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第百二十六話 一つの使命の終わり

「ようやく観測できたか・・・・。」ヴァスはそう呟く。


「内部をスキャンできるか?」観測員同士でも騒ぎは拡がっている。

「該当オブジェクトのソースを解析中。」

「間違いなく、DNA由来のバイオメモリですね。配列をシミュレート中。」

「筐体内に設置された中身は、並列Qチップ。技術レベルは精々で+20程度です。」


「と言う事は、これらを作り出した存在は精々20年後から遡行したものでしかないの?」サエは訝しんだ。

「そんなに簡単に崩壊に至る世界は観測されていないが?」ヴァスも疑問を抱く。

「あるいは・・・・。考えるに、チップ自体はそれ程重要では無いのかも知れないな。」


 振り返ると、そこに居たのは革スーツの男だった。いや、今はスーツの上着は着ておらず、古めかしい襟を開いた白いシャツと、例の紐ネクタイも結ばずに首に引っ掛けただけの姿だ。


「出番は後々にたくさんあるんだから、今のうちに休んでおいた方が良いよ。」そうヴァスが声を掛けたが。

「予測不能な事態が多々起きている状況で、ゆっくり眠っている暇などあるまい。」そう五月蠅げな言葉が返って来ただけだった。

「多分メモリの方が問題なのだと、我は思う。DNA由来と言っても、地球上の生物の様に、核酸が4種類である必要はないだろうし、その配列と用途も同様である必要はなかろう。」


「用途が違う?」ヴァスがオウム返しで呟いたが、返事はなかった。


「DNAメモリの概略図を出します。積層型ですから、レイヤーを何枚か出します。」操作員が報告する。

「できるだけ近接した層を表示して欲しい。パースは任せる。」革スーツの男は注文した。

「こんな感じですか・・・・。それと、核酸を色分けします。」

「六種類か・・・・。」男は呟く。「これらは・・・多分六角形に並んでいるのだろうな。」


「螺旋ではなく、六角形にDNAが並んでいるの?」サエが驚くが、男は「爬虫類のDNAもそう並んでおるよ。ただし、こんな大きな平面ではなくて、ずっと長い鎖としてだがね。」

「各色彩に加えて六方向のそれぞれ違う矢印を代入し、これらが正六角形の一面づつで連結していると仮定して配列を整列させて欲しい。」男は操作員に注文した。


「これでどうでしょう?」

「一面だけをクローズアップ、各色彩の矢印を60度右回りに」男は指示をする。

「更に60度右回り。もう一度。」男は更に「上下のレイヤー層を追加して3階層に。」


「意味ありげな配列だと言うのは、素人の私にもわかる位になったわね。」サエが言うと。

「量子コンピューター用のチップには、ハードワイアードのAPIに相当する物が組み込まれており、メインの演算はDNA階層のワン・ハオのタイル敷き詰めの様な無限に近い連鎖の敷き詰めを階層間で相互関連させて、新しく入って来た変化あるいは揺らぎに対応して計算が行われると言う事なら・・・。」男が言うと、

「これは分子コンピューターの模倣物であり、彼等が過去に送り付けられる最大限の決戦兵力あるいは手加減した先鋒用のギミックであると。そう言う考えで良いのかな?」ヴァスの言葉に、男は頷いた。


「我は先鋒用の小手調べだと思って居るがな。だが理解できる事は・・・。」

「最低限一つのソリトンが未来から送り込まれたと言う事で良いかな?」

「それで良いだろう。連中のパーソナリティは数がそれ程多くはない。同じソリトンを送る事は出来ないのだから。何パターン送らせたのかは気になるところだが。」

「最低で二つだろうね。サリアベルとサジタリオ王子。なら残りは・・・。」

「最大で10個と言う事になる。我々と違い、連中はヘルダイブと言う手段そのものに気付くのが遅かったからな。三番目と五番目の世界でようやく気が付いたが、あの世界は今から約200年後の世界だった。それまでの間、全ての可能性の高い世界でヘルダイブは為されていない。つまりは、その可能性も察知されていないと言う事だ。連中にソリトンの数を増やす必要性は認識されていなかった。」


