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第百十七話 究極の生命と、究極の死

”あいつは彼だ・・・。間違いない。”

 頭がいつもの様に痛くなる。

”でも、どうしてこんな時に思い出すの!”

 内心で悲鳴を上げそうになる。今は集中していないといけない時なのに。


 軽い剣であるクイックシルバー、レンジョウとの稽古の時に使った剣と違い、このオーカルスの復讐はどちらかと言うと重い魔剣だ。けれど、今の私の筋力ならばフェンシングの剣の様にも使える。

 バランスは完璧な武器だし、突き刺しにも使える、むしろ適している。


 ロングソードの使い方をやめて、フェンシングの技と踏み込みで攻撃を掛ける事にした。

 以前なら、絶対にしなかったろう。下手をすると手首を痛めてしまうかも知れない、筋を違えてしまうかも知れない戦い方だ。


 けど、そうでないと手数も稼げないし、有効打も得られない。現に、強過ぎる筋力のために、何回か行った斬撃は全部泳いでしまい、相手に軽くいなされている。

 もっと速く!もっともっと速く!


****


 チーフの攻撃が凄い勢いになった。さっきまでの攻撃も大概速かったが、今では意味不明なまでの手数と速度だ。

 それをあの不安定に見える大きな斧で全部受けて流しているんだから、相手も大概だが。


 カナコギが盾を前にして、剣を違う使い方に切り替えた。彼もさっきに比べて、随分と鋭く速い斬撃を繰り返している。

 下手くそだった攻撃が、俺が見ても良い感じになって来ている。

 そんな俺はと言うと、何度か相手の盾に攻撃を払われている内に、僅かに手首を挫いたみたいだ。

 何でだろう?俺はこんなに使えない奴だったか?後ろから狙っているんだから、一番相手の負担が多くて、俺の負担も危険も一番少ない筈なのに。


 そう考えて、俺は盾を捨てた。左手で柄の根本を持ち、痛めた右手を柄の上方に添える。剣道の、両手剣の持ち方だ。幸いに、この剣は柄が長めに作られている。半片手剣って奴なのかも知れない。

 これでなんとか・・・。このまま、役立たずのままで終わったりはしないぞ!


****


”この戦い方だ・・・。”俺は確信しました。

 このレインダンサーって言う武器は、どっちかと言うと短めの武器です。

 細く長い普通の長剣とは違って、短めで完全片手用です。攻撃力は剣としては最高なのだとか。


 盾を構えて、剣の切れ味を活かす・・・。この剣は斬撃用の剣。

 盾があって、この剣を活かす方法は?


 唐突に、美しい、とても美しい街の姿が浮かんで来ました。

 何なんでしょうか?この光景は・・・。

”斬る!斬る!斬る!”


 三方を海に囲まれた、青い空と青い海、暖かい陽射しの異国の街。

 自分の心の中に沸々と沸き起こる闘志。

 こんな剣に昔出会った事がある。こんな剣を見つけて驚き、興奮し、自分の愛する剣とした記憶が・・・。


 片眼の男がこちらをチラリと向きます。男の右目がギラリと光りますが、敵意とは程遠い何かを感じます。口元が少し笑っている?

