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第百三十五話 タイムリミットあります

 とんでもない奴じゃないか・・・。

 刑事第一課の寺尾警部補は怖気を揮っていた。

 刑事第二課(つまり知能犯に対応する部署)から口頭で共有された情報は恐るべき内容だったし、犯歴照会の結果も同じだった。


「あんなオタクな小説を差し入れて来る奴が、あそこまで凄い犯歴なのかよ・・・。」

 現在行方不明中の蓮條主税容疑者、それを兄貴と呼ばわる青年の情報が寺尾警部補を戦慄させていた。

”容疑だけだが振り込め詐欺が4件、電子計算機使用詐欺罪が2件、犯歴は過剰防衛で2件。暴力行為で罰金が2件。”


 大人しそうには見えなかった・・・。いわゆる塩顔の美男子で、非常に整った顔をしていたが、時々鋭く冷酷な目をするのが印象的だったのだ。要は表情に違和感を感じるのだ。

 一見柔和な表情だが、それは自分で作っていると言うよりも、他人に躾けられていると言う感じを受けた。

”本来はドエゲツナイ人格の男だが、あの蓮條が締めて手綱を握っていると言う事か?”


”犯歴は全てナイフ(しかも銃刀法の規定をギリギリミリ単位で下回る代物)で反撃した結果と言うのもな。”

 つまりは確信犯なのだ。あの妙に相手をイラつかせる仕草や口調も計算づくなのだろうか。


 警察の留置所に入っていた時も、最初から最後まで徹底的に揚げ足を取って来る、とんでもないやり口の使い手で、対応していた警察官が数名減給処分になる程にやられている。

 その後に刑務所の拘置支所に送られたが、次に警察で留置された際には大人しくしていたらしいが、同室の者との話で、拘置支所内の食事が大したことがなかったのと、洗濯に不自由があったので、警察の留置所の方が良いと思ったのが理由なのだそうだ。


 要は国家権力をこれっぽっちも恐れていないのだろう!

 官を恐れぬ不届き者。警察官が本能的に憎んでしまう様な輩と言う事だ・・・。

 それにしても・・・。


 奴が大変な事をしでかし続けたのは、もう5年も前の事で、それ以降は大人しくしている。

 以前は新宿あたりで刃物を”両手”に暴れていたし、特殊詐欺やクラッキングをどこともわからないヤサで働いていた様だが、先日の話では蓮條と共に建設会社(斫りや足場組み)で働いていたらしいし・・・・。


”話に聞いていた様子では、どう考えても正業に就ける手合いとは思えないのだが・・・。”

 そんな印象が強いのだ。

 

 もう一つ聞けた情報では、合法ドラッグと呼ばれる裏物の幻覚剤、しかもシッカリと脳内に残留する一過性ではない危険な代物を売り捌いていた容疑もあるらしい。

 当時の奴の取り巻きの女(いわゆる便所女だが)がそれで死んだとの事だ。

 その女を撥ね殺してしまった運転手は、歩道から突進して来た女を避け損ねている。

 目撃者の主婦は、女が意味不明の錯乱した言葉を発しながら、貨物自動車の前輪下に突進して行くのを見たと証言している。

 その女と一緒にいた女達は皆、後ろ暗かったのか、走って逃げてしまったらしい。


 暴力犯、知能犯、薬物取扱犯・・・。

 一通りの悪事を熟している。普通はどれかに特化しているものなのだが。

 半グレかと言うとそうでもないらしい。反社会的勢力の構成員でもない様だ。

 むしろ、新宿付近の昔からいるチーマーの鼻の頭をナイフで刻んでみたりもしている。

 何かの団体や集団に属しているのだとすれば、それはどう考えても、抗争に繋がる行為であり、その後は新宿から姿を消しているので、抗争を仕掛けたと言う事でもないようだ。

 薬物についても、出所は不明だし、奴が絡んでいる売人も見当たらない。奴自身も売人ではないらしい。奴自身が気持ち悪い位に正体不明なのだ。


”考えられるとすれば、奴自身が暴力犯を憎んでいる立場であるが、基本は知能犯である。薬物については、周辺の者達が勝手に服用していた。”と言うのが、薄っぺらではあっても、事情を一応説明できる筋道と言える。

