第百十六話 新たな力の目覚め
「ここがその場所か?」
「はい。ここだけは降りていません。」シュネッサが応える。
「だろうな・・・。」
実際、この階層はおかしな場所だった。
「このすぐ上に大都市があるとすると、危険過ぎないか?」それが正直な感想だ。
「時々湧いて来る、気味の悪い建造物が大規模になった様な場所よね。」シーナもそう言う。
「放置しておくと、怪物が増加して、ランページモンスターとなって、近隣の都市を攻撃して来たりするのよ。」
「そう言うのを退治するのに、シーナさんやシーリスさんと一緒に行動した時ありましたね。」鹿子木が言う。
「そこで私に目を付けられたのよね。」
「そのとおりっす。あん時のシーナさん。目のイフェクトが怖かったっすね。巨人をぶっ飛ばしてた姿もエゲツなかったすけど。」
「なんなのよ、そのエゲツないって表現は。それがうら若い女性に対する言い方で正しいの!?」とシーナが怒鳴っている。
いや、エゲツないって言う表現で正しいだろ・・・と内心で思っていると「レンジョウ、あんたも何か言いたい訳?」と首だけをこっちに向けてシーナが怒鳴って来た。
「シーナさん、兄貴の心を読まないでやって下さい。」とか鹿子木が要らない事を口走り、シーナは顔を膨らませて怒ってしまう。
「とにかくですね。三々五々とスケルトン、グール、ゾンビに加えて、先程はレイスとデーモンまで現れた訳ですから。こんなものが大都市の下をうろついている等、異常事態としか申せないでしょうね。」シュネッサの言葉で騒ぎは一旦終息した。
「あのデーモンなんて、俺の剣がデス系の怪物に特殊効果ありだったせいで一体は運良く消散できたけど、レンジョウが居なかったら大変だったんじゃないか?」マキアスが言う。
「それもアローラ様がクモの糸で絡めてくれたからこそ、剣が届いたのですし。」シュネッサもゲンナリしている。
「俺と空中戦をしていたデーモンも大概だったな。あいつは強いモンスターだった。」まあ、悪竜や蛇に比べたら大した事ないとは思ったが。
「あたしの弓矢でも一発では落とせなかった位だからね。どうして、この街は、地下からのランページモンスターの被害を受けた事がないのかしら?それと、これより上の階層に全くモンスターが居なかったのは何故なの?」アローラも怪訝な顔をしている。
「その答えも、この階段の下にあるって事なんだろうか?」俺がそう言うと、全員が階段の方を向いた。
上下の階層で余程の気圧差があるのか、空気が下の方に流れて行く音が聞こえる。そして、多分その分の大気が噴出して来ているのだろう場所、ベンチレーターの出口みたいな構造物を何か所かこの階層で見かけた。
下で火が炊かれていると言う可能性はあるか?いや、違う、それならばとっくの昔にこの旧市街全体が酸欠になっている筈だ。
「進んでみるしかないか・・・・。だが、全員が一度に降りるのはどうなんだと思う。まず、危険かどうかを俺が確かめて来てから、他の者は降りるって事でどうだ?」そう俺は提案した。
「駄目よ。この行方の最後には、危険な奴が待っている。もしそうなら、あんただけで戦う破目にならない?」シーナが反対した。
「あたしもそう思うよ。入ったら帰って来れない仕掛けかも知れない。デスマッチ用の罠みたいな構造物の話をあたしも聞いた事がある。」アローラもシーナに同意した。
「なあ、レンジョウ。俺としては、みんなで行くか帰るんじゃないと、帰り道で死んでしまうと確信してるんだ。あんた達三人だけで前に進むとか言うのも勘弁して欲しい。これが本心なんだよ。」マキアスもそう言う。
「マキアスさんの言う通りっすよ。もう、こうなったら一蓮托生って事で。全員で進んだ方が良いと思います。」鹿子木もシーナに賛成した。
「私も透明化を見破るデーモンに出会いましたし、一人で生きて帰れる保証はありません。前回は余程運が良かったんですね。それに、こんなに危険な所に皆さんを案内したんです。私も最後まで同道致します。」シュネッサも集団行動に賛成の様だ。
「では、降りるとするか。」俺の一言で全員が動き始めた。
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”何なんだよ・・・・。おかしいだろう?”
