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第百十三話 愛の系譜

「Get a brip!」(レーダーにて敵影捕捉!)


「All hands battle station!」(総員戦闘配置!)

「We are surfacing combat!」(我等は接敵す。)

 周囲ではカンカンと言う音が響いている。一部は警報ゴングの音であり、それ以外は機関の各部署に蒸気が急速に供給され始めた音である。

 ウーウーとサイレンも鳴り響く。

 無茶苦茶な舵の切り方で、(この時代としては)小さなコルベットが変針する。


「Sail-ho」(マストが見えた。)

「Tally-ho one」(敵影視認、数1)


 距離はとにかく、方位だけは当時のレーダーでもわかる。敵の艦影も・・・。

「Strike "RRR"!」(通商破壊艦発見を打電!)

 あれはヒトラーの海軍の中でも、最もエゲツない部類の船だ。

 連中は通商破壊艦(Raider)として戦艦、巡洋戦艦、重巡洋艦を使っている。

 それらは意図的にシルエットがそっくりになる様に建造されているが、コルベットに取ってはどれでも変わりなく自殺的にノーマッチな相手だ。

 最悪の場合、英国海軍が総がかりで仕留めたビスマルク号の同型艦ティルピッツ号かも知れないが、彼女はノルウェーの方に居る筈だ。


 とにかく、こっちはフラワー級の戦時急造コルベット。

 対抗する方法を考えるよりも、応戦可能かどうかを考える方が生存率は高い。


 ただし、それは護るべき船団が後ろに居ない場合の話だ。

 たった2隻でも、その損害を見過ごす事はできない。

「Why she not app.....」(あの船は何故・・・・)

 接近して来ないのか?変針もしない。


 後でわかった事だが、あの船はドイツ海軍の重巡洋艦プリンツ・オイゲン号であり、彼女はボスニアから逃げ出す船団を護衛していたのであった。

 迂闊に接近したら大変な事になっていた筈だ。彼女は後続の船団よりも随分先行しており、いわば露払いを行っていたのだ。

 その遥か後方には、友軍と言うか武装中立国であるスウェーデン海軍のちっぽけな駆逐艦が追尾していたが、それはドイツ海軍が本当に退却しているのかを確認するためだけだった。

 護るべき船団をほぼ真南(敵地であるイタリア半島の方に)に変針させ、自らは真北に変針したコルベットは、すぐに船団を追って南に変針した。

 合流前に、之字運動を再開するように指示したが、それも巡洋艦のマストが再び水平線の下に隠れた後だった。

 イタリア半島の東、アドリア海のこんな狭い海域で通商破壊艦かも知れない大型艦に出くわすとは・・・不運と言うよりも、情報を提供してくれなかった海軍に対する恨みが湧き上がって来る。


 けれど、突発的な衝突は避けられた。ドイツ海軍(特に潜水艦)は仕事熱心な事で有名ではあるが、今回の任務は撤退支援であり、余計な戦闘は例え10分間でケリが付く様なものでも回避するつもりだった。


 両軍共に、良識と自らの使命の優先順位に忠実であった事が、無意味な衝突と人死にが生じなかった最大の理由だったと言える。


 しかし、そのコルベットの艦長は知らなかった。

 自分の護っていた船団の乗組員の一人が、自らの選択した穏健な対応のおかげで生き延びた事を。


 その乗組員は、戦後スペインに帰国し、フィリピンに渡航する。

 元来から独裁者であるフランコ政権に批判的な男で、フランコの中立宣言に反発し、ゲルニカの虐殺に憤慨し、渡航したギリシアを経由して反枢軸国活動に従事して来た経歴を持つ。

 ハンサムで冒険心旺盛な彼は、戦争中にギリシアで当地の美しい女性と結婚し、スペインが国際連合から弾き出される瀬戸際の混乱を嫌って、親戚の居るフィリピンに妻を連れて渡航した。


 当時のフィリピンはアメリカの統治下であったが、それも翌年には終わり、混乱しつつも情勢は落ち着いた。(様に見えた。)