 いずれにせよ、鹿子木と言う奴がロクデナシなのは全然変わらない事実なのだが。


 ふと、(普段は警察署内に持ち込まない)私用の携帯電話を見てしまう。例の坂野親子、蓮條の親戚だと言う母娘の事を思い出す。

 いろいろと励ましては見たが、蓮條自身も現在行方不明と言う名の逃亡中・・・かどうかも怪しい消失の真っ最中。加えて蓮條の弟分とやらは札付きの悪・・・。

 蓮條が母娘の希望通りに見つかったとしても、あの母娘と言うか、特に娘の方に悪い影響を与えるとしか考えられない。


 あの娘と来た日には・・・。母も美しいが、娘の方は寺尾の好みをぶち抜く程の美形で、表情も仕草も育ちの良さがにじみ出ている。おまけに、あの涙・・・。

”独身の身としては、あんな嫁が居ればと願わずにはいられないよな・・・。”


 公私混同とはわかっていても、そう思ってしまう寺尾警部補だった。


「寺尾警部補。タレコミがありました。これを。」

 部下の巡査部長が大きな封筒と封書を差し出して来る。一瞥して眉をひそめた。


「これは例の蓮條容疑者を訴えた金貸しの屋号じゃないのか?」そう確認する。

「そうです。念のためにライトを当ててみましたが、誰の指紋も出て来ませんでした。ですから、直接手で触っても大丈夫です。」

「ふむ・・・。」タレコミの手紙は大体が何某かの指紋が見つかるものだが、この封書にはそれが見当たらないと言う。明らかに指紋を残さない様に細工をしてあるのだ。

「手書きか・・・。それにしても、この文体は何だろう?本当に人間が書いた物か?」


 文面それ自体がビッシリと内部告発の体で書き連ねられたデータと説明の精密な羅列と記述ぶりだが・・・。それ以上に。

「こんなに綺麗に揃った字を人間が書けるのか?定規で計ったように文字の大きさも並びも揃っている。」便箋に印刷された罫線との距離も等間隔にしか見えない。

 活字には見えない文字、流麗でありながらも一つ一つの文字が粒揃いで・・・。

「鑑識も書信も同じ事を言ってました。2課の警部補もです。人間業だとは思えない。そして、この文面は万年筆で書かれている事もわかりました。光学分析で。」


 思わず眉根を上げると、部下は無表情な顔で付け加えた。

「この事件何なんでしょうね?こんなガテを書いた奴は誰なんでしょうね。薄気味悪いですよ。」

「そうなんですよ。俺だって思うんです。こんなのを書ける奴は・・・果たして人間なのかってね。」

 頷くしかなかった。”これを書いた奴の顔がまるで頭に浮かばない。”

 想像を絶しているのだ。


 気味が悪い。


 奇妙な空中に浮かび上がった図形の中に消えた蓮條容疑者。それを兄貴と呼ばわる狂気じみた犯罪傾向の強い青年。蓮條を庇うかの様に送られて来た”怪文書”。

 その蓮條容疑者を案じる麗しい母娘・・・。

 寺尾警部補の悩みは増すばかりだ。


「とにかく、内容に目を通してみる。」読んでみた。


 文体だけではなかった・・・。どんな弁護士も及ばないだろう、見事な文面だ。

”行われて来た事々が、初見の者にでも全て理解できる。完璧に近い文章だ。”

 自分自身が普段から調書を苦労して取りまとめている関係から、この文章を作った者の文章作成能力の高さが理解できる。

「まるで物語を読んでいる様に事の背景が頭に浮かんで来るな。」


 金融屋の金主が暴力団のフロント企業の代理人だと言うのも・・・・本当なのだろうか?それをどうやって調べたのか。

 内部からのチンコロだとしても、連中が蓮條と揉めていたのは昨日の事だ。


 便箋にビッシリと20枚以上、付表のコピーも凄い数である。

”以前からの調査の結果であって、単に偶然にも蓮條との揉め事と重なった。そう言う事か・・・。”最初はそう思っていた。


 その推理は読み直してすぐに覆された。尋常でなく精密な文字で書かれた文章の一番最初の方に”蓮條主税と言う土木作業員との揉め事を起こした当該企業について”と書かれている・・・・。


