第百三十三話 白き者達との対決
「あれだよ!」アローラが大きな声を出した。俺達は徐々に減速して、空中で静止した。
遠くに大きな建物が見える。あれは寺院?あるいは修道院に見えた。ただし、恐ろしく古い物だ。
「何百年か放置されている感じよね。蔓草で全部が緑色になってるし、石で造られた建物が何か所か崩れているし。」
「あれって、太古の寺院とか言う奴じゃないかしら?」シーナはそう言った。
「太古の寺院?寺院にしては大き過ぎないか?」と俺は疑問を口にした。
「太古の寺院と言うのは、古代の巡礼地だった場所で、世界中に存在しているの。でも、今はその信仰はなくなっていて、場所も定かではないのよ。でも、こんな所にあったなら、随分前に見付かってても不思議じゃないんだけどね。」シーナが解説するところでは、この建物はそう言う代物らしい。
「で、あれが問題のユニコーンと言う事か?」数匹の白い馬みたいな獣が付近の草を食べている。
「ここで繁殖したのが、エルフの森の近くまで来てたんだね。あいつらを倒すのは大変だったよ。剣士隊の盾に向かって、ドカーンと体当たりして来てね。それが目にも止まらぬ速さだったのよ。”蜘蛛の糸”で絡めて、あたしと長弓隊で矢を撃ち込んで倒したけどね。」
「矢が乏しいから、あいつらに使いたくないんだけどね。仕方ないかぁ。」アローラの矢は残り6本しかない。
「肉弾戦で倒しても良いんじゃない?あいつらは突撃して来る時だけ速度は速いけど、逃げ足はそれ程でもないから。」シーナはそう言う。
「アローラはここで警戒していてくれ。俺達であいつらは何とかする。」アローラは頷いた。
「シーナ行くぞ。」俺はそう言うと急降下した。シーナも続いている。
完全な奇襲となった。俺には最後まで気が付かず仕舞い。シーナが空から降って来るのだけは見えていた様だが、それでも奴等はそれを躱そうとしただけだった。
俺の拳骨は、ユニコーンの額に直撃し、角をへし折って盛大に頭にめり込んだ。血を噴き出しながら、一頭が横倒しになってしまう。
シーナの剣は逃げるユニコーンの背中の中心、つまり背骨に直撃し、それを切り裂いた。痙攣の後、頭と首が地面に落ち、四肢を広げて腹から地面に落ちたユニコーンはそれっきり動かなくなる。
シーナは剣を死体から素早く抜くと、そのまま空中に舞い上がる。
恐れをなして、馬首を翻した残りのユニコーンも、俺が透明のまま馬腹に拳をめり込ませ、シーナが空中を低く駆けて、首に一撃を加えた事で一気に片が付いた。
「あっけなかったな・・・。」と俺は言うが、シーナは首を振った。アローラが上空から声を挙げた。「寺院の中から沢山出て来たよ!」
仲間の仇討ちとばかりに、十数頭のユニコーンが繰り出して来る。ここに来る道すがらに、大きな動物を全く見かけなかったのも道理だろう。こいつらが付近の大型動物を殺しまくっていたのだろうから。
先頭の数匹に、アローラが”破壊の雷”を放った。上空斜めから放たれた魔法は2匹まとめて殺し、転倒させた。多分、あいつらには俺とアローラの姿は映っていない。
全部がシーナ目掛けて駆けて来るのだ。あの物騒な長い角を一直線に構えながら、それらは背の低い人間の背丈ほどもある。アローラの身長よりも少し長い位だ。
「シーナ!」と俺は呼び掛けたが、シーナは余裕綽々で待ち構えている。接敵の直前で空中に舞い上がるつもりなのだろう。
俺は駆け始めて、ユニコーンの横から殴り倒すために突出した。俺の前を何頭かが駆け抜け、最後尾近くの一頭の腹に、俺は振りかぶった拳をめり込ませた。ユニコーンは電撃で痺れ、腹に痛撃を食らって足を縺れさせ、転倒しながら脚が奇妙な角度に折れ曲がるのが見えた。
そして、もう一頭、俺の前を通ったユニコーンの頸部に思い切り身体を回転させた末に右の貫き手をぶち込んだ。喉が凹み、電撃で舌が飛び出した。その顎を俺はサッカーボールの様に蹴飛ばした。
その時だ。寺院の上空に、何か光る。凄い速度でこちらに向かう何かを見たのは。
「アローラ!何かが飛んで来る!危険な物かも知れない!」と反射的に叫んだ。