 盾と盾がぶつかり、ようやく斬撃が本格的に徹る距離に入る、その時に・・・。

 俺の盾を、相手の盾が弾いて落とし、シーナさんの方から、滑る様に少しだけサンダルを動かして、俺の脚を払ったんす。

 丁度、俺が脚を動かして前進しようとした時に・・・その後ろからちょっと・・・勢いを付け足しただけなんすけど。俺はそのまま仰向けに転倒しました。


 こんなおっそろしい相手の前でです。

 その時に・・・。


****


 俺は突出した。目の前で鹿子木が俺の目から見ても絶妙なタイミングと、最小限の動きで”ツバメ返し”を掛けられて転倒させられるのが見えたからだ。

 鹿子木の危機を見て、アローラも弓を放った。盾がかざされて稲妻の力が周囲を青く照らすが、ほとんどダメージになった様には見えない。

 シーナの猛攻を片手だけで平気で防いでいる目の前の男に、俺は深刻な恐怖を感じた。


 こいつ、まだ全力を出してないんじゃないか?そんな予感がする。

 この盾を殴り付けてもダメージは徹らないだろう。非常に強力な神器の盾みたいだ。


 形はほぼ長方形で、紋様は描かれていない。青い、奇妙な燐光を放っているのが不気味に思える。


 唐突に、男は位置を大きく移動した。シーナから距離を取り、ダメージから回復したらしいマキアスに近付く様な動きだ。俺はそれに追随して距離を詰めた。

 彼を一人で戦わせる訳にはいかない。下手をすると瞬殺されてしまう。

 シーナも肩に剣を担いで追随しようとする。アローラがまた弓を射たが、先程と同じで青く光る盾は稲妻の矢を防いでしまった。

 転倒していた鹿子木が立ち上がるのを視界の端で見た。


 俺は相手に追い付くと、トップスピードで攻撃を開始した。


****


”守護の風ね、間違いない。”

 あの盾には、よりにもよって、自分の武器である弓の効果を減殺する効果があるのだ。

”でも、普通の守護の風なら、神器の弓で射れば貫通できる筈なんだけど。”


 レンジョウが遂に男に追い付いた。動きも変化してる、”いつもの”相手の左側に回り込むベーシックな戦い方に切り替えたみたい。

 ここは・・・”破滅の雷”で攻撃しよう。奥の手はこれで後2回だけになった。


****


 アローラが再び奥の手を使った。

 しかし、相手は怯んだ様子すら見えない。底なしの耐久力に思えるが、そんな奴はこの世にいない。現に、相手の鎧はところどころ壊れ始めているし、息も荒くなり始めている。

 俺は他の者の攻撃を邪魔するかと思って、敢えて行わなかったタイマンの攻撃方法に切り替えた。


 人間の目は右から左に動く何かを捉え難いと言う特徴を持っている。こいつが人間の範疇に入らない存在だとしても、左目に眼帯をしているのだから、そっちが死角だと考えて間違いないだろう。

 細かく脚を動かして、大きく動く動きも混ぜながら、相手とこちらの距離を慎重に測る。

 シーナが追い付いて来て、右手に持った長剣をフェンシングの剣の様に使っている。


 斧をあれ程の安定性で動かせる相手の腕力に驚きを感じる。しかし、そろそろ限界なのではないか?

 目まぐるしく位置を入れ替えて、俺の打撃を奴は盾で防ぐが、マキアスの攻撃が加わって、どんどん奴は押されて行く。鹿子木も走ってやって来るのが見える。

 そして、遂にシーナの一撃が奴の防御を突破して命中する。肩口の革製の房と防具の一部が壊れて飛び散った。

 俺も奴の盾よりも背中寄りに入り込んで、拳がようやく相手の胴体に入った!電光が閃いて、奴の動きが束の間鈍った。


 その時だ・・・。奴の正面の空気がゆらりと歪み、黒い肌と金髪の人影が奴の方目掛けて駆けて行くのが見えたのは。

 シュネッサは、この瞬間を待っていたのだろう。長剣を腰だめにして、突進して奴の腹を突き刺した。打撃は鎧を貫通して、奴の腹に大きな傷を穿った。


 しかし・・・。シュネッサは両足のバネを使い、剣を引き抜こうとした・・・が。

 剣は抜けず、諦めて手を離した彼女の動きは一瞬遅滞した。

 そこに、奴の斧が降って来る!


 俺の動きは反射的な、本能的なものだった。俺は全速でシュネッサを突き飛ばそうと駆けた。

 俺はシュネッサを突き飛ばした。体重の軽いダークエルフは押されて数メートル先に転がって行く。籠手が電撃を放たなかったのに俺は安心した。


 斧の刃が、俺の頸部を後方から襲ったのは、彼女が地面に転がるその前だった。


****


「兄貴!」と大きな声で叫んだのはカナコギだろうか?

