第百二話 馬に揺られつつ考える事
「わたしは碌々眠れなかったんだけど・・・。」シーナは不満そうだ。
「最後に湯浴びができたのは良かったがな。」俺がそう言ったら、頷いてエルフのご馳走を取り出して咀嚼し始めた。
「ザルドロンさんが、突然にマッド状態に陥って、書庫に走って行ったのは驚きでしたね。」こいつに
全員、馬車の中で体育座りになって頷いている。
ザルドロンは、隠棲の賢者であり、興奮すると言う事がない。
彼は憤激はするが、興奮はしないと聞いていた。お茶の最中の会話であっても、そう言っていたのはアリエルだったのだ。
”そう創られている。そう造られている。”のだから。
そうなのだ。勇者と言うか、この世界の”被造物”は明白に何等かの特質に従って行動している・・・筈なのだ。
”タガが外れたと言う事なのか?”
ふと、あの盗賊の英雄スパイダーの事を思い出した。あいつの、あの憎悪や軽蔑、姦計を巡らせる知恵や、手下を統率する手管。
”ゲーム内で設定できるだろう範囲を超えている様に思う。俺にしても剛力とか言うスキル。あれも、「ダメージに追加幾ら」とか言うもんじゃない。”
そう、強烈な打撃を見舞うには、腕力だけではなく、脚で前に、上に力を加えている。それらは、人間大の大きさの生き物の場合は正しく訓練したとおりにやれば大丈夫。
しかし、悪竜みたいなどデカい生物の場合は、アローラの”飛翔”みたいな、空中に足場を設定できる魔法でないと発条や梃子を利用しての強打は不可能になる。
実際、あの馬鹿みたいな目玉の中に腕を突っ込むと言う行動は、普通に攻撃しても堅い鱗や骨、特にワニより随分デカくてゴツイ顎の骨と肉と筋には刃が立ちそうになかったから行っただけの事だ。
炎の蛇の時も同じ。踏み込む足場それ自体がなかった。
それが、多頭魔獣の場合は人間とほぼ同じ位置に頭があったし、四つ足の肩を狙えば簡単に転倒した。炎の巨人も、目の前に立ちはだかる脛があったから、それをぶち砕いただけ。
そうだった。多分”敏捷”のスキルを持っていた、あのイカレたカンフー野郎。あいつにしても、狭い場所に追い込んだら、お得意の敏捷性も宝の持ち腐れになってしまい、俺の一撃で簡単に地面に転がる破目になった。
この世界でのスキルなんてものには、何等かのタイトル、それ以上の意味はないのではないか?そう思えるのだ。
そして・・・その事に詳しそうな奴が、目の前に居る。
****
「なあ、お前はゲームのスキルとかは詳しいのか?」と鹿子木に聞いた。
「まあ、そこそこは詳しいです。」
俺はかいつまんで、考えていた事を口にした。
「ん~。スキルに意味はあるのかって事ですか?兄貴の籠手には”加速”のスキルがあるんですよね?それは常時発動のスキルって言えば言えるんでしょう。」
「外せば普段の速度になるがな。」
「兄貴の質問は難しいですね。俺のキャラには”剛力”のスキルがあります。確かに何度かの野良モンスター、丘の巨人の討伐やら、ゾンビとグールの徘徊の際には打撃力が増えてました。相手の防御を凌駕できる攻撃力になってはいました。けど、それは単純に武器を振り回す力が増えてたって事でしょう。兄貴みたいに、精密な力の使い方はしてないんです。」
「それはどういう事だ?」俺も流石にそこらはわからない。
「つまり、兄貴の戦い方は、この世界の想定外なんでしょう。それと俺にはスキルってのが、そもそもからいかがわしいもんだと思ってたんすよ。」
「むむ?」
「あのですね。ラノベの中には、スキルを使えば凄い効果。神に匹敵する力を使える。神に等しい存在も、その権能はスキルによっている。空間を捻じ曲げ、大陸を吹き飛ばし、時間を超える。そんなお話があるんですよ。しかも多数・・・。」
