第百十五話 闇の聖域
「ところで、お前が居るだけならわかるが、貴重な魔法の剣を2本も携えて来たのは何でだ?」と俺は尋ねる。
「お分かりでしょうに?」シュネッサは多少嘲る様な表情を浮かべた。
「シュネッサは常にヴァネスティの先遣隊でございます。本隊は、勿論アローラ様でございますよ。」
「そうか。そうだよな。」束の間、太陽の様な笑みを浮かべるアローラの顔が俺の脳裏を横切った。
そして、次の瞬間、俺の横でそれはそれは厳しい瞳と堅い表情を浮かべるシーナの顔を見やった。
丸眼鏡の下で、ほんのりと瞳孔が開き気味で、迫力が半端ない・・・。
胃袋がキュっと縮み上がるのを感じた。
そうだよ・・・。普通のラノベには絶対こんな事は書いてない。
脳味噌の一部を破壊された女ばかりで世界が構築されているなら、俺がちょっとしたハーレムを囲っていても問題なんか起きないだろう。
けど、世間一般では、二股を掛けただけでも、そこらの平板な女から刃物で刺されるパターンは多いんだ。
そして、今回衝突コースに乗っている二人と来たら、片方は俊敏極まりない剣術の達人、もう片方は弓矢は名人級で加えて魔法を使いこなす上に、背後には大魔術師まで控えていると言う、物騒極まりない女達である。
こんな状況でハーレムとやらを楽しめるなら、その男は間違いなく頭がおかしい。
それにしても、アローラはどこに?と言う疑問はすぐに答えが出た。
ヒラリとマントを翻して、目の前にエルフ族の少女が出現したからだ。何もない空中から。
「アローラ・・・。」俺が発した声は、自分でも意外な位に平板な声だった。
「レンジョウ・・・。」夜光石の淡い光の中でも、ハッキリとわかるアイスブルーの瞳。華奢で小さな身体の勇者。森の守護者であり、素晴らしい戦友であり、俺の恋人だ。
しかし、アローラは俺を見ていたのは束の間で、すぐにシーナに向き直った。他に居る者全てをスカッと無視している。
「シーナ、あんたはレンジョウの命を守るためにここに来たのよね?」
「そうね。彼に死んで貰っては困るの。私と同じ世界に戻って貰わないとね。」
「わかってるわよね?そこにはあたし達も居るのよ?」
「そうみたいね。あいつらは私に何も教えてくれないけど。貴女も居るみたいね。それ以外もね。」
「そうなのよ。あたしはレンジョウに危害を加える奴は、それが誰でも許さない。」
「私もよ。」
「なら、あんたとあたしは協力しあえるのよ。ところでね・・・。」
「何さ?」
「シーナ。あんた、まだまだだよ。シュネッサ、宝珠を使いなさい!」
「は?はい!」シュネッサは宝珠を差し上げて「善なる目よ!」と叫んだ。
薄い灯火の下、青い影がわだかまり、その後に小柄な男の姿を結んだ。
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こいつら、イカれてやがる。俺達でも入ろうと思わない、フルバートの地下に平気で出向くとは。
俺自身は、バルディーンの遺した神器の援けで、俺の姿も透明になっているし、忍び足はお手の物だがな・・・。本職盗賊を舐めちゃいけねぇ。
けど、こいつらは隠密行動を得意としちゃいねぇ。シーナも言ってみれば情報収集には長けていても、所詮はアリエル姫の護衛だし、議会で厳しく議員を叱責できても、言ってみれば政治家じゃねぇ。
基本は奴も剣士って事だ。そして、驚いたのはダークエルフがこいつらの仲間だった事か?
ダークエルフは邪悪な魔法も使うし、生贄とするために他の種族はおろか、自分達自身の仲間でも捧げるため、アルカナスでもミロールでも鼻つまみ者の危険種族だ。それを、ヴァネスティの女王は雇っていると言う事かい?
とにかく、驚きの連続だ。こりゃ、自分自身で密偵の仕事を引き受けた甲斐もあったって事かな?
フルバート伯爵もそうだし、その他の連中もだが、きっちりエルフ族に騙されてたって事で間違いないじゃないか?連中はつるんでる、ノースポートの連中と。
しかも、レンジョウって呼ばれているあの化け物野郎。あいつはシーナとはただならぬ関係みたいだな。凄ぇ感情剥き出しだ。誰かに嫉妬している様だ。まあ、それは良いだろう。
そして、ダークエルフが口にしていたアローラってのは、勿論あの殺し屋エルフだろう。
それらを繋げると、どうやっても、フルバートの連中はエルフの女王とアリエルの両方に騙されているとしか思えないんだよ。
だが、こんな事をチンコロしても、誰が信じてくれるってのかい?