 彼は目端の利く男であり、合板用のラワン材の輸出で財を成した。

 彼はフランコの様な独裁者も嫌いだったが、もっと嫌いなのは共産主義者だった。

 そうして、晩年はかつては嫌いだった筈の独裁者であるマルコス大統領ともよろしい関係を築き、美人の妻との間に生まれた美しい娘達は、それぞれが富豪の家に嫁いだ。

 1970年、妻は、末娘の出産時に産褥熱から深刻な感染症に罹って他界した。


 ギリシア美人とスペイン美男子の間に生まれた輝く様に美しい4人の娘達には、最高の教育と躾が為された。

 よって、嫁ぎ先のどこでも最高の評判を得て、彼は富裕な財産を残したままに老いてその生を終えた。

 ところが、彼の末娘だけはまだ15歳だった事もあり、嫁ぎ先が決まっていなかった。

 そして、高度な教育と社交的な躾は全ての娘達に伝授されていたが、この両親は末娘を除く娘達に慎みや節制を教える事には失敗していた。


 思わず見惚れるような美女達が、父の遺した財産を巡って、それぞれの嫁ぎ先のコネクションを存分に使って争う姿は、それはそれは醜悪なものとなった。

 4人の娘の内1人に至っては、外出中にリムジンの運転手と護衛ごと行方不明となって、今に至るも消息不明のままだ。


 そんな暗闘が繰り広げられる中、たまたまアメリカからフィリピンにやって来た、鉱業会社の経営者一族の男が、末娘と出会った。

 末娘の面倒を見ていた執事の一人は、末娘の保護者を求めて奔走していたが、彼が苦労の末に辿り着いた結論としては、末娘の生命の危機を回避するためには、フィリピンから脱出するしかないと言う事だった。

 そして、男と末娘は出会った。大統領主催のパーティで、壁の花になっていた末娘は、男に声を掛けられた。

 末娘は、英語を完全に話す事ができた。これは両親の教育の賜物であろう。


 男は、末娘の事を、てっきり自分同様にフィリピン以外の国から来た者であり、それ故にこの場に馴染めていないのだろうと思っていた。

 それが、話をしてみると、まさかのフィリピン生まれのフィリピン育ちである。

 末娘から漂う憂いと悲哀、人生で一番楽しい年代の美しい少女が醸す雰囲気としては相応しくなかった。

 そんな末娘に興味を持った男は、それから執事を通じて、彼女との交際を行う様になった。

 事情は末娘ではなく、執事の口から聞いた。


 男は大人しい性格であったが、内に秘めた情熱は熱いものがあり、末娘を留学と言う体でアメリカにかなりの無理をして連れ出した。その際に執事も同行した。

 そして、アメリカ国内から、遺産相続についての訴訟を行い、フィリピン国内の裁判所で勝訴した。

 末娘は、男からの勧めで、ラワン材の輸出先を日本に限定した。とにかく、品質を満足させられたら、相場の上下があろうとも、金払いだけは必ず行われるのが大きかった。

 そうして、5年が経ち、末娘は更に美しく成長し、朗らかで慈悲深い女性となった。

 男は末娘との結婚を考えたが、身内から承諾を得られる筈もないと知っていた。


 自分が相続する権利のある一族の所有財産について、男は大幅に譲歩し、辞退する旨を自分の兄弟姉妹に約束した。男は財産よりも愛を選んだのである。

 とにかく、彼の一族は降って湧いた様な、ある意味でのスキャンダルに震撼した。

 身寄りのないフィリピン国籍の、姿形だけは麗しい娘。彼女の持っている財産も、彼の一族が保有する財産に比べればゴミの様なものだった。

 とりわけ、姉と妹が結婚に大反対した。血筋すらはっきりしない女を身内に入れて、相続権を与えるなど論外だと騒いだ。(まあ、これには末娘の美麗すぎる容貌への嫉妬も・・・かなり入っていただろうが。)


 しかし、男は負けなかった。一族経営の鉱山会社を退職し、当時台頭しつつあったパーソナルコンピューターの会社を自費で立ち上げた。

 そして、それが大きな利益を生み始めた頃に、その会社を最大の利益で売却した。

 売却益で、彼は他の会社の株式を買い、配当利益で裕福に暮らした。

 妻の合板会社にも出資して、更に利益を増やした。

 その頃には、彼の一族の鉱山会社は、フィリピンにおける鉱業が左前になった事もあり、一時の権勢は衰え、多角的な経営を目指すようになっていた。


 男と末娘は結婚後に一男を設けた。母親譲りの美しく細い金髪と、祖父そっくりの美麗な外見。それに加えて、父親からの贈り物として、優しさと優れた知能を貰っていた。

 10年程経って、男は一族に請われて、多角的経営のアドバイスを行う事となった。そして、遂には経営の責任者として、かつての地位よりも上位に座る事となった。当然、以前に返上した筈の相続の権利も復旧された。