「つまり、言った者勝ちみたいなのがスキルって認識なんですよね。で、それらの行使にかかる膨大なエネルギーはどこから出て来るんでしょう?」
「まあ、無責任なラノベなら、それはそれで良いんじゃないか?適当な設定で美女や有能な手下が集まって、それらが結果として無双する。ハラハラドキドキ・・・は俺もしないな。悪いがしらけてしまう。」
「そこまで都合よく行くなら世話ないっすよね。スキルとやらのおかげで、結果的にはそれを手に入れた人達は、大した苦労もなく、世界の中で確固たる地位を占められるんでしょうから。」
「俺からすれば、この世界のスキルってのは、その人の特徴をそれで示しているだけなのではと思います。」
「タイトルって言う事でしかないって事だな。」鹿子木は頷いた。
「つかぬ事をお聞きしますが、兄貴の若い頃って、パンチ力はキログラム換算でどれくらいあったんですか?」
「昔、兵庫県内のどこかにあったゲームセンターに、古いパンチ力測定ゲームがあったんだ。”お前の力を見せてみろ!”とか挑発してくる奴だった。」
「はい・・・。」
「ストレートで叩いたんだが・・・確か700キロだったかな・・・。」
「お、おう・・・。ちなみにですね、昔に格闘グランプリで昔優勝した外人がいました。空手の人でしたが。」
「ああ・・・。」
「その人、キックで750キロでした。」
「お、おう・・・。」それは知らなかった・・・。
「ちなみに、ゴリラ。わかりますか?あのウホウホ言ってるのが、パンチ力が大体5トンです・・・。それだと熊やライオンを軽く殴り殺せます。」
俺の頭に浮かんだのは、あの多頭魔獣だった。あいつは頭がライオンで・・・多分普通のライオンだとお手上げの空飛ぶ火を噴くチートな存在で。
「・・・・・・・。いや、もうそこまでじゃない。衰えてるさ、俺なんかとっくにロートルだよ。」
「兄貴、元からチートじゃないっすか。常人の何倍の打撃力持ってるんすか。」
「レンジョー、良いじゃないさ。この世界だと、あんたの不必要に強い打撃力も大歓迎なんだしね。思い切り出て来る奴等はぶちのめせば良いのよ。簡単で良いじゃないさ?」
「ふう・・・。けれど、次の相手はそれだけで何とかなる相手とも思えないんだがな。」
「”半神”の剣士だっけ?」
「鹿子木情報では、俺が四番目の階級の”チャンピオン”、お前がそれより一つ上の”ロード”で、奴は八番目の階級みたいだな。」
「わたしも小娘の頃から精々頑張ってたつもりだけど、それでも五番目。あんたはそれより一つ下だなんて、短期間で頑張りすぎじゃないのかな?」
「ちなみに、エルフの森のアローラさんも、兄貴より一つ上のロードでしたね。」
「アローラは、あんな見かけでも、この近隣の勇者の中では最も古株だと聞いている。まあ、平和な森に侵入しようとする連中を駆逐しているだけだったから、それほど成長してないんだろう。」
「あんな見かけのアローラを・・・。」とシーナが邪悪な顔で要らない事を言い掛けたので。
「シーナ・・・。」とだけ言って、睨み付ける。
「あんな見かけでも、あのエルフの女の子は怖かったっすよ。ああ、話しそびれてましたが、俺は用心棒として、フルバートの街で雇われて、盗賊達の一味に入ってたんですよ。」
「もしかして、あの時の盗賊一味にお前もいたのか!」とついつい声を張り上げてしまった。
「俺だけじゃないっす!他にも日本人のプレイヤーが入ってたんすよ。俺もその人も兄貴の所在情報を求めて、あちこち動いてたんす。」
「で、どうだったんだ?」
「見つけた途端に兄貴にぶっ飛ばされて、目撃後一秒で空中飛んでました・・・・。」
「そいつぁ・・・・。」それ以外の言葉が出なかった。
「もう一人の人も、後退中に凹られて撃沈。その後に、俺達はエルフが盗賊を殺し回ってたので、物陰に隠れて逃げましたが。」
