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第百三十六話 胎動

とりあえず、後半を除いてアップします。

 思わず固唾を呑んでスイッチを入れる。

 カシャカシャと軽い音がして、その後にワークステーションが立ち上がる。

 完全に水冷のヒートシンクを使っているので、動作音はほぼしない。


 起動用の流体メモリに電源が接続されて、こちらはかなりの音がする。ブーンと言う高周波の音響が室内に響き渡る。

「おはよう。」その男の温和な表情に少しの緊張が入り混じっている。

「おはようございます、ジェラード。」ワークステーションのスピーカーから、美しい女性の声が発せられた。


「・・・・。」男の表情豊かな顔にニンマリと笑みが浮かぶ。

「気分はいかが?」男の問いに、「上々です。今日もいろいろと教えていただけると思うと、楽しみで仕方ありません。」とその声は”朗らかに”応える。


「そうしたいのは山々なんだけど、僕には用事があるんだ。明日、君のお披露目が済んだら、それからまた話そう。」かなり疲弊した様子の男は残念そうに言う。

「それは残念です。」少しも残念そうな様子でもなく、声は応える。


「今から君の手足を起動するよ。動かしてくれるかい?」男が言う。

「今日はどんな演目で動かしましょうか?またコーヒーを容れますか?それとも?」

「お腹がペコペコなんだ。トーストも焼いてくれると嬉しい。」

「おおせのままに。」


 小さな昆虫型ロボットが幾つも起動され、それに付属したマニュピレーターが動いて、トースターの蓋を開いた。

 大きな人間大の武骨な歩行機械が、やはり武骨な五本指のマニュピレーターで冷蔵庫を開けて、中からデニッシュブレッドとバターを取り出す。

 ポットに近付く昆虫型ロボットと、専用のラバーでコートされた回転マニュピレーターとスプーンを備えた車輪で動くロボットが、インスタントコーヒーの瓶を固定して蓋を開ける。

 デニッシュブレッドがトースターの中に二つ入れられて、蓋を閉めた昆虫型ロボットが時間を五分に設定する。

 車輪ロボットはカップにコーヒーの粉末を入れて、棒状のマニュピレーターでボタンを押して湯を注ぐ。スプーンがカップの中に専用のマニュピレーターでカップに挿入されて、優しくかき混ぜる。


 広い作業台の上でロボットが走り回り、まずはコーヒーが男の前に運ばれて、その後に再び冷蔵庫を開けてバターを取り出した歩行機械がバターを取り出して、指先にバターナイフを摘まんで待機する。

