第百三十一話 記録に残らない戦い
「多分、そこは六年前に設置された開拓地ですね。フルバートからの定植者達が随分前に出発して、それっきり人口があまり増えなかったせいで、打ち捨てられていた集落でしょう。俺達の現在地は、予定では一日目の終わりにここまで至る行程となっていました。庄屋の名前を取って、ミリアード村と言う名前だった筈です。1000人以下の人口の寒村ですね。」
「実入りの少ない村なので、俺達も捨て置いた場所なんです。」オルミックはそう言う。
「ですから、食い詰めた山賊に狙われてしまったか、周辺にモンスターが出没しているかでしょう。」
アローラには、報告の後に食事を摂らせた。戦いになるのなら、なおの事食事をさせておかないといけない。夕食はまだしもだが、特に朝食を摂らないと、夕方どころか昼過ぎには途中でへばってしまうからだ。
アローラは口は小さいが、意外に健啖家だ。食べる量は大人と変わらない。急いで食事を済ませた後、湖の水で口をゆすいでいる。
「アローラ、俺とお前で先行する。お前は目立つから、マントの力で隠れていて欲しい。」
アローラは、指でOKの文字を作った。声は出さないと言う意味だろう。
「準備ができたら行くぞ。」アローラに対しては、それだけで通じる。ただ、心配なのは、アローラの矢が既に心もとない本数しかない事だ。
4本、それ以上の補充はできていない。村で融通して貰えたらありがたいのだが。
アローラがマントのボタンを留めた。「行って来る!」俺はそう言い残すと、自分のマントのボタンを留めて、腕を組んだアローラと共に上空に舞い上がった。
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「行っちゃいましたね。俺達も追い掛けないといけません。ビルリックさん、先導をお願いします。」
「わかった!」そう言って、オルミックさんは少し前を駆けて、そこで停止しました。
「シーナさん、準備は良いですか?」と聞いたところ。お椀の中に最後のスープが入っており、それを咀嚼しているところでした。
シュネッサさんは鍋を水で洗っています。マキアスさんは馭者台に乗っています。
「我も少し早駆けしておくよ。」大男さんは斧を片手に、俺の盾と交換した”前進のディスク”を掴んで走り去りました。あれ、確実に100メートル10秒なんてもんじゃないでしょう。自動車と全然変わらない速度に見えます。
「距離にして並足で2時間かな。」口元を濡れた布で拭きながらシーナさんが戻って来ました。シュネッサさんの洗った鍋を両手に持っています。
それらを貨物区画に収納すると、馬車の客室区画に入って行きます。シュネッサさんが最後に木製の食器を貨物区画に仕舞ってから、馬車は出発しました。
「しまったな・・・。兄貴、今は籠手しか嵌めてないでしょう?剣の一本位は持たせておくべきでしたね。」俺は今更それに気が付いたんですが、既に手遅れです。
「アローラから借りるんじゃないの?」シーナさんは言いましたが、「シーナさん気が付いてませんでしたか?」
「何をよ?」
「アローラさんは、俺達に二本の魔法剣を渡しましたよね?多分、両腰にその剣を下げて来たんですよ。だから、アローラさんは自分の剣を持っていないんです。」
「え・・・。」シーナさん驚いてます。俺もうっかりしてましたね。
「とにかく、兄貴の説得に期待しましょう。」
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「あそこだな。なるほど、篝火が焚かれているし、方々に男達が固まっているな。」
「でしょ?可能な限りの厳戒態勢って感じよね。」
「大体の配置はわかったな。小さな村だ。正面から入って事情を聞こうじゃないか。とにかく、近くに着地しよう。」
「わかったの。」
今すぐ何かが起きると言う感じではない。だが、確かに何かがおかしい。村の周囲には低い塀があるが、到底軍事目的に使える程の高さはない。おそらく、獣避けだろう。近くに小さな川があるが、あれで耕作を行うのには不十分だと思える。