さっきから、幻想免疫がある筈のモンスターと何度かすれ違っているが、こちらをジッと見つめていたモンスター、明らかに俺に気が付いている筈のモンスター達が揃いも揃ってまさかのシカト連発。
”俺を襲うなと命令されているのか?”そう考えるしか整合する理由が見つからない。
”例の文字を見せた奴が、この場所のモンスターを操っているって事か?それにしてもわかんねぇぜ。”
射手に無礼を働くな・・・・って、射手とはあの殺し屋エルフだろう?無礼って何なんだよ?
今から俺がやろうとしている事も無礼なのか?
思わずまた天井を見た。また、文字が見えた!
no lo es ahora, es desde que te liberaron bajo fianza.
”今ではなく、お前が保釈されてからだ”
今ではない?なら、今から俺があのエルフに危害を加えても問題ないのか?
それに、俺が保釈されてから?俺はそもそもパクられちゃいねえっての!
”訳がわかんねぇぜ。こいつは何を言ってやがるんだ?”混乱で我を忘れてしまいそうだ。
”連中、降りて行きやがる。なら、今しかチャンスはない。”
俺は忍び足で連中が降りて行く階段の近くまで走った。良し、ブツはある。
重い袋、全部で百二十キロもある。これを運び込むのにどれだけの手間が掛かったやら。
それらを両腕で支えて、俺は走る。早くしねぇと間に合わない。
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長い長い階段だ。こんな長い階段は見た事がない。天井の高さは2メートル半くらいか?
横幅は狭い、精々が二人横に並べるくらいか?
その先は・・・随分遠い。直線距離で入り口から出口まで200メートルはあるのではないか?
最前列はアローラとシーナ、中列にマキアスと鹿子木、最後尾が俺だ。
今までの道行きと同じフォーメーションでこの階段も進んでいた訳だ。
こんな危険な場所でレディファーストってのはどうなのかと思うが、どう言う訳か、今まで襲って来た怪物どもは、俺から必ず先に襲って来ていた。
だから、敢えての俺が最後尾が確定した訳だが・・・今回もやはり危機は俺の後ろからやって来た。
唐突に、俺の横をもやの様な黒い何かが通り過ぎて行った。しかし、その白い何かは俺の服やマントに付着していた。思わず立ち止まって調べようとした。その際に後ろを振り向いたのだが、黒い何かは怒涛の様に迫って来る。俺は反射的に叫んだ。
「何かが起きている。全員走って降りろ!急げ!」大声で怒鳴ったが、それが遅れたら大変だった。俺はすぐに咳込み始めたのだ。
”これは?炭塵か?”下降気流の中、大量の炭塵・・・・俺はその意味を瞬間で理解した。
マントの力で空中に浮き、大気を蹴って概略の階段の方向に駆ける。炭塵の下降速度より速く空中を駆けた。
「粉塵爆発だ!例の盗賊がこの階段に炭塵をぶち込んで来やがったんだ!」ともう一度怒鳴った。
既にシーナはマキアスを掴んで、何段飛ばしかで階段を駆け下りている。シュネッサも一人だと身軽そのもので、シーナの真後ろを突っ走っている。
アローラも鹿子木を掴んで空中に浮いていたが、元々の体重が違い過ぎる上に、鹿子木は鎖帷子を着て盾まで持っている。
アローラは必死になっている様だが、スピードは出そうにない。
それを見ている内に、また炭塵が俺を追い抜いて行く。凄い密度で目の前が見えない。
引き返そうと踵を返した俺の目に、赤とオレンジの光がチラリと見えた。
俺は必死で駆け下りた。
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全部ぶち込んでやったぜ。さあ後は・・・・。
「ベーデルティーナ・ベルカイド!」カトラスを抜いて、その刃に込められたカオスの力を解放する。刀身が炎を纏って燃え上がる。
それは瞬間で炭塵に引火して、自分も熱風を浴びて転倒したが、炎は斜め上に噴き出している。
「ざまあみやがれ!」地面に倒れながら、俺は歓声を上げた。
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炭塵の流れを追い抜いた。そして見えたのは、鹿子木を運び損ねて天井に激突したアローラと、その手を離れた鹿子木がゴロゴロと階段を落下して、踊り場で止まりはしたが、起き上がれない光景だった。
すぐに濃密な炭塵の霧が俺を追い抜いて行く。
”お前の籠手の力を使うが良い。”そんな声が聞こえた・・・。様な気がした。
”ヒントをやろう。炎とは物質が電離した状態である。電離したイオンが存在しているが故に、炎は電気を通すのである。”
次に行った事は、意識しての事ではなかった。
そう、俺はこの籠手の使い方を知っている。知っていた。知る事になる・・・・。
前に両腕を突き出した。籠手は放電を開始する。そして・・・・。
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階段の踊り場に背中をぶつけました。幸いに、背嚢があり、盾が上手い事クッションになってくれて、肘をぶつける事もありませんでした。
視界の端に兄貴が空中で静止しているのが見えました。起き上がって、アローラさんを抱き起した時、俺達の近くにも粉塵がやって来ましたが・・・・。
瞬間、炎が吹き寄せて、俺はアローラさんを抱き寄せて、盾を前にかざしました。
炎はすぐに燃え尽きて、俺は盾をわずかに下げて、兄貴の方を見ました。
そこには、相変わらず空中に浮いている兄貴の後姿があり、その前には轟々と燃え盛る炎が見えました。兄貴は両腕で炎を支えている様に見えます。
なにより印象的なのは、その炎が異様に揺らめいて、ところどころに真っ黒な影が見える事でした。なにより、さっきまで冷え冷えとしていた床や壁が・・・何故かそれ程の冷たさに思えなくなって来ている事が。
俺の横に、アローラさんが立ってるのに気が付きました。
横目で見ても、目が潤んで、惚れ惚れと言う感じで両手を前に組んでいます。いつもは引き締められているお口が開いて、夢見る乙女の姿そのものを表現してます。
マジで、洋物ロリータまでハーレムに入れてるなんて、普通のラノベのヒーロー超えてますよ。映像化絶対に不可能っす!
