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第百三十二話 モンスターズレア

「よし・・平原に出た様だ。」マキアスの声が馭者台から聞こえる。

「後半日以内には、あそこです!あの丘を越えた場所から東西に走る街道を見る事ができる筈です!」オルミックが声を張り上げる。


「ここらは安全な場所なのか?」レンジョウが同じく声を張り上げる。

「辺鄙な場所ですが、治安が悪いとは聞いた事がありません。」そう返事があった。


「よし、どこかで水源を見つけて休止しよう。俺とアローラで上空から斥候を行う。とにかく、丘の上に登るコースで進むんだな?」レンジョウが再び声を挙げる。

「はい、道らしい道はありませんが、このコースなら周囲の警戒もやりやすいでしょう。この季節なら、群生している灌木も薪にならない事はありません。」それがオルミックの返事だった。


「私も行こうか?」と言っては見たが、「シーナは空に浮かべても姿が丸見えだからな。相当目立つんじゃないか?」と反論された。いや、わかってはいたが。

「だよね・・・・。」と言うしかない。その間にも、レンジョウとアローラは打ち合わせをしている。

「俺はあっちに行く。お前は向こうだ。」現在位置からほぼ四十五度の角度で左右に斥候を送る。

「この勾配と距離なら、馬に草を食べさせる必要もあるし、丘を登るのに半日かかると考えるべきね。」私はそう判断した。

「なら、水源を見つけて、そこに寄り道する方が良いだろう。時間は30分進んで、それから現在の進路に平行に戻る事にしよう。俺達はほとんど同じ速さで飛べるからな。二等辺三角形の形に上空から地面を偵察できる。いずれにせよ、ここらを走っている馬車はただ一台だ。間違う事はないだろうさ。」レンジョウの計画はそんな感じだった。

「一晩休まず馬車を動かしてたからね。馬も疲れているよ。もちろん、オルミックもね。あれは休ませないと危ないかも知れないね。」アローラはそう言っている。


 アローラはエルフの軍事指導者の一人だ。普段は森の中を警備して単独行動しているらしいけど、少人数の部隊を率いて戦う事も多いと聞いている。

 だからこそ、兵卒の疲労とかには殊の外に気を付ける習慣ができている。

「人間は体格は立派でも、持久力と瞬発力はエルフより随分劣っている様に思えます。」シュネッサはそう言う。彼女の経験から出た言葉でもあるのだろう。


 まだまだ肌寒い明け方の気温の中、マキアスも少し震えている。騎乗が達者であっても、オルミックの負担は相当な物だろう。

「これを食べさせてあげれば、すぐに疲労は回復するでしょうけど。問題は最初に食べた時の副作用ですね。毒物が体内から排出されますし、老廃物も全身から噴き出てしまいます。ボロ布は馬車の内部にそこそこあるみたいですが、それで足りるかどうかですね。」シュネッサは、オルミックにエルフの御馳走を振舞うつもりの様だ。

「少し前なら、盗賊風情にと思っただろうけど、今は違うわね。」


 真面目で、機転も利くし、勇敢に戦える男だと、そう私も一目置いているのだ。

「では行って来る。」「行って来るの。」二人は透明になって空をすっ飛んで行った。


「小川でも良いから見つかったらラッキーなんだけど。」私の呟きに。

「多分大丈夫だと思いますよ。平原で向こうに丘があるのなら、丘と丘との間には川がある可能性は高いですから。」カナコギが答えた。


「そうなの?」私が聞き直すと「断層で出来た丘もあれば、水で削られた丘もあります。曲がった川が見つかったら、魚も多いかも知れません。」そう答えて来た。

「ふーん、あんたも物知りよね。私は地形とかは行軍と布陣以外には興味も示さない方だけどね。あんたは違うんだ。」ちょっと見直した。単にレンジョウの腰巾着って訳ではない様だ。

「兄貴もその辺は詳しいですよ。結構一緒に山歩きとかもしましたし。」


「そう言えば、レンジョウが最初にカオスの国の兵達と戦った時の報告書・・・。付近の地形とかバッチリ把握して、どこから来たのか、どこに去ったのかの説明も妙に詳細だったわね。ファルカンは、高い場所にある街が水源をどうやって得ているのかをレンジョウから解説されたとも言ってた。」私は少し考え込んだ。