シーナは思惑のとおりに空中に登っており、ユニコーン達はその足元で足踏みをしている。
「レンジョウ!あれはエンジェル、いやアークエンジェルだと思う!危険な相手よ!」シーナが叫んだ。その後に、思い直したのか、ユニコーンの背中に回り、剣を頸部の後ろにぶち込んで一匹を殺した。
「こいつらを先に始末してしまわないと!」シーナが怒鳴る。俺もユニコーンの駆除に加わった。
「レンジョウ!合流したよ!」とアローラの声が近くから聞こえた。
「あんた達の透明化も、あいつらには効果ないの。あいつらは幻影を完全に見抜く力があるの。」もう一匹を斬り捨てながら、シーナが注意を促す。
俺ももう一頭の首の裏に手刀をぶち込み、落ちて来た馬面にフックを放って倒した。
最後の一頭を倒した時、奴等は俺達の目前に迫っていた。
「聖なる場所で血を流した者共よ。汝等の目的が如何なるものであれ、その罪科は罰せられねばならぬ。」厳かな声で、中央の光る何かが呼ばわった。
「我等は聖なる寺院の護り手であり、信心深き者達に祝福を垂れる者である。汝等は聖なる獣を弑し、死の不浄をこの地にもたらした。故に我等の手で直々に裁き、その罪を贖う所存である。」
連中は5体とも既にして、手に抜身の得物を携えている。やる気満々と言ったところか。
「話し合いは通じないだろうな。」俺はシーナに問い掛けた。
「所詮、こいつらは天使の姿を模したアバターにしか過ぎないわ。紛い物なの。本物の天使達は、私達と全然姿は変わらないのよ。まあ・・・天使の女達は揃って美しいけどね。」
最後はちょっとヤッカミが入っていた様だが、大体は理解できた。
しかし、シーナ程の美人が羨む程とは・・・いや、何でシーナは本物の天使達の外見を知っているのだろう?
「アローラ、矢も魔法も使い果たすつもりで当たれ!」それが号令になった。俺達は目の前の光り輝く敵に仕掛けた。
連中の外見は、凡そ人型に見える。放っている光が幻惑するのか、顔付まではわからないが、頭部の後ろに円形の後光が見えるが、頭部それ自体の天辺には、金色に輝く巻き毛らしきものが見える。
時折、目の位置に何か瞳の様な物が映るのも見える。剣を握る手には確かに5本の指があり、胴体には陣羽織に似た形の衣服が見え、両手両腕には鎧らしき形状の何かを装着している様だ。
とにかく、あの全身から放たれる光輝が、全体像をあやふやな物と見せている。
最大の問題はサイズの差だろうか。連中は、揃って5メートルを超す巨体であり、剣も先程のユニコーンの角より遥に長い。2メートル程に達しているだろうか?これも良く見えない。
まずはアローラが一番端の一体に矢を放った。これが凄い効果があり、矢は胸を大きく抉り、中から光の粒が大量に噴き出している。かなりのダメージを負わせた様だ。
”奴等は、実体が生身の怪物よりも薄いのではないか?”そう俺には感じられた。
俺はダメージを受けた一体に突撃すると、腹部に一発全力の突きをぶち込んだ。堅い手応えがあった。しかし、俺が思っていた様な鎧を叩く様な衝撃ではなく、どちらかと言うと木材を叩いた感触に近かった。むしろ、周囲の光が俺の打撃を横方向にずらしてしまった事に驚いた。
けれど、アークエンジェルの一体はそこで急激に光り始め、空中に光の粒を散乱させたかと思うと、実体を失って消えてしまった。
見れば、シーナは逆方向の端のアークエンジェルと戦っている。そこでも奇妙な光景が見えた。
袈裟懸けに魔法剣を走らせてアークエンジェルを斬り裂いたシーナだったが、その剣は胸の中程で止まり、シーナの魔法剣が斬撃と正反対の方向に走り始めたのだ。
それを押さえようとしたシーナは、剣に引き摺られる様に身体を斜め上に持ち上げられてしまった。シーナもそんな現象が起きるとは思っていなかった様であり、驚愕の表情を浮かべている。
そこにアローラの破壊の雷が襲い、更にダメージを与えた。だが、まだそのアークエンジェルは消えてはいない。
中央のアークエンジェルは、左手に掲げた書物らしい物を剣の柄で叩いた。
やにわに、俺の目前に光が湧き立ち、それが巨大な人型になったかと思うと、俺に向けて剣を振り下ろして来た!