それはそうとして、これは一体どんな現象なんでしょうか?魔法と一括りにしてよい様な、いい加減なもんじゃなくて、兄貴が何かの方法で籠手の力を使って炎を押しとどめているんですよね?
それはわかるんですが・・・・これはどんな原理で引き起こされた現象なんでしょう?
やがて、オレンジ色の光は見えなくなりました。兄貴はその後すぐに方向変換して、俺達の方向に向かってきます。
俺と、兄貴の仕業に見惚れていたアローラさんも両腕で掴んで、ひたすらに出口までぶっ飛んで行くんです。しかし、この速度、何事なんでしょうか?絶対ジェットコースターより速く感じるんすけど?
「シーナ、そこをどけ!」と兄貴が叫びました。
出口を通り抜け、兄貴は俺とアローラさんを両腕に抱えたまま右方向に曲がりました。
そこに何があるかを兄貴は確かめていなかったらしく、俺達3人、特に真ん中の兄貴は、そこにたまたま立っていたガーゴイルみたいな石像にぶつかってしまった訳です。
そして、しばらくするとドン!と言う音がして、空気の流れが入り口から噴き出して来ました。
駆け付けて来たシーナさんが、その空気の流れに吹き飛ばされて遠くに飛んで行きました。
けど、すぐに立ち上がってこっちに走って来ます。どんだけタフなんすか?
マキアスさんも、シュネッサさんもやって来て、兄貴の周りに群がってます。
「大丈夫、この程度ならすぐに回復するよ。」アローラさんはそう言いました。
兄貴は、鎖帷子越しにですが、石像が壊れる程の勢いで衝突してしまったんです。
普通の人間なら、それだけで死んでたかも知れない打撃を受けてたんですが、アローラさんの言う通り、一分足らずで起き上がって来ました。
「これがテンカウントの勝負だったら、俺の負けだったな。」と、ちょっと余裕の発言もありました。
俺、気になったので聞いてみました。
「兄貴、あれは何をどうやったんすか?あれも籠手の力なんすか?」
「何をどうやったかって言うと、俺は籠手の放つ電流で、遊離したイオンの内、マイナスのイオンを壁の方向にぶつける様に攪乱したんだ。それが効率が悪かったので、次はプラスのイオンを壁にぶつけるように変更した。」
「兄貴、それは説明になってないっすよ。電流を使って、プラスのイオン、マイナスのイオンを壁にぶつけるって。そんなのありえませんて。」
「そうなのか?」
「炎それ自身は確かにプラスとマイナスのイオンに電離した状態ではあるんですが、非常に低エネルギーだし、あれがプラズマかって言うと微妙なんすよ。でも、兄貴はその微妙なプラズマみたいな状態を、プラスとマイナスのイオン均衡を崩す事で消したって事なんですね?」
「その理解で良いかな?」兄貴がそう答えたので、更に突っ込みます。
「じゃあ、あの遅れてやって来た爆発は何なんすか?シーナさん、すっ飛ばされてましたよ。」
「そうだったのか、すまない、シーナ。」兄貴、凄く辛そうな目でシーナさんを見てます。
そんな兄貴の言葉に、シーナさんの反応は意外なものでした。顔を真っ赤にして、「大丈夫だよ、レンジョウ。そんなに心配しないでよ。」と言う見た事もない位に可愛い仕草と表情で・・・横で見ていたアローラさんが、キリキリと目と眉を逆立てて「そうだよ、レンジョウ。炎の壁を前にして、それを防いでいたレンジョウはとっても格好良かったよ。あれってさ!」