「本当に・・・強いだけの奴ならわかりやすいんだけど・・・。」

「兄貴は強いのは強いですが、それ以上に優しくて、賢いですよ。自分では認めませんが。」カナコギはニコニコと微笑んでいる。本当にレンジョウの事が好きなんだね。


「それだけじゃありませんよ。フレイア様のお言葉ですが、”レンジョウ様は猛々しいにも関わらず、静寂を愛されるお方で、美を愛する性根が据わっている。そんな稀有なお方です。”との事でした。」シュネッサも同感である様だ。

「彼は日本と言う国の男なんだけど、その国では静寂やシンプルさと、奥ゆかしい美を愛でる”ワビとサビ”と言う境地があるらしいの。私達は外国人だから、良くわからないけどね。」


「いや、俺にもそこらはわからないですよ。風流とかにも縁が無いですし。そこらは、わかる人にだけわかるって感じですね。でも、兄貴は・・・俺から見て、本当に粋な人だと思います。」カナコギの言葉には、またもや外国人には理解しにくい境地が説明されたが・・・。

「まあ、レンジョウはレンジョウよね。あの男に裏表とかは無いんだし。」私はそう締め括った。

「隠し事があっても、結構素直と言うか、わかりやすいですからね。その点安心です。」カナコギの目から見てもやはり同じらしい。

 不可解な人物ではなく、ちょっと間抜けな所のある・・・愛すべき男と言う事だ。

 私の場合はそれが文字の通りと言うだけなのだろう。


「アローラも相当の屋外活動の達者だし。いろいろと期待できそうよね。」

 実はそれどころではなかったのだが。


****


 空中を駆ける事10分。ちょっと高度を取れば、まだ馬車は見える距離だ。

”動く物がある・・・。”あたしは高度を下げて接近する事にした。矢筒には7本の矢が残っている。

 あれは野生の豚だろうか?あるいは猪?親子連れの数匹の獣を見つけた。

”と言う事は、この周辺には雑食の野生動物が食べられる食料があるけれど・・・。こいつらは水辺の生物ではないと言う事。”


 川は近くに無いのかも知れないが、ただ小さな水場の発見は期待できるのではないか?

 鳥も見かけたが、そんなに大きな鳥ではない。精々が鳩程度の大きさの鳥ばかり。


 レンジョウの向かった方向には、丘が切れている個所が見えた。小川が流れている可能性が高い。

”でも、あたしにはあたしの斥候分担がある。”

 任務に忠実なアローラは更に先に進んで行く。


****


「なあ、マキアス君。」大男が馭者台の横に座っているマキアスに呼び掛ける。

「なんすか?」まあ、今頃の若者の返事なんか、これでも丁寧な方だ。特に、激しく疲労している場合となっては。

「うむ・・・。なんとも平和な光景だとは思わないか?」大男は目を細めて周囲を眺めやる。

 問題は、マキアスは男の左側に座っているので、彼の眼帯しか見えない事だ。

 実際、顔を向けないと大男からもマキアスの方向は見えない筈だが、男がそれを気にしている風はない。


 やりにくいと言うか、マキアスとしては適当に会話を合わせる以外にできる事はなさそうだった。

「ですね。空は晴れてるし、ちょっと寒いのを除けば快適です。特に昨日の夜の事件があった後なもんで、ちょっとだけ平和な光景に馴染めない自分が居ますが。」最後は少し陰鬱な話題を振ってしまったのを後悔したが、まあ言ってしまったのは仕方ないか。


「我もかなり怒っておったし、村人が”人柱の仲間”として、更に力を増してしまっては問題が更に大きくなるとわかっておった。故に、祠に急いだのだがね。判断を間違えたのやも知れん。そう今では思っておるよ。」大男が言いたかった事を何となくマキアスは理解した。