「コピーされた、統一意思の方が戦術戦略的に取り扱いが容易だった。それが災いして、彼等はそれ程多くの数のソリトンストックを必要としなかったし、新規に作成しようとしなかったんだからね。」ヴァスがにやりと笑う。

「それだけ、人類がギリギリまで耐久したと言う事だな。」彼がしみじみと言葉を発する。

「人類の事が好きなんだね、貴方は。」そんなヴァスの言葉に

「当然であろう。我等とは違う存在なのだから。我の永遠の思索に供する題材であるのだから。」彼は答える。


「そして、これ程根強く、これ程に我慢ができる存在である。愛故に狂い、愛故に正気を保つ。我等が想像する”神”に最も近い存在である”彼女”が、身命とその心と魂までも投げ出して救済する価値があると信じる種族でもある。」彼は言う。

「その”彼女”自身の愛が、どう実るのか。またも長い年月を待つ事になるのか。それも見届けたいものだね。」

 ヴァスと彼は黙って頷きあった。


****


「これが死の元凶たる”機械”なのですか?レンジョウ様がたの元の世界から送り込まれた。」アリエルの言葉の端々に怒りが仄かに漂っている。

「そして、カンケルお兄様を殺害し、サジタリオ兄様を怪物に変化させた代物・・・。」

 振り向いた俺の目に、藤色の瞳を怒りに滾らせ、口を無念の形に歪ませたアリエルの姿が映った。


「貴方様がたの世界とは、一体どの様な世界なのですか?こんな酷い事のできる機械の力が存在する世界とは、どんな世界なのですか?」


「姫様・・・・。」シーナが困った顔をしている。俺に目配せをして来るが、俺もアリエルの気持ちは理解できる。

「アリエル、詳しくは俺達が帰ってからにしようじゃないか。」俺にはそう言うだけしかできない。

 何しろ、まだこの機械の本質についての説明を受けていないのだから。

「はい、今回の遠見の術にも慣れておりませぬので、これ以上の皆さまへの危険もないと言う事でしたら、わたくしはしばし休みたいと思います。」

「そうしてくれ。俺達の事は心配ない。」俺は短くそう言った。

「はい、では・・・。」


 アリエルの遠隔投影は消え、薄暗い玄室の中の不気味な・・・ありふれたスパコンの筐体じみた何かが微かな音を立てるだけになった。


「さて、この機械の正体を一番知る者と言うと、シーナ君。君と言う事になるんだろうね。」大男はそう切り出した。

「ええ、普通に考えて、サイズや必要とされるだろう能力を考えると、これは量子コンピューターの一種と言う事になるでしょう。ただ、未来のどの時点で作成されたものかはわからない。外見を見れば・・・・似た様な物はこれから40年後位にできていたと思う。」シーナはそう答えた。

「ただし、大規模な工業世界はその時点で崩壊していたから、実際にはもっと早い時期にできていても不思議じゃないのよ。」


「・・・・。」俺は40年後と言う言葉にギクリとしたが、顔には(可能な限り)出さなかった。筈だ・・・。


「そのとおりだ。そして、この世界ではこんなものは勿論オーパーツと言う事になる。これが何を意味するかは理解できているかね?」隻眼の大男は再び質問する。

「このゲーム内に、こんなオブジェクトのソースを送り込めるだけの理解度に・・・人類の敵達は達していると言う事ね。」シーナは唇を噛んでいる。

「君がダイブして撤退して来た世界とは、一番危険な可能性世界だった。それは理解しているかね?」

「ええ、私達は凡そ200年の戦いの後にその世界から退いた。レンジョウを失って、人類の希望が無くなったから・・・。」


 俺の身体は今震えなかったか?今ここに居るシーナとは一体どう言う人物なのだ?

 200年戦った?そして、俺が失われると人類の希望が無くなる?どう言う意味だ?