一撃を避けはしたが、それでも二撃目の突進しながらの横薙ぎは防げなかった。両方の籠手で剣を受け止めたが、衝撃で俺は地面に叩き付けられた。
「こいつらは蘇生や治癒を使うのよ!アローラ、蜘蛛の糸は使える?!」
「うん!どいつでも良いの?」
「中央の奴以外を狙って。」
「わかったの!」と言うと、俺を叩き落としたアークエンジェルが蜘蛛の糸に絡められて・・・地面に落下した。こいつら、非実体に見えて、実体があるのか?と考えていたのも束の間だった。
落下して来たアークエンジェルに、俺は殺到した。その脚部と思える部分に左から接近して、通過直前に拳を叩き込む!今回も手応えがあった・・・。グラリと揺れた巨体はそれでも剣を振り下ろして来たが、今度は俺も用心している。背中に回り込んで、更に光り輝く翼の中心部分に拳を撃ち込む。電撃が走り、カラリと音を立てて剣が地面に落ちるのを見た。
”こいつらにはやはり実体がある。”俺はそう確信した。そして、そいつは再び光の粒となって消えてしまった。
見れば、シーナは2体の天使に囲まれており、アローラにも1体の天使が迫っていた。
動いていないのは、中央の1体のみ。それを不審に思いながら、俺はシーナの方に加勢した。アローラは破壊の雷を使った。アークエンジェルの左腕と左足がゴッソリと無くなるのを見た。
その直後、まばゆい光がそのアークエンジェルの身体を包み、再生された手足が見えた。
どうやらシーナの方に居る1体が魔法を使った様だ。その間に、シーナはもう1体の右腕を斬り落としたが、今度はアローラの方にいる1体が治癒の魔法を使ったらしい。また右腕が生えて来た。
挟撃の危機を何とかすべく、シーナは一見出鱈目に見える軌道で宙を走り回っている。
「レンジョウ!そっちの奴を頼む!私はこいつを!」と叫ぶと、シーナは先程に腕を斬り落とした方に挑みかかる。
連中は透明化は見破れても、背中に目はないらしい。俺の一撃は背中の正中線上の肩甲骨のあたり、つまり翼の中央部に当たった。しかも、腕がめり込む程に・・・そして、めり込んだ腕は反対方向に押し出された。俺はその勢いも利用して、更に自分の背中の側に加速した。目の前を横薙ぎに剣が通り過ぎるのが見えた。
そして、今度は正面から殴り掛かった。上から剣が降って来るが、その頃には既に腕の内側に入っている。
左の籠手でそいつの右腕内側を力を込めて払いのけ、電撃を撃ち込んだ。その次の刹那に、俺は水月の部分に踏み込み充分の突きを見舞った。両手の籠手に青い電光が迸り、そのまま何秒か経過した後に、アークエンジェルはまた一体消えて行った。
シーナはと言うと、敵の一撃をすんなりと躱し、肩に担いだ剣をアークエンジェルの後光と頭頂を斬り裂いて、頭部を唐竹割に斬り付けた。今度は剣を押し戻される事もなかった。
光の粒が空中に散乱する。アローラの方でも、放たれた矢が喉元を射抜き、同じ様に空中に光の粒が飛び散って行く。
最後の1体はまだ空中に佇んでいた。「レンジョウ!」と言う声が遠くで聞こえる。
「アローラ!」と俺も返事を返した。
「ふむ・・・。見事なお点前、感服致しました。」最後のアークエンジェルはそう言うと地上に降り立った。
どうせ効果が無いのだからと、俺はマントのボタンを外した。飛翔はできるが、透明化は解けた。
「何か俺達を抹殺すると言う事以外に用件でもできたのか?」俺はそいつに呼び掛けた。
「いや、それ以外の用件はこれっぽっちも。けれど、こちらだけが言いたい事を言うのはどうかと思ったものですから。」
「思った・・・だと?」俺は呟いた。
「はい、思ったのですよ。常に、私は何かを考えていますから。何かを思っていますから。」
「お前は・・・噂の”運営”って奴の一人なのか?」俺は問い詰めた。
「さあ、どうでしょう?それは明かしてはならない事なのでは?」奴の声は笑いを含んでいる。
「お前をぶっちめたら、何故俺がここに連れて来られたのかもわかるって事かい?」俺は両手の籠手を打ち合わせた。巨体の天使も、中身は生身の二本足の生き物なのだろう。