「俺達が居残って、攻めて来る子供みたいな怪物や、髪の毛の様な怨霊、最後に出て来たあの舌みたいな怪物。あれを村で迎え撃っていたとして、どうなってたと思いますか?」マキアスは尋ねてみた。

「数名、特にマキアス君やオルミック君、カナコギ君は危なかったと思う。そして、村人が更に攫われて行ったとすると、祠でも更に多くの怪物達と戦う事になったろうな。そもそも、案内してくれる筈の村長その他も無事だったかどうかはわからない。」大男はそう答えた。

「なら、それは時間との勝負だったんでしょう?そして、その間に村人達は持ちこたえる事ができなかった。俺達が一日遅くあの村に到着していたら、そこは無人の廃村と思ったでしょうね。」


「うむ・・・・。そうだろうね。」

「彼等を救えなかった事を後悔なさっている?と言う事ですか?」

「まあね・・・。悪霊たちに捕らえられて、魂が壊れて無になってしまう等、誰に取っても最悪の結末だと思うからね。この世界の人間については、現実世界とシンクロしただけのランダムな誰かでしかない。この事件も、現実世界では単なる夢であり、このゲームとの接点は切れてしまう訳だが。」


「それでも割り切れないじゃないか。頑張って、頑張って、その上で何も報われなかったと言うのはね。惨い事だよ。仮想現実だから、別に良いじゃないかとは、我には思えないんだよ。」

 マキアスは大男の方に顔を向けた。

「貴方、おっかない人ですけど、そんな風に他人の事を考えてるんですね。いや、滅茶苦茶強いから、他人なんか足で頭を踏んでも何とも思わないタイプかと思ってたんですが。」


「我は自分の力を恐れておるよ。気ままに揮って良い力ではない。そう常から自分を戒めておる。」


「レンジョウもそうでしたね。あいつは強いのに、人間相手だと手加減しまくりでね。その癖、自分の事を乱暴者のゴロツキとか勘違いしてるし。」マキアスは少しだけ寒さと疲労を忘れて、大男に熱弁を揮い始めた。


「俺が見た、貴族どもの我が儘ぶりとかは凄かったですよ。自分の命令で動く部下達を捨て駒みたいに使って、自分の戦功を挙げるための道具としてしか見ていない。だからチーフにそう言う奴等が全部切り捨てられて、兵卒をまともに使う隊長格を抜擢して行ったのには、俺としても大満足でした。」

「レンジョウがやって来て、ノースポートの潮目が全部変わったおかげですね。仕方なしに使ってた下らない軍事指導者を大方はお払い箱にして、盗賊の協力者として軟禁している者もいます。」


「ふむ・・・。」

「あいつのおかげなんですけどね。ラナオンでも、ヴァネスティでも、今回のフルバートの地下でもね。あいつが居なかったら、ラサリアは何も変わらなかった。あのタキって言う勇者が言ってた通りに、フルバートがラサリアを統一しようと動き出すのも遠くなかったかも知れません。なにしろ、伯爵は健康に優れない老いぼれの色ボケですからね。近い内に暴発しても不思議は無かったんです。」


「間に合ったと言う事かな・・・。カーリの影響下にラサリアが陥落すれば、昨晩の様な事態はあちこちで発生しても不思議はないからね。幸いな事に、カーリの魔術は完全支配下の場所以外では、本来は世界全体に効果する様な魔法であっても、あの程度の規模でしか通用しない様だから。」

「あの村にあった祠の効果って、本来ならば世界全体に敷衍する程の魔法だったと言う事ですか?偶発的なモンスター災害じゃなくて?」

「そうだと我は思っておるよ。確証はないがね。あれは不自然過ぎる現象であったよ。」

「カーリと言う黒の魔術師は、一筋縄ではいかない相手って事ですか?それでも完全な力は使えていないと?」

「未来からやって来る、破滅をもたらす者達の先遣隊だからね・・・。この世界の理を理解しきってはいないのだろうさ。だが、現に量子コンピューターはあそこに存在していた。だから・・・油断はできない。」


「そこらがわかんないんすよね。俺に取っては、チーフは仕事の先輩で上司でした。けど、聞けば200年間も戦って、負けて、現在に撤退して来たって言ってましたし。そんなに生身の人間が長生きできる訳もないでしょう?」