何故ここで村を作ってしまったのか?それこそが謎だ。森林と水源、今後の拡張を考えると、湖の近くの方が遥かに定植に適している。
六年前に定植したと言う事だが、あるのは公民館らしき場所と庄屋の屋敷、川の横にある水車小屋位。民家もまだまだ村の中央を埋め尽くす勢いではない。
木こりの小屋も、あんなに離れた場所に何故造ったのか?それと、漁師小屋も同じ疑問が湧く。
あの漁師小屋は六年間放置されていたと言っても良い位に荒れ果てていた。
「行って来る。」それだけを口にして、アローラから離れようとしたが・・・。
「レンジョウ、待つのよ・・・。」と腕を掴まれた。ああこれは・・・。
「行って来ますでしょ?」とキスをせがまれた・・・。こんな時に。だが、甘えん坊のアローラの言う事を聞かないと、後で他の人間に当たり散らされる可能性がある。いや、絶対不機嫌になる。
そんな訳で、数分間足止めされた。
「こんばんは!村の方々、この物々しい有様はどうなさったのですか?」俺は大声で呼び掛けた。
奥に見える村人たちは、周章狼狽の極みの様で、こちらに向かうでも無く、武器を持って集まるだけ。その内一人が村の奥に走り去った。
「返事をお願いしたい!」俺はもう一度呼び掛けた。
声が聞こえる。
「ありゃ人間の様だぞ。鎧とマントを着ている。」
「馬鹿言え!こんな所にやって来る剣士なんかおらんわい!」
その時、聞き覚えのあるどデカい声が聞こえた。
「君達!何をそんなに騒いでいるのかね?」いまや金色の鎧を隠す事もなく、大男が斧と盾を携えて走り込んで来た。
「ギャァ!山賊だ!怪物に加えて山賊までやってきた!」と騒ぐ者がいる。
「レンジョウ君、これはどうなっているのかね?」と大男は訊いて来たが、「間違いなくわかるのは、村人があんたを見てパニックに陥ってしまった事かな?」とだけ答えた。
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このままでは埒が開かないので、俺達は村の奥に進んで行った。
そこには、羊の群れの如く密集した村人が居た。
「お、お許しを!この村は呪われた怪物に狙われており、蓄えも殆どない寒村です。どうかお慈悲を賜りますように!」村長らしき中年の男が哀れを誘う仕草で膝を突いた。
「別に我等を怖がる必要はないね。我等は道に迷って、ここを通りがかった剣士の一行だ。えらく、君達の村が厳重に警戒しているのを見て、手を貸そうかとやって来たのだ。」大男は大きな声で宣言した。
「なんと、加勢を頂けるのですか?ただ、報奨金など出そうにも出せない村です故。お願いして良いのかどうかもわかりませぬ。」中年の村長はひたすら遜っている。
「別に金には困っていないね。で、何がこの村を脅かしているのだね?」
「それがわからないのです。突然、黒い何かがやって来て、村人、特に女子供を連れ去ってしまいます。ここ数日に何度も襲撃がありました、過去にも同じ様に何度か襲撃があり、我等の村は入植後に一向に人数が増えず、漁師たちも襲われて帰って来ず、フルバートに助けを求めに行った者達も帰りません。この村は完全に孤立しており、村の内部の菜園と陸稲だけで細々と命を繋いでいる有様なのです。」
「ふーむ・・・君。これは一体どうした事態なのだろうね?」と大男が聞いて来たが、当然俺にも何が何だかわかりはしない。
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一方その頃・・・。オルミックに先導された馬車は林道を走っていた。
オルミックは何かを感じた。何とは言えない・・・強いて言えば直感を。
何かが自分を見ている。おぞましい何かが!だからギルドの魔道具庫から取り出して来た剣を抜いた。
「ベーデルティーナ、ベルカイド!」炎の魔力を呼び出す呪文だ。
月明かりがほぼ届かない背の高い林の中の道を、炎を赤々と照らした。そして、地面に奇妙な何かが見える。
うねる絨毯の様でもあり・・・それらが固まって、オルミックに襲い掛かった。
鐙の上に立ち、黒い波に似た塊を打ち据える!すると、それはパッと燃え上がり、どこかから苦悶の様な声が聞こえた。何かが焦げる臭いがする。