 なら、少なくとも、この文面が書かれたのは昨日から今日までの間と言う事になる。

 資料が取りまとめられたのがいつの事かはわからないが、文章の文面が書き記されたのは昨日か今日なのだ。

”訳がわからん!”


 忌むべき事だ。

 どんな事件にも必ず糸口はある。調査を行い、欺瞞や虚偽を排除すれば、調書には必ず”事実”が浮かんで来る。

 けれど、この事件、いや蓮條主税に関わる全ては謎また謎に包まれている。

 本人の身柄が行方不明な事もある。だが、それだけではない。

”何者かが蓮條主税に肩入れした結果がこれなのか?”


 チラリと見ると、先程の部下がこちらを見ている。自分とほぼ同じ事を考えているのだろう。

 何にせよ、相手は”人間”なのだ。少なくとも、人間の言葉を解して、人間の言葉を使う限りは・・・。

”この文書の中に、文章の中に、事実の一端はきっと垣間見える。”

 そうだ・・・。少なくとも、相手の言わんとしている所は百読してでも理解しなければならない。


 寺尾警部補はそのまま立ち上がって、封筒を掴み上げて、コピー機に向かおうとする。

 他にもたくさんの仕事はあるが、外回りに出なければならない状況が発生するまでは、この文書を読み解くべきだと思ったからだ。原本の文書は可能な限り状況を保全しなければならない。


 部下の巡査部長は、席から黙って起立すると、同じく黙って寺尾警部補にコピーの束を渡した。

「お願いします。」部下は一礼すると退室して行った。外回りの仕事があるのだろう。

 そう言えば、課長はどこにいるのだろう?

 ふとそう思ったが、彼の興味はコピーの束の方に完全に移っていた。


****


「兄貴、良かったっすね。」鹿子木がそう囁いた。

「そうだな。全くだ。」俺にも異存はない。


「まあ、オルミックはお前と比べれば、大した事ないワルだがな。俺の人生で一番手強いワルがお前だったからな。」俺はニヤリと笑った。

「んな事!あるんですかね・・・。やっぱり。」鹿子木も昔を思い出して苦笑した。


「後にも先にも、俺にナイフで斬り付けて怪我をさせて来たのはお前だけだ。」あの時の鹿子木の凄まじい形相を思い浮かべて、俺はまた憮然とした表情を作った。

「兄貴、それはもう言わないで下さいよ。反省してるんすよ、俺も・・・。」鹿子木はそう言って落ち込むが、俺も本気じゃない。


「うん?お前みたいなワルでも、ちゃんと更生して、俺の弟分として真面目に正業に就いてるんだ。それがわかってるから、俺も誰かが更生できるって信じられるんだよ。」大きな声で俺は笑った。