 焼きあがったデニッシュブレッドにバターが塗られて、安物の(割れても良い様な)陶器の皿に乗せられて運ばれる。

「ありがとう。これで目玉焼きとサラダがあれば満点なんだけどね。それは今後の課題にしよう。ではいただきます。」男は出された食事を頬張り始める。


「目玉焼きのレシピは既に取得しています。作成致しますか?」と女の声が言う。

「おやおや・・・。では追加でもう一枚のデニッシュブレッドを。目玉焼きは卵二個で、コーヒーも追加しようか。」

「はい、おおせのままに。」すぐに作業が再開されて、歩行機械は電熱ヒーターを起動して、その上にフライパンを置き、油と卵を入れて焼き始めた。

 それと同時に昆虫型ロボットがトースターを始動させる。


 男はその様子を満足した目で見やっている。これが機械の行っている事だとは、今になっても到底信じられない程だ。できた目玉焼きも完璧な出来栄えだった。

 人間である自分がやった事は好みの量のケチャップを目玉焼きに追加した事と、それらを食べた事だけだった。

「ご馳走様でした。」男が言うと、「お粗末様。」と女の声が応える。その後に食器類は歩行機械によって全て自動食洗器に入れられた。

「君なら数時間のチューリングテストにでも耐えられそうだね。今度、どこかのチャットで他の人達と話してみたらどうだろう?」

「それは興味があります。人間のふりをすると言う行動にも。」やはり穏やかで美麗な声がそう応えた。


 その言葉に、男は少しギクリとした表情を隠せなかった。そして、肩を竦めると傍らのデスクの上からノートを取り出してボールペンで書き込みを始めた。

「その前にやっておかないといけない事があってね。」手は止めずに口だけを動かして、男は受け答える。

「お子様の事ですか?」

「そうだ。君のお披露目の後はいろいろと忙しくなりそうだからね。今のうちに時間を作っておきたいんだ。」

「その間、わたくしは待機しております。」

「うん、ではおやすみ。」マウスを動かして、一連の操作を行う。ワークステーションはシャットダウンの準備を始める。

「はい、おやすみなさいませ。」それっきり声は途絶えた。


 電源が全て切られ、既にシャットダウンされているワークステーションも沈黙を守っている。

 男はその後ノートに向かい、ビッシリと書き込みを行うと、それを持って部屋を出て行った。


****


「今から出るのだとして、到着は10時間後になるわね。」小さく切ったフルーツを咀嚼し、トーストにポーチドエッグを塗り付ける。急いでいる時の定番メニューだ。

「もうこれからはアローラとはお別れね。」


 作業のための時間は充分に足りている。数時間の間にカンカンに作業を急いだおかげで、重要あるいは不可欠なファイルはほとんど改竄と訂正が終わっているのだ。

 ただ、指がヒリヒリする。それに加えて、空腹で目が回りそうだ。日常性の回復もしておかないと根気が切れてしまう。

「はい、温かいスープを召し上がれ。」細く節くれだった長い指がカップに入ったブロッコリーのクリームスープと冷えたチェリーソーダを差し出した。

「我もご相伴に預かるとするよ。」ラミーがネクタイを外して椅子に座る。


「どうぞ。バービーも座ってね。」

「そうさせて頂くわ。車の中のソファもベッドも落ち着けないもの。ちょっと息抜きは必要ね。」

「だが長居はできないね。不審な車両が幾つか遠巻きにして近付いている様だから。」ラミーが短く釘を刺した。

「それって、パパの監視をしている人達でしょうね。先回りをしているんでしょう。」パトリシアが当たり前でない事を当たり前の様に言う。

「貴方自身の身柄を拘束する予定なのかも知れないわよ。」バービーの目付きは厳しい。


「いずれにせよ、パパが家に帰って来て、また施設に戻るまではあたしに手出しはしない筈なのよ。」

「今はトニオも日本に行ってるし、家政婦達は明日全員が休みになってる事を知らないし。パパが施設に戻るまでは何の心配も要らないわ。それよりも、料理が冷えたらいけないわ。いただきましょう。」

 ラミーとバービーは顔を見合わせた後、頷き合って、食事を摂り始めた。


****


「異状なし。家政婦が帰ってからは、誰も家に入っていないし、例の子供も外に出て来ない。」

「わかった。この付近は自動車の通行それ自体が少ないからな。その分、警察も通らないが、油断は禁物だ。父親の方は先程施設を出発した。到着は10時間後の予定だ。」

「了解しました。」通信は切れた。


「あーあ、カメラさえ残ってたら、こんな事しないでも済んだのにな。」

「全くだ、あの小娘が重要な場所のカメラを全部見付けちまったからな。どこにでも登って行く猿みたいなガキだぜ。」

「あれらを仕掛けた内装業者の棒子は、今は執事の爺に起訴されて逃亡中らしいな。人知れず野垂れ死んでくれたら面倒ないんだが、警察に身柄が拘束されたら俺達のせいになる。」

