第百三十四話 更生する者
兄貴達が廃墟の寺院で戦いを繰り広げている頃・・・。
「こちらでも温まる物を用意しました。」シュネッサさんが鍋一杯のスープと、捏ね上げた脂を入れた小麦粉を、薄く長く伸ばして、何回か巻いて作ったカタツムリの殻みたいな形の大きなパン?ではありませんね。発酵させてませんから。
とにかく、そんな感じの物を作って下さいました。
それがまあ、なんと!
「旨い・・・。塩味と脂だけしか入ってないのに、何なんだこの味は。」マキアスさんのお言葉がその全てを表しています。
「ぶっちゃけ、日本のパン屋さんでも、ここまで美味しい小麦を上手に使える人っていますかね?」俺は訊いてみました。
「焼きたてだからかも知れないが、俺は小麦粉だけでこんな味を出せる人は見た事ないな。」カリカリと焼き物を噛みながら、マキアスさんはそう言っておられます。
「お褒めに預かり、光栄に思いますわ。」自分自身の分を小さく噛みしめながら、シュネッサさんは微笑んでおられますね。
「我も頂いて宜しいかな?」と大男さんが言っておられます。
「はい、5等分しておりますので、貴方様の分もございますとも。」鍋一杯に広げられた焼き物は、ナイフで切られて分割されていましたから。
まだ熱々の焼き物に、大男さんもご満悦の様子です。「素晴らしいですな。これ程の腕前であれば、店を出しても大繁盛できると思いますな。」
「それだけで足りるのでしょうか?」大男さんの分は、俺達の分とそんなに変わらない大きさのピースでしかありませんから。シュネッサさんと比べたら2人前くらいの体格差がありますし。
「この脂と塩が満足感を与えてくれますな。これは男でも満足できる分量だと思います。」
俺達は大男さんのご意見に賛成しました。
「あらまぁ・・・・。ところで、もうこちらのスープも煮え立っていますね。焼き物と一緒に召し上がれ。焼き物が冷えたら、スープに入れても美味しいですよ。麺の代わりになりますから。」
「なるほど、製法からしても、これは薄焼きの種無しパンよりも、薄い麺の作り方なんだろうね。それを中空にして、細長く成形し、クルクル巻いて焼いたと言う事か。勉強になります。」大男さんは感心しておられますが・・・・。
「あの、もし・・・。貴方、現実世界ではお料理とかしてるんですか?」俺は勇気を持って質問しました。
「ああ、しておるよ。我の包丁使いの妙技をいつか見せてあげたいね。」
「斧の使い方なら、たっぷり拝見しました。」イメージ合わないっす!この大男がエプロンを着けて台所に立ってる姿が想像できないんです。熊っすよ!片目の熊が料理してるんすよ!
「しかし、このスープも凄いですね!獣脂で炒めた鹿肉の細切れが、全然脂っこくない。むしろスッキリする位の後味なんだから驚いた。」マキアスさん絶賛ですね。
そんな時です、オルミックさんが帰って来たのは。
「お帰りなさいませ。」とシュネッサさんが声を掛けると、「ただいま帰りました。」とオルミックさんも返事をしておられます。
「君は精を出し過ぎではないかな?」と大男さんが仕方ないなと言う口調でお話しておられますね。
「周囲を一当たり調べてからでないと食事をする気にならないんです。職業柄の習慣ですね。」と言いながら、オルミックさんも地面に座りました。
「はい、焼き物とスープです。」お椀とお皿に朝食が並べられました。大きな焼き物を一口齧ってから、「美味しいですね。」と俺達同様の反応を・・・。
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「ご馳走様でした!」皆でシュネッサさんにお礼を言いました。
その後、大男さんは「洗い物は我に任せなさい。」と言うと、鉄籠に入れた食器と鍋やフライパンと、洗い物用の荒縄を持って川の方に歩いて行きました。(この世界では、椰子の様な繊維で作った太い荒縄を二つ折りにした先端を使って、食器類を水で洗うんです。)
「本当に美味しいです。俺はこの先、シュネッサさんが居なくなった後に、普通の食事で満足できるかどうか疑問ですね。」とオルミックさんが言っておられます。