「兄貴、マジで古傷掘り起こさないで下さいよ。」鹿子木がマジで凹み始めた。


「へぇ・・・。レンジョウってそんな風に笑うんだ。」横から舌っ足らずな声が聞こえた。

「うん?どうした、アローラ?」俺はアローラが横に居るのに気が付いていなかった。最近では珍しい事だ。

「カナコギって、そんなに悪い人だったの?」アローラの声に険が入っている。

「ま・・・まあ、ちょっとだけですけどね。」と鹿子木が言う。

「でも、ちょっと残念かな・・・。レンジョウってね、あたし達の前ではそんな風には笑わないのよ。」


「そうなんすか?」鹿子木がちょっと驚いた顔をする。

「兄貴は結構開けっぴろげで、思った事をするし、信じられない位にフランクだと思うんすが?」


「でもないのよね・・・。」アローラは悔しそうな顔をした。

「ヴァネスティでも、異世界、あんたの居る世界、もう一人のあたしの居る世界でも・・・。レンジョウはあんまり笑わない人だったのよ。」


「あたしは結構努力したつもりなのよ。でもね・・・。」アローラの顔付に縦線が入っている。

「あんたみたいにレンジョウは笑ってくれなかったよ。それがちょっと寂しいかな・・・。」


「まさかさ・・・。マキアスの言うとおりに、レンジョウって・・・。ホントにカナコギとできてる訳?あたし達女は全員遊びで、本命は舎弟の男だったりとかは・・・・。」


 多分、その時の俺の顔はかなり崩壊してたのだろう。

 けたたましい笑い声が聞こえ、鹿子木が腹を抱えて”嗤い”転げるのが見えた。

 本気で奴は笑い過ぎて地面を転がっていた。爆笑の声が時々裏返っている。

「あ・・・アハハ!アローラちゃん、マジウケるっす!あんな兄貴の顔、初めて見たっすよ!wwww」


「お前こそ、俺の前でも薄っすらと笑うだけで、普段は芯から気味悪いのによ。この世界では、見るからに好青年でございますって外見で、適当にドジも踏むしな。」


「お前、意外とこの世界の事を気に入ってないか?何とはなしに、生き生きしているのがわかるんだ。」俺は奴の小さな変化を心の中で嬉しく思っていた。


「そうっすね。ここがモノホンの異世界で・・・ここには俺の過去なんか知ってる人間もいない。それが嬉しかったってのは確かです。」チラッと、奴の本当の顔っぽい表情が浮かんだ。

 皮肉屋で、冷酷で、抜群に頭が良い。危険をいち早く察して、時々自分で先制すら行う危険な男。

「アローラちゃん、俺と兄貴の馴れ初めってね、俺が昔に悪い事してた時に、兄貴が俺の仕事場に殴り込んで来た事だったんすよね。」奴は大きく口を横に広げて(悪い事を考えている時の癖だ)そう話し始めた。


「へぇ!あんたがどんな悪い事をしてたのさ?」アローラが食いついて来た。

「人を騙す事・・・。ですね。俺の得意技です。」奴は澄ましてそう答えた。

「で、騙された人が兄貴に相談した。兄貴は俺の事を探し当てて、俺に金を返せと詰め寄った。」


「だから、その時は兄貴をまずはナイフで脅して、それが効かないとわかったら、少し怪我をして貰って帰って貰おうかなともね。」ニヤリと奴は嗤った。

「しかも、場所は俺の家の中だったし、兄貴はあの通りの強面で、やってる事は正しくても、キッチリ法律に違反してたから・・・。多少強めに斬り付けても良いかなとかね。」


「あんた、多分オルミックよりよっぽど悪い奴だったんじゃないの?それが何でレンジョウの事を今は兄貴って呼んでる訳?」

「いや、それで兄貴に斬り付けたんですが、兄貴は避けなかったんですよ。左の掌をスパッとやりましたよ。それで怯むかなと思ったら当然そんな事はなくて。」

「血が噴き出してるのに、兄貴はニヤっと嗤って、その後は俺がナイフを持った右の手首を右の人差し指と中指で挟んで、親指で手首の近くのツボをゴリゴリ押されましてね。死ぬほど痛かったっす!」

「でも・・・その後に、握り込んだ左の拳でやられた事に比べたら、文字通り撫でられる程度の事でしたが。あん時はマジで殺されるって思いましたね!」


「文字通り、矯正されちゃったのね、あんたは。」アローラが笑っている。

「そうっすね。マジで、他人の事であんな風に命を張る上に、警察も法律も恐れてないのが心底怖かったす。けどね・・・後はわかってくれますかね?俺の方から兄貴を探して、それ以来舎弟になったって事です。」


「今にして思えば、あれは俺の方が強盗みたいなやり方をしてたな。こいつは俺の血でべとべとになるまで腹を殴られて、その上でこいつが俺の知り合いの老人達から騙し取った金をバッグに詰めると、部屋の中に転がしてサヨウナラだったからな。」

