第百三十七話 一つの分かれ道
前半部分だけ投稿します。
また高評価を頂けたようで、大変励みになります。
あれから2日。休憩を取り、馬に草を食べさせて体力を回復させた。
その後に太古の寺院近くの丘を登り切り、丘の上からかなり遠方に見えた(飛翔能力で見つけた)小さな村に俺達はようやく辿り着いた。多少遠回りになったが。
「私達は姿を見せない方がよろしいですね。」シュネッサやアローラは、寒村の者達には刺激が強過ぎるだろう。パッと見てもシュネッサは普通の人間ではないのだから。
「あたしもね。子供が板金鎧を着てる訳ないし、耳がこれだけ尖ってたら人間には見えないかな。」アローラも居残りを宣言した。
「馬車の中まで臨検する様なら、その時は剣に物を言わせないとね。」シーナがそう言う。
「こんな田舎の村に魔法の武器で武装した勇者を含む一団をどうにかできる輩が居る訳ないだろうさ。」と物申すのは、勇者の一団を一人で相手にできる大男である。
「あんたが睨むだけで、村中の穀物と女子供が差し出されそうだな。」俺はそう言い放った。
「失礼な。我は山賊ではないぞ。」
「もっと深刻な脅威ですよね。邪神とかを相手にする方がまだ現実的に勝てそうな感じがしまっす。」鹿子木もそう言う。
「むむむ・・・。」
「そんな訳だから、あんたも馬車の中で待機だ。」俺はそう言い渡した。
「で、俺がいつもの様に買い出し班と言う事で決まりですか?」マキアスが手を挙げる。
「お前に任せれば、いつでも穏健に物事が運ぶからな。」
「俺も一緒に行きます。」そう声を掛けたのはオルミックだった。
「そうしてくれ。」
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食料と調味料(主に塩)は問題なく手に入った。価格も適正と言って良い。
この村では牧畜が盛んな様で、羊の肉のソーセージが両手に余る程に手に入った。香辛料をほとんど使っていないソーセージは多少臭いが、そこはシュネッサが何とかしてくれるだろう。
干したハーブも袋一杯に入手できた。
村から出る小さな道の一本がノースポートに繋がる街道に向かっている事もわかった。街道までは後一日弱の距離で、その後は街道沿いに進めばノースポートに到着するとの事だった。
「多分、単騎でなら、ボスに遅れる事四日程でバーチに到着できると思います。」簡単な地図で経路を示してオルミックはそう言った。
「あたし達も、ノースポートに立ち寄る事はしないわ。フルバートの者達に否応なしにあたし達とレンジョウの関係を知られてしまうから。」アローラもそう言った。
「私とマキアスも、バーチで盗賊ギルドと組してランソムを討ちましたって言う評判を立てる訳には行かないから。大人しくノースポートに帰らざるを得ないわね。」これはシーナ。
「兄貴はどうしますか?シーナさんには立場があるでしょうけど、兄貴は隠密裏に動けますし。」と鹿子木。
「お前はどうするんだ?」と訊き返すと、「当然兄貴と一緒します。」と答えがあったので、「俺も行けないな。復命はしないといけないし、アリエルや先代様とも話さないといけないからな。」
「あんたはどうする?」と俺は大男に訊いた。
「我はスパイダーの事を見届けないといかんからな。オルミック君と同道する事にするよ。」
「隠密行動はどうするんだ?そんなキンピカの板金鎧を着て、オルミックはどうすりゃ良いんだ?」と俺は質した。
大男はニヤリと笑った。言い知れない・・・何かが起きる予感がした。それは的中して・・・。
「シーナ君。君が知っていた我とは・・・・。」グニャリと・・・大男の輪郭が歪んで。
「こんな姿ではなかったかな?」と言うや、目の前に現れたのは・・・。
「そうね。その姿よ・・・。」とシーナが顔を引き攣らせながら答えた。
そこに居たのは、大男ではなく、中背で痩躯の浅黒い肌の男?だった。
手足が無暗に長く、頭が小さい。指は細く長く、掌も細長い。顔はパッと見は中性的に見えるが、女にはやはり見えない。
生命を持ったナイフの様な、ある種奇怪な程に鋭利で、寒々とした恐ろしさを感じる姿だ。
特徴的な外見として、中性的な顔の目の近くに、奇妙な赤い斑、毒々しい程の赤が浮かんでいる事だろうか?
