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第百十二話 プロファイリング

 知能とは一言で言えば抽象化の能力なのだと言う。

 学習能力や、新規の場所での適応力も知能の大きな一面だけど、それらは努力で補える。

 しかし、抽象化の能力は努力ではなかなか手に入れる事は難しい。


 私はかつて、中国人の妙齢の女性と話をした事がある。

 私の表の仕事は占い師だ。その関係で仕事中は外見をちょっとだけメイクで年上にしている。(本当はとても嫌なのだけど)

 けれど、私の本来の外見は、年齢相応のギリギリ未成年。色白なので、生足を見せて歩いてたりすると高校生に間違えられる時もある。

 そして、過去の経験から、あまり若く見られると占い師としては、子供が好き勝手な印象を口にしていると思われてしまうので、かなりのマイナス要因になってしまう。

 だから、嫌々ながらメイクアップを仕事中だけはしているのだけれど。


 話を戻そう。その中国人は、日本人の漢字の使い方が凄いと言っていたのだ。

 例として言えば、空調設備。

 あれを中国人は四文字程度の漢字に作り直す事ができないのだそうだ。


 ほら、もう時代遅れの暴走族やらヤンキーやらが、「宜しく」を「夜露死苦」と書く訳だけど、英語の「エアコンディショナー」を「絵嗚呼混出居書任具」とかと表現してしまうと、これは中国人達自身にも理解できない単語にしかならない。


 同じくエア繋がりだと、「エアクラフト・キャリアー」、日本語だと「航空母艦」と言う事になる。大正四年からある単語だ。(もっとも、当時の航空母艦「若宮」とは、水上機母艦だったが。)

 最近の中国でも、この単語は採用されて、略すると日本では「空母」と呼ばれるが、中国では「航母」と呼んでいるそうだ。


 おそらく、日本人と中国人の違いは、近代以前の中国がその領域内で完結した世界を作っており、世界の最先端の技術を有していた為、入って来る文物についても、以前からある単語を当て嵌めて翻訳や命名を行っていれば事足りたからだろう。


 しかし、日本は違う。見た事のない何かが次々と入り続け、それらを理解して、消化吸収し、自家薬籠中の物とするまで満足しなかったのだから。

 その執念深い属性は、ある意味周辺国家の住民たちには理解しがたいものがあったのだと思う。

 しかも、日本人はそれらを喧伝する事なく、非常に気持ち悪い沈黙の中で、淡々と様々な物を吸収し続けた。


 明治維新に先立って、日本は黒船の来航を迎えた。

 さて、この時点では西洋の方が技術的に圧倒優位に立っており、日本人もまた鎖国政策の中で経済は元禄以来、白河候と言うどこかで聞いた名前のお方がデフレ政策を強力に推進したおかげで、あちこちで深刻な歪みが生じていた。

 閑話休題、平成時代に白川と言う、同じくデフレ政策を強烈に推進した日銀総裁が居たが、これは偶然・・・だったのだろうか?私にはわからない。


 さて、黒船の話だ。

 黒船が来る前から、薩摩や佐賀では蒸気船の何たるかを知っていた。だから試作もしてみた。

 黒船がやって来た二年後に薩摩藩では蒸気船の試作品ができている。(全く使い物にならない代物だったそうだけど。)

 佐賀藩でも作ってみた。これは実用性を発揮した様だが、その後の幕府が造った千代田形は本物の実用船であり、幕末の戦いを生き延びて、日清戦争にも出陣している。


 オランダ人から買い受けたフェルダムによる蒸気機関の技術書。

 それらを見た江戸時代の職人達は、訳文が完成するまでは文章それ自体は読めなかったけれど、図面を見て、蒸気機関の正体を暴いてしまっている。

「さて、さっぱりと蘭語は読めませぬが、この図面を見るに、蒸気機関とは単なる水車ではないかと、思料致しまする。」

 そんな感じだったそうだ。当時の私は長崎に住んでいた。後にヴァスと共に江戸に赴き、一年程放置されていたが、その後は行動を共にして今に至っている。

 当時の長崎には、東洋のエジソンと言われたカラクリの大名人がいて、その人の作った万年自鳴鐘は今や重要文化財、弓引童子や文字を書く人形とかも動画サイトで見た人も多いのではないだろうか?

 ちなみに、その人の子孫が設立した会社が、今の東芝である。


 とにかく、そんな人が日本の蒸気船の黎明時代に活躍していたのだ。

 その後の日本は更に恐るべき貪欲さで知識や文物を吸収して行く。

 黒船来航からたった九年(1862年)で千代田形は完成した。

 その後40年で有名な戦艦ドレッドノートが建造されて、その40年後には、戦艦大和が誕生している。

 恐るべき技術進歩の時代に日本は乗り遅れなかった。むしろ、意味不明とさえ言える技術競争への没入が見受けられる程だ。その傾向は現在まで脈々と続いている。


 さて、ここで、蓮條主税が16年前、13歳の頃に受けたテストの結果を提示しよう。

言語性IQ:138(特に高い)

動作性IQ:136(特に高い)

言語理解:132(特に高い)

知覚統合:139(特に高い)

作動記憶:121(高い)

処理速度:125(高い)


 総合IQも133となっている。数値を見れば天才的と言えるが、実際は違う。

 そして、秀才とも言えない。学業は疎かにしていなかったが、熱心とも言い難かった。

 作動記憶においては、はっきりと意味のある言葉や数字を記憶するのは非常に得意なのに、無意味な文字や数の記憶に関しては全く大した事がない。

 中学、高校のテストの成績も、教科書を暗記して来いと言うテストは常に平均かそれ以下。それに反して、論理的に思考すれば答えが出て来るテストについては抜群の成績を収めていた。