怖さなんか、少しも感じなくなった。
「いえ、それはご勘弁を。シナリオの逸脱については、他の者達から厳しく叱られますので。」と言うと、大天使は頭を俺に下げて来た。
「この茶番は一体どう言う意味があるんだ?」俺は声を荒げた。
「茶番などとは、そんな失礼な真似は致しません。ここは以前からあったイベントの舞台なのですよ。ただ、貴方様がたがこちらに向かっているのを知りましたもので。貴方様とお仲間の方々の雄姿を拝見したくて、運営権限で特等席を設けて頂いた次第なのです。」
「それだけじゃないでしょう?」シーナが口を挟んで来た。
「あんた達がやって来たと言う事は、何かのメッセージがあったからでしょう。そうじゃなければ、わざわざアバターを使う訳ないじゃない。」
「はは・・・。そのとおりです。クドクドと言葉を交わしていても、レンジョウ様を不愉快にさせるだけですね。もちろん、貴女とアローラ様もね。」
「だから申し上げましょう。レンジョウ様の作り上げたプログラム。見事でございました。」奴はそう言ってもう一度頭を下げた。
「俺の作ったプログラムだと?」思い当たる節がなかった・・・いや、あれなのか?
「例のマシンに潜り込んで、その後に入った星の世界の事か?あの星の群れがプログラムと言う事なのか?」
「左様でございます。あれは、当方所有の量子コンピューター内部の分子メモリーの内部世界だったのですよ。」運営の・・・多分男はそう語った。
「俺は単に、美しい星々のパズルと思っていたんだが・・・。あれはやはり分子内の動きだったと言う事か。あの一番小さい星は電子で、少し大きい星は陽子、一番大きな星は原子核だったと言う事か?」
「それらに調和を与え、領域内でよりたくさんの分子が結合離散し、新しい分子に組み替わる。その速度を貴方様は飛躍的に向上させたと言う事です。」運営はそう説明した。
「そのプログラムは一体どんな意味を持つんだ?」俺はそう訊ねた。
「そうですね。それを説明する事はひとまず繰り延べさせて下さい。ただ、それを行う事は大きな意味を持ちます。貴方様は、既に我々、そう我々の世界に危機が迫っている事を知っておられる。シーナ様や、貴方様が戦われた私の仲間の一人からも事情を聴かれたのですから。」
「そうではありませんか?」天使のアバターが右手の人差し指を上に立ててクルクルと回した。
「未来からやって来る侵略者と言う奴か?」
「正確には”侵略者”ではありませんね。人類を抹殺するためにやって来る”大殺戮者”でしょうか?」
「それと、俺がプログラムを作る事にどんな関連があると言うんだ?」俺は素直に不思議に思ったのだ。
「一言で・・・現時点でも、非常に喜ばしい結果が出ているのです。」
「意味がわからん。」
「そうでしょうね。謎掛けを行うつもりはございません。単純に、今この時点では貴方様に余計な情報を与える事は好ましくないのです。」
「何故だ?この事だけには答えて欲しい。俺はあんた達の思う様に動く駒じゃない。」俺は天使を睨んだ。
「まさに、それこそが答えなのですよ。貴方様には自主的に、思ったとおりに振舞って頂きたいのです。私どもが様々に掣肘する等、真に恐れ多い事ですから。」
「情報を与える事により、貴方様の行動や思考が制限されたり、抑制されたり、方向を変えられたりする事は好ましくないのです。」
「あんた達は、それでも俺をずっと監視しているのだろう?それこそが最も大きな干渉じゃないのか?」俺は怒りを込めて言い切った。
「いえ、私どもは、貴方様の普段の行動などを逐一監視している訳ではございません。普段はより一層重要な事柄の監視を行っておりますから。」
「より一層重要な事柄?」オウム返ししかできない・・・。
「はい、左様でございます。よって、普段の貴方様の行動をいちいち追尾してはおりません。今回のご連絡についても、貴方様の行われた偉業についてお知らせし、今後の一層の努力を促したいと思った故の事なのです。」
