬鹿馬鹿しい限りのトラロックの処遇に関しての議論が繰り返された。これ程の力を持つ者を、マヤの者達に返すと言う議論はされなかった。それについて詮議したが最後、文字通りに自分の首が飛ばされる可能性すらあったからだ。雨を降らし、空に虹をかけて人々に喝采される魔力の持ち主が去る様な事があればどうなるのか?それが他の街の者共の新しい力になった時、テオティワカンの諸都市内での地位はどうなるのか?」

「それを考えた時にテオティワカンの支配者層は恐怖を感じたのだろう。鬼札としか言えぬ存在が今そこに居て、あろう事かその者は自分達の信仰に文句を言い放っておる。この時、テオティワカンで内戦の機運が高まった。けれど、心配する必要がどこにあったのだろう。トラロックはそれを簡単に鎮圧してしまった。」

「まずは、市内ではなく、都市周辺部で集結しようとしていたクーデター勢力と言うか自暴自棄に陥りかけていた者共の近くに彼は進み出た。彼の周辺には、既に熱狂的な信者めいた者共が多く侍り、カックの郎党も同じく彼等なりの完全武装で揃っておったな。」

「お互いに最初は罵声を浴びせあっておったよ。”反逆者、神の子に逆らう者共””内通者、マヤの産まれの邪法使いを崇める背教者”等とな。公に口に出してしまえば、その言葉が後々まで禍根となる事すらわかっておらぬ底抜けに楽天的な者共だったことよな。」

「それはさておき、トラロックは戦に手抜きはしなかった。敵陣に向けて空から雹を降らせた。晴天に眩く太い稲妻が光り、空の中を走り抜けた。まるで太陽の様に輝く恐るべき稲妻だった。続いてどでかい雷鼓が鳴り響いた。敵陣は迷信深い者達が揃っていた事もあり、大混乱に陥ったものだったな。我は大混乱の集団に突っ込んで、大声で泣きわめいている者すら居た愚か者の集団を相手に、殴る蹴る黒曜石の石斧で相手の武器を叩き壊すなどと乱暴狼藉を繰り広げた。おかげで戦いは素早く終わり、連中はそれなりの怪我は負ったが命は助かったのさ。ただし、詮議の末にテオティワカンからは追放されてしまったがな。そのせいなのだろう、トラロックがマヤの者であり、マヤ文明圏のとある天文台で働いていたと言う事まで方々にバレてしまった。」

「そうなると、次はお決まりの展開だ。トラロックの親戚と名乗る者が現れ、昔話をひとしきりした後に、彼に帰郷する様に勧めた。マヤからの引き抜きだな。それを初めとして、それ以外にも両手両足を沢山の者が引っ張り、トラロックを股裂きにしようとした訳だ。皆が口を閉じて、トラロックの齎す恵みを享受しておる分には何の問題もなかったろうにな。トラロックを婿にし損ねたカックの者共も大慌てをしたものだったよ。」


「もうここまで語れば我の話がどんな風に終わるのかが見えたのではないかな?」

レンジョウとアローラ、シュネッサが憂鬱そうな顔をしている。シーナも空腹が一段落したのか、脂まみれの唇周辺を見ない事にすれば、それなりに神妙な顔をしている様だ。

「長い話ももうすぐ終わりだ。トラロックがこの地上を去った時の話をするとしようか。」

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