 彼の本質として、問題解決能力の高さが際立っている事。優先順位を決定する判断が、ほぼ直観的に可能であり、性格的に迷ったりする事が少ない事が印象的であるようだ。

 ある意味軽率なタイプに見えるが、基本が生真面目であり、他人が納得できない事を嫌う、ある意味シャイで内向的な性格でもある。

 独裁的な考えとは程遠いが、一旦決めたら頑固でもある。正義感が非常に強いのも観察所見に明確に書かれている。


 言語から物事を類推する能力が高く、図形や地形をほぼ瞬間で構造について把握でき、全体像を部分に分けて理解する能力に長ける。


 このテストでは調査されていないが、空間的な把握能力の高さについては特筆すべきものがある。

 彼の得意なスポーツは、空手とボクシング。前者はインターハイに個人部門で15歳で出場した実績がある。まさしく彼の天才はこの部門であったと言える。後者はプロボクサーの資格を取得している。

 ボクシングジムの者によると、彼は相手の重心と、肘肩だけを見て戦っていたと言っている。

 これは、彼の動作性IQと知覚統合の双方が関与していると思われる。

 彼は、筋肉の動きや、相手の重心の位置で、次に相手が何をしてくるのかを理解するのだ。

 これらの能力を15歳の時点で獲得していた事、その様な高等な技術を誰から指導された訳でもない事には驚くしかない。


 彼の内部世界は、おそらく非常に抽象的かつシンボリックな事象によって構成されているものと思われる。

 抽象的な彼の世界としては、その臨機応変な戦い方がそれを示している。

 彼は自分を雑な人間だと勘違いしている様だが、それは大いに違う。

 彼はグレートドレイクとの闘いにおいては、目玉の中に腕を突っ込むと言う蛮行をしでかしている。

 グレートドレイクの目玉の直径は凡そ40センチメートル。その奥から頭蓋骨の頂点まで60センチ、脳髄までは40センチ程。蓮條主税の腕の長さなら、ギリギリ届くのである。

 それを(思考のどこかで)理解した上で、彼はあのような恐るべき方法を採用している。


 普通の人間には到底その場では思い付かないし、思い付いたとしても逡巡してしまうだろう。

 彼はそこで迷わないパーソナリティを備えている。

 それを無謀だと断じる者も居るとは思うが、私は彼の行動を計算に基づいたものと考えている。


 身長12メートルに及ぶ炎の巨人、彼は高さ1.4メートルの人間で言うところの向う脛を狙う。銅製の脛あては曲げられて、電撃が走り、巨人は膝をつく。そこで膝のお皿を叩き割るか、下がって来た頭部を叩くのかは臨機に行われた。

 彼としては、巨人にとどめを刺す事は考えておらず、エルフの騎士団がそれを行うと判断していた。

 彼は単独で戦っている様に見えたが、それは違う。エルフの軍勢と言う有機的な集団の中で、自分の役割を完全に把握して行動したのだと判定して良いだろう。

 全体像を部分に分けて考える能力の見事な発露と言える。


 もしも、と言う仮定が許されるならば、彼が無事高校を卒業できて、大学で天職に繋がる知識と発想に出会い、それらを咀嚼して行けたのなら。

 彼はどんな人間に育っただろうか?


 私は、彼に技術者としての天稟を見ている。

 そう、あのからくり儀兵衛は、空間把握能力や抽象的思考能力、言語理解の点で、蓮條主税よりも熟練し洗練されてはいたが、基礎的な能力は非常に似通っていたと思える。


 しかし、蓮條主税が輝くのは、その恐るべき身体能力とタフネス、強い正義感と闘争を求める憤懣も含めて、戦場の中が一番相応しいと言う事になる。

 その反面、蓮條主税は静謐さを好み、他者の幸福や安全を切実に願うと言う、非常に道義的に正しい属性を備えている事も見逃してはならない。


 彼が今後どの様な生き様を見せるのか。それには興味が尽きない。


 それは単なる興味だけではなく、彼の様な高貴で勇敢な属性の持ち主が、その日暮らし同然の無産階級の中に居て、今も元の世界ではつまらないトラブルが彼を待ち受けている事に関しての怒りにも繋がっている。

 彼が王侯の家に生まれついていたら、数十世代を経ても再臨を待望される名君になっていたであろう。全く、この世の中はままならないものである。


 私がシーナやフォルクスの仕業を一向に責める気になれないのも、そんな怒りの籠った思いがあるからだろう。勿体ないの一言で要約して良いものやら。


 けれど、そんな彼に感情移入しているのは、今やヴァスを始めとする、彼の本質を知り抜いた者達だけではない。

 私や、ゲーム内に入り込んだ者達の多くが、蓮條主税と言う男の中の男の本質を知ってくれて、今後の彼の人生と関りを持ってくれる事に大きな期待を抱いている。


 彼にはもっともっと世界の華やかさを知って欲しい。彼自身の中に拡がる世界についても。

 そして、彼の生きる本来の世界である、日本と言う国が、彼の様な人物に対して寛容であり、安らぎを与えてくれる国家であってくれる事を希求している。


 いつか・・・戦士である彼が、技術者になり、その言語能力に相応しい文章を書き、その手でたくさんのものを掴み、人を驚かせる物を作る。そんな時が来ればと願っている。


 切なる願いを込めて。                  鍛冶屋(かぬちべ)冴子(さえこ)

 

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