毒蛇・・・印象に浮かぶのはそう言う言葉だ。
「デスストライクの身体は、本来の場所。フルバートの地下に戻っておるよ。これが我の本来の姿なのだ。」茜色のピッタリした装束に身を包み、灰色の頭髪を同じく灰色の布で覆った姿は、いかにも・・・。
「赤い暗殺者って感じですね。」と鹿子木が皆の気持ちを言葉にした。
「暗殺者かい?いや、我は死そのものなのだがね。」と青みの強いアースアイが危険な輝きを放つ。声も野太い声から、低めではあるが線の細い声に変化している。
「シーナの瞳と似ているね。」とアローラが言う。なるほど、シーナのヘイゼルの瞳も、完全に青と褐色が混ざり合っておらず、縁の方で複雑なグラデができているが、この男の瞳はそれよりも青が強くなっている。
「お前の瞳も綺麗だよ。」強い黒縁のアイスブルーの瞳のアローラも、切れ長な目尻と相まって瞳の美しさが印象的なのだ。アローラは喜んで身体をくねらせながら照れている。
「それにしても、相変わらず片目なんすね。」と鹿子木。
「もう片方も見たいかね?」と元大男の暗殺者が嗤いながら言った。
「遠慮しておけよ。」とマキアスが言うが、俺もそう思った。鹿子木もブンブンと首を振る。
黒い布で覆った左目が、布越しに赤い光を漏らしているのが見えたからだ。
「桑原桑原・・・。凄い力のレッドアイじゃないですか。時にダークエルフにはそんな目を備えている者がいますが、眼光が布を透かせてしまう者は聞いた事がありません・・・。」とシュネッサが言う。つまりは邪眼と言う事か。
「我よりも、君達の知る女性の方が更に危険なのだけどね。彼女が本気を出せば・・・まあ、我程度では到底及ばぬだろうさ。」と俺の方を向いて言った。
「あれは凄いお方なのだぞ。」とも・・・。俺は肩を竦めるしかなかった。
「そんな訳で、我もオルミック君と同道する。」毒蛇に似た暗殺者は再度宣言した。
ちょっと意外だったのは、オルミックがそれに乗り気だった事だ。
「ご助力に感謝します。」と言ってあっさり受け入れたのだ。俺なら絶対に不安を隠せないだろう。
「このお方がいらっしゃれば、ギルドの生き残り達は誰も死なずに済むかも知れません。まだボスが仕掛けていなければと言う事ですが。」オルミックはそう言った。
「皆さんとご一緒できるのも、街道までと言う事になりますか。名残惜しいですが。」
「道案内と言う事なら、街道までで正解よね。私達の事は気にせずに、スパイダーを助けておいで。」シーナもそう言った。
「あたし達も、街道に出たらお別れだよ。シュネッサと一緒に森に帰るから。」とアローラ。
「一挙に寂しくなりますね。」と鹿子木。
「チーフ、料理頑張って下さいね。俺はもうレンジョウとカナコギの料理は食べたくないですから。」そうマキアスが続ける。
「俺もそうだ。口が奢ってしまったのか、不味い料理を食べたい気分になれない。」と俺。
「それもこれも、シュネッサが美味しい料理を作り続けた結果と言う事ね。」
「人間を堕落させる手管に関しては、ダークエルフは第一人者であると理解して頂けたでしょうか?」皆がそこで大笑いした。だが、ここはまだ村のすぐ近くだと思い出した。
「さあ、食事も済んだし、火を消してから出発しよう。」と声を掛けると、オルミックが先頭を引き受け、俺達はまた出発した。狭いがのどかな田園を背に、俺達は森の中に入って行く。秋の風がほんの少し肌寒く感じられた。
****
「結構チャンとした道じゃないか。」マキアスは馬車を駆りながらそう言った。
村から街道に引かれた道は、かなり広くて楽に馬車が通れた。
ただし、人数分の水を積み込んで、今後は宿場町が一つだけと言う予定だったので、食料の補給は少なかった。そして、私は普段の何倍かの食事を必要とするのだ。
「蜂蜜が売ってなかったのが痛いわね。」寺院で戦った後も、私は結構な量の食事を摂った。
今や、それ程の食料の余裕はないのだ。よもやこんな心配をしなければならないとは出発前には想像すらしなかったのだが。