俺の窮地に付け込んで、徹底的に金を絞ろうとして来る伯爵とその取り巻きに対して、「エルフとの取引は危険です」とか告げ口をしたところで、鼻で笑われるのがオチだろう。
”こりゃあ、フルバートと言う勢力自体が崖に向けて誘導されてるって事だろうな。”と言う事も理解できた。
だが、それを理解してどうなる?今更ノースポートにすり寄っても、他ならぬシーナの母親と兄を殺したのは、間違いなく俺達なんだ。父親の方はフルバート伯爵の手の者なんだろうが。
アリエル自身も、あれは清濁併せ吞むなんて手合いじゃねぇ。お綺麗で潔癖な面倒臭い女だ。付け入る隙なんか微塵も見えねぇ。
バーチのランソムも、今更俺達の言う事は聞かねぇだろうし、あっちの実入りはフルバートより格段に少ない。それに、あそこの街はノースポートとヘルズゲイトの中間だ。立地的に死地だ。
コンスタンティンは?あそこも無理だろう。戒厳令を敷いている様な都市で、盗賊が跋扈し始めたら、それこそ軍隊が動いて来る。
さっき、レンジョウにのされた様な、だらしない連中じゃないのがウジャウジャやって来るだろう。
などと、いろいろ考えている内に、例の殺し屋エルフが姿を見せた。
どんな話をするのかと聞き耳を立てていたら、突然エルフ娘がダークエルフに向けて命令を下した。
なんてこった。あれは”真実の光景”の魔法だ。俺は・・・どうするんだ?
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「早く出ておいで。でないと、隠れてる瓦礫ごと弓でぶち抜くのよ!」あたしは怒鳴った。
ワンワンと低い天井に自分の声が木霊するのが聞こえる。
カナコギと呼ばれた男は、サッとあたしの横に並んで抜剣した。
人影は、言われたとおりに瓦礫の影から出て来た。
「参ったな。まさか見つかるなんてよ。」両手を挙げて、抵抗するつもりがないのを示している。
「お前、例の国境で戦った時に見た顔だな。盗賊ギルドのボスで間違いないか?」レンジョウが詰問している。
「ああ、そうだ。バルディーンに召喚された勇者スパイダーとは俺の事だ。」全然悪びれてない風の小男が答える。
「何故ここに居る?とかは野暮だな。俺達をつけて来たってことだな?」レンジョウが決め付けた。
「まあな・・・・。」
「これだけの人数を相手に逃げ切れると思うか?特に俺とアローラ、シーナから。」
「無理だっての。おまけに透明の術も暴かれたんだから、まな板の鯉になるしかあるめぇよ。」
「ふてぶてしい態度だこと・・・。ところで、私が誰かは知ってるわよね?」
「ああ、アリエル姫の忠臣。シーナ・ケンジントンで間違いないな。」
「ちょっと違うわね。あんた達に母と兄を殺された惨めな孤児。それが私なの。」完全に目が座ってて、その表情はお面みたいで少し強張っている。
横目で見ただけでも、思わずゾクリと背筋に何かが走る様な表情と声色に、ちょっと怖いものを感じたわ。
「とにかく、あたしの弓はあんたをピタリと狙ってる。いつでも放てる。それが大事なのよ。」あたしも一緒に凄んでみたけど、迫力がイマイチだと自覚してしまう位に、シーナの様子が怖いのよ。
「だから手を挙げてるだろう。少しは手加減してくれよ。」と小男は言うけど。
「無理だな・・・。」レンジョウは当たり前って感じで、スッと小男の前に立った・・・・。
「もう、俺には手駒がねえんだ。だから、ボス本人がこうしてやって来てるんだよ。お前達を二度と付け狙ったり、襲ったりはできねえんだわ。」
「それでも、俺達の正体を見抜いて、軍隊に通報したのはお前達だろう?おかげで、俺は殴らないで良い相手を何十人も殴らないといけなくなった。それだけでも、お前達が有害な存在だって証明するに足りてると思うがな。」
「そうね。勿怪の幸いって奴よ。獲物が目の前に舞い込んで来たんだし。斬らない手はないわね。」シーナが剣を抜いたわ。
「じゃあ、仕方ねぇな。だがよ、お前達もいい加減甘いぜ。」と言うや、盗賊は両手を勢い良く下に振ったの。手の中には何かが握られていて、それらは破裂して、旧市街の街路の埃と共に真っ白な煙を噴き上げたの!