「うちのチーフも、料理をさせたら上手なんだけど、シュネッサさんの技には適わないと思うな。」とマキアスさん。
「フルバートまでの途中で、俺や兄貴が飯を作った時は悲惨でしたからね。」とマキアスさんと俺は顔を見合わせて頷きあいました。
「そんなに喜んでいただけるなんて・・・。」とシュネッサさんもご満悦の様子。
「考えてみるとですが、フルバートの街は旨い物を作る料理屋が極々少ないんですよ。皆が揃ってあくせくしていて、落ち着いた場所それ自体が少ないんです。税金も無暗に高いし、そもそもからして暮らしにくい場所ですね。」
「俺は、何度かノースポートを訪れていましたが、場末の酒場や屋台でも、結構旨い物が出て来て驚いた事が多かったですね。あそこにも盗賊ギルドはありましたけど、飽くまでも支部であり、派遣されて来た盗賊が住み着いていただけでした。フルバートやバーチの様に、悪政の結果あぶれてしまった浮浪者やゴロツキを勧誘して仲間を増やすとかは不可能な街でした。」
そう訥々と語るオルミックさんでしたが、瞳に怒りが漲っているのが俺にはわかりました。
「貴方はフルバート産まれの方なんですか?」俺は訊いてみました。
「そうですよ。俺はエルフとの国境近くで生まれました。元々は農夫の家で生まれて育ってたんです。で、幼い頃に、俺よりも5歳ほど上の姉がブレイブクレスト家に奉公人として出されたんですが、俺と年子の姉も数年後に奉公人として出して欲しいとのお呼びが係りました。」
「上の姉は、俺が10歳の頃までは頻繁に里帰りをしていたんですが、その後にパタリと帰って来なくなりました。そして、俺が12歳の時にもう一人の姉を奉公人にせよとのお達しがあったんです。両親は娘が帰って来なくなったのは何故かと問いました。答えは”娘は達者で暮らしている。”とだけ。押し問答の最中に、姉を迎えに来た男は、泣いて姉の事を心配する母に向かって剣を振り上げました・・・。」
「そして、”黙って娘を差し出すか、それとも死ぬかを選べ!”と怒鳴ったんです。俺と姉は震えながらそれを奥の部屋から見ていました。姉は俺の手を引いて、”私は大丈夫。お前は窓から一旦家の外に出なさい。”と小声で言いました。そして、窓を開いて、俺を家の外に追い出したんです。」
「俺は家の外を回って、玄関の方に向かいました。そして身を隠したんです。外には馬車があって、そこには鎧を着た兵隊が二人いました・・・。その後大きな音がして、悲鳴が聞こえました。姉が両親を呼ぶ声も。兵隊が玄関から入って、更に両親と姉の悲鳴が聞こえました。」
「姉が兵隊に引っ張られて行くところ、迎えに来た男が怪我をして兵隊に抱えられて馬車に乗るところも目にしました。その後、殺害されたまま打ち捨てられていた両親を埋葬した後、俺はフルバートに向かいました。何とか姉達を助け出せないかと思ったからでもあり、家に居れば両親が怪我をさせてしまった男の報復や口封じがあるだろうと思ったからです。」
「けれど、それは適わず、俺は浮浪児となっていたところを、盗賊ギルドに拾われて今に至っています。」
「お姉さん達の消息はその後わかったのですか?」俺は要らない事を聞いてしまいました。
「ええ、何度もブレイブクレスト家で殺された女達の死体を盗賊ギルドが始末しているのを見ましたから。二人の姉は揃って美人でした。それが災いして、あの家の者共の犠牲者となった訳です。以前はそれ程ではありませんでしたが、10年程前から突然にその様になったのだとアランさんから聞いた事があります。」オルミックさんはそう言って溜息を吐きました。
「俺は皆さんが羨ましいですよ。当時の俺に、皆さんの様な力があれば、少なくとも下の姉だけは助けられたと思うんです。だからこそ、俺は躍起になって剣の技を鍛え、暗殺者としての技も教わりましたが、結局は臆病者だったんです。暗殺者として鍛えられて適応し、人間性を失って行く幼馴染の男を見るに付け、こんな人生も間違っていると思ってしまい、遂に中途半端な力量しか得られませんでしたから。つまりは、多少剣が使えるだけの、どこまで行っても半端者。それが俺って男なんですよ。」