「そこに水の湧いている場所があるのかな。ともかく、村人の言った通りの小屋があるから調べてみよう。」レンジョウがそう言った。
そうだ・・・。今の私には「食事にしよう」と言う言葉は禁句になっている。否応なしに凄い量を食べるので、皆から必要以上に空腹を心配されてしまうのだから。
「チーフ、食事ですよ。明日にはシュネッサさんの料理ともお別れですからね。今日はシッカリと食べておく事にしましょうよ。」と、完全に餌付けされてしまったマキアスが張り切っている。
「まあそうね。小屋の中に濡れない様に手入れされた竈もあるらしいし。私も手伝って一品増やす事にするわ。」
「楽しみですね。チーフの料理も相当なもんですから。」ジュルリと音を立てて涎を呑み込んでいる。
「胡椒もまだ残ってるんだし、ここでほとんど使い切っても街道に出れば大丈夫だと思う。盛大にお昼を楽しむ事にしようか?」私も楽しみになってきた。
そんなこんなで昼飯と言う事だ。買って来たソーセージの一部は切り刻まれてスープの具になった。玉ねぎを獣脂で炒めて、胡椒をふりかけ、たっぷりの水と塩を加えて煮込んだ。それにシュネッサがハーブを加えて、干したトマトを細かく刻んでドロドロになるまで煮た。
アローラは最後の一本の矢を使って夕食用の得物をゲットして来た。
「アローラちゃん、マジ有能!」鹿子木が大喜びしているのは、まだ若いが猪を仕留めて来たからだ。
「ちょっとオーバーキルだったみたい。」例によって頭が丸ごと吹き飛んでいる。
「血液も大方抜いておいたけど、もう少し吊るしておいた方が良いかもね。」
まだ皮は向いていないので、馬車の後ろに吊るしておいた。多少は動いている間に籠の部分に当たるかも知れないし、血液で籠が汚れるかも知れないが、どうせこの旅が終われば(証拠隠滅の必要もあるために)壊されてしまうだろう馬車だろうから構った事ではなかった。後の課題は揺れている間に変な物が首から飛び出て来ないかと言う事だが、それも行き会う者もない小道では些細な心配かも知れない。
「肉をあらかじめ用意してないだけで、BBQキャンプみたいなもんかな?」いや、野菜も無いし、網も無いのだけど。後、ソースやデザート類も。
「いい出来のスープではないか。この中にシリアルをぶち込むのは無粋だな。これはこれだけで楽しんで良いと思うぞ。」口調はそのままだが、今や大男から中性的な暗殺者に変わってしまった”懐かしい顔”がそう言った。
「貴方とももうすぐお別れね。バーチの盗賊共は、貴方が行けば瞬殺で終わりとして、その後はどうするの?ノースポートに来る?」
「ふむ・・・。先代がおるからな。少し肩身が狭い。わかってくれるかな?」
「サミー・・・。貴方さ、何でスパイダーの前では先代様の名前を名乗ってたの?ずっと気になってたのよ。貴女がサリーって名乗ってたのが。」
「サリーでもサーラでも・・・。我は彼女の影であるからな。あるいは、我は彼女の手足であるのやも知れぬが。しかしな・・・。」
「彼女は死を司る者の役目を離れる事ができた。我もいつかは死を司る者の役目を離れられるやもな。」
そう言う彼の姿は、夢見る様な、夢が叶う事を信じていないような、とても寂し気で悲しそうな姿だった。
「そう言えばですが、私は貴方と共に何度も戦いました。あるいは作戦遂行を共にしました。けれど、親しく話した事は無かったですね。」
「我は未来の事は”覚えて”おらぬよ。何故、君は我と話そうとしなかったのかね?」少し興味深そうに彼は言った。
「疲れていたからです。貴方がたと行動を共にする様になっても、それでも貴方がたや彼等の存在を胡散臭く思っていた。加えて、貴方がたが人間には超自然的に思える力を持ちながらも、全力で戦ってくれないのかも。」
「私もレンジョウも、他の全ての人間は疲れていました。毎日知る事となる世界の荒廃と死者の数。減って行く戦闘員と増え募る敵の数、向上して行く敵の質。遂には貴方がたも彼等も置いて、私は逃げ出す事になりました。」
「我はどこにおっても変わらぬからな。我の考えている事、考えていた事はわかるよ。」