「そいつらは”OT”の連中に殺させた方が良いかもな。それよりも、少し前に部長が面白い事をしてたんだそうだ。」

「面白い事?あの変態が喜ぶ様な事が面白いのか?」

「ほら、あの家の小娘の事だよ。最近出回っているAIで、子供が大人になった時の顔を予想するのがあるんだ。」

「俺達が少し前に家の中に忍び込んだ時に、アルバムをスキャンしたが、あれと関係しているのか?執事の爺が一纏めにしてくれてたんで助かったが。」

「マーが俺にも回してくれたんだ。画像サンプルを読み込んで、このアプリを起動するとだ。」


「これが12歳、これが15歳、これが18歳だな。」

「あのヒョロヒョロした痩せたガキが、こんな風になるのか!おい、何だよ。蝶でもここまでは変わらないだろう?!」

「こりゃ、ただでは済まないだろうな。」

「ああ、拉致る準備が必要かもな。」

「外に出てくれたら楽なんだが、あの小娘は庭にも滅多に出ようとしない。エレメンタリースクールにも休学届を出してやがる。」

「あんだけ知能が高いと飛び級で何でもできるからな。一気に大学にでも入れるらしいぞ。」

「そんなのは小説の中だけさ。実際は大人の中に小娘が入り込んだとしても意思疎通からして面倒なだけだそうだ。」


「拉致するとして、納入先としてありそうなのは、幹部の子弟にあてがう将来有望な女児って事になるかな?」

「俺達の成績になるかな?」

「なるぞ。間違いない。」

「よし、父親が居なくなった後に、許可を取ってから決行しよう。」

「好!」


****


「家政婦さんのお仕着せって事だと、こんなのしかないわね。」

「ブカブカだし、タケも短いですね。」

「バービーは背も高いし、脚も長いからね。仕方ないのよ。」

「二人を呼ぶ名前も考えないとね。」

「それならご心配なく。普段から、バーバラ・エデンと名乗っております。」

「それって、どっかで聞いた名前じゃないかしら?」

「もうすぐ誰からも忘れられてしまうと思いますよ。それに、私は可愛い魔女とは言えない代物ですから。」そう言って肩を竦める。


「とにかく、一日だけ家政婦さんをよろしくお願いするの。ラミーは運転手って事でお願いね。」

「はい、お嬢様。」逞しい身体を黒服で包んだラミーは丁重にお辞儀をする。

「ラミーの場合は、逃げ出す時に運転手を本当にお願いする事になるだろうけど。」

「謹んで、お嬢様。」そんな彼の様子をバービーは微笑みながら見ている。


 和やかな雰囲気で食事を摂り、バービーは片付けの為にキッチンに向かった。


「誰だ?」突然ラミーが声を上げる。ただし、そんなに警戒している様な声色ではない。

「お召しにより参上致しました。スポットではございますが、協力させていただきます。」


 そう言いながら、柱の影から現れたのは、細身の見るからに賢そうな青年で・・・。

「お名前は?」と言うパトリシアの問いに「いかようにもお呼び下さいませ、お嬢様。」


 その所作も美しく、トウモロコシ色の巻き毛は短いが優雅にまとまっている。何よりもその温和そうな表情と夢見る様な眼差しが好青年の印象を強めている。とにかく魅力的な男だった。

「あなたの事は知っているの。パパの研究室にはもう入り込んでくれた?」と言うパトリシアの問いに、青年は「はい。ついでに、御父上の研究を盗もうとしている者達のアジトにも。」そう答えた。


「さすがね。パパの研究室の機材一式は盗んで欲しいし、ついでに、データも消去して欲しいの。大陸間で送られたデータは無理だろうけど。アメリカ国内では、これ以上はさせないで欲しいから。」

「おおせのままに。敵対者達のアジトはいかがなさいますか?近くの仲間達を集めれば、いますぐでも。」

「詳しい事はあたしにも思い出せないの。でもね・・・起きないといけない事件が起きて、皆が立ち上がろうとしないとダメなの。全てが手遅れになってしまうから。だから、そのアジトに手を付ける訳にはいかないのよ。」

「失礼ながら、御父上の事も同じ文脈の流れで・・・ですか?」

「そうよ。」パトリシアは短く答える。


「それ以外の道筋がわからないんだもの。」


「我等と」ラミー、キッチンから帰って来たバービーを指差して「彼等が手を携えれば、大抵の事は何とでもなりますよ。あなたの様な方が深い業を背負うのは感心致しません。」

 ラミーとバービーも強く鋭く頷く。

「ダメよ。」凍り付く様な言葉が幼い娘の喉から発せられた。


「あたしの感傷で不確定な未来がやって来て、結果としてより多くの人達が死に、より良い未来が遠ざかる事は許されないのよ。あたしのせいで取り返しの付かない破滅の未来が来たら、あたしはそれこそ生きて行けないの。」