 それからの彼の活躍は知る人ぞ知るものとなった。時代の寵児ではなく、もっと実質的な大富豪となったのである。

 そんな彼の寿命は長いものではなかった。妻が悪性腫瘍で闘病の後に死去した数年後、男も体調の不良を自覚し始める。

 攻撃的な投資を徐々にたたみ、安定的で幅広く、リスクヘッジを可能な限り完璧に設計したプログラムを完成させた。


 そんな男と比べ、息子は全く違う人生を選んだ。医学の道を志し、飛び級で子供の頃から優秀な成績を取り続けた。

 息子は父親の身体の異常について、かなり早い段階で気が付いていた様だった。医者を志したのはそのせいだったのかも知れない。あるいは既に亡くなっていた美しい母を救えなかった事が影響していたのかも知れない。

 しかし、その想いは叶わなかった。息子が大学に在学している間に、男は重篤な症状に見舞われた。

 俗に言うアジソン病と言う難病に男は罹っていたのだ。

 一度はステロイド治療で回復したものの、自らの寿命が長くない事を悟り、強い使命感から投資プログラムの改訂及び引き継ぎの書類を整備している最中に再度発症し、投資プログラムを完成させ、様々な事態に対する対応方法を策定し終えた後、気根を使い果たしたのか病に倒れた。


 彼の父は、一族に大きな富を与え、それを維持拡大する秘伝を遺した。

 彼の父は、息子に周囲の者達に幸せを与えずには居られない、そんな愛を貫く生き様を見せた後に力尽きた。

 息子は、父がパーソナルコンピューターの会社を立ち上げた過去の業績を知っており、父の死後に大学で医学と並行して電子工学を学び、コンピューター(ハードウェア関係)の知識を得た。


 そして、息子に運命の女性が現れた。医学のシンポジウムで知り合った美しい日本人女性。彼女は当時医学部の4回生で、執刀医の道を選ぶか、研究医の道を選ぶかを決めかねており、息子と知り合った後に親交を結び、様々な知識や意見の交換を行ったのだ。


 若い男女の事、美女と美男子で将来に関しても協力し合える、人格的にも信頼できる。そんな二人が惹かれ合わない訳もなかった。

 しかしながら、一つだけ二人には共通の問題があった。異性と真剣な交際をした事がなかったのである・・・。何と言うか、お互いに勿体ないとしか言えない。


 それでも、やはり二人は惹かれ合っていた。日本での逢瀬が何度か続いた後、二人は遂に結ばれたのである。


 息子の運命の女性は、逢瀬の数か月後に、たった一度の情交で自分が妊娠してしまった事を知った。

 悩んだ末に、女性は息子に自分の妊娠を告げた。

 息子はほとんど天に舞い上がる程に喜び、彼女をアメリカ国内に招いた。

 女性は大学に休学願いを出した。理由については偽りを一切書かなかった。

 それ故に、彼女の妊娠と渡米の理由は、大学内で噂となった。


 彼女を心密かに慕っていた男達、露骨に狙っていた男達、アプローチする勇気すらなかった男達、一部の変わった性癖を持った女達は、全て絶望のどん底に叩き込まれた。

 まあ、そんな事は彼女の知った事ではなかっただろうが・・・・。


 唯一、彼女が申し訳なく思ったのが、密かに彼女の為に伴侶の男性を慎重に選んでいた両親に対してだけだった。

 ふしだらな(と自分自身で思い込んでいる)娘が両親に与えた失望を思うと、彼女は心穏やかになれなかった。

 両親は何度か渡米して、娘の容態を見ては安心して帰国して行った。特に、息子と直に会って、その誠実な人柄と優しい太陽の様な笑顔を見せられると、娘の男を見る目を認めざるを得なかった。


