第十二話 天啓
俺は溜息を吐くしかなかったっす。兄貴は未確定の情報では、魔法陣の中に消えたとの事でした。けど、現実世界では、そんな魔法は真面目に認知されてません。
TVのニュースには、魔法陣の中に消えた人なんか報道さないんですよ。いなくなった=逃走したになります。俺でもその程度の考え方は理解できます。けど、事実として兄貴は超常的な現象に巻き込まれたんでしょう。巻き込まれたんだと思われます。巻き込まれたんだと、俺だけは信じてます。
「ふう。なんなんすかね、一番そう言うのと縁がないような兄貴が異世界転生とか。」異世界に転生する人たちって、大体がゲームで凄く頑張ってたプレイヤー、童貞の中年、元から異能者、神様に呼ばれて帰れなくなった人、柔軟な考え方の博識な大人。全部違うんですよ。
兄貴はゲームなんかしないし、強面で適当に手強そうな女と付き合って別れて、異能とは無縁で、神も仏も信じそうにない、頭の固い頑固者でと・・・異世界で生き抜けそうにない人ですね。ああ、拳骨と足腰は無茶苦茶凄かったですが、やはり人間並みでしたね。
でも、昔の兄貴の戦ってる動画を弾幕込みで見てみると「こいつ、殺しちまったぜ!」「うわ、殴られた奴、空中に浮いてる!」とか本当に人間並みだったのかも疑わしいっす。真剣、本気になって手加減なくなった兄貴ってこんなだったんですね。知らなかったっすよ。
「で、兄貴がどこに行ったかですよね。」こればかりは想像するしかない。遠くの魔法世界、この世界よりも魔力が強い全くの異邦、時間と空間がこの世界とは交わらないところ・・・だとお手上げです。探すとか云々が成立しようもないんですし。
「なら、電脳世界に入り込んだとか。ありますかね?」俺は”蓮條”と”主税”で検索エンジンで検索してみました。これ、天啓だったと思うんです。神様が俺に知恵を授けてくれたんだと。
HIT!マジでHIT!
「Mastery Of Magicians Online」超マイナーな今どき流行らないMMOのロープレです。元のゲームであるMastery Of Magiciansは、DOSで走る古いゲームで、1995年だから俺が産まれる少し前のシミュレーションゲームみたいです。それが、有志によってMMO化されて、既に解散していたMastery Of Magiciansの開発チームの内の数名が販売元の会社から版権を買い取り、ほとんど課金なしで細々と運営を続けているゲームみたいです。
そんなドマイナーなゲームのファンであるチャンネラー達が身内の情報共有の為に作っているスレがありました。そこに書かれてたんですよ、兄貴の消息が。
”おい、この新規で登録されたチート勇者、名前が逃走犯と同じだぞ。”
”ホントだ、漢字まで全く同じだよ。運営何考えてるんだ?”
”ワッツニューでもこいつが登録されたとか書かれてないぞ。なんぞ、この勇者。”
”いずれにせよ、これは公序良俗に反してないんか?わかっててやってるなら、日本語ローカライズ鯖の管理者、相当アホだぞ。”
”ステマじゃねの?で、容疑者が発見されたら、この勇者消えたりしてなwwwww”
俺、そんな記事を読んで決心しました。メアド入力して、アカウント名を決めて、パスを入力して。リージョン、つまり最初に訪問する国も決めました。キャラ名も俺の実名にして。
馬鹿な事だとは思ってるんですよ、でも、そこに手掛かりがあるのならば。俺は踏み込んでみようと思うんです。
画面には魔法陣が描かれています。上向きの三角形、下向きの三角形、そしてそれらを囲む二重の円。それがクルクルと回転しています。まるで兄貴が消えたと言う魔法陣みたいに。
「マジで悪質なステマかも知れませんが・・・俺は行きますよ。待ってて下さい、兄貴。」
こうして、ラサリアの国に剣士が一人登録される事になりました。