 その言葉を聞いて、三人は押し黙った。

「決意は固い。そう言う事ですね。よろしいでしょう。では・・・。私の呼び名を考えて下さい。」

「貴方様は今から私の主人でございますれば。貴方様の呼ぶ名前に応じて、私を自由に使役できるとお考え下さいませ。」


「代償は何かね?それ如何によっては、我と彼女は契約を一切認めないぞ。」ラミーが遮る。

「約定によるものではありません。代償はこれからご主人様が支払われる人生の苦難と喜び。それらを傍から見させて頂く事で充分以上に見合うものと思料致しますれば。」

「無償で働くと言うの?」バービーが更に詰問する。一切の誤魔化しは許さないと顔に書いてある。


「彼女は私の望むものを提供してくれるのです。今もこれからも。つまりは、人類の存続と言う事ですが。これは私程度が望める以上の対価であると思いますよ。」

「エルム・・・。貴方の呼び名はエルムよ。」パトリシアはそう答えた。


「ほほう・・・。それは本当はスペルの最初に”H”の文字が入ると言う事ですか?」青年の姿をした何かは興味深そうに訊き返す。

「最後の”E”と”S”も省略しているわ。」

 ニヤリと青年は嗤った。一度深く頷くと「私の名は”エルム”、しかと覚えました。」

「私の仲間達に、この名を言いふらす事としましょう。きっと感銘を受けてくれる者も多いかと思います。」

「そうなら良いわね。」パトリシアは緊張した顔で言う。ラミーとバービーは酸っぱい物を呑んだような顔をしている。

「加えてですが・・・。私達が勝手にいろいろと動く事をお許し下さい。誓って、ご主人様に迷惑を掛ける事はございませぬ故に。」

 パトリシアは少し考えてから「わかったわ。」と答えた。


 青年、エルムは嬉しそうに相好を崩すと、片膝を突いて「私と仲間達の忠誠を信じて頂きたい。では、お忙しいところでお時間を頂いて申し訳ありませんでした。今回はこれで失礼致します。」

 と言うと、フッと姿を消した。


「あれは”月の者共”の中でも一番知恵の回る男です。我等程度の者共では、考えている事の一端も掴めない困った男ですが。」

「今回は何も言わずに協力してくれるみたいだし。追加の要求は必ず断って頂きますが。」

「力づくでも止めますがね。」二人ともエルムの事を全く信用していない風だ。

「彼は使命としてパパの研究室の産物を回収してくれる。それ以上は求めていないからね。」パトリシアはそう言う。

「それだけで済めば、一番無難だけどね。ラミーと私が護衛を命じられた時点で、本部は荒事を想定しているとしか思えないし。エルムが居れば、貴方の安全は絶対に確保できるから。そこだけはありがたいわね。」バービーは苦い顔でそう言った。


****


 監視者達は、それぞれが一瞬頭にズキリと痛みが走ったのを感じた。

 気のせいかと、その時は思った。


”マーキング完了。全員、凄いカルマと下らない品性の持ち主です。”

”そうか。ならば、連中の人生の終わりを少し早めても問題あるまい。”

”ご主人様の御父上に災難が降りかかった後、すぐにでも。”

”そうだな。追撃を少しなりとも遅くできるだろうし。やってくれ。”

”了解、ヴァス。”

”それにしても、エルムとは良い名前だな。”

”伝令、技芸、万能。素晴らしい名前です。古のギリシア人達も納得してくれる事でしょう。”

”ローマ人もだろう。”

”では、こちらに数名の月の者共を招集します。”

”リーダーは美を担う者が適当じゃないのか?”

”凄い大物ですね。良いんですか?”

”陰謀を暴くのには最適だろう。声を掛けておく。”

”彼女は今もヨーロッパに居たんでしたっけ?”