うーん、俺や兄貴も不幸な育ちだと思ってましたが、不幸って言うのはどこが底なのかわかんない位に深いもんなんですね。しかも、オルミックさんの不幸って、明らかに理不尽な暴力による不幸です。俺達の不幸とはまた一味違います。そんな事を考えていた時に・・・・。
「オルミック様、その様な過去がおありであろうと、今の貴方様はご立派に育ち、悪に染まってもおりません。そのおかげか、今も命を永らえて、ここにいらっしゃいます。それを喜ぶべきなのです。」シュネッサさんが俺のキラーパスを引き受けて下さいました。感謝感激です。
「ですが、俺がここまで生きて来たおかげで、罪のない人々に迷惑を掛けてしまったのは確かな事です。程度の多寡はあっても、俺もブレイブクレスト家やその他の外道な連中の非道に加担したと言うのは間違いない事です。」
「貴方様は、これが何だかお分かりですか?」とシュネッサさんが差し出した物があります。
「いえ、何かの食物でしょうか?」外見としては、抹茶味の大きなウエハースに見える何かですね。
「これはエルフの御馳走と言われる食物です。これをお食べ下さい。」
「聞いた事があります。エルフとの交易品として、フルバートに少数だけ入荷している代物でしょう?何でも、寿命を増やす働きがあるとか?」オルミックさんは驚いています。
「身体中の今までに摂取した毒素や老廃物を輩出する薬効があります。習慣性はありませんが、欲しい人に取っては摂らずにはいられない代物です。寿命も毎日食すれば、人間は倍ほどの寿命になると言われています。」
「そんな物を何故俺に?」逃げ腰と言う感じでオルミックさんは問答しておられます。
「身綺麗になっていただくためでしょうか?」シュネッサさんはそう言います。
「食べる前に、馬車の中からボロ布を持ち出して、水辺に行かれるのが宜しいでしょうね。貴方様のお身体の入れ墨の色素も全て皮膚の外に排出されますから。服など着ていてはドロドロに汚れてしまう事でしょう。」
「俺は頂けません。こんな貴重な物を頂く理由が無い。」オルミックさんは手を振って、シュネッサさんのご厚意を断っています。
「貴方様は、ご自分でおっしゃられたとおり、まだまだ鍛え方が足りません。ですから、後一両日の内には倒れて、しばらくは看病の為にそこで逗留する事になるでしょうね。それはわたくしどもの計画を遅延させる事になります。貴方のボスから与えられたお役目も果たせないと言う事になるでしょう。これを食べて、少し休めばあら不思議・・・疲労なんか完全に吹き飛ばされてしまいますから。」シュネッサさん、押しています。
オルミックさんも、自分の身体の事は良くわかってるんでしょう。無理に無理を重ねているのだと。
そもそも、馬車に乗っているのと、騎乗しているのとでは疲労の程度が違います。これ程の遠乗りに加えて、昨晩の激戦もあったんです。疲労困憊の体なんでしょうね。
そこにやって来ました大男さん。「話は途中から聞いていたよ。それでだね、オルミック君・・・。」
そして、出ました!あの有無を言わせぬ迫力の視線・・・。
「君は先輩達から聞かなかったのかね?”女の誘いは断るな”と・・・。」なんか、大男さん、片手が義手の高校教師みたいな事を言ってますね。
「は・・はい。頂きます。ありがたく頂きます・・・。」と上位者には逆らえない経験の数々がオルミックさんの抵抗を上回った模様です。
「よし、水は多少冷たいが、我が君を洗ってあげよう。来たまえ。」と言うや、大男さんは水辺に向かって歩き始めました。
「さあ、遅れてはいけませんよ。」とシュネッサさんがエルフの御馳走を手渡します。
気の付くマキアスさんは、既に走って馬車からボロ布を取り出そうとしています。
「恩に着ます。ありがとう、シュネッサさん。」丁寧に頭を下げて、膝を突いた姿で受け取り、立ち上がったかと思うと、オルミックさんは大男さんの後を走り始めました。
それをマキアスさんが両手にボロ布を抱えて走って追い掛けます。