「君には申し訳なかったと思う。だが、君達が撤退したおかげで、君達の世界とのチャンネルは喪失し、結果として人類に取っての最悪の事態は回避された。そう言う事なんだ。」シーナの目付きは鋭かったが、何とか我慢している。

「そして、最強の私とレンジョウの形質も手に入れた。そう言う事よね?」


「そうだ。そして、君達がそこまで踏ん張ってくれたせいで、早期に人類が殲滅される可能性も著しく減少した。”隣人達”の存在も秘匿できた・・・・。」

「君が今後の目標とすべきは・・・・。」大男が言うと、被せてシーナが拳を振り上げて声を張り上げた。


「レンジョウの身柄の確保。保全。敵対者の・・・。」

「排除!」と言う最後の凄すぎる声が玄室の中でワンワンと木霊した。


「ま・・・まあ、そこまで力まなくても良いと思うのだが・・・。」大男は、俺に向けて、少し憐憫の情の籠った視線を投げて来た。

「シーナ、落ち着ける場所に移ったら、是非詳しく事情を話して欲しい。」俺は懇願する様な態でシーナに語り掛けた。


 眼鏡がキラリと光り、情け無用の視線が向けられる。「可能な限りはね。」それだけだった。


「それはないっすよね。」と鹿子木が呟くが、「チーフの口の堅さはどうにもならないですよ。」それに続いたマキアスの小さな呟きこそが真実なのだろうと。

「レンジョウ・・・。あたしなら、レンジョウの期待にきっと添えるよ・・・。」とアローラが俺の腕を取って来た。けれど、俺の方を向いてはいない・・・。

 ギラギラと煌めく眼鏡が、俺ではなく多分アローラの方を向いて眼光を放っている。

 俺の体温が急激に下がった様な錯覚を覚える。胃がキリキリと痛む。

 見れば、いつの間にか鹿子木とマキアスは大男の横に退避しており、大男自身も露骨に狼狽している。


「君達、落ち着いて。お願いだから落ち着いて・・・。」大男の懇願を見て、シーナもアローラもとりあえず矛を収めた。

「大事なお話だものね。続きをどうぞなのよ。」アローラは澄ました顔で俺の腕を掴み続けている。


 小動物はおろか、俺すらも長時間だと睨み殺されそうなシーナの眼光を浴びせられても平気の平左だ。

「ともかくも・・・。ここにある量子コンピューターは実際に機能している。電源なんか関係ないのよ。この世界の中では、仮想とは言え、莫大なエネルギーを扱えるんだから。多分、カーリとラジャの魔術の内、精神を操作する術、きっとフルバート全市に影響を及ぼす程の魔術はこのマシンを媒体としているのよ。」シーナはそう言った。


「じゃあ、このマシンを破壊すれば良くは無いか?」俺は疑問をそのまま言った。

「おすすめできないわね・・・。」シーナはそう言う。

「このマシンそれ自体が危険物なのよ・・・。」

「私が別の世界で、”月の鍵”を使って破壊していた機械だけど、普通の方法で破壊したり、分解したり、移動させたりすると大変な事になるの・・・。」


「それは何故だ?」俺は更に疑問に思った。

「これがそうなのかはわからないけど・・・。私の居た世界では、この手のマシンのCPUチップに相当する部品に・・・陽電子が充填されていたの。陽電子頭脳なんて、古いSFの産物だと思っていたんだけど。」


「シーナさん、俺が言ってたSF小説って、それっすよ!200巻で英語版が打ち切りになった・・・」鹿子木が要らない事を言ってしまう。

「黙りなさい!私が言ってるのは、ロボット三原則とかを扱う高尚な小説の事で、不老不死の宇宙英雄の話じゃないの!」と一喝されてしまう。

「しかもね、ランダムに発生する陽電子が対消滅するのを計算単位にしてるんじゃなくて・・・。あれは人類が発想したり設計する筈もない理論や数理と構造でできてるの。とにかく危険よ・・・。」