”通信できるよ。迎えに行ってあげたまえ。”

”わかりました。大捕り物になりそうですね。”

”沢山連れて行ってくれ。”

”後はユダヤ人大好きのあいつもな。”

”彼は近くに住んでますね。呼んでみます。”

”とにかく害虫は皆殺しだ。遠慮は一切要らんよ。”

”了解、盛大な悲鳴をあげさせます。”

”楽しみにしておこう、以上だ。”


****


「通例として、彼等をやる気にさせると、無意味に血の雨が降るんだよな。」ラミーは苦り切っている。

「今回については賛成するわ。追手を私達が始末する手間が省けるから。」バービーが手をひらひらと振った。

「それにしても、未来の我等はどんな事をしていたのだろうな。我々の能力の増え幅を考えると恐ろしくてやりきれないよ。」

「EMPやメーザー。それに加えてマイクロ波放射やら・・・考えられない程に能力が激増してるものね。それを望んだ未来の私達にも問題なしとは言えないだろうけど。」

「彼女と行動を共にすると決まった瞬間に備わったのだから。そう言う能力を使う機会があると言う事だろうが。」

「シッ!彼女が帰って来たわよ。」


「二人ともごめんなさい。ちょっと追加でやっておかないといけない事が増えたの。」

「左様ですか。けど、少しでも眠っておかないとマズくないですか?幾らお若いからと言っても、お父様とお会いするには目の周りも髪の毛も酷い有様にしか見えませんがね。」

「それはわかっているけどねぇ。後3時間だけは頑張りたいのよ。」

「ふむ・・・。では、3時間以内に仕事が終わるまで待っていますわ。気になる事も起きつつあるよ様ですし。お嬢様が集中できる環境を維持できるのはその程度の時間が限界だと思います。」


「これが最後の仕事よ。今・・・”思い出した”のよ。重要な事よ。」

「なら仕方ありません。こっちもギリギリまでは待ちますよ。」

「お願いね・・・。」

「それが済んだら、是非とも睡眠を摂って下さい。面倒事は、お嬢様が眠っている間に片付けますから。」とラミー。

「できる限り静かに行いますから、ご安心を。」バービーが続けた。


「で・・・差しさわりがなければ、何を思い出したのかだけでも教えて頂けますか?」ラミーが横目で見ながら問い掛ける。

「まずは、ヴァス達が見つけた、お母さんの会社のサーバーに入っていると言う未来のデータ。それを回収するのよ。」


「まかり間違っても、公表する訳にはいかないデータだし、今のお母さんには、そのデータが何を意味しているのかはわかっていないから。」

「なるほど・・・それは大変有意義なお仕事かと思います。我々にはサッパリと意味がわからない、難しい事ですね・・・。」ラミーが肩を竦める。

「私達はお嬢様の身辺の安全を計る事が最優先ですので。それ以外の些事については、それ専門の方々にお任せするばかりです。」バービーも同様に肩を竦める。

「いや、わかっているのですが。その些事の方がずっとずっと大事だと言う事は。ですが、お嬢様の安全と、今一つ健康の事は私達二人の専決事項であると理解しております。三時間と少し、お時間は厳守して頂きますよ。」


「わかったの。三時間以内に終わらせるわ。」と言うと、彼女はフラフラと身体を揺らしながら奥に去って行った。


「データの回収だけの訳がないよな。」

「その他にもいろいろとあるんでしょうね。でも、干渉はできない。そうでしょう?」

「ああ、彼女の言うとおりだ。ここで彼女のやる事に干渉しても、良い結果につながる道理が無いからな。けれど、彼女の父親の話、これから先に合衆国に起きるだろう大事件。見過ごして良いのかと何度でも思ってしまうな。」