「あれはメチャクチャでしたね。俺、最初に殺されなくて良かったと思った後に、次に考えたのは、あいつは何であんなにメチャクチャなんだろうって事でしたから。それから、腕の良い探偵に金を渡して兄貴の事を詳しく調べました。」


「いろいろと驚きましたね。こんな不幸な人がいるのかとね。兄貴もそうですけど・・・。空手の相方の方とかもね・・・。」俺は鹿子木を睨んだが、奴は敢えて続けるつもりの様だ。

「あの頃の兄貴・・・自棄になってたんですよね。」鹿子木は薄暗い表情で俺を見ている。


「まあ、そうだったな。」マジで・・・こいつが鬱陶しいとたまに思う理由がこれだ。


 こいつと居ると・・・”あの時”の事を思い出すからだ。

 けれど、俺を頼って正業に復帰した鹿子木を、遠ざけて良い理屈もない・・・。


「あんたとレンジョウの関係も不思議な関係なのね。それと、話を聞いてる内に思ったんだけど、あんたはオルミックみたいに本気で更生したんじゃないって感じがするのよ。」

 アローラは時々鋭いが、今回もそうだった。

「それとね、シーナの物言いを真似る訳じゃないけどさ。あたしはあんたの事を知らないのよ。この場合は、異世界のあたしなんだけどね。110年近くもレンジョウの近くにいた”彼女”があんたの事を知らないって言うのは、どんな理由なのかしらね。」


「さあ?それこそ、シーナさんの物言いじゃないんですが、俺みたいなトロイ奴は未来に起きる大事件の一番最初にオッチンじゃったって事っすかね。」事も無げに奴はそう言い放つ。顔に浮かぶ冷笑が冷え冷えとした何か、多分奴の内心を顕している。


「現在観察中ってのが、こいつの身の上なんだろうな。」俺も両手を挙げざるをえない。

「実際、レンジョウが寝首を掻かれる事もありえるって事?」と怖い顔でアローラが言う。

「いや、そんな心配はしていない。ただ、こいつが不意に姿を消したなら、縄をかけてでも連れ戻すつもりだが。」

「いや、それはご勘弁。連れ戻すついでに叩かれたら、俺の顔が回復不能な位に変形しそうですって。」鹿子木はそう言って半目になりながら両手を振った。

「ふうん・・・。意外な一面よね。あんたはただのお追従屋で、レンジョウの太鼓持ちだと思ってたんだけど。」

「俺はそんな奴を近くには置かない・・・。」

「むしろ、兄貴は無暗に褒められるの嫌いなタイプですからね。」奴は嗤った。

「お前の言葉には、”良くもいろいろと俺の事を見ているものだ”と言う。ちょっとした嘘寒さがあるからな。それに、お前が見ている事、感じている事に間違いは滅多と無い。」溜息を吐いて続ける。

「つまり、お前の言う事は結構痛いし、時々ムカつくがな。」俺は微笑んだ。

「一生かけての仕返しって事かも知れませんね。」ニンマリと笑みながら、奴も満更ではなさそうだ。


「レンジョウのそう言うところ、凄いと思うよ。エルフの騎士団長もコロッとやられてたしね。」

”レンジョウ殿は、ああ見えて猪武者ではありません。至極周到に、エルフ達に手柄を差し出しながら、自分は一番厳しい場所で戦っておられます。お見事としか申せません。今は手柄に熱狂しているだけのエルフの兵士達も、いずれはその事に気が付いて、レンジョウ殿に更に深く感謝する日が来るでしょう。”

「彼はそう言ってたのよね・・・・。」そこでアローラは言葉を切った。


「あたしは・・・レンジョウにエルフの森に帰って来て欲しかった。今は、あの森が、この世界それ自体がゲームの中の一風景だと知ってしまったし、異世界のあたしとも遭ってしまったし、レンジョウが元の世界に戻らないと、外の世界の破滅が決定的になって、この世界も無くなってしまうのよね・・・。」