透明の術のスペアとして、奴は煙球を持っていたのね。しかも、これは術ではないので、宝珠の力でも姿を見通せない。
「毒素が含まれてるかも知れない。みんな、煙の範囲外に退避して!」シーナが声を挙げた。
普通の毒素ならものともしないレンジョウは、敢えて煙の中に飛び込んだ。
当てずっぽうで弓を放って見ようかとも思ったが、レンジョウの起こしたアクションで不可能となった。
すぐにレンジョウは戻って来た。「取り逃がした。足音もしないし、視界の範囲内に奴の姿はなかった。」それだけを口にした。
「熟練の盗賊勇者なんだしね。逃げ足の速さと方法は私達じゃ全然及ばないって事なんでしょうね。」シーナは残念そうに言う。
「今のうちに、マキアスさんにこれを装備して貰いましょう。」とカナコギと呼ばれている剣士が、シーナから受け取った鎖帷子をもう一人の男に手渡した。
「見覚えがある鎖帷子ね。それはあたしのお古なの。ミスリルの鎖帷子。良い防具よ。」と言うと、「俺とお嬢ちゃんとじゃ、サイズが全然違うんじゃないの?」と困っていた。
「神器は着用者の背格好に似合ってくれるのよ。」あたしはそう説明した。
「ホントだ。」頭から鎖帷子を被った瞬間に、神器はピッタリとマキアスの大きさに変化したわ。
いつ見ても、そう言うのって不思議よね。
「俺はこの盾を装備しておきますね。」と言うと、またしても見覚えのある神器が。
「”前進のディスク”ね。あたしが弓使いで、森の中で戦う遊撃手でなかったら、盾を使う事も考えたでしょうね。」シーナの装備している善光の鎖帷子も。フレイア様のお心遣いで、皆が生き延びられますように・・・。これは口に出さないけどね。
「・・・・・。」レンジョウが黙ってあたしを見てる。そうだ、わかってくれる人は、口に出さなくてもわかってくれるのだ。
ニッコリとあたしが笑うと、レンジョウも頷いて笑顔を返した。
「さあ、先を急ごうぜ。」とレンジョウがせかす。
「はい!」あたしはちょっと満足して先頭を歩いた。だって、このメンツは全員あたしより背がとっても高いので、後ろにいると弓が射れないのよ。
シーナがあたしの横に並んだ。「レンジョウとあんたは姿を隠しておいて。先導はわたしがやる。」
「レンジョウは後衛を頼むわ。」わかったとシーナに返事を返して、レンジョウはマントを被った。
「ではわたくしも。」とシュネッサも姿を消す。
「なんでしょう。近くに兄貴と皆さんがいると知ってても、人数がゴソッと減った様な不安が。」カナコギがぼやいたら、「あんた、私が頼りにならないって思ってる訳?」と早速シーナに雷を落とされてた。
「そんな訳じゃないんすけど・・・。」
「じゃあ、黙って私についておいで。」と叱られてた。
そうね。レンジョウの事を兄貴って言ってるだけあるわよ。
女の人に何故か強気に出られないところなんか、レンジョウそっくりって感じ。
でも・・・この人は一見気弱に見えるけど、絶対中身は違うわね。
目配りも悪くないし、さっきも自分で判断して良い位置に進出して来た。
あたしの射撃を邪魔しないけど、いざとなれば突出できる位置に。
ゆるい言動とは裏腹に、キビキビ動くし、頭の回転も速いみたい。
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”とんでもねぇ奴等だぜ・・・・。”
スパイダーは何とか相手を撒いた後、建物の残骸跡にしゃがみ込みながら心中で毒付いた。
もう、会話の聞こえるところまで接近するとかは無理と断ずるしかない。
”初っ端に問答無用で弓を射られていたら、その時点でアウトだったな。”
そう、連中を舐め過ぎていたのだ。過信であり油断だったと猛省した。連中も俺を舐めてなかったら終わってただろう。
距離を置いて尾行、それ以外の方法は考え付かない。
”だが、このまま放置とかもありえねぇ。やれるだけはやらないとな。どうせあそこを通るんだろうし、既に仕掛けはしてあるんだし。”
そうだ、連中が目指しているのはあそこに違いないのだから。見込み違いだったら、その時は引き下がるしかないだろう。
”やるだけはやるさ。”
自分の生命の危険を感じない限度内で、と言うのはスパイダーの処世術の基本ではあるのだが。
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「さて、実は先日来、旧市街の探索を少しずつ実行していたのです。それ以前にも脱出路と言う事で、地上に繋がる通路と階段については調べておりましたが。」
「さすがなのよ、シュネッサ!」アローラ様からのお褒めの言葉です。
「いえいえ、当然の事でございますよ。」そう謙遜しておきましたが、実は鼻が高いのです。
「そして、わかった事と言えば、この旧市街は、何階かの階層があるのだと言う事です。下への階段も前から発見しておりましたが、それを降りて調べる意味がありませんでした。私どもの活路と言えば、どうやっても地上と言う事になります。以前に利用した寺院の近くへ続く階段などは、わざわざ住宅を買い上げて、その上で階段を封じた障害物を撤去しておりましたから。」道を進みながら皆様に説明して行きます。
「今回の”不幸な地震”で・・・・。」レンジョウ様とアローラ様の表情が見えないのが残念です。
「幾つかの地上への出口ができました。それの探索を最優先しましたので、余った時間で下の方に続く通路を調べました。一番近いのはあそこです。」姿を一旦現してから指差した先には、夜光石が燦燦と光る場所があります。
「わかりやすいですよね?」
「こちらを見て下さいませ。」階段の降り口を囲む堅い切石とモルタルには見えない何かの充填材で固められた囲いを指差す。
「これです。皆様にはわかりにくいし、縁が遠い紋様だと思いますが、私には違います。」
気味の悪い目と手、流れる水の気味悪いパロディの様な紋様が一面に書かれている。溺れる人が水面に手を突き出す様?それを見つめる目?