「具体性が全くない助言をありがとう・・・。」
「凄く怒ってらっしゃる様に見受けられます。」
「良くわかったな。そのとおりだ・・・。」
「それではですね。これ以上、貴方様のストレスを増やすのも好ましいとは思いませんので。このセッションは手早く済ませてしまうと言う事で宜しいでしょうか?」
「そうしてくれ・・・。」
「最後に助言を一つだけ。目の前の寺院を探索なさいませ。重宝な品物が沢山ございます。」
「わかったよ・・・。」
「では、これより後は、当該アークエンジェルについては、自動操作に切り替わります。後学の為に、アンデッドのアークエンジェルと一度戦っておかれると宜しいでしょう。では、またの機会にお会いしましょう。」そう運営の者が言うや、光り輝いていたアークエンジェルは、突如として漆黒のオーラを放ち始めた。
フワリと空に舞い上がり、いきなり何かの呪文を唱えた。
黒いオーラが身体中から引き失せ、代わりに漆黒の剣が大きさを増し、漆黒の大鎌になった。
「レンジョウ避けて!あれは”狂暴化”の魔法よ!」とシーナが叫んだが、恐るべき速度で振り抜かれた大鎌を俺は避ける事ができなかった。
籠手で辛うじて受けられたが、身体に食らっていたらどうなっていたか?俺は盛大に弾き飛ばされて地面を削りながら転げ回った。最後はユニコーンの死骸にぶつかって止まった。
「レンジョウ!」俺の事を案じながら、アローラは矢を放った。最後の一本だった。見事心臓の位置に命中する。
「死んでしまえ!」と言いながら、シーナは突撃して、元大天使だった死霊の腕を斬り落とし、飛び上がって頸部に一撃を見舞った。
今度は剣は跳ね返されなかった。漆黒の天使は、そのまま全てが闇の粒子となって空中に散逸した。
俺は痺れる手をさすりながら立ち上がった。顔にも身体にも泥とユニコーンの流した血が付着している。
「大丈夫なの?」と言いながら、アローラは俺に抱き着いて来た。
「酷い戦いだったわね。」シーナも駆け寄って来た。
「言いたい事は沢山あるが、とにかく、運営と繋がったのは朗報と言えるんだろうか?」俺はそう言ったら、「一つの目標ができたって事は良い事なんじゃないの?ほんの数秒しか掛からない仕事なんだし。」シーナはそう言う。
「とにかく、お宝があるのなら、中に入らない手はないわよね?寺院の中に水があったら、レンジョウは身体拭いた方が良いし。」アローラは寺院の入り口を指差してそう言う。
「とにかく広そうだし。中を探すのも一苦労だろうな。」俺が思ったのはそう言う事だった。
****
寺院の中は薄暗かった。何しろ、両脇の建物の窓と言う窓が蔓草に覆われているのだから当然だったろうが。潜って来た門は城壁よろしく高く立ち塞がり、奥には大きな建物がある。
「あの奥の門を見て。あれなら、さっきまでの天使達でも通れそうな大きさだよね?」アローラがそう言って指を差している。なるほど、大きな門だ。
「あの奥にご神体があるのかも知れないね。前へ進もうか。天使達が何かを守っていたのなら、天使達が直々に守っていただろうから。前の建物が怪しいと言えば怪しいな。」俺もアローラに賛同した。
「両脇の建物は、この寺院の参拝者の宿泊施設だったのかも知れない。加えて、寺院の者達の居住区よね。昔は、この周辺にも人が沢山住んでいたのかも知れない。」シーナの言葉は、つまりは例のユニコーン達が滅ぼした村々があったかも知れない事を示唆していた。
「駆除して正解だったな。」俺がそう言うと、シーナもアローラも頷いた。
歩く事しばし、奥の建物に入った。そこは壮大な大きさの空間で、やはり奥にはご神体が鎮座していた。それは獅子の様な立派な頭髪の古代の神が右手を握って振り上げている像であり、その横には、大きなスカートを履いた厳しい顔付の剣と丸い盾を持った美しい女神らしき像があった。
その横には、多少小さいものの、タツノオトシゴの様な何かの背に乗った、見るも逞しい男の像が立っていた。これも神像なのだろうか?