 アローラは寂しそうな顔をした。

「でもね、同性から熱烈に慕われる男の人。だからこそ、あたしもレンジョウに惚れちゃったんだと思う。それはあたしに取っての異世界でも変わらないみたいね。」


「カナコギ、あんたは幸せだと思うよ。この世界でも、あんたの本来の世界でも、レンジョウとそんなに仲が良いんだから。でもね、この世界では、あたしもレンジョウの戦友なのよ。」

「この世界がうたかたの夢でも構わないの。レンジョウとの旅やエルフの森での出来事は・・・あたしの宝物なの。誰にもそれが偽物とは言わせない。異世界のあたしも、それには同意見なのよ。」


 そこでアローラは言葉を一旦切ったが、俺と鹿子木は目を丸くして佇むだけとなってしまっていた。

「ん?どうしたの?二人とも固まっちゃって?」アローラは怪訝な顔をしている。


「い・・いや、アローラちゃん。今、サラっと凄い事言いましたよね?他の言葉が全部抜ける程の・・・。」鹿子木も同感である様だ。

「俺が帰らないと、俺達の世界が破滅するって?」鹿子木もブンブンと頭を縦に振っている。

「あれ?レンジョウ達、その事知らなかったの?シーナも言ってなかった?」アローラは当たり前の事を普通に告げただけのつもりみたいだ。

「いや、そんな話を聞いていたら、俺の面相はもっと違うものになっていただろうさ。それにしても・・・。」


「なんで俺なんだ?俺程度の男が何をどうやったら世界の破滅なんて大それた事を防げる訳なんだ?」俺は目を剥いて抗議した。

「おじさま・・・。」アローラの声色が変化した。


「アローラ?」思わず異変を察知した俺は呼び掛けた。

「いいえ・・。でも、はい・・・なのかな。あたしはパトリシア。もう一人のアローラと言えばわかるかな?」

 目付きが違う・・・。


 最初は刺々しかったが、打ち解けた後は天真爛漫で甘えん坊のアローラはこんな目はしない。


 その”見知らぬ女”の目は、憂いと悲しみを奥に秘めて、とても疲れた様子がどこかに伺えた。

「お前がもう一人のアローラ?けど、お前はどんな女なんだ?今一つわからないな・・・。」


「そうね。今回はあたしの方がおじさまより知識的には年上だし・・・。このゲームの事も良く知ってるの・・・。だから、アローラをあたしの依り代にしたの。だって、子供の頃のあたしを模して作った英雄だったんだから。」


「姿は少女でも、中身は大変な年上と言う事っすか?ネットではありがちですよね。」

「黙ってろ・・・・。」と言う俺のキレ掛けの静かな一喝に鹿子木は黙った。


「でもないわ・・・。シーナの事は知ってるでしょう?彼女の実物は200歳のお婆さんなのかな?」俺は首を横に振った。アローラが頷く。

「あたし達は時を超えてこの時間軸にやって来た。まだ可能性が確定していない時点の、過去の自分の器に入ったの。知識と理解だけを携えて、未熟な自分を補うために、幾つかの仕掛けを使って補うしかなかったのよ。」

「アローラは、そんなあたしの為の補助プログラムだと思って貰えば良いわ。けど、それだけじゃないのよ。あたしはアローラの事が大好きだし、大事に思っているの。」

 パトリシアの言う事の半分程は訳も意味もわからないが、とりあえず頷く事にした。


「俺もアローラが好きだ。性格や行動は満点に近いな。」俺がそう言うと、もう一人のアローラ、パトリシアと言ったか?彼女は大喜びだった。

「うん、うん。あたしもアローラが大好き!甘えん坊で、思ったとおりに行動する癖に、部下の兵隊を指揮する時は、とっても勇敢で思慮深い指揮官だし。表面だけじゃなくて、奥深いところまで考えてるし。ある意味理想のあたしなのよ!」


「でもね、ちょっとだけ妬けちゃうけどね・・・。」と続けた言葉には、嫉妬や無念の気持ちが伺えた。自分自身の分身に対して・・・なのか?

