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第百二十三話 ”彼女”の再臨 その2

「おい、何か飲んだ方が良いんじゃないか?」レンジョウがそう言って来た。

 考えてみれば、随分一人で喋りっぱなしだ。カナコギって奴が、革袋の葡萄酒を差し出して来た。

「ありがたく頂くよ。」俺は少しだけ飲んで、喉を潤した。


「続きだな。俺は撤退した後、イラムラグの爺さんと、レイヴィンドに相談した。ウォーラクスも呼び寄せた。その後に、俺は議員の館に舞い戻ったのさ。事情を説明しておかないとヤバいからな。」

「その時の俺は、もうサリアベルを放置しておくつもりなんか無かった。あれ程の悪意を持った存在を野放しにするなんて、俺自身が許せなかったし、仲間達も同意してくれた。タウロン陛下も勿論同じだった。俺は議員にそれを訴えるつもりだった。もう、フルバートの者達が、これ以上サリアベルの犠牲になるのも俺達が看過できるものでは無かったのさ。」


 レンジョウは、真剣な顔で俺を見つめていた。シーナもだ。

 アローラは感嘆する様な驚きの顔で口を開いており、ダークエルフも強烈な視線で俺を値踏みしている。

 大男は腕を組んだまま冷静な眼差しを送っている。カナコギやマキアスも、大きく頷いていた。

 だからこそ、俺は申し訳なかった。彼等の賞賛に対して、過去の俺達が何も応えられなかった事に。

 俺は歯を食い縛って、その後の出来事を語った。


「議員の反応は、それこそ大混乱の体だったよ。書物の事。書物の護衛の事。サリアベルとサジタリオ王子の関係。一番の驚きはカンケル王子が既に殺されちまったって事だったろうがな。」

「この段階でノースポートにこれ以上の支援を求めるのは無理だっただろう。ランページモンスターは去ったとは言え、その日の内にバーチから救援要請がやって来ただろうからな。まだ半数程は予備の軍勢が残っていたとは言え、軍事指導者であるカンケル王子は行方不明で、陣容の弱体化は間違いなかったんだ。そこに梃入れしない訳にはいかなかったろう。結局、コンスタンティンの兵力を少し借りてノースポートに向かわせ、バーチの兵力の補充をノースポートが行う事になった。」


「最初に戻るが、これらの状況が生じたのは、切欠としては俺達のせいだ。それは間違いない・・・・。」皆、無言だった。

「だからこそ、俺達は責任を感じていた。館に侵入して調べた限りでは、フルバート伯爵は、サリアベルの味方はしても、サリアベルの危険性については理解の端緒にも辿り着かないだろう。議員にその件で意見を求めてみたが、彼も同様の意見だった。」


「もはや、やる事は一つになった。とにかく、サリアベルを抹殺する。それに尽きた訳だ。その旨を議員には正直に話した。まあ・・・俺達が侵略的な隣国の勇者であり、ここまでの混乱が生じた原因そのものであり、いまやその責任を何とか取ろうとしていると言うのは、本当に奇妙な成り行きだと思うよ。議員は、それでも俺の言う事を信じてくれた。彼も、サリアベルが黒の魔術師として、ラサリア国内で割拠する事の恐ろしさはわかってたんだな。何しろ、”彼女”に関する書物を提供してくれたのは、そもそも彼自身だったのだから。」

「あるいは、突っ込んで考えれば、彼は俺達を使ってサリアベルの正体を確認し、俺達を使ってサリアベルを抹殺する気だったのかも知れない。最初からな。だが、それはもうどうでも良くなっていた。利用するされるじゃない。何が正しくて、正しくないのかが問題だったと俺は今でも思うんだ。」


「ただ、問題は幾つかあった。最大の問題はサリアベルが幽閉されている尖塔。あそこでは、俺達のカオスの魔法も無効になっちまう。白兵戦でケリを付けようにも、俺一人では結果は既に出てたし、ウォーラクスも当時は今ほどの腕前ではなかった。レイヴィンドも魔法戦士だが、やはり賢者寄りの勇者なので、できたら後方で戦って欲しいタイプなんだ。爺さんの格闘能力なんかは、この際は員数にすら入らない。」


「では、往来にサジタリオ王子がサリアベルを連れ出した時に殺すか?論外だな。俺達が奴等の護衛をするだろう街の兵隊も含めて、サリアベルを遮二無二に殺し回ったとしてだ。それは横暴とすら言えない鬼畜の所業だろう。目的を果たすためなら人死にはどれだけでも許容されるってかい?」