 しかし、世界とは自分達を愛する人達だけで成立しているのでは無い。

 息子も女性も、立派で、善良で、教養と知性に溢れ、才能も隠しようが無い程に優れていた。

 彼等彼女等はそうであっても、その親族達はそうではなかった。


 良くて凡庸、悪い者達は非常に悪質な者達が揃っていた。金と権勢に興味がある者がズラリと揃っていた。

 凡庸な者達でも、欲深く、自分の利権の為には手段を択ばない者達が揃っていたのである。


”あの親子はどうかしてる!父親はフィリピン人の亡命者、息子は日本人の学生。どれだけ我々の一族を掻き回すつもりだ!”と言う声が親族の中に溢れていたが、他人の悪意に対して疎く、しかも抵抗力のない息子は、そんな声の存在を感知さえしていなかった。


 ここで、親族の特に悪質で、息子の父親を知る者がある意見を出した。

 それは、単に息子の父親に対して、息子の母親との愛を貫く為に提示した代償と同じ方法論の要求を突き付けると言う意見であった。

 つまり、その日本人の女と飽くまで添い遂げたければ、お前の持つ利権を全て返上しろ。そう言う要求をぶつけて来たのだ。恩知らずで強欲で無能。

 しかし、金と権力は持っている者達が、善良な者達を食い物にしようと企んだ訳だ。


 息子はその要求を受け入れた。父がそうした様に。しかし、今回は親族達の仕打ちは更に手酷かった。

 父と違い、息子は金の卵を産む鶏には見えなかったからだ。骨の髄までしゃぶろうと決めたのだ。


 無事に女児を出産した女性は、婚姻の届を共に提出し、今や夫婦となった息子と共にいつまでも幸せに暮らせると思い込んでいたが、産まれた子供がまだ目も見えない間に、恐るべき魔の手が迫って来たのを知らされた。


 ある日突然、裁判所から届いた訴状には、女性が不法入国の上に身分を詐称している疑いがある旨が書かれていた。もちろん、事実無根であり、日本大使館も最初はその訴訟に対して抗議し、女性の身分を保証した。

 次に起きたのは、彼女が居留していた州の領事館で、奇妙な人事の異動があった事であろう。

 次にやって来た領事館の職員達は、不気味な程に彼女の訴えに対して冷淡な態度を取り始めた。


 ワシントンの日本大使館にも異変が生じた。彼女が送った書面については届いている様子が見えず、電話連絡しても何故か英語を話す以前とは違う職員が常に対応し、”連絡は州の領事館に行う様に”とだけしか言わなくなったのだ。

 彼女は、自分の周囲で恐るべき事態が起き始めたのだと悟った。

 日本の両親にも相談した。しかし、彼等もアメリカの法規に関する知識は皆無だった。


 やがて、更に恐ろしい事が起きた。彼女が息子の不在時に、レギンスを着用してテラスを歩き、愛娘に自宅の室内で授乳している写真が裁判所に届けられた。

 容疑は公然わいせつ罪。これには、彼女も息子も地面が崩れ落ちたのでは無いかと思える程の衝撃を受けた。

 そして、二人が誰も助けてくれないのだと否応なしに気付かされたのは、裁判所がその公然わいせつ罪と、先の事実無根の不法入国容疑を根拠に、彼女に国外退去を命じて来た時だった。

 その命令に異議を唱え、時間を稼いでいる間にも・・・・。


 周辺からの監視も、今や公然となりつつあり、敷地外で拳銃を見せて歩く男女が現れる。

 それらについての監視カメラの映像を提出しても、裁判所も警察も動かない。

 遂には、恐ろしい笑い顔と共に、敷地内に入ろうとする男達が現れる。


 彼女は悟った。これ程の悪意から、愛娘と、自分の伴侶を守る事は不可能なのだと。

 後は親族達の言いなりだった。彼女は愛娘の親権を手放し、息子との結婚を解消して、日本に帰国する事さえ許されず、強制退去処分を甘んじて受けた。屈辱の極みであり、痛恨の極みであった。


 その後も、息子や愛娘と連絡を取る事すら(法的に)妨害され続け、女性は諦める事を受け入れざるを得なかった。

 女性は、一月ほど、両親が心配する中、神戸市内の自宅の一角に引き籠り、そこから外に出ようとしなかった。彼女は煩悶し、遂に結論を出した。


 程なく、彼女は大学に復学した。しかし、今や彼女の先輩となった同級の者達も。昔は彼女の後輩であった今や同級の者達も、以前からの先輩達も・・・・別人と成り果てた彼女を見て、恐るべき何かを感じざるを得なくなっていた。