「さてぇ・・・。わたくし達は、レンジョウ様達が帰って来た後のために用意しておきましょうか?」と言うと、シュネッサさんは、大男さんの残した鉄籠を指差しました。
「はい!」と俺は返事をすると、二人で籠を馬車の荷物区画に直しました。
「次は水汲みです。よろしくお願いします。」と声が掛かり、大きな壺を3つ取り出しました。途中で行き会うだろうマキアスさんの分も持って行くんですね。
「備え付けの大きな鉄水甕も半分程に減ってしまっています。これでも3往復は必要ですね。」そう言うと、俺から譲り受けたベルトを身体の斜めに巻き付けました。
「このベルトは良い物ですね。力も増えるし、脚も早くなります。カナコギ様に感謝です。」とのシュネッサさんのお褒めに有頂天になってしまいました。
「この剣のお返しと思えば、全然引き合っていませんけどね。」とお返ししました。
「ふふ・・・。では参りましょうか?」そうして、俺達は二人で馬車から出ました。
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”熱い!身体が焼ける様に熱い!”それが最初の兆候だった。
”痒い!頭が・・・。”掻きむしると、頭の皮が剥けた様に感じた。実際そうだったようだ。大量のフケ、髪の毛も幾分か抜け落ちている。そして、大男が指先で摘まむと、バリバリと音を立てて、頭の表皮が剥けてしまった。
”目も痛い・・・。”手でこすると、大量の目ヤニが出ている。涙が流れ、眼球が萎む様にさえ感じられた。
次は更に手酷い事が起きた。焼ける様に熱くなっていた身体の表面に、異臭を放つ何かが噴き出るのを感じた。
”鼻がおかしくなりそうだ。”それらを、水に浸したボロ布で大男が優しく擦り落としているのを感じた。今は目の前が全く見えない。
首と背中、腕、そこに彫られていた入れ墨が消えて行くのだ・・・。それだけではない、皮膚の表面全てが痒みを発して来た・・・。
”なんて効果だ。”驚きを隠せない。
しばらくして、冷たい水の中に入っているにも関わらず、俺の身体はポカポカと暖かく、布を使って身体を拭いていると、肌がピンク色になって行くのが見えた。
ほぼ一時間かかったが、俺の身体は完全に蘇ったのだと理解できた。身体を拭い、服と鎧を着たが、その時に感じたのは”俺はこんなに酷い体臭だったのか”と言う事だ。
その時だった。空を飛ぶ女の姿が見えたのは・・・。
銀色に輝く鎖帷子を纏い、腰のベルトに長剣を佩いたシーナの姿が見えた。近くで大男が空に向かって手を振っている。
「酷い目に遭ったのよ!」と姿を現したエルフの娘が大声で地団太を踏んでいる。
「苦戦する様な相手でも居たのかね?」と大男が言うと、続いて姿を現したレンジョウが血まみれ、泥まみれの姿で「とんでもないのが居たよ。アークエンジェルが5体とユニコーンが沢山な。」と返事をして来た。
「ここまで汚れても透明化できるんだから、流石に魔法と言うべきなんだろうけど、臭いのと汚いのは隠せないからな。洗う事にするよ、ついでに俺の顔もな。」と言うと、レンジョウはザブンと水の中に飛び込んだ。
続いてフワリと着地したシーナが、「金は無かったけど、いろいろと道具は手に入れたよ。大戦果よね!」と誇ってみせた。
「私も返り血で汚れたから、洗わないといけないね。」と言うと、やはり水に抵抗なく飛び込んだ。
「あたしも!」とアローラが水に飛び込もうとしたが、「あんたは全然汚れてないじゃない?」とシーナに言われてしまう。
「仲間外れは嫌なの!あたしも水浴びするのよ!」と言うと、これも水に飛び込んでしまう。
まあ、着ているのが神器と呼ばれる高度な魔法の防具であり、朽ちる事も錆びる事もない魔法の武器と装飾品なのだから、水に濡れても平気なのだろうが、鎧や外套を着たままで泳ぐと言うのが、既に常識外れだ。彼等彼女等は、桁外れの体力の持ち主でもある様だから・・・。
あれ?水中で石に転んだシーナが、何故かそこでジタバタしている。もしかして・・・溺れている?あんなに元気良く飛び込んだのに?
