第十一話 兄貴失踪
大騒ぎ・・・控えめに言って大騒ぎになってるっす・・・。
兄貴が逮捕されてた警察の留置場は大混乱の坩堝になってました。そりゃそうでしょう、兄貴が逃げ出したって・・・報道陣にもそう言ってますよ。信じられないっけど。
「八月二二日、午前六時三〇分。当署内で留置されていた”蓮條主税”容疑者が、留置場の居室内からいなくなっていたと夜勤配置の職員からの通報があり、急行した夜勤当直者が居室を確認するも、容疑者の所在は確認されませんでした。」そんな説明を報道陣が受けています。
「蓮條容疑者が逃走したことは確実なのですか?」報道陣から質問があがってます。
「それについては、現時点で調査中です。居室は共同室であり、他に四名の同居者がいました。蓮條容疑者は、居室内に所持していた荷物と共に失踪しており、その行方を調査しているところです。」制服の警察官らしき人が大きな声で説明してます。
後ろのホワイトボードには、兄貴の所在が確認された時系列が書き連ねられて、夕方から真夜中、早朝までの警察官の巡回視察の様子が書き込まれています。
「君、一体なぜここにいるんだね。君は報道の方ではないね。なら、ここは部外者の立ち入りは禁止だよ。」言葉は丁寧だったけど、見るからにその警察官はイラついてたっす。
「俺は蓮條主税さんの職場の元同僚です。兄貴に頼まれてた差入れを届けに今日の面会を一番にお願いしに来たんです。」俺はそう答えたっす。
「免許書を見せて貰えますか。後、君が言ったことを証明できる何かを所持していますか?」そう言われて、俺は昨日訪問した弁護士の名刺と、兄貴と面会した時のメモ、兄貴から預かっていた証拠音声入りのICレコーダーを見せました。
「俺、兄貴が起こした事件で、弁護士さんに意見を求めて来ました。後、訴訟になるだろうから、その事についての準備をしておこうといろいろ動いてました。その報告に来たんっすよ。」
「お名前は?」
「鹿子木誠人って言います。昨日の兄貴との面会名簿に載ってますよ。調べたらわかります、はい。」
「では、任意同行でお願いできますか?」
「望むところっす。ただ、兄貴の事、詳しく教えて貰えますよね。」
「難しいですね。とにかく、任意同行で・・・。お願いします。」
「ケチ・・・・・。」
「ご期待に沿えなくて申し訳ありません。」俺は警官に連れられて、上の階の刑事課に連れられて行き、そこの殺風景な取調室に行きました。
「兄貴は逃走するような理由がないっすよ。」俺は開口一番そう言いました。
「まあ、そうなんでしょうけど、いなくなったのは確かなんです。昨日面会なさった時には、何か蓮條さんに普段と違うところがありませんでしたか?」さっきの警官とは違う、背広姿の警官、多分刑事って奴なんでしょうけど、いろいろ聞いて来ます。
「兄貴は、借金取りが社長の遺骨に差押え札を貼ったから、それを外すようにと正当な要求をして、その後の借金取りの乱暴に我慢できなくて、ちょっと相手を叩いただけっす。そりゃあ、兄貴は何年か前にプロボクサーやってましたから、それで問題が大きくなったんでしょうけど、そんなに酷い事はしてない筈です。兄貴は法廷で争うと言ってましたし。」
そう言うと、刑事さんは自分の携帯電話を操作し始めました。「蓮條さんのプロ四回戦の試合です。ちょっと見てくれますか。」
刑事さんの差し出した携帯の動画を俺は見ました。二〇代前半らしき兄貴がそこに居ました。恰好良いのは今と変わらないですが、今より随分怖い感じがします。
試合開始後一分くらいは、兄貴は滅多撃ちに撃たれてましたが、その後に一発ジャブ、そしてフック、次に渾身のアッパーをぶちかますと、相手は凄いぶっ飛ばされ方で、すぐにドクターがリングに上がって・・・。
「彼がちょっと叩くってのはないです。一発で選手生命どころか、本当に相手を殺してしまうような人ですから。この選手は運よく死にませんでしたが、これでボクシング選手としては終わりました。」
「けど、それと兄貴が逃げたのは関係ないでしょう。兄貴は社長の遺骨を取り戻して、裁判で勝とうと思ってたんす。兄貴は不器用ですが、正義の人です。悪い奴等から逃げたりはしないですよ。」
「それなんだけど、蓮條さんは、逃走して、社長さんの遺骨を辱めた人達に仕返しをしようとか考えてはいませんか?」
「それは飛躍し過ぎっす。兄貴は確かに強くて怖い。けど、人を憎んだり恨んだりしたりはしません。どっちかっつと、淡泊で執着のない性格ですよ。仕返しのために法律を破ってとか言うタイプじゃないです。」
「ふーむ。貴方は蓮條さんが逃げたとは全く思ってないんですね?」
「ええ、そんな事が一番嫌いなタイプじゃないかと思ってます。兄貴はそんな下らない男じゃありません。もっと志が高い系っすね。」
俺は警察の人たちの思ったようなことはなにも言わなかったみたいです。しばらくして、刑事さんから「任意同行と情報提供に感謝します。」と言われました。帰れって意味すよね。
「あの人は、アル中で路上で寝てた酔っ払いですよ。言ってる事に信ぴょう性があるとは思えませんね。突然現れた円盤が光って、容疑者が消えたとか言ってますが。」そんな声がどこかから聞こえます。目を向けると、中央の机の上司らしき人に、部下が起立して報告しているところだったんです。
「光る回転する円盤が居室に現れて、それが消えたら容疑者も消えていた?つまりは、超常的な現象が起きたとその人は言っているんだね?」上司らしき人は、下を向きながら、ボールペンで机をコツコツ叩いていました。真面目に聞く内容じゃないと思ってたんでしょう。
俺のバッグの中には、兄貴に差入れたラノベの続刊が幾つか入っていました。異世界転生物の小説です。
「光る円盤っすか?」俺は小説を取り出して、表紙を眺めました。そこには、可愛い魔女がワンドで魔法陣を空中に描いて、魔法をかけようとしているイラストが描かれてました。
「その本は何ですか?」刑事さんが聞きますが、俺は「留置場の中に現れた光る円盤って、こんなのじゃなかったのかなと思ったんすよ・・・。」俺も流石にバカバカしいとは思ったんす、その時は。
俺は刑事さんにバーサライタと言うLED装置を使い、魔法陣を空中に描画する仕掛けの動画を見せたんです。「確かに、これは光って回転する円盤ですよね?」刑事さんは訝し気な表情をしてました。俺の正気をちょっと疑う感じでもありました。けど、俺は大真面目でした。
「そのURLを教えて貰えるかな?」
「なら、俺とSNSで繋がって下さい。今後も情報提供とかできるかも知れませんし。」刑事さんはちょっとためらったけど、SNSチャットアプリのIDを教えてくれました。
俺は、そうやって、刑事さんに動画のURLを教えたんです。兄貴の若き日の動画のURLをお返しに教えて貰いました。俺はそれから家に帰ったんで、刑事さんのその日の行動は一部しか知りません。
ただ、刑事さんからすぐに極短いメッセージは貰いました。「魔法陣、当たりだった。」とだけ。
これだけ読んでも、何が何だかわからないでしょうけど、つまり、兄貴は魔法陣の中に消えたって事でしょう。目撃者は円盤は魔法陣だったと証言したんでしょう。
俺は兄貴を探し始めました。俺流のやり方でですが。