「反物質と言う事か?俺も理論だけは知っているが・・・。」大爆発と言う規模ではないのだろう。

「確か、俺達の体重位の重量の反物質があれば、太陽系全てを吹き飛ばせるって聞いた事があります。」鹿子木の言葉に、シーナは頷いた。

「幾ら何でも、そこまでは凄くなかったけどね。多分、チップ内部で陽電子が普通の陽子と同じ様に分子を形成しようとする。けど、質量が小さいから普通の分子にならない。それで壊れた分子が電子と陽子を放出する。それらを計算単位にする方法で演算を行うんでしょうね。」


「でも、どうやって陽電子を普通の電子や陽子、原子核と接触させずにいられるのか。その方法を私達がどう考えても、他の量子コンピューターで計算しても方法すらわからなかったの・・・。しかも、街一つ吹き飛ばせる威力がある。最低でも0.01グラム程度の大量の陽電子が掌より小さいチップに入っていたみたい。」

「つまり、こいつには触れないって事か?」

「そうなるわね。でも、これを置いておく方が良いのよ。これがここにある方が人類に取っては良い事かも知れない。」


「それはどう言う意味だ?」俺は問わずにはいられなかった。

「人類の敵達は、たくさんの、信じられない程にたくさんの手足を持っていても、頭脳の数は限られている。私の居た最悪の世界でも・・・12個だった。そして、1つは人類に敵対しない・・・いえ、味方になってくれる存在だった。」シーナの言葉が真実ならば・・・。


「なあ・・・。俺も今までのいろいろなお前の言葉や態度、そして今までの成り行きから推理した事があるんだ。」俺はシーナの方を真っ直ぐ向いた。

「・・・・。」アローラは黙って俺の腕から離れた。俺の横で背を真っ直ぐ伸ばして腕を組んでいる。

「・・・・。」シーナも黙っている。

「その人類の味方と言うのがアリエルだった。そう言う事だな?」俺はズバリと斬り込んだ。


「・・・・。」シーナはしばらく黙っていた。見ていればわかる。黙っているべき事と、話して良い事を頭の中に並べて、ソロバンを弾いているのだ。

「そうね、半分は合っている。そう、人類の味方。最初の人工知能、思考する機械。それが”ARIEL”だった。けどね・・・。」

「私はもう一人のアリエルにもあった。そう、名前は違ったらしいけど、姫様そっくりの・・・遠い昔に生きていた何かだった・・・。生身だけれど、私達人間とは違う存在だと言っていた。」


「あんたは知っているのか?アリエルが何者であるのかを?」俺は大男の方を向いて、問い詰めた。

「生身の方は知っているが、機械の方は知らない。」即答だった。


「私にも疑問があるのよ・・・。」シーナが被せて来た。

「何故、私は生身のアリエルを見た事がないの?私は、生身の、アバターじゃない貴方と行動を共にした事も多かった。でも、私の世界にはアリエルと同じ誰かは居なかった。この子もそうだけどね!」と言ってアローラの方を指差した。

「それを知りたければ、更に道を行くしかない。我に言えるのはそれだけだ。」大男はそれ以上の返答を拒否した。そして、大男は俺を眼光鋭く見つめると口を開いた。


「今回の君達の旅は終わりに近付いている。最後の扉を開くのは君だ。」大男は俺を指差した。

「俺が最後の扉を開く?どう言う意味だ。」俺は訝しんだ。

「君が死に瀕した際に、彼女が持たせた邪眼石を君に使った。」


 邪眼石?あのイカれた女が俺に渡した、確か額から取り出した黒い不気味な石の事か?

「使ったとは?どう言う意味だ?」俺は狼狽した。

「俺見ました。その人が、兄貴の額に黒い石を押し当てたら、それが額にスッと入り込んだんですよ。」鹿子木がそう言った。


「おい待てよ!なんでそんな事をしたんだ!」俺は怒鳴った。

「君が不慮の死を遂げてしまいそうだったからかな?」大男は涼しい顔をしている。

「俺の再生能力なら、それ以上攻撃されなかったら死んでも生き返るって話だったが?」

「そうだったかな?けれど、あの場合は、邪眼石を使った方が良かったと思ったのさ。」


 とぼけてやがる!あんな気色悪い、他人の額から出て来た代物が、俺の体内にあるだと?