「どうだろうね。エルフと人間の違いは何なんだろうか?現に異種族間で子供ができる程に似通っているのに、何故か寿命は何倍も違う。どうしてだろうね?」

「そりゃ、魔法の力でそうなってるんじゃないですか?」


「”十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない。”、そう言っていた人がいたね。」

「ああ、その人の作品の映画化されたの見ました。最初に”ゾロアスターはそう語った”って曲が流れてましたね。」

「ふふ・・・。まあ、現実世界に帰った時のお楽しみにしておこうか。君にもきっといずれわかるよ。でなければ。」

「でなければ?」

「破滅をもたらす者達に、我々は殲滅されて終わりと言う事になる。既にやり直しは各方面で一度行われた。そして、もう二度とできないんだからね。」


****


「川だ・・・・。」

 接近するまでに高度を取っていたおかげで、空を駆けて凡そ10分程度で川を発見できた。

 近くには草むらも存在し、馬に食べさせることができるだろう。

「問題があるとすれば、こっち側からだと、丘を登る事が難しい事だろうな。なにしろ、植物が多過ぎる。道も無い。」


 川を眺めやれば、ところどころで水柱から跳ねる元気な魚も見える。水鳥も居て、心配なのは肉食の水棲動物がいないかと言う事だけだろうか?


”昨日の村の連中は、ここらで開拓を始めていたならば、随分違った運命となっただろうに。”そう思った。

 単に運が悪いと言うだけではないのだろうが・・・。やはり哀れではあった。


 ざっと周囲を見回すが、問題は感じられない。

 引き返すかとも思ったが、もう少し前方を見てみようかとも思う。

 斥候に出たのだから、周囲の状況を調べずに帰還する事は避けたい。


 更に空を駆けて行く。川の向こうには、更に平原が広がり、更に向こうの丘と丘の間にやはり小さな川が流れているのを見つけた。しかし、集落や村らしき構造物は地平線の向こうにも見えなかった。


****


「帰ったぞ。アローラはまだ帰って来ていないのか?」俺は皆にそう呼び掛けた。

「まだだよ。」シーナがそう答えた。「じゃあ、アローラが帰って来るまで小休止ね。水は見つかった?」

「ああ、小川がある。魚も泳いでいたから、食料も手に入る。ほら・・・。」俺は籠手を打ち合わせて火花を散らした。

「電気ショックで一網打尽ですか?兄貴、漁師やったら食いっぱぐれはありえないっすね。」鹿子木がそう言うが・・・・。

「乱獲で漁業資源がすぐに枯渇するのがオチなのでは?」とシュネッサがもっとな突っ込みを加えた。


「オルミック!小休止だ。アローラが帰って来るまでここで停止しよう。」とオルミックにも呼び掛けておいた。

「軽い食事を作っておきます。アローラ様が帰られるまでにはできるでしょう。」と言いながら、小麦粉をボウルに入れて水でこね始めた。

 大男とマキアスも馭者台から降りて来た。別に道など無いので、馬車の車輪に留め具を噛ませてそのままだ。


 小石で輪を作って、それを跨ぐように鍋吊り用の金具を地面に埋め込む。薪を足して、オルミックの剣で火を付けてから、鍋に水を入れて湯を沸かした。各人にカップを渡し、布に包んだ紅茶の葉を入れて色と香りを付ける。後はシーナが最近独占している蜂蜜を鍋に入れて溶かした。

 柄杓で掬い、カップに茶を注いでいく。少し暖かくなったが、まだ気温は低い。湯茶の配布はありがたかったようで、皆がそれぞれ茶を何盃かお替りした。


 その間に、一同に俺が見つけた小川について話し、東西に走る街道への大体の位置をオルミックは割り出した。

「強行軍だと、明日朝までには街道に到着します。凡そですが、そこから半日で、ノースポートとフルバートを繋ぐ大街道まで出られます。そこからは皆さんの知っているとおりの道行きです。東に真っ直ぐ進めばノースポートに辿り着くのです。日程として大体5日位でしょうか?」