 美しく、静かで穏やかな雰囲気を放っていた彼女は、今や誰も信じないし頼りにしようとしない氷の様な女性となっていた。


 彼女は、執刀医の道を選ばず、研究医の道を選択した。

 以前なら興味も抱かなかった法律やプレゼンテーションの方法を熱心に、ある意味鬼気迫る様子で習得し、論文を読み漁り、休日返上で経営学のセミナーに出席する様になった。

 博士号を取得し、研究医となった彼女は、大学病院には入ろうとせず、民間の会社に就職した。ただし、その就職は踏み台の確保でしかなかった。

 最初の会社で、新種の化粧品(万能細胞を使ったとんでもない代物)を開発したが、そのパテントを会社に渡そうとはしなかった。ありとあらゆる方法で会社と争議を行い、訴訟に持ち込み、和解までの間に莫大な金額を提示して、程々のところで和解した。

 会社は、最終的に10%の利益を彼女に渡す事と、一時金の支払いを応諾した。


 彼女は自分の会社を設立し、古巣の会社に対して、販売元としての利益を保証する代わりに、開発費用の負担と、製造施設の提供を求めた。内々の合意で、古巣の会社はそれに応じた。

 彼女自身は、本当に信用できる者としか共に仕事をしようとしなかった。

 それらが皆女性であったことから、彼女がレズビアンであると言う噂も流れたが・・・。


 今や彼女は、そんな事でどうにかなるようなタマでは無くなっていた。

 特に、愛する両親が昨年、一昨年に続いて父が環状動脈瘤血栓に続く不整脈の発作で亡くなり、続いて母もクモ膜下出血で彼女が帰宅した時には冷たくなっていたのを発見した時からは尚更であった。

 自分に愛を注いでくれた人達が続け様に去って行き、愛する夫と娘と無理矢理に引き剥がされて、連絡すらも取れない。


 彼女の心の中に大きな変化が生じた。恐るべき変化が。


 片や、彼女の伴侶であった息子は、その善良な性格はそのままに、研究、特に利益を産むと確信した研究に没頭していた。

 愛娘の世話は、今や年老いた祖父の代からの執事と乳母に一任されていた。

 研究の傍ら、時間がある限りは、息子は愛娘の傍にいて、愛を注ぎ続けた。


 愛娘は、父譲りの金糸の様な金髪で頭を飾ってはいたが、母や祖母程の美しい外見は備えていなかった。金髪も多少くすんだ色であり、顔は痩せぎすで、ひょろ長い手足ではあるが背は低かった。

 ただ、笑った顔はとても可愛く、それが痛く父親を喜ばせたし、表情も豊かで、木に登り、土の上を裸足で走り、驚く程の柔軟性と敏捷性を幼児の頃から備えていた。


 ただ、父親がそれを見つけて驚いたのは、愛娘が父に黙って、日本語の勉強を幼稚園児の頃からしていたのを、テキストや自由帳の書き込みで知った事だった。

 天真爛漫で、父の前ではまるで野生児の様に振舞っていながら、娘は詳しい事も話していない、顔も覚えていないだろう母親の事を日本人であると知っており、彼女に会う時のために、日本語を学んでいたのだ。

 その事を悟った際には、娘に対して戦慄さえ覚えたものだ。


 しかし、そんな事は彼に取っては些事でしかない。

 彼に取って最も大切な事は、離れ離れになっている家族が再会する日を自らの手で実現する事である。

 そのために彼は命を削るが如き努力を払っているのだ。

「パトリシア、僕の天使。君がお母さんに再会する時はそんなに遠くないかも知れないよ。」

 深夜の会社のラボ内で、ワークステーションのキーボードが、ギコギコと言う音を発し続ける。

「もう少しなんだ・・・・。」思わず涙ぐんできた目尻を服の袖で拭いながら、彼はキーボードをたたき続ける。

 研究パートナーの共有データサーバーに成果を送信し続ける。

 莫大な利益をもたらすであろう研究は、後一歩で完成するかも知れないのだ。


 彼はひたすらに働く。

 その努力も、その愛も、報われる日がやって来ない事を知らずに。


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