「きゃあああああ!」と甲高い悲鳴を挙げたのはアローラだろうか?


 その瞬間はスローモーションの様に、ゆっくりと見えた。

 神器の斧は、レンジョウの首に後ろから命中して、脛骨を切断し、首が半分ほど斬れてしまっていた。レンジョウはそのまま倒れ、首はあり得ない方向を向いてしまっている。


 アローラは弓を放った。今度は腹部に命中した。だが、それはあの男が盾を構えるのではなく、斧をアローラに投げ付けたタイミングだったからだ。

 アローラ目掛けて飛んで行った斧は、彼女の細い両足を一閃で斬り倒し、両足を失ったアローラは前のめりに倒れた。

「アローラ様!」今度は立ち上がったシュネッサがアローラの危機を察して悲鳴を挙げた。彼女は、一目散にアローラの所に走った。


 私は、一切の行動が取れなかった。

”死んでしまった。この人は、また誰かを庇って死んでしまった。”

 悲しみが身体の中に充満し、戦意はどこかに消えてしまった。

 棒立ちになってしまった私の所に、マキアスが駆け付けて来た。

「チーフ!奴はまだ生きてますよ!剣を上げて下さい!」彼はそう怒鳴ったが、私はそのまま地面にへたり込んでしまった。

「チーフ、立って下さい!ああ、クソ重い!あんた、何でできてるんだよ!」とマキアスが叫んでいるが、その言葉に何の感情も動かない。

 ただ、死んでしまったレンジョウを見つめているだけ。涙は出ない。ただただ、感情が麻痺してしまって、何をする気力も湧いて来ない。


「彼は死んではおらんよ。」そんな声がする。ボケっとした私は、声の方を向く。

 片眼の男、レンジョウを殺した男、彼が私に語り掛けている。

 鎧の腹部は吹き飛び、アローラの魔法で兜の房も燃え尽きて煤だらけだ。

「見なさい、シーナ。」彼の声は、低いが良く響く、威厳に満ちた声だった。


 私の前に立ちはだかったマキアスも、彼の言葉に困惑している。

 ボケっとしたまま、私は言われるままにレンジョウの方を向いた。

「兄貴!兄貴が生きている!」カナコギの大きな声が聞こえた。

「正しくは死んでいないだけかも知れないがな。」男はそう言うと、レンジョウの方に近付きはじめた。

 マキアスはそれを食い止めようとしたらしい。私を放り出して、立ち上がろうとした。

 私は彼の腕を掴み、それを制止した。何故かはわからない。

 もしかすると、男はレンジョウにとどめを刺そうとしているのかも知れなかったのだ。


 けれど、私は、私の中の何かが、マキアスを制止し、男のする事を邪魔させてはいけないと告げていたのだ。


****


 兄貴の身体がビクリと動きました。死後の痙攣かと思いましたが・・・。

 切断された頸部の血管が動いている。俺は兄貴の亡骸を抱き上げた時、反射的に首を元の形になる様に押さえていました。

 それが良かったみたいです。再生能力の話は聞いていました。しかし、こんなになってもまだ人が死んでないなんて、俺の常識としてはありえない事だったんです。


 そこに、あの大男、兄貴を殺した張本人が、腹に剣を突き刺したまま、のしかかる様に覗き込んで来てたので、俺は心臓が止まるかと思う程の恐怖を感じてしまいました。

 けど、それがだらしないとか言われてもね。普通の人間なら、こんな場面に出くわす事自体ありえないでしょうし。

「よし、持って来ていたようだな。感心したぞ。」そう言うと、大男は兄貴の腰の袋から、黒い変な石を取り出したんです。

 そして、それを兄貴の額に当てたんですよ。石は、兄貴の額に溶け込む様にして消えました。


 それからの兄貴は、再生能力が振り切れた感じで、頸部の損傷はものの数秒で元に戻りました。

 けれど、それからが・・・。


****


 カナコギの膝の上から、レンジョウは滑り落ちた。首の怪我は治っている。

 あたしも、シュネッサが切断された両足を押し付けてくれたおかげで、傷口が徐々に治癒されている。後10分程もすれば立ち上がれるかも知れない。

 けれど、あのレンジョウの異常な再生能力は何なのだろうか?