「それにしても、これだけ資源も土地もありそうな場所を何故開拓しなかったんだ?」俺は疑問に思った。

「護れないからよ。ここがノースポートあるいはフルバートの植民地になったとしても、交通の便を考えると軍勢を派遣するのが難儀なの。でも、フルバートの件が片付いたら、工兵隊に道を引かせて、この丘の周辺にも植民するわ。ファイアピークに続くノースポートの植民地と言う事ね。ラサリアの六番目の都ね。」シーナはそう言う。


「この周辺なら3万人そこらは簡単に養えそうだ。森林も川も近くにあるから、エネルギーも水も賄える。悪くない案だと俺は思うね。」俺もその案には賛成意見だ。ともかく、フルバートは片付けないといけないが。

”だが、大量の血が流れる。ノースポートにせよ、フルバートにせよ・・・。”


 そんな埒もない考えに耽っている最中に、アローラが帰って来た。開口一番、アローラはこう言って騒いだ。

「聞いて聞いて!あのさ、あたし見つけたのよ!モンスターの塒を!」

 隠しきれない興奮がある。平和で穏やかでいささか変化に乏しいヴァネスティのエルフ達は、揃いも揃って冒険心が強い。

 そして、その冒険を皆に話して回るのが常なのだ。つまり・・・・。


「どの程度の規模だ?俺とお前とシーナだけで何とかなりそうか?」俺はそう訊ねた。

「私とあんたとアローラだけって、どう言う事よ?」シーナが口を尖らせる。

「他の者達には、水辺で休息させる。なに、守りは大丈夫さ・・・。俺達全員より強い人が残ってくれるんだから。な?」と大男に水を向けると、彼はニコリと笑って承諾してくれた。

「了解だ。行っておいで。」


「あのさ、規模としては大した事ないの。ユニコーンが数匹と、後は良くわかんないんだよね。廃墟の寺院らしきものに潜んでいたのを見つけたわ。ユニコーンは付近をうろちょろしてたし、連中の縄張りの中では、獣が沢山殺されてたのよ。」アローラはそう言う。

「ユニコーンって、そんなのを殺して良いのか?あれは、処女に懐く、聖なる獣だったんじゃないか?」と俺は疑問を呈した。


「それは、最近のホワホワした疑似民俗学による俗説でしかないわ。現実世界でも、嘘か本当かはわからないけど、ユニコーンを害獣として追討せよとのお触れが出てたらしいわ。この世界でも、大魔術師が召喚したユニコーン以外は危険な害獣と考えた方が良いわね。」シーナはそう言う。

「あたし達も同じ考えよ。狂った様に縄張り意識が強くて、他の獣を見付け次第殺してしまう危険な獣って言われてるの。草食の癖に、食べる訳でもない獣を殺して回るとかね。どう考えても異常な生物よ。自然界の生物としては異端者だし、駆除の対象だとエルフも考えてるの。」アローラもそう言う。


「それに、ユニコーン達を宥めようにも、この中に処女の女は一人だっていないしねぇ。」とアローラが呟いて、「そーよね、一人も居ないわよね。」とシーナが反応した。そして、あの邪悪な笑みと共に「誰かさんのせいよねぇ。」と言うや、クツクツと嗤い始める。

「モゲロ、レンジョウ・・・・」とマキアスが呟いているのが聞こえた。


「ここに処女がいない原因は置いておきましょう。相手がユニコーンなら、私達3人で相手をするべきね。あいつら、初手にとんでもない速度で突進して来るんだけど、流石に空は飛べないから。」

 そのシーナの言葉に、アローラは頷いた。


「あんたがやって来る直前の事件だけどね・・・。ユニコーンがノースポートの近くに出現した事があった。そん時は一匹だけだったんだけど。とある一家の乗る馬車を襲って、まず馬を殺し、次に馭者をやってた長男を突き殺した。その後は、馬車の中で震えている父を殺し、母を殺し、次男を殺した。馬車の外から何度も1メートルを超える長さの角で突き刺したのよ。」