炎の魔力を発動させたのは、馭者台のマキアスと言う男に警戒を促すためでもあった。それは成功した様だ。マキアスも剣を抜いている。彼は大声を上げた。そして、やはり襲って来た黒い波に剣を打ち込んだ。
効果は劇的で、何かわからない物は、一瞬光り輝くと、苦悶の声を上げながら光の粒となって消え失せて行った。俺の周囲の奇妙な何かも、彼の剣の力を恐れたのか去って行った様だ。
シーナ、シュネッサ、カナコギの三人も馬車から飛び出て来たが、敵は既に去っている。
ただ、少し離れた場所では、いまだに悪臭を放ちながら燃え燻ぶる奇妙な塊が残っていた。
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「燃えた髪の毛に似ている。けれど、黒系統のモンスターの中で、こんな奴は聞いた事が無いわね。そうであっても、マキアスの”正義の右手”で消散できたと言う事は、こいつはデスかカオスの怪物と言う事になる。」シーナはそう言っている。
「多分、村が厳戒態勢で火を焚いているのは、こいつを撃退するためでしょう。火に弱いみたいなので、間違いないかと思います。」カナコギはそう分析している。
「なら、先行したレンジョウ達と一刻も早く合流しないといけない。マキアス、私も馭者台に乗る。オルミック、炎の魔力は出したままにしなさい。片手を剣から話しちゃ駄目よ。」シーナはそう俺に命じた。
「松明の代わりにもなる。言ったとおりにするよ。」と言うや、俺は駒を進めた。
馬車の中に鹿子木とシュネッサが乗り込む。更に急いで馬車を動かしている。
”何が起きている?”そう考えてしまう自分が居るが、一番大事なのは先発隊との合流であると、論理的な自分が強く訴えていた。とにかく、駆け抜けなければならない。
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「ほほう・・・。これはこれは・・・。なるほどな。」大男が呟いた。
「何かわかったのかい?」俺は訊いた。
「ああ、これは根が深いぞ。この村を襲っているのは、多分”エヴィ・ユート”だと思う。」
「”エヴィ・ユート”?聞いた事がない。」
「我々の元の世界でも、世界中に居る困った存在だよ。君達の国の言葉で言えば”祟り神の人柱”と言う感じかな?」
「ちょっと待てよ。ファンタジーじゃなくてオカルトなのか?」
「普通は大した事は無いのだよ。けれど、この世界では、特にカーリの魔力が影響している場所の近くでは違うのだろうね。」
「俺はアローラを迎えに行って来ます。一人きりでは危ないと思うんで。」
「走って行きたまえ。」大男はそれだけを言うと、自分は村長の屋敷の門を叩いた。
「アローラ!」俺が呼ぶと「レンジョウ!」と言う返事があり、ボタンを外したアローラの姿が現れた。
「アローラ、村の中に入るぞ。」「あれ?エルフと一緒に居るのがバレたらダメなんじゃない?」
「そんな事言ってられないんだ。」と俺が言い終わった時・・・。
確かに聞こえた・・・これは・・・・。「聞こえるか?アローラ・・・。」
「うん、聞こえる。これって・・・子供の泣き声?」「空に上がろう!」
その数舜後、森の中から、ゾロゾロと薄くボンヤリと光る何かが村の方に向かって行くのが見えた。俺達は「村に向かうぞ!」とアローラに声を掛ける。「わかったの!」と返事があった。
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「大変な事をしでかしたものですね、村長殿。口減らしの為に、毎回何人もの役に立たない人手をその様な祠に捧げたと言う事ですか?」
「そのとおりです。あの祠に人を入れると、そのまま消えてしまいました。自分達の手で殺して埋めたり、獣の出没する森に置き去りにするよりは、ずっとマシだと思っていました。」
「まだその方がマシだったでしょうな。一見綺麗に見えた人減らしの方法ですが、あんな代物の仲間を激増させてしまっただけなのですよ。今となっては、祠を破壊すると言うのも悪手でしょうが、それ以外に怪物の増殖を抑える方法は思い付きませんな。」大男は苦り切っている。