「つまりは、我は不公平な事をしなかったと言う事だろう。君以外の死んでいく者達とも公平に付き合っておっただけだろう。それとも、我は不愉快そうな顔をして、君の話を遮ったりしたかね?」
「いいえ・・・。」彼はそこで頷いた。しかし、その顔はいささかも笑っていない。
「今回は話す機会もあって良いだろう。いや、話をせずにはおけないだろうな。」
「宗旨を変えて、お喋りな死神になると言う事ですか?」私はクスっと笑った。
「いやいや。我とてもずっと孤独に暮らして来た訳ではない。この程度の斑点では別に変に思わない者達と共に暮らして来た事もあった。その時はやはり幸せであったな。」目を細め、過去を思い出しながら死神はそう言った。
「我は最初は現在のイエメンやサウジアラビアで暮らしておった。その後はローマに赴いて、そこで守護天使として崇められたがの。3世紀に起きた大事件以降は我等も元々住んでいた領域から散逸して、それぞれに新たに好きな場所で定住したり、放浪を続けたりしておったよ。」
「マタイ伝の記述のとおりに?ですか?」私は聞いてみた。
「キリスト教徒の言う事全てを真に受けるものではないね。ユダヤ教のラビの言う事もね。確かに我はローマを守護しておったがモーセには会った事がない。ソロモン王にもな。ダビデ王は、あれがそうだったかと言う人物は知っておるが、エジプトにイスラエル人が捕らえられていた事を目撃した者は誰もおらん。大袈裟な経歴詐称が後世に行われた。我はそう思っておるよ。」キリスト教徒の私としては、肩を竦める以外に何もできない。
「エジプトの守護天使のラハブなどおらなんだし、エジプトに関しては有名な出エジプト記と言われておる記述物の中でも、おかしいなと思われる個所は多々ある。何故か、カナーンの神の力を行使する魔術師がエジプトにおる事とかはそれらの内の一つでしかない。イスラエルの連中は当時は国とは到底言えぬ部族レベルの勢力でしかなかったからな。大方、イエメン付近の居住者が戦いを仕掛けて来て、結果として近くの街の者どもに部族の殆どを拉致されて、最後には何とか逃げ出して新たな安住の地に移り住んだその程度の事だったのだろうさ。」
「まあ、経歴詐称や呪詛を含んだ後世のラビ達の創作がマタイ伝その他なのだろうが・・・それよりも大事な事がこの世界にはあるな。」
「大事な事とはなんでしょうか?」
「この世界にはトラロックがおるのよな・・・・。」
「トラロック様が何か?」
「いや、顔見知りなのじゃよ。ぶっちゃけ、彼の世話をする役目をしていた事もあるよ。」
「・・・・。実物のトラロック様と?」
「彼は世界遺産となっているテオティワカンの近くの山の洞窟に住んで居った。そして、我は彼と、彼の妻の生活の面倒を見ておったのよ。」
「実物のトラロック様・・・・どんな方だったのですか?」
「優しい男じゃったよ。彼は人間の男として産まれたが、不思議な力を持っておったな。天候を操り、雨を降らせ、大地に実りをもたらした。現地の者共が神と崇めたのも道理と言うものかな。」
「・・・そんな人間が本当に居たのですか?」
「居たさ。そして、我は会いたいのだよ、トラロックに。そして確かめたい。」
「本物かどうかをな・・・。」
「本物でなかったら、どうなさいますか?」
「ガッカリだね。けど、それは仕方ないさ。」ほろ苦い気持ちが口角の端に出ている。
「本物だったら?」
「ふむ・・・。どうするかな。どうなるかな。」
「わからんよ・・・。」
「彼はいつの時代のお方なのですか?」
「彼は四世紀くらいに生きて死んだ男だよ。」
「それならば本物とは思えないですね。」
「どうかな?君の事を考えてみなさい。君には何故か紀元前の人物の記憶がある。そうではないか?」
「記憶と言うには断片的ですし、唐突ですね。他の誰かの身体に入って・・・姫様と話をしていた。そんな感じでした。」
「・・・。」私は答えに悩み、ふと目を逸らした。
そして、その視線の先に、腕を組みながらこちらを見やるレンジョウの姿が目に入ったのだ。