「これは闇や死を描写した紋様なのだと思います。ダークエルフの街にあった寺院や大聖堂にこんな紋様が書かれていました。」
「大聖堂にこんなものを描くの?それって聖堂なの?」とアローラ様の声が聞こえます。
「ハイエルフの都には大聖堂はありませんでしたよね?」
「フレイア様よりも上位の存在なんかハイエルフには必要ないもの。例えば”神”が本当に居たとしても、あたしはフレイア様以上に崇めたりはしないの。絶対に・・・。」そう言うところがハイエルフの凄いところかもね。
居るかどうかもわからない神のために、捕虜や下僕や時には立場の弱い同胞たるダークエルフさえも生贄に捧げる。残虐な意図と邪悪な行為と卑劣な序列を守るために、自分達以外の生命を浪費しても恬然としている。あれが故郷かと思うと虫唾が走る。
「お話を元に戻しましょう。」
「この領域は、”死と闇”を崇める何者かが造った”邪悪な聖域”なのでしょう。都市の深奥には、そう言う力に依る存在が鎮座していても不思議ではありません。いえ、しているでしょう。」
「私にはわかるのです。」私の敢えての断言に、シーナが答えた。
「警告ありがとう。でも、私達はそこを目指して行くつもりよ。最初からそのつもりだったの。」
「わかりました。ご一緒しましょう。私の知識なり見聞なりがお役に立つやも知れません。それとですが、それらしき場所の入り口も見つけてございます。」
そう言う事であるならば話は早いのだ。案内を完璧に行って、最後までお供するだけだ。
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「このあたりからは危険なモノどもが現れます。」階段を下りた後、シュネッサが姿を消したままで警告して来た。
「死の領域の怪物です。私はスケルトンやグール程度しか遭遇しませんでしたが、それ以上の何かの注意を引いてしまうかも知れません。」
「骸骨や死食鬼なら、普通のゲームだと雑魚ですけどね。」鹿子木がそう言う。
「ゲームねぇ。まあ、この世界もゲームの世界って言えばそうなのかもね。」マキアスがそう呟く。
「ところで、チーフ。ここで座って腹ごしらえしませんか?俺が腹減って来たって事は、チーフなら尚更じゃないんですか?」と続けた。
「そうね。私もお腹がすいて来たところだったわ。本当に、困った身体になったものよ。」シーナはぼやいてから、背嚢を開いて固形の蜂蜜を取り出してガリガリかじり始める。
「俺もです。考えてみたら、あの酒場でアテを食べてなかったんす。」鹿子木も食料を取り出した。
「お前達が食べてる間、俺が警戒しておく。」
「あたしもね。エルフは食貯めができるのよ。」
そんな会話を、性懲りもなく接近して聞きながら、スパイダーは思った。
”はあ・・・。こんなおっそろしい所でピクニック気分かよ。”
”なんか、調子狂うな。こんなお気楽な連中に梃子摺って、えらい目に遭ってる俺が馬鹿みてぇじゃねえか。”
帽子を被り直して、天井を見つめる。
そして気が付いた。
”何だってんだ?ありゃあ?”
文字らしき何かが見える。思わず息を呑んだ。
hola, viejo amigo.
”やあ、旧友よ。”
スパニッシュ?メキシカン?
スペイン語?メキシコ語?
no seas grosero con el arquero.
”射手に無礼を働くな。”
lo recordaré.
”しかと覚えおけ。”
それっきり、文字は消えた。
スパイダーは呆然としながら空中を見つめていた。
”俺は何を見たんだ?”それに答える者は誰も居ない。
彼はしじまの中で、聞こえて来る筈の勇者たちの会話も耳に入らず、ただ麻痺した様に座り続け、暗い天井を見つめ続けた。