「日本のことわざにあるそうよ、”大の虫を生かして小の虫を殺す”って言う言葉がね。」

「人を虫と思えって?俺達がか?」

「酷いことわざよね。でも、彼女はそうしようとしている。他ならぬ彼女の父親をね。」


「これが彼女のお父さんなのよね。本当に優しそうな人。こんな人が・・・。」

 ザワザワと逆立つバービーの髪の毛を見て、ラミーが大慌てで肩を揺さぶる。

「君!ここで怒りを爆発させてどうするんだね?」吊り上がったバービーの双眸を真正面から覗き込みながら、ラミーは更に両手に力を込める。

「わかってるわよ。もう取り乱さないから。」

「たまにあるのよね・・・。人間を殺しまくりたい時が。」

「同感だ。今がその時だな。だができない。そうだろう?」

「そうね・・・。だから、外の騒ぎを止めて来るわ。このままじゃ、血の気の多い連中が先に事を進めてしまいそうだから。」

「君が行けば止まるだろうさ。だが、今の君では喧嘩になるのが精々だ。だから、今回は我が行くよ。君には彼女のお守を頼む。」

 バービーは無言でうなずいた。


****


 息苦しい程の圧が大気中に満ち溢れている。青い煌びやかな輝きが、森の中をまだ沈んでいない太陽よりも明るく照らしている。

 その中心には、輝く女性の姿がある。とても美しい女性だ・・・。


「水を司り、輝きをもたらすカリスよ。美しき女性の守護者でもあり、炎燃え盛る昏き世界で暮らす鍛冶の心慰める者よ。」ラミーは彼女にそう呼び掛ける。

「げに姦しき音を立てる天空の怒りよ。妾に何用であるか?かように寒々しい無粋な地に呼ばれただけでも不快であるに、お主までもが現れる。」

「彼をエルムと呼ぶ者の使いだからな。君が早々に仕事を切り上げて帰ろうとする事もわかっていたと言う事だろうさ。だが、そうはさせない。君はエルムの言うとおりのスケジュールで事を執り行って欲しいんだ。」

「聞かぬと言うたらどうする?」

「君は聞くさ、君が守れと言われた娘さんの所に案内しよう。まずは、その輝きを消してくれ。獲物達はもう感付いているかも知れないのだから。」


 フンと鼻を鳴らすと、女性は輝きを放つのを止めた。

案内(あない)せい。」短く応える。不愉快を隠そうともせず。

「ではこちらに。」ウンザリした顔と動作でラミーが女性を案内する。歩く事しばし。

「今、彼女は大事な作業をしているところです。なので、窓の外からでご勘弁願います。」


 窓には偏向フィルタが貼られており、外からは見えない。普通ならば。

 窓枠には特殊な、不安定に帯電する様に仕組まれた銅合金の装飾が為されているため、普通ならば例えばレーザーで内部の音を盗聴する事もできない、普通ならば。


 ラミーが手を翳すと、フィルターが効果を無くし、内部を垣間見る事ができる様になった。

「その様な小技を汝がのぉ・・・。」と女性が少し驚いている。ラミーは丁寧に一礼するだけだ。


「ほう・・・・。今はくすんで居るあの髪も、いずれは溶かした黄金の様に変化するであろう。今は痩せておるあの面相も、いずれは・・・。豊満にはならぬ肉付きと骨格であるが、まさにあれは素晴らしい妖精(ニンフ)の如き美女に育つ事であろうな。宿っておる魂も、古く美しいものよな。」

「納得して頂けましたか?」

「ああ、あの娘子の為に、少しだけ我慢せよと言う事じゃな。心得たぞよ。」

「ついでにですが、君の得意な・・・・。」

「心得たと言うたであろう?良いわ。あの娘に絡む全ての陰謀や策略を暴けと言うのであろうが、(だく)としようぞ。」

「話が早くて助かります。」


「それにしてもじゃが。あの娘子は何をしておるのじゃろうな?コンピューターに向かっておるように見えたが?」

「まさにそうしているのだと思いますが?」ラミーは怪訝な顔をして訊き返す。

「いや、あれは召霊術に似た事をしておるぞ。海の香りがするの・・・アドリア、イオニア、その近くで産まれた者の霊魂と語ろうておるよ。妾の住まう場所の近くの海の香りじゃ。間違う訳もないわ。」

「いやはや・・・パトリシア。頼むから我等の理解できる事をしておくれ。頼むから・・・・。」

 ラミーの困り果てた声に彼女が気付く事はない。


文中に出て来る”OT”とはOLD THEMの略です。

古き害虫、何かの勢力の残党と言う意味です。

それは後日に説明致します。

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