「お前達だって、そんな事をやらかす俺達なら、話の一つも聞こうと思わなくなるだろう?俺達だって、そんな奴等は端から相手にしねぇよ。だがよ・・・・最低な事に、俺達が殺すつもりになったサリアベルってのは、まさにそう言う鬼畜なんだ。」


「俺は例によってフルバート伯爵の館にまた忍び込んだ。あそこは本当に不用心な館さ。だだっ広くて、侍女どもはお喋り。当の伯爵が大声で秘事を家令相手に怒鳴る様なバカ殿だからな。」

”書物はサジタリオ王子自身が運ぶ事となった。おまけに、サジタリオ王子が我が家に婿入りするとの事だ。儂はそうすれば王子の義父になる。その瞬間からフルバート王家が誕生し、儂の位も大公に登り詰める事となろう。”

”おめでとうございます!当家もこれで安泰となりましょう。”

”いずれは、サリアベルが王子の子を設ける事となろう。そうすれば、ラサリア国内で、儂に意見できる者などおらんようになろう。”

”そのとおりにございます。お屋形様の権勢は盤石になりましょうぞ!”

”儂はアリエル姫の婚約者として、この国の摂政となり、王家の王子と姫を補佐し庇護する立場になる訳だ。”


「この日あたりが、夢見る伯爵の最も幸せだった時期だったんだろうな。」


「結局、俺達は、サリアベル抹殺の舞台を今居るこのフルバート旧市街と定めた。不利は承知だが、無辜の市民達を撒き込んでの戦いなどありえなかった。」

「俺達は侵略者であり、拡張主義者であり、好戦的な混沌の使途だ。それは間違いない。だがな、それとこれとは別だからな。そう言う流れで、俺達勇者4人は旧市街の大掃除に着手した。」

「タウロン陛下の直々の援護もあり、俺達は悪魔、死霊騎士、動く死体、骸骨兵士、屍食鬼、怨霊と、デス系モンスターのオンパレードの襲撃を徹底的に退けた。悪魔貴族にも出会ったが、俺以外の3人の集中射撃で瞬殺された。途中、凄い財宝も見つけて、それをタウロン陛下に転送できた時には天にも昇る誇らしさを感じたさ。」


「そんな勝利の後に、連中はやって来た。王家の者に伴われて、”彼女の卵”はやって来たのさ。この旧市街に。まるで、騎士が貴婦人をエスコートする様に。黒衣の彼女は王子の肘にしがみ付いて、廃墟の中を歩んで来た。闇より暗い邪悪な波動が、俺達の呼吸にも圧迫を加えた。平気だったのはウォーラクスだけだった。」


「なんじゃ、あの波動は。あれが恐怖の波動と言うものか?スカイドレーク討伐の際にも恐怖などは感じた事はなかったと言うに。」爺はそう驚いていた。

「老師様。死の者共は、かような左道にて、人々を恐れさせ、無力にした上で従えるものと、古の文献は揃って警告を書き残してございます。我等は白の術者とは和解出来ても、遂に黒の術者とは和解できぬものと、それがしは心得えてございまする。」レイヴィンドの見解はそんな感じだった。


「勝てますかね?あれ程の代物に?」ウォーラクスは常にこんな感じだ。あいつの判断や判定に誤りがあった試しはないんだ。

「我等は向き合ったのじゃ。優劣がはっきりするまでは、最低限でも一当てはするべきであろうの。」爺さんらしい意見の後、俺達は現れた護衛・・・今では20人を超えていた・・・と戦い始めた。本当に俺は甘かった。だが、どうすれば良かったんだろうな・・・。


「ガブリエルの斧は、今回も大暴れだった。20人の護衛の内、3人をディスペルして、二度と現れなくした。タウロン陛下から放って頂いた”昇竜の爆炎”は、ほとんど効果を発揮しなかった。爺さんは、考えた末に”混沌の渦”の呪文を唱えた。杖に仕込まれた魔術でもあり、適当に使い捨てるつもりだったのだろうが、幸運?にも、その渦はサリアベルとサジタリオ王子のいる場所に向かって進んでくれた。その後も護衛どもに突っ込んではダメージを与えてくれた。」

「俺のガブリエルの斧は、遂にサリアベルを庇い続けるサジタリオ王子の鎧を叩き割って、その肉体に斬り込んだ。俺の心は痛んださ。ラサリアの直系男子の最後の一人を仕留めたんだからな。別に殺す必要の無かった高貴な血筋を弑するってのは、格別の罪悪感があった。」