「見た事のない神の神像だな。」俺はそう呟いたが・・・確かに見た事はないが、この神々を知っている様な気がした。
「なーんか、この神殿を荒らしたら祟りがありそうな感じ・・・。」アローラがいささか気後れしたのか、そう言い始めた。
「見て。」シーナが指差した先には、5つの台座があった。そこに何かが立っていたかのような。
「あの天使達は、あそこに居たのだろうか?」俺はそんな気がしていた。
「台座を調べてみよう。」俺の思い付きは報われた。
「台座の後ろに窪みがあるよ。そこに何か入ってる。」中央の台座の後ろから、まるで金属製に見える何かの袋の様な大きな物が見つかった。
「アルミニウム・・・かしら?」シーナは訝った。
「電気分解の知識が存在しない世界に精製されたアルミニウムなんか無いと思うがね。」俺はそう答えた。
「袋の紐を開けてみようよ。」アローラは袋を手に取った。そして、「あれ?」と言う言葉を発した。
「どうした?」と俺が聞くと、「この袋・・・重さを全然感じないのよ。」と言って、俺に袋を手渡した。本当だった・・・・。
「袋それ自体の重さすら感じないな。まるで風船みたいだ。」とにかく、開けてみた。逆さにして振ってみた。ドサッと言う音と共に、様々な物が床に広がった。
「これは見た事がある。何かの魔法が書かれている巻物だと思う。」
「こっちはフレイア様が使っていた何かの技能を増やすアイテムだと思うよ。それでルーンマスターと創造技巧の技能を手に入れたんだって。」
「この本は何だろう?表紙に奇妙な十字が描かれているな。」俺が手に持ったのはそんなものだった。
「金銀や宝石はないみたい。まあ、大量にあっても困るんだけどね。」アローラは次の台座を調べ始めた。
「これは何だろう?」俺は床に落ちた奇妙な石を見付けた。それは灰色の石だったが、重さを全く感じなかった。
「これと同じ重さを感じない石を、俺はあのイカれた女から貰った。」そうだ、俺の額にまだ入ったままの例の黒い石。邪眼石と言ったか。あれと同じ様な代物かも知れない。
「レンジョウ!指輪だよ!指輪を見付けたよ!」アローラが横で大騒ぎをしている。
「他の台座も調べましょうか。」シーナがそう言って、俺はそれに頷いた。
****
「凄いよ、こんなにいろいろと見つかるなんて。」アローラはホクホクしている。
指輪、宝珠、十字の形のピンバッジ、赤い外套。
「さあ、ここでの用は済んだろう。これ以上、昔の人達の聖域を荒らすのはやめておこう。」俺はそう言って、馬車の所に戻るように勧めた。
「探せばまだ何かあるかも知れないけどね。これで十分だし、みんなと合流しないとね。」アローラも同意した。
俺はもう一度、奥にあるご神体を眺めやった。何故だろう・・・何故この神像達に心惹かれるのだろう。だが、神像は黙して何も語ろうとはしない。ただ、そこに立っているだけだ。
何故こんなに心を揺らされるんだろう。
「レンジョウ、行こうよ。」シーナは既に出口の近くまで達していた。
踵を返し、俺は神像を背にして建物の外に出て行く。後ろ髪を引かれる思いで。
寺院の外に出た。明るい日差しの中に。もう一度だけ振り返った。しかし、そこには大広間に続く入り口が見えるだけだ。
三人で腕を組み、俺達は仲間の待つ川の岸に向かって宙を蹴りながら進んで行く。
もう、俺がこの古代の寺院を再び訪れる事は無かった。
(発見したアイテム)
炎のクローク 攻撃力+2 抵抗力+3 抵抗緩和-3 移動力+2
魔力の指輪 防御力+2 抵抗力+2 魔力+5 移動力+1
恐怖の宝珠 防御力+2 魔力+15 抵抗緩和-3 恐怖の影の呪文
不死の十字 攻撃力+4 命中率+20% 移動力+3 怨霊変化(非実体化)
(袋に入っていたアイテム)
技能のアーティファクト
?灰色の石
?カバラ十字の封印された書物
?呪文のスクロール