「by the way」と突然英語が聞こえた。高音で可愛い、舌っ足らずな女の子の声みたいに聞こえた。

「ところでね。」とほんの少しのラグがあって、アローラの声が聞こえた。


「兄貴、やっぱ翻訳されてたんですね、アローラちゃんにせよ、この世界の全ての人達の言葉が日本語で聞こえるのに違和感感じてたんですけど。」鹿子木がひそひそ声でそう言って来たが、鹿子木にも今の英語は聞こえていたみたいだ。

「いや、フレイアの言葉は何故か日本語だったな。俺は唇を読んでたんだが、チャンと日本語の動きだった。」そうだ・・・あの色っぽい喘ぎ声も日本語だった。

 そして、あの大男の言葉は、唇を見るに・・・ラテン語系列だろうと思っていた。スパイダーも同じだが。シーナは英語、シュネッサの言語は良くわからない。アリエルも日本語以外の言語で話している様だった。


「おじさま。あたしは今は長くは話していられないのよ。しばらくはアローラに頑張って貰う事になるのよね。もうじき、パパが帰って来るから。」その時にアローラの普段は無邪気な顔に、信じられない程に深刻な影が差した。

 こんな表情は見ていられない、あの出会った時の殺し屋の形相の方がまだマシだ!

 アイスブルーの美しい瞳の中に、切れ長の目元に浮かんだのは、混じりっ気なしの悲嘆だった。


「パトリシア、君のパパに何があったんだ?」俺はついつい凄んでしまった。

「いいえ・・・これからあるのよ。」アローラ、パトリシアは目を背けて横を向いた。

 その横顔に俺は何の言葉も掛けられなかった。


「後、この世界で3年弱の間に、おじさまはフルバートの反乱勢力を鎮圧して、ラサリアを統一してから、元の世界に戻る方法を探す事になると思うの。詳しい事は運営しか知らないけど、タイムリミットはその程度しかないと思うわ。」

「元の世界に帰ったら、その後はおじさまの好きな様に振舞えば良いと思うの。でも、きっと運命がおじさまを追い掛けて来るでしょうから。少なくとも、あたしの知ってるおじさまはそうだったよ。」


「君の知っている俺か・・・・。」俺はそう呟いた。

「アローラにはお前で、あたしには君なのね。でも・・・いずれはあたしもおじさまの恋人の一人になるのよ。それが確かな事だけでも、今のあたしには充分だから。」パトリシアはそう言って俺に向き直り、ニッコリと笑った。アローラと同じく太陽の様な笑顔で。

「兄貴、いつかリアルでシーナさんに後ろから刺されたりしそうっすよね。あるいは怪力で頭蓋骨を叩き割られるか。俺もモゲろ!って心の中で叫んでたりしますが。」鹿子木の多少憤然とした声が聞こえるが、そちらを向こうと言う気にはなれなかった。


「ふふ・・・。シーナはそんな事しないわよ。あたし知ってるもん。」と言ってケラケラと笑った。ここだけはアローラと同じく快活な笑い声だった。

「さあ、こっちもタイムリミットね。こっちの時間で後10時間しない間にパパが帰って来るの。それまでにやっておかないといけない事がたくさんあるのよね。それはとってもたくさん・・・。」

 その声は、やはりどこか陰りを感じる声色だった。


「おじさま、またね。」と言うと、アローラの姿のパトリシアは俺の胸に飛び込んで抱き着いて来た。


 それは、いつもの元気なアローラと良く似たアクションだった。

 しかし、俺の首に回された細い彼女の腕は、心なしか震えている様に俺には思えたのだ。

 その顔は、俺からも鹿子木からも見えなかった。

あけましておめでとうございます。

本年の初投稿です。

現在、筆者は何気に法律事務所の真似事みたいな事をやってます。

事件自体は本当に下らない事なんですが、法廷闘争にしない為に頭を絞ってます。


この事件が終わったら、小説書きながら、金になる事をしてみたいなと思ってます。

弁護士にも言われましたが、損な性分ですね、私って。

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