それに気が付いたレンジョウが慌てて助け起こす。「お前、今の自分が石みたいに重くなってるのを忘れてないか?」と怒鳴られている。
「いや、完璧に忘れてたよ。おまけに、自力で立ち上がれなかったし。」と濡れみずくになったシーナが反省の言葉を発している。
「まるで泳げない亀さんみたいね。」とアローラから笑われている。
「はっはっは!三人とも、仲が良いのは結構だが、いい加減にして火に当たった方が良いぞ。」と大男が言うと、三人とも川から出て、そのまま空中に舞い上がった。三人の身体中から落ちて来る水滴が、秋の明るい日差しの中で煌めく。それは幻想的で、とても美しい姿に見えた。
まるで、鳥たちが空で踊っている様に、彼等は空中を駆けて、水滴を撒き散らし続けている。
「何でしょうか。俺の見る世界が明るくなったって感じます。」俺は傍らの大男にそう語り掛けた。
「そうかね。いろいろと考える事はあるだろうが・・・。君の未来はそんなに捨てたもんじゃないと思うよ。過去はどうかとしてね。」平板な返事が返って来た。しかし、それが一番俺に取っては大切な事なのかも知れない。そうも思った。
「そうですね。俺は今日、身体だけは身綺麗になりました。後は心映えだけと言う事になりますか・・・。」
「ねえ、君と我は、いずれ近い内に別の世界で出会う事になるんだがね・・・。」大男が不可解な事を口にした。
「別の世界で・・・ですか?」
「そうだ。別の世界でだ。」
「不思議な事をおっしゃいますね。ですが、その時もよしなにお願いします。」俺は頭を下げた。
「我の方こそな。君達には期待しておるよ・・・。きっと、真人間になると誓っておくれ。」
「はい、仰せの通りに・・・。」俺は胸の前で手をかざし、腰を折ってお辞儀をしたんだ。
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「ねえねえ、あの戦利品の分配はどうするの?」アローラが聞いて来た。
「灰色の石は、あれは俺達が持ち帰りたい。奇妙な十字の付いた本も。」
「装飾品は全部あたし達が貰うから、それ以外の技能の神器やスクロールはアリエル姫に使って貰ったら?」
「そうでございますね。フレイア様からのお達しでは、武器と防具と装飾品を持ち帰る様に言われておりますが、他の何かについては言われておりませんし。それで納得していただけるのならば、こちらとしても助かるのですが。」シュネッサもそう言っている。
「加えて、カナコギ様から頂いたこのベルト。わたくしは気に入ってしまいましたし。」
ふむ・・・と溜息を吐いてしまう。鹿子木め・・・。貴重な神器を勝手にエルフ達に渡してしまうとは。けれど、これ程に役に立ってくれたシュネッサに対しては、どんな形であれ、気に入った褒美を取らせる事に俺としても異存はない。むしろ、手間が省けたと考えるべきだろう。
「俺はそれで良いと思っている。シーナは?」
「私もそれで問題ないと思う。フレイア様にそれで顔が立つのならね。私とカナコギに与えられた魔法剣がなかったら、フルバートの地下で敗退していても不思議はなかったんだし。」
「じゃあ、呪文書も含めて、ヴァネスティの取り分は全部フレイア様に引き取って貰うわね!」とアローラはご機嫌な様子で、フレイアと水晶玉で連絡を取り始めた。
「ただいまっと・・・。」大男が巨体を揺らしながら現れた。見れば、肩にオルミックを担いでいる。
「あんた!まさか、オルミックを叩いたりしたの?」と、シーナが俺と同じ事を考えたらしく、そんな言葉を口に出した。
「我はどんなに酷い男だと思われてるんだ?」と大男は抗議したが、どう考えても、シーナの方に分があるのは間違いなかろう。
「凄く疲れておった様でな。エルフの御馳走を食して、身体を洗い終わってから眠り込んでしまったのだよ。今日はここで一日馬も休ませないといけないからな。食糧を調達するためにも、レンジョウ君にはご出馬を願いたいのだよ。」
「なるほど、首や腕の入れ墨が消えているな。」魔道具の鎧に着替えてからは、入れ墨がところどころから見えていたのだが、それがサッパリ消えている。