「あたしが炎に呑まれるって思ったから、あんな凄い事ができたんだよね!愛の奇跡だよね!」と怒鳴る様にソプラノでまくし立てたもんで・・・・揃って半目の強張った表情になった丸眼鏡のショートカット美女と金髪ロリータエルフが、周囲の人達が失禁しそうな殺気を交わし合って、前屈みで睨み合ってる図なんか、多分エロ同人の絵師さんでは表現できないだろうレベルの修羅の世界です。
そんなこんなで、俺は兄貴にいろんな事を聞きそびれた訳です。
でも、あの時点の兄貴にいろいろ聞いても説明できなかったでしょうけど。
ただ、可哀想だったのがマキアスさんで、「レンジョウって、ホント雑食性だよな。チーフと言い、ロリータエルフと言い、普通の男なら絶対食べない奴を食べるんだもんな。」と口にしてしまい、シーナさんから頭に一発食らってました。
その一発が”ボコ”っと言う凄い音で、俺も兄貴も、一発で気絶したマキアスさんに駆け寄って、脈や呼吸が大丈夫かと確かめたものでした。
それから10分ほどしてマキアスさんは目を覚まし、それから俺達は小休止したんです。
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「痛い・・・。」とマキアスが言うけど、誰も同情してないみたいだ。
「この壊れた像って、デーモンの像なんだよね。」アローラが言う。
「そうみたいね。」
ふーん、なるほど。と私は思う訳だ。私達の世界では、ガーゴイル、雨樋の造形に使われる悪魔こそがデーモンの代表的な姿と認識されている。実際は違うのだけども、だからこそ、この世界ではデーモンとガーゴイルが似ているのだろう。
私は知っている。本物の悪魔がこんなのとは似ても似つかないものだと。そして、こんなのが例え動けたのだとしても、石の肉体を持っていたのだとしても、到底あの悪魔達には敵しようもないのだと知っている。
とにかく、大事な事は一つだ。デーモン、悪魔とは”死の代名詞”だと言う事。これについては、私達の元の世界でも変わりはない。
「ところでさ、ここが終点って事で間違いないのかな?」アローラが聞く。
「特段の危険な気配も感じないが・・・・」とレンジョウが呟いたその瞬間だった。
全員が奥の扉を見た。そこから、恐ろしい程の殺気が流れて来るのだ。
「ふむ・・・休憩は終わりの様だな。扉の奥に居る者は・・・俺達を呼んでいる様だ。」
レンジョウが立ち上がった。そして、他の皆も立ち上がった。
マキアスを見やったが、脚が震えている。それが正常な人間の反応だろう。
全く責める気になれない。事実、誰も彼を責めなかった。
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俺達は奥へ奥へと入って行きました。
実際のところ、恐怖は募るばかりです。こんなに怖い何かのところに行くなんてありえないっすね。
ほら、心霊スポットを探検して、自分がどんだけ馬鹿で勇気があるかって証明しようとする人、いるじゃないすか?