「あの娘も、馬車の近くに転がってた盗賊を殺してましたよね。トンでもなかったすよ。この世界のエルフって何なんでしょうって感じでした。」
「そいつぁ・・・・。」俺はそう繰り返すしかなかった。
****
「それにしてもだが、この堅い籠手で、倍速で殴って、クリーンヒットした時には今の俺の拳からは何キログラムの衝撃が発生してるんだろうか?しかも、こいつは触れただけで、人間を昏倒させかねない電撃が出る訳だから・・・。」レンジョウがカナコギとの会話で外見はともかく、内部ではあたふたしている。
「あんた、基本的なところで頭悪いんだからね。いろいろ考えても良い事ないわよ。」わたしは真実をズバリと口にした。
「シーナさん、兄貴は実は頭良いですよ?」とカナコギは言うが。
「実はって何だ?」とレンジョウが混ぜ返す。
「でも、この人は肝心な部分でとっても残念なのよ。なにしろ、自分の事をなーんも考えてない人だからね。」
「兄貴、何か言い返してやって下さい。多分、何倍か返しでやられるでしょうけど。」レンジョウはその言葉に苦り切っている。思わず、クスクスと笑ったら、思い切り睨まれた。
怖くないけど。怖くないけど。全然怖くないけど。
「まあ、良いじゃないさ。どのみち、あんたは拳で、わたしは剣で物を言う事になるんだから。その時に、自分の身を守るよりも、相手の心配なんかできる訳もないのよ。」
「・・・・・。」あら、レンジョウは下を向いてしまったわ。
「あんた、何度目かの確認だけどね・・・。」うん、こっちに目を向けた。
「言ったでしょう。わたしはあんたを死なせないために、この探索に同行したのよ?そして、あんたが死ねば、わたしも生きちゃいないんだから。わかるわよね?」
「ああ・・・。」と言う気のない返事。
「なら良いのよ。あんたは、自分以外に、わたしを守る為にも本気で戦って貰うわ。」
「だから、もっと自分を大切にして。お願いだから・・・。」
その自分の言葉に、わたしは恐ろしい程の衝撃を受けた。
何故だろう・・・それはわからない。けれど、その衝撃の強さは本物だった。
胸が締め付けられる?そんな生半可な何かではない。
心が潰れそうな。このまま、床が抜けて、地の底に沈んで行きそうな。
「シーナ!しっかりしろ!どうした!?」レンジョウの声が聞こえる・・・。
その言葉に、反射的に彼の胸にしがみつく。けれど、その力はあまりに弱弱しくて。
わたしは、そのまま、嗚咽しながらレンジョウにしがみつくばかりだった。
****
「姫様・・・。これが儂は怪しいと思っておりますのじゃ。」
そう言いつつ、姫様に指し示した何冊かの分厚い書物。
「ご覧下さいませ。」
その表紙には、豪華な黒い革の表紙に、銀色のカバラ十字の装丁がなされております。
「ザルドロン、その十字の意味は、元来の意味で間違いありませんよね?」
「はい、カバラ十字の意味と言えば”邪悪な知識は封印すべし”で間違いございませんな。」
「では、その様な知識には触れないのが吉ではないのでしょうか?」
「ですが、姫様・・・。御父上と御母上が、何故にこのような書物を、廃棄も焚書もせずにおいておかれたのでしょうか?この何冊かの書物」
「それは解せぬことです。けれど、何か廃棄してはならない理由があったのかも知れませぬ。例えば、廃棄すれば災いが起きるとかは・・・。」
「さりながらですがの。儂が閲覧しておらぬ書物と言えば、これらだけになるのですよ。」
姫様は、書庫の蔵書、何千何万冊、いや多分儂が数えた限りでは2万4千冊以上の蔵書を頭を左右上下に振って見ながら、かすかにため息を吐いておられます。
そして、姫様は悩んでおられるご様子。白の大司祭にして聖女であらせられる姫様としては、禁呪に頼ると言うのは、