「生き残ったのは当時8歳の長女だけだった。その事件の後、彼女は自閉症みたいな有様になってしまったのよ。だから、追討を行った私達は、彼女を伴って行ったのよ。そして、私がユニコーンを宥めている間に、魔術師と弩弓の射手が不意討ちで攻撃を仕掛け、私が奴の首に抜き打ちをぶち込んで殺してやったわ。」

「そしてね、殺したユニコーンの前に、女の子を呼んで言ったの。”貴方の家族を殺した奴は、私達が仕返ししたよ。”ってね。そしたら、彼女は言ったの”私にも仇討ちをさせて下さい”ってね。だから、短剣を貸してあげた。それで何度も何度も彼女はユニコーンの死体を突き刺していた。そして、納得したのか、その後は大声で泣き始めて、自閉症もそれっきり治ったみたい。今では親戚に引き取られて暮らしているらしいわね。」


「だから・・・・。ユニコーンの棲み処を見付けたなら、討伐しない訳にはいかないわ・・・。あの時の奴は、ここから飛び出して来たユニコーンなのかも知れないんだし。」シーナは歯噛みしながらそう言う。

「俺もバラミルも、その時に弩弓を撃ち込んだ一人でした。あの子の泣き声は今も忘れちゃいません。本当なら俺も行きたいんですが、足手纏いになるのがオチでしょう。チーフ、レンジョウ、アローラさん、お願いします。」とマキアスも賛同して来た。

「ユニコーンなら、角に特別な癒しの力とはないんですか?」と鹿子木が言う。

「ないわ・・・。あいつらはヘルハウンドと同じ。どこまでも追い掛けて来る”死”そのものなの。白系統の魔法で呼び出される召喚獣だけど、連中には殺す事しかできない。」


 その言葉を聞いて、オルミックが複雑な表情をしたのが見えた。何故とは誰も聞かないが、何か過去の事を思い出しているのだろう。

「距離はどれくらいある?」と俺がアローラに聞いたところ、「あたしの速度で15分くらいかな?レンジョウとシーナはあたしよりコンパスも随分長いし、もっと早く行けるかも知れない。」


「よし、俺達3人は馬車が水辺に到着してから出発する。水辺まで大方1時間とはかからない。その後に食料調達を手早く済ませてからだ。大体午前9時には全てが済むだろう。残った全員は俺達が戻って来るまで休息を充分摂っておいて欲しい。特にオルミック、お前は我慢してるんだろうが度が過ぎる。良く休んで置け。」と言い渡した。

 オルミックは目を白黒させたが、すぐに「わかった。」とだけ返事をした。


 水辺が完全に視界に入り始めたのが30分後、そこらに生えている草を馬達は食べたがったが、それを宥め透かして、更に水辺に近付いた。オルミックの馬は水辺に到着次第に草を食べ始めた。

 馬車の馬も拘束を外して、それぞれに草を食べさせた。


 水を汲み、鍋を例によって火に掛けて湯を沸かす。今度は食事のためだ。粥を作っている暇がないので、俺達3人は湯の中に炙っておいた肉をぶち込み、ハーブと胡椒、塩を混ぜ込んで、乾燥シリアルと共にスープにした。とにかく、朝飯を抜いて戦いに出るとかは危険なのだ。

 もう少なくなって来た保存用に酢を染み込ませたライ麦パンも火で炙って食べる事にした。

 鹿肉のスープは、肉の方が多少古くなっており、あまり旨くはなかったが、それでも腹は膨れた。特に、シーナの食物摂取量は普段の倍で、毎度甘い物を摂取しないと補いが付かなくなっているのだ。普通の食事で彼女の必要とするカロリーを摂取するとなると、胃が破裂する事だろう。


 居残り組に食事が配膳され始めた頃、俺達三人は立ち上がって、出発する旨を皆に伝えた。

 それぞれから励ましを受けた後、俺が中央になり、両脇に二人を抱えながら・・・俺達は空に舞い上がった。


 しばらくは左右に蛇行する事となったが、すぐにシーナは空を駆ける方法に慣れて、その後はアローラの指示のとおりに一路、モンスターの塒を目指す事となったのだ。

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