でも、そんな人少しも偉くないです。本当に恐ろしい何か、対抗できない何かは、どっかで待ってる別に出会わないで済む何かじゃないんです。
行かなくちゃいけない場所で否応なしに出会うもんなんです。言ってみれば運命的にって事です。
たかだか、動画サイトやらSNSやら巨大掲示板に書き込んで、俺はこんな怖いもんと出会ったぞ!とか自慢できる相手じゃないんです。
イージーモード以上の人生を歩んでたら、もしかすると、そんな相手に出会うかも知れないっす。
逆に言うと、そんな相手に出会わない事こそ、人生がイージーモードって事かも知れません。
そう言う方々は、是非とも自分の人生を思い起こし、考え直して、自分の人生を自由自在に構成し直して欲しいっす。
で、今目の前に現れた敵ってのは、軽くインポッシブルモードで、楽々ルナティックモードですた。俺、なんか現実の余りの厳しさに・・・漏らしちゃいそうっす。
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目の前に立っているのは、おおよそ身長2メートル、逞しい肩と胸、脛当てとサンダルを履いた鎧と盾、大きな斧を軽々と抱えた偉丈夫だった。
ただし、鎧は皮と金属で作られており、腹筋と胸筋を象った作りになっている。
二の腕は剥き出しで、草摺りの部分は革製の紐状の何かが、先端の重りで垂れ下がっているだけ。
随分、俺から見ればアンバランスな鎧だ。ただ・・・・何故だろう。
こんなに見覚えのある鎧なのだろう?俺が知っている訳もない。なのに、見覚えがある。
紋章の無い盾の形は見知らぬけれど、房のついた美麗な兜、そして、真っ赤な、いや緋色のマントには見覚えがある。あった。
既視感ではない。確実に俺はこの装束を知っている・・・・筈だ。
「ようこそ・・・・。我が旧友と我が仇敵。しかし、今日はいつものお供を従えていないようだね?」左目に眼帯をした男は、見るからに堅そうな顔を綻ばせて語る。
「・・・・・・・。」俺は身構えた。
「我の姿に緊張する理由はあるだろう。けれど、君。我を何者と心得ているのかね?」男は諭すように言った。
「・・・・・・・。」意味がわからない。自分を何者と思っているかだと?同じ事をほざいた偉そうな隣国のカスを、俺は血の海に沈めてやった事がある。そいつの仲間込みで10人程を。
「ふむ・・・一当てしないと落ち着けもしないか?ならば良い。受けて立とう。来い、来ないならこちらから行く。」男は、大きな斧を目の高さで構えた。
「レンジョウ!訓練の時を忘れないで!」シーナが叫んだ。これは・・・あれか!
アップライトで踏み込む、歩幅が自分の思ってるより小さい、俺はビビってるのか?アリエルもシーナも言っていた。神器は壊れない物だと。
ヒュッと言う音と共に、恐ろしい速度で大斧が風を切って斜めに落ちて来る。左手の籠手で弾き返すが、腕がジンジン鳴る。これは左はしばらく攻撃には使えないかも知れない。
右手で次の打撃を打ち落とすが、落とした斧を横に振って来る!それを籠手で叩いて落とすが。
相手の重心が前に移動している。斧は向かって左下で降りたままだ・・・そして、右のローキック。膝への着弾を何とか逸らして、太腿の横で受けた。
即座に脚を降ろして右後ろに後退する。左下から、斬り上げた大斧が飛んで来る。それを籠手で押さえて、左手で柄を掴んでストレート!それも胸をかすめただけで、攻撃は完全に読まれていて、手首を掴まれさえした。
籠手は電撃を放ち、相手が掴んでいられなくなった瞬間に、真下に腕ごと振って引き剥がし、右後ろから左後ろにジグザグに動いて相手の追い打ちの斬撃を避けた。
ここまでの数回の攻防で理解できた。確かに、相手の方が技量から見て上手で、しかも体格、高さ、筋力、反応、全てで優っていると。
速度以外に俺の長所はない。少なくとも、打撃を与えられなければ、打撃力の優劣など測り得ない。
が、見たところ、相手の得物はどう考えても一発当たれば何でも倒せそうな、押し出しの強さを見るからに感じる感じる逸品だ。
それが即座に理解できたのだろう。周囲の俺の仲間が全員散開して、敵を囲む位置に移動した。
シーナは斧を持った右、鹿子木が盾を持った左、アローラは俺の左後ろ、マキアスは斧が届かない位置の後ろ側少し遠くに位置した。
シュネッサは?俺達からは見えない位置に居るのだろうが、相手はそれをわかっているのだろうか?まあ、あまり考えても良い知恵は浮かばない。
「総がかりか?良いだろう。参れ・・・。」男は余裕を見せてさえいる。左側は見えさえしないだろうに。
その後は驚くべき光景が繰り広げられた。男は、右側から斬り込んだシーナの打撃を斧を最小限に動かして止め、右足のローキックでシーナの膝裏を払った。盛大にシーナは転倒する。
左手からの鹿子木の打撃は盾で防いだ。俺とマキアスはほぼ同時に動いた。
俺が左のジャブから、斧の方に回り込んでフックを放ったが、それをほとんど動かずに後退し、上体を逸らして避けた。左ストレートは鹿子木の攻撃を防いだ盾が肩先まで持ち上げられて防がれ、マキアスの斬撃は盾を後ろに回してガッキと受け止められた。
転倒していたシーナはその間に立ち直り、鹿子木はわずかに男の左後ろに遷移した。シーナが立ち直るまでに、アローラは弓ではなく、奥の手の破滅の雷を放った。効果はあった様で、男は痛みに顔を顰めた。
恐ろしい強敵だ。俺は更に気を引き締めたが、それでも足りない事をすぐに思い知らされる。
お互いに小刻みに動きながら、この血戦は更にエスカレートして行くのだ。