「どうやれば取り出せる?」俺は凄んだが、当然この世界の大半の者達同様、涼しい顔で流された。

「彼女に聞いてみればどうだろうか?多分、方法を教えてくれるだろうさ。彼女にできて、君にだけできない道理はないだろうからね。」

「まあ・・・努力すれば、きっとできる様になるさ。君の可能性を信じてみなさい。」


 自分の顔がトマトみたいに真っ赤になってるのがわかる。そして、メロンの様に青筋を立てているのも見える様だ。しかし、口でも腕っぷしでも、こいつに勝てないと認めざるをえない。

「ああそうかい!」怒鳴っても状況は変化しないだろうが、この憤懣をどう晴らすべきなのか・・・。見当も付かない。もう、諦めの境地になった。


「さて、最後の仕事だね。君、我について来なさい。」そう言うと、大男は無造作に肩に背負った盗賊を地面に投げ捨てると、奇妙な魔法陣みたいな模様の中に足を踏み込んだ。

「この魔法陣それ自体に危険はない。単なる送受信装置だと思えば良いし、電気が通っている訳でもない。この機械の前に立ちなさい。」そう言って俺を手招く。


 ここで意地になる様なら子供と変わらないメンタルの持ち主だろう。あいつが俺に来いと言うのなら、俺は行くべきなのだ。

「この機械を見なさい。君には見える筈だ。この機械の中で起きている何かが。」

 そう言われて、俺が思ったのは、そんな手品や魔術の様な事が俺にできる筈がないと言う事だ。

 鹿子木も言っていたではないか。魔術とは、この世界の生粋の者にしか使えないと。

「君も我も、この世界では余所者であり、魔術に関しては門外漢とならざるを得ない。しかし、この中で起きている現象は魔術ではなく、純粋に科学的な出来事なのだよ。つまり、我々の世界の一般的ではない現象と言う事だ。」


「意識を凝らしなさい。この中では、確かに何かが起きている。君にしか”観る”事のできない何かが・・・。」俺は大男の方を向いた。

 こいつは嘘を吐かない。こいつは真相をペラペラ喋る様な男ではないが、人をたばかる男でもない。

 結局、俺はこいつを信じるのが正しいのだろう。だから、「やってみる。」とだけ答えた。

 堅く厳しい顔が柔らかく微笑んだ。


 俺は機械の方に向き直り、意識を凝らした。この中で起きている現象を・・・”観る”。

 そう念じた瞬間、自分の意識の片隅で、自分の身体に起きた事のない何かが起きたのを”感じた”。

 それが何であったのかは、後日理解できた。だが、ぶっつけ本番で臨んだ今回は違った。

 俺はその機械とお互いに結ばれて、情報を共有し始めたのだ。未知の情報と・・・・。


****


 俺は奇妙な世界に居た。水面下の様に暗く、広大な無色の世界の中に。

”あの男が言っていた機械の中で起きている現象がこの広い世界なのか?”


 俺は空中に浮いている様に感じた。しかし、そうでもない事がすぐにわかった。俺は移動していないつもりで、移動していた様だ。

 空中、いや、抵抗のない宇宙空間を慣性のままにすっ飛んでいる状態が近いのか?


 広大な空間は、やがて幾つかの奇妙な雲海の様な連なりを見せ始めた。

”周囲を見通す事はできないのだろうか?”そう思った瞬間に、周囲に色が満ちた。奇妙なグリッドの様な、ワイアフレームの様な何かも見え始める。

 自分の足元と頭上に、奇妙な図形が、色彩の連なりが見えた。それらの層に意識を向けると、俺はその方向に進み始めた。


”この世界では、俺が念じるとおりに俺が動き、俺が念じるとおりに視界が変化する様だ。”

 だが、何が起きているのかはサッパリわからない。俺はその時、自分自身の姿が見えない事に気が付いた。


”まあ、機械の中の電子空間内で、自分の姿が見えると言うのも変な話だろうな。俺は外部のモニターから見れば、記号か何かの形になって表示されているのかも知れない。”

 俺は飛び回っていたが、階層を一つ飛び越えるごとに、その部分の色が変化するのを”観た”。


”このままでは埒が明かない。何か俺以外で動くものはないのか?さっき見た雲海みたいなあれは何だったのだろう?”