「来たぞ!人食いの子供だ!」「殺せ!殺してしまえ!」村人の怒鳴り声が聞こえる。
「ふむ、力は弱いのだろうが、あれは食屍鬼だ。ただ、数は物凄いな。」大男は呟く。
「あれらを倒しては頂けませんか?」村長は懇願する。
「そんなのは目先の問題でしかない。あれらを生み出す祠に向かわねばならない。」大男はにべもない。
「まさに自分達の撒いた種でしょう。自分達で刈り取りなさい。」
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「矢を何本か欲しい。」弓を構えている村人に、俺は怒鳴った。
「そこの矢筒の矢を使って下せえ!」そう言いながら、ヒョロヒョロした矢を子供の姿の怪物に射ている。命中した矢は怪物を倒した。死んだ怪物は緑色のカビが生えた様な姿に変じた。
草刈り鎌が小さな怪物を薙ぎ払う。二股のフォークで怪物を刺していた者が、隙を突かれて怪物に集られ、方々を噛み裂かれている。
俺はできる限り怪物だけを狙う様に左右の腕で軽く打突した。怪物は電撃で弾き飛ばされてしまう。
「レンジョウ、こんな程度の矢の数じゃ、すぐに撃ち尽くしてしまうよ。」とアローラは悲鳴を挙げた。
俺にしても、膝位の高さしかない怪物を拳で殴るのは不可能だ。蹴りで何人かを倒したが、俺の良心はズタズタになりそうだった。
「レンジョウ君、ついて来たまえ!」と大男が村長を伴って現れた。小さな怪物たちは、大男を避けて行く。通路ができた。
村の入り口付近に閃く炎が見えた。「レンジョウさん!いらっしゃいますか!?」とオルミックの声が聞こえる。
「レンジョウ!無事なの!?」シーナの声も。
「あの馬車に乗りましょう。馭者台から祠の方角を教えて下さい。一刻を争います。」大男が怒鳴った。
「は・・はい!」村長は建物に火が付いた村の中を見やっている。
「早くしなさい!」と大男に怒鳴られて、ようやく、あちらの方向です!と指を差した。
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馬車で走る事10分程、小さな泉の近くの祠に辿り着いた。
「さ、最初はこの中に入って祈った女が消えたのです。」村長はどもりながら口を開いた。
「入り口近くの石碑は読めたのだろう?”祠の中に入るべからず”とね。」大男は怒っている。
「祠を女が開いたのです。そうすると、中に美しい祭神様が見えました。中で祈れる場所もありました。ですから・・・。」
「ご利益でも期待していたのかね?」大男は更に問い詰める。
「はい、その年は湖が豊漁でした。おかげで、食い扶持に困らなくなりました。そして、次の年には漁師たちが揃って消えました。跡形もなく・・・。」
「そして困ったから、次にはもう一度、祠の中で祈らせたのかね?」
「はい・・・はい・・・・。」村長は涙を流し始めた。
「その次の年は獣がたくさん捕まり、陸稲も豊作で・・・。次の年は人手としては役に立たない、知恵の薄い女と子供、老人達に祈らせました。」
「その頃からです。時折、マタギや水車小屋の番人が行方不明になり、次には木こりの親方と子弟が。それで村中の生産が立ち行かなくなって困っていた頃、夜にあいつらが村を襲い始めたのです。」
「これを見なかったのか?祭神の女神像だが、手に持った石板にこう書いてある。”封じられし者共は食すれば食する程に空腹になる。恩恵の対価は恩恵を受けた者達自身である”とな。」
「女神像は、それらの封じられし者共を慈愛をもって慰める存在なのだろう。今となっては加護も得られまいがな。」
「我等はどうすればよろしいのでしょうか?」村長は泣きじゃくっている。
「悪行の罪は問われぬ場合もある。だがな、愚行の罪からはなかなかに逃れられぬぞ。とにかくだ・・・マキアス君、君の剣を貸してくれ。」マキアスはそのとおりにして、大男の斧を受け取った。
「やはり破壊するしかなかろう。皆の者、武器を手放すな。」大男は怒鳴った。そして、女神像の持つ石板を叩き壊した。