「この事は是非とも覚えておくが良い。我からの忠告である・・・。」大男は俺にそう告げた。
「わかったさ、覚えておくよ。」
「それでよろしい。ところで、君の籠手に大活躍して貰うのだ。つまりは、電気漁を行うと言う事だね。我も鉄の籠を持って行く事にするよ。カナコギ君とマキアス君にもついて来て貰おうか。」
「はい!」と二人とも良い返事で答えた。この男に逆らったりしたら、どんな事になるか予想も付かないのだから・・・・。
「川魚って、こんなに大きいのも居るんすね!」1メートルを超える大物から、イワナサイズの普通の物まで、たくさんの魚が手に入った。
「惜しむらくは、燻製用の仕掛けが無い事だろうかね。」大男がボソリと呟く。
「醤油も欲しいですね。まあ、高望みが過ぎるってわかってますが。」鹿子木もそう言う。
「カレー粉もあれば随分違うんだけどね。」とマキアス。
「塩焼きにハズレはない。」俺はそう締め括った。
「そうなるわなぁ・・・。」マキアスは少し残念そうだ。
「頼みの綱と言えば・・・。」鹿子木は続けた。「シュネッサさんですね。」
「万能調理マシーンみたいに思われているのは、少し問題がないかね?」大男は流石に苦言を呈していた。
結局、シュネッサに任せれば何とかなった。とっておきのオリーブオイルで香草を使って大きな魚は料理されてしまったし、普通サイズの魚は背骨まできちんと焼いた塩焼きに落ち着いた。
皆、それぞれに飽食して、眠っていたオルミックも起き出してご相伴に預かる事ができた。
オルミックはバックの中からとっておきの火酒を取り出して、皆に振舞った。本来気付け用らしいが、今晩は野営と言う事で取り出した訳だ。
これは、いつぞやのドラナーが振舞ってくれた酒と似ている。とにかく強い蒸留酒だったが、後口は非常に爽やかだ。
男どもはそれをありがたく頂いたが、女達は揃って飲酒はしないと断った。
「こんなに楽しい野営は初めてかも知れません。人間とエルフの勇者一行と旅ができて、歓談しながら酒を呑む・・・。」
「ケチな盗賊風情には勿体ない経験と言えるでしょう。おまけに、奇怪な死の者どもに剣を見舞う事も適い、そして生き延びている。」皆が黙ってオルミックの述懐に耳を傾けている。
「俺は皆さんにどう恩を返せば良いのか。今はそればかりを考えています。」
「シーナさんの言うとおりに、ヘルズゲイトに拠点を構えて、商会を作るのも良いでしょう。俺はその護衛をするかも知れないし、商人としての勉強をするかも知れない。」
「いずれにせよ、もう決めているんです。俺は真人間に戻ると・・・。あぶれた者達を教育して、手癖を厳しく直し、ギルドと同様の厳しい掟でガッチリと型に嵌めて・・・そいつらも真人間に戻す。俺には・・・俺達にはそれができるかも知れません。」
「とにかく、俺は頑張ってみます!俺の身体から消えてしまった入れ墨。それを・・・生き残った仲間全員に見せてやります。」
「この世には、訳の分からない不運もあるけれど、それらをぶち壊してしまう程に訳のわからない出会いもあるのだと。ありがとう、皆さんに会えて、俺は本当に幸運でした!」
「おめでとう、オルミック君!君を待つ、未知の未来へ飛び込んで行きたまえ。なに・・・この世の中は元気さえあれば、どこででも何とかなるものだよ。ほれ、我からもこれをプレゼントだ!」
どこからともなく、大男は大きな酒瓶を取り出した。
まあ、この程度の事で驚いていては駄目だ。こいつは出鱈目の化身であり・・・紛れもなく、人の運命に大きな影響を与える存在なのだろうから。
務めて明るく!
そんな訳で、俺と大男、オルミックは大丈夫だったが、鹿子木とマキアスは二日酔いで次の日は元気が無かった。
それも些細な事だ。とにかく、こんなめでたい日に酒を呑まないでどうするのか?
今は、一人の人間が更生した事を喜ぶべきなのだ。
更生、それを繋ぎ合わせると甦と言う漢字になる。新しい命の誕生を俺達は目にしたんだ、それこそを祝うべきなのだ。
だから俺達は呑みまくった。それが正しい事だとわかっていたから。