「それと、姫様の御父上であらせられる大魔術師バルディーン様の事を儂は思い出しましたのじゃ。」
「と申しますが、ザルドロンは、わたくしの父とは面識はありませんでしょう?」
「レンジョウ殿のお話を聞いたからです。ほれ、バルディーン様は誰にも知られる事なく、シャラを伴ってヴァネスティに出向いておられたとの事でしたが。」
「それはわたくしも聞きました。けれど、それとこの禁書扱いの本を開くのが、どう関係するのですか?」
「つまり、バルディーン様は、もしかするとご自分の書斎と書庫の管理を儂が行う事もあらかじめ知っておられたのかもと思いました。姫様の御父上は、摩訶不思議な方法で未来を予知しておられた。そうレンジョウ殿は考えておられた様でした。」
「それこそが信じられない事ですが、ヴァネスティにあれ程貴重な神器を預けておられた事もあります。レンジョウ様は、御自分のヴァネスティ訪問が父上の計画であったかも知れないとおっしゃっておられましたね。」
「ならば、御父上は、儂と姫様が”必要であると認めたこの時”まで、これらの禁書とされた書物を開こうとしない。その様に予測なさっておられたのだろう。そう思えるのですよ。」
「こんな場合に知恵をお借りできる方を考えてみますに・・・・。」
「これもレンジョウ殿のお言葉ですが・・・・。」
「ええ、あの方はそのためにこの塔にやって来たと言う事でしたね。」
「ご意見を伺う、と言う事でよろしいでしょうかな。」
「異論はありません。わたくし達・・・創られた者には荷が勝ちすぎる事です。」
「姫様・・・。儂と姫様の二人だけですから、敢えて申し上げますがな。」
「なんでしょうか?」
「カナコギ殿のおっしゃるとおり。儂らが線形の物語しか持たぬ、創作の中の人物であるのなら、これ程に悩み、考え、決断する事はなかった筈ですな。」
「そうでしょうか・・・・。」
「そうなのですよ。”我思う、故に我あり”です。儂らは、例えば誰かが創作した人物であるにせよ、今この瞬間、考え、悩み、苦しみ、努力している。ひたすらに、自分の辿るべき正しき道を求めている。」
「・・・・・・。」
「ですから、姫様には信念を取り戻していただきたいのです。儂は確かに作り物です。他ならぬ姫様に作られた魔術の産物です。ですが、儂の姫様への愛情や理解、その他の想いは作り物ではございませぬ。儂らがともに努力した日々が育んだものです。」
「ええ・・・。ありがとう、ザルドロン。」
「もしかすると、この書物の中に”真実”の一部が描かれているのかも知れませぬ。それらから目を背けていては、それこそ小さな籠の中で飼われている鳥と同じ。ただの人形であり、オルゴールになってしまいますね。」
「どんな辛い事がこれからあったのだとしても、それでもわたくしは前に進みます。とりわけても、この書物の中には、レンジョウ様が元の世界にお帰りになるための方法や原理が記されているかも知れないのですから。」
「姫様・・・・。」
「真実がどんなに辛い事でも、何も知らずに捨て置き、目を背ける事は徳においてはいかがわしく、それらの指し示す道から逃げ回る事になります。わたくしが作り物であったのだとしても、勇気を持って真実に相対した作り物でありたいと思います。」
「お手伝い致しますとも・・・・。儂は最後の最後まで姫様のおためを計るばかりです。」
姫様は静かに微笑んで、ワゴンを押しながら儂と廊下を歩いて行きました。
まあ、とても重い書物をシーナにもレンジョウにも手を借りずに階段で降ろすのは大変な事でしたが。
それでも、何かを姫様と共に行うと言うのは、儂に取ってはとても楽しく、貴重で、かけがえのない時間を過ごすと言う事なのです。
本年の投稿はこれで終わりです。
また、年明けにこの話の続きと、次のお話を投稿していきます。
皆さま、良いお年を!