恐ろしい悲鳴が祠の中でワンワンと木霊した。白い光を放つ”正義の右手”が床に掛かれた紋様、多分白い魔術の封印を叩き、その中で再び恐るべき悲鳴に加えて呪詛が耳をつんざく様に響いた。
「アローラ君、紋様を矢で射て欲しい。できたら、”破壊の稲妻”も使って欲しい。」アローラは血の気の引いた顔で弓を引き絞り、村人の渡した矢をつがえた。
まずは剣が枠線を壊し、矢が中央に突き刺さり、稲妻の力で紋様の一部を壊した。破壊の稲妻も迸り、紋様の更に一部を壊して行く。
「出て来るぞ!油断するな!」と大男が叫び、紋様の中央でわだかまった黒い何かを打ち据えた。
またしても悲鳴が轟く!オルミックが前進し、黒い何かに剣を叩き込む。炎の魔力が、黒い何かに引火した。
「これは低級な部類の”怨霊”だ。それ程強くはないが、油断はするな!」
女の髪の毛だけが触手を伸ばして襲い掛かって来る。”正義の右手”が塊を一つ消散したが、湧き出す様に次々と黒い塊は出て来る。
シーナが前進し、鹿子木もその横に遷移した。鹿子木は四角い盾に身体のほとんどを隠し、その横から連打で魔法剣を振り回して行く。
シーナが一連の舞踊の様に魔法剣を振り回し、髪の毛はズタズタに切り裂かれて消えて行く。
俺の方に向かってくる髪の毛には、電撃の連打を打ち込んだ。その都度髪の毛は後退するが、しばらくするとまた向かって来る。
どれ程の間戦っていたのか?大した時間では無かった様だ。アローラはまだ弓を4回しか射ていない。奥の手の破壊の稲妻は連発していたようだが。
「アハハハハハハ!」と言う女の狂った笑い声が聞こえた。
カーリの笑い声にも似た、狂気の笑い声だった。
「お前は!許してくれ!許して!」と村長が喚いた。
紋様の中から、長い長い、舌の様に見える何かが飛び出て来た。
咄嗟にシーナと大男はその舌に斬り付けた。悲鳴が上がり、村長は舌に巻かれて紋様の中に消えて行く。オルミックも鹿子木も俺も舌を連打で殴り付けた。
効果があったのか、なかったのか・・・。わからない。
とにかく、大きな舌は村長を紋様の中に取り込んでしまった。すると紋様は消え、女神像は音を立てて砕けた。
その後は何も起こらない。ただ、オルミックの剣が赤々と燃えているのが見えるだけだった。
「ここには何もなくなった。怨念達は欲しいものを手に入れた。そして、消滅したのだろう。」大男は俺達に告げた。
「レンジョウ、村の人達が心配だよ。一度戻ろうよ。」とアローラが言う。
大き過ぎる斧を渡されて何もできなかったマキアスと、マキアスの前に立って彼を守っていたシュネッサ。二人ともが無事だったし、村に帰るのにも同意した。
俺達は村に帰った。まだ燃えている粗末な家屋。消えていない篝火。
村人たちに呼び掛けたが、応えは帰って来なかった。
小一時間程も捜索したが、村長宅に居た筈の女子供も含めて、誰も見つからなかった。
「何だったんすかね、あの怨霊達は・・・。」鹿子木が呟いた。
「人を生贄にして加護や豊穣を願う。それはいずれ罰を受ける信仰の形だ。」
「忘れてはならない。それは人が人を食糧として食べているのと同じなのだ。そんな事をする民族は必ず敗れて行く。どこかで敗北して、その信仰は失われる。」
「狼は狼を食わない。例え餓死してもな。暖かい血の通った生き物は、強くなればなるほどその摂理を守ろうとする。尊厳を本能として有さない生命は、それは単なる動物なのだよ。」
大男の言う言葉は、何故か俺の心を深く抉った。
何故だろう。わからない・・・・。
ともかく、俺達は夜半であっても、俺達はこの村から遠ざかる事にした。ビルリックが先導してくれている。
泣きじゃくり始めたアローラをシュネッサが馬車の中で抱きしめている。
納得が行かない。何故こんな事が起きるのだ・・・。
悲しいと言う気持ちより、俺の心には怒りが燻ぶっていた。不愉快で、惨めで・・・。
本当に、本当に救われない者達と言うのを、もしかすると初めて見たのかも知れない。
そんな俺の気持ちなどは関係なく、時は流れて深夜になって行く。
うそ寒い大気の中で、俺はあの小さな食屍鬼の泣き声がどこからか聞こえて来るような不安に陥っていた。