 答えはすぐにわかった。そう、雲海とは、階層と階層を繋いで動く”軌跡”が繋がって見えていたと”理解”した。

 何の意味があるのか?接近して、中に入って”観る”しかないだろう。


 その時だ・・・。俺はその”何か”に気付いた。

 雲海の近くまでやって来た時、そいつはその中から飛び出して来た。

 周囲の色が変化する。何故かは理解できないが、俺はその変化した色を危険だと感じた。

 そして、俺に接近して来る”こいつ”も・・・。


 この周囲の変化は、”敵意の表現”なのではないか?そして、この変化は俺にもできるのだろうか?

”俺はこいつに敵意を持っている!”そう念じた。

 俺の周囲の色も変化した。俺は速度を上げ、そいつの周囲の色を”敵意の色”に変化させた。


 相手が”敵意の色”と交差する軌跡を探した。雲海に入り込んで、”敵意の色”で塗り潰しながら階層から階層、階層内の平面を縦横無尽に突っ走る。

”そいつ”は、俺が敵意で塗り込めた部分をどうやってか元の色彩に戻そうとしている様だ。

 そう言う意図ならば、こっちの対応は簡単だ。塗り込めた軌跡の先に、”あいつ”が交差するだろう奇跡の先に・・・敵意の色をぶちまけたのだ。

”そいつ”は方向を変換したが、完全には避けられなかった様だ。まるでボールが壁にぶつかった様な仕草を見せ、しばらくは俺の敵意の色を元の色彩に戻そうとはしなかった。


”ダメージを受けたと言う事か?”

”他にも奴にダメージを与える手段はないのか?”そう念じると、俺の速度は上昇し、奴に並行する様に走った。そして、奴の軌跡の先に、次々とグリッドを作り出した。

 速度の低下した”そいつ”に俺は逃げ場のない敵意の色をぶつけまくった。


 俺の中の何かが、雲海に注意を促した。もう一つの何かが”観えた”のだ・・・。

 そいつも雲海にグリッドを設置して、俺を牽制しつつ、雲海の色を元に戻そうとしていた。

”奴等に取って、雲海は大事な物なのだ。”と言う理解に達した俺は、グリッドを回避して、雲海内部にグリッドと敵意の色を滅茶苦茶に設置しまくった。


 やがて、奴等は諦めて去って行った。雲海は俺の物だ!そして、雲海の中に何かがあった。

 雲海に繋がる何かを見つけた。それは何かの情報だったろうか?漠然とした理解しかできない。

 だが、その何かを使えば・・・雲海を消せる事も理解できた。


 俺はその場所の雲海を消した。近くにあった雲海に入り、消した。また消した。


 消した!消した!消した!消した!消した!消した!消した!消した!消した!消した!消した!消した!消した!消した!消した!消した!消した!消した!


****


 ハッと気が付くと、俺は元の場所に立っていた。

「どうだったかね?”邯鄲の夢”と言うのが理解できただろうか?」大男はそう言った。

「まだ、君が”ダイブ”してから数秒と経っていないのだよ。ともかくだ・・・。」


「使命の達成おめでとう!君は”人類の敵達”に非常に困難な選択を強いる事となった。」

「ここに増援を送るか。それとも、ここを諦めるか。どちらかを選ぶしかない程の損害を与えたんだ。」


「まあ、今の君にはその自覚も無いだろうけどね。」

 呆然としている俺に、大男はそう言ったんだ。そこまでは覚えている。

 それ以後は・・・・真っ暗な闇の中に俺は落ちてしまった。


 遠くで複数の声が聞こえる。俺の事を呼んでいる。

 それが全て子守唄に聞こえる。俺はその場で眠ってしまった様だ。

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