「それも数瞬の事だった。サジタリオ王子は、別にダメージを負った風は無かった。いや、凄いダメージだったのかも知れないが、既にその時にはこの世の人じゃなかったんだろうな。俺の腕を掴んだかと思うと、気色悪い舌をベロベロと突き出して、俺の頭をびっしりと円形に生えた歯で齧ろうとしたんだ。ありゃ、人間の口の形じゃなかったよ。化け物としか言えなかったな。そんな訳で、俺は引き抜いた斧で、サジタリオ王子だった怪物をもう一度打ち据えて、態勢を整えるために退ったんだ。その時だった。」


「ひひひ!カオスの勇者共の強き事、真に不愉快よな。されど、娼等はお主達とはまともにやり合わぬよ・・・。娼と僕なるこの男は、お主らの手の届かぬ遠くで力を整えよう。そして、やがて死の濁流がこの地に舞い戻るだろう。その日まで息災でいるが良い。死とは何か、絶望とは何か、破滅とは何かを我等がお主らに教えて進ぜよう。」頭痛がする程の悪意が感じられた。俺達は束の間サリアベルに接近するのを躊躇った位だ。


「いかに力強く、活力に満ちている命であっても、いずれは死する。その意味とその結果を、お主達に惨めな失望と、恐怖、悲しみ、苦しみ、焦り、それら全てを混ぜ合わせた毒素として、その元気な口と、鼻から、くり抜いた眼窩から、耳から溺れるまでに注いで進ぜよう。」


「全ては時間の問題なのじゃ。ひひひ・・・この世の生命は全て死する。その様にできておる。最後に勝つ者、世界の主催者は、死である。」サリアベルの哄笑に、俺達は揃って震えあがったもんだよ。

「その後、書物の護衛達が揃って襲い掛かり、俺達はサリアベルとサジタリオ王子だった何かを追う事はできなかった。連中は、そこの長い階段を降りて、それから姿を見る事はなかった。」


「そもそもだが、あの階段を抜けたホールから、次の間への入り口には分厚い扉があり、それは魔法の錠前で閉じられていて、それをどうやっても俺達は開ける事ができなかったんだ。何故か、その扉も錠前も今日は開いたがな・・・・。長い話だったが、俺達が見た事、聞いた事はサリアベルに付いては、ここまでだ。」


「ついでに言うとだな。議員の話では、聡明で知られていた有力貴族であるブレイブクレスト家の長男坊が、突然に人変わりしてしまった事。ブレイブクレスト家の当主がその後突然に出奔してしまい、今も行方不明な事。」

「フルバート伯爵が、バーチの侯爵と手を結んでノースポートに反逆を企て始めた事も知れた。議員は言っていたよ。”途中の経過はどうあれ、君達が望んだとおりの展開にはなったと思うが。これで満足なのかね?”とな。」


「その議員は、陰ながらアリエル姫の支援も行い、シーナ嬢の御父上とも接触していた様だな。それを知っていたからと言って、俺達はそれを邪魔する気にはなれなかった。あるいは、俺達が知り得た情報の中で、最も重要な事とは、”彼女と彼女の協力者”の最大の目標が”アリエル姫”なのだろうと言う事だ。」


「第三の重要な情報は、フルバート伯爵には何かの秘密があると言う事だ。あまりに”彼女”との関係が深過ぎる。なにしろ、現時点での”彼女”の父親でもあるし、”巫女”をアリエル姫に産ませると口にもしていた。人物的には愚物だし、俗悪そのものであり、取り巻きも概ね無能揃いだがな。」

「それでも、奴がこの国のキャスティングボードを握ったりしたら、今は大魔術師トラロックの支配領域の南にいる”カーリ”と”ラジャ”、サリアベルとサジタリオ王子の成れの果て以外に、ラサリアも黒の魔術師の統治下に入りかねない。その懸念は未だに続いていると言う事だ。」


「大体想像はできるけど、第二の重要な情報についてはどうなのよ?」アローラが聞いて来た。

「レンジョウと嬢ちゃんは、サリアベルが住んでた尖塔に、あのイカれた女がずっと眠っていたのを見付けただろう?あれの事さ・・・。」俺はいささかゲンナリした声でそう口にした。

「お前も被害者の一人と言う事だな。」レンジョウの憐みの視線が痛い。


「話の締めは、やはりあの女に関する事になるな。」

 俺は、長い話の最後にやって来た、一番不可思議な存在について語り始めた。

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