 フレイア様が授けた再生能力は、あそこまでの速度で回復する事はない。


 そして、レンジョウは、床に拡がり落ちた、自分自身の血液を、啜り始めたのだ・・・。

 それは恐ろしい光景であり、レンジョウ自身も意識していない行動だったのかも知れない。


”まるで、獣人の様だ。”

 そう、闇の力で造り出される獣人達には、再生能力が備わっている。

 奴等は他人の血液を啜り、呑み干す事で再生を行う。


 大自然の緑の力と、死の黒い力。それらに共通の力が何故か存在するのだ。そして、神聖な白い魔法も、他人の生命力を回復し、付加する。

 混沌の赤い力で造られる炎の蛇も再生能力を持っていた。


 白と黒の光を混ぜると、様々な光の色が生まれる。カナコギはそう言っていた。

 生命とは何なのだろう?そんな疑問がレンジョウを見ていると・・・。


 ああ、レンジョウが立ち上がった。

 あたしを膝の上に乗せているシュネッサが、安堵の息を吐き出し、あたしの身体をギュッと抱きしめた。

 シュネッサの手をあたしは握りしめた。柔らかくて、細くて、とても暖かいスベスベした手を。


****


「ああ、クソ!」俺はそう罵声を吐き出したつもりだったが、自分の血液でむせてしまった。

 数回咳をして、気管に詰まった血液を追い出した。こんなに大量の血液を吐き出したのは初めての事だ。


 首を切断されたのも、当然初めてだったが。


「何でとどめを刺さなかった?」俺は聞いた。

「君の流儀で言うと、あれは事故によるスリップダウンだからだろうか?」奴はそう嘯いた。

「俺の流儀だと、あの時点でドクターストップだったと思うがな。」

「まあ、良いじゃないか。君の仲間は誰もタオルを投げなかったし、君はドクターの手を借りて負傷を治した訳でもないだろう?」奴は、そう言ってニヤリと笑った。


「あんたのその恰好。見た事がある。」俺には聞きたい事があった。

「ふむ、どこでかね?」

「確か、逞しいユダヤ人の男が、戦車で競争する映画だったかな。」

「ほう、そうなのか。サイレント映画の方かね?それともカラー映画だったかね?」

「そうか、あんたもか。」

「そうだ。我もだよ。」

「このゲームは一体何なんだ?」


 奴はしばらく考えてから・・・。

「じらすつもりはないんだ。だがね、我がペラペラと知っている事を話せば、困る者も多いんと思うのだよ。それよりもだ・・・・第二ラウンドを開始しないかね?今なら、我等は今や五分と五分だと思うのだ。」そう言いながら、奴はシュネッサの剣を身体から引き抜いた。背中まで貫通した剣をだ。


 顎紐がおかしくなった兜も奴は脱ぎ捨てた。

 やる気満々ってところか?

「良いさ。あんたがその気なら、俺も受けて立つ。けど、あんたの得物はどうするんだ?」

「ふむ、実はね。真打の得物はこれなんだ。」奴は空中から真っ黒な・・・いや、光に煌めく黒い剣を取り出した。まるで、それは黒曜石の様に見えた。

「レンジョウ!」シーナの叫び声が聞こえる。


「それは剣に見えて、剣じゃないのよ!」シーナは言い募る。切実な声で。

「シーナ。じゃあ、それは何なんだ?」俺は訊いた。

「それは、”月の鍵”って呼ばれてた・・。」


「信じられない威力の武器よ。私はそれを使った事があるの・・・・。」

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