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第百話 この世に静止している何かは存在しない

 俺にお鉢が回って来た訳だが、俺は元来から口下手だ。

 目の前に、涙を浮かべるアリエルが居るとなれば、それはなおの事でもある。

 だが、語らねばならんだろう。そうする責任があるだろうから。

「アリエル、まずは俺の話を聞いてくれ。俺の元の世界の昔話、あるいはお伽噺とも組み合わせて話さないといけない。だから、わかりにくいだろうとも思う。」俺はそう言って頭を下げた。

「俺からして、頭がゴタゴタにこんがらがってるんだ。しかも、俺は普段から弁舌爽やかな男じゃない。我慢して聞いて欲しい。」


 誰からも返事はなかった・・・・・。が、俺としてはそれでもやるべき事はやらないといけない。


 ****


「俺はお前の名前を随分前から知っていた。鹿子木も知ってるだろう。それくらい、”アリエル”って言う名前は有名な名前なんだ。」

「そうっすね。アリエルと言えば、人魚のお姫様っす。赤毛のアリエルが最近は一般的なんすが、本当のアリエル姫は、20年くらい前までは金髪だったんす。俺、なんでそうなったかも知ってますよ。」と鹿子木は答えてくれた。


 なんでも、実写版の人魚姫の後に、有名なアニメの人魚姫ができて、実写版の金髪碧眼の人魚姫と被らないように、赤毛の人魚姫が現れたと言う事だった。


「今のアリエル姫の原型は、間違いなく古い人魚姫だと思うんですよ。輝くような金髪と紫っぽいブルーアイですし。このゲームの元祖のCGでも、アリエルは茶色い髪の毛で帽子を被ってるんですけどね。」


「ですが・・・。それをもってわたくしを創作された人物と特定する事は乱暴なのではないでしょうか?」アリエルがもっともな疑問を投げかけて来た。

「シーナやフレイア様は人間と思える。そうレンジョウ様はおっしゃいました。わたくしと、お二人、そしてあのエルフの女の子とはどれ程にあり様が違うのでしょうか・・・。」


「一つ目は、アリエルが書き連ねた文章を読んだ印象だ。お前の文面は、全てが報告書としては良くできている。だが、感想や修辞、抒情的な要素がほとんど入っていない。」それについては、俺は前々からいろいろと疑問に思っていたのだ。

「二つ目は、お前の美に関する感覚だ。俺達は何度となく、星や月を見上げていたよな。」

「はい・・・。」

「お前は星の動きや、月の幾何学的な集合風景については”美しい”と言っていたが、色の配色やジャンクションの時の光溢れる空の光景はどう思った。」


「アリエル、お前がお前自身の姿かたちをどう見ているのかも、俺は気になっていた。お前は自分の美しさをどう感じている?」毎日、同じ服、同じ髪型で、替えの服まで全て同じ。そんな女なんか見た事がないし、存在それ自体が想像もできない。清潔にはしているが、それは必要上の措置でしかないのではなかろうか?


「わたくしは・・・自分自身の容貌をどうこうと思った事はございません。ただ、覚えもおぼろげな、母上の肖像が・・・・わたくしの姿とそっくりな事には誇りを感じます。母上は、とても美しい女性でありますから・・・。」そう言いながらも、アリエルは溢れる涙で机までも濡らし始めた。


「兄貴・・・。」鹿子木が声を掛けて来る。

「どうした・・・・。」俺も元気良く返事する気にはなれない。

「兄貴は・・・お姫様の事がホント好きなんっすね。」

「ああ。好きだ。大好きだ・・・・。考えてみろよ。」俺まで泣けて来た。

「こんな女、元の世界に一人でもいるか?善意に溢れて、果てしなく優しい。邪悪な者を憎み、何を失っても、苦労が連続しても、どんなに寂しくても・・・・。」

「親友であり最高の忠臣でもあるシーナと、幼い頃から苦労を重ね。どんな責め苦にも負けずに戦う事を選ぶ勇気を持っている。楽な道を選ぼうともしない。だから、俺はそんなアリエルの為になら、何でもする。勝ち目のない戦いでも、アリエルの為になるなら、死ぬとわかっている道でも避けたりはしない。」


「俺はシーナから、鹿子木がノースポートにやって来たと聞いた時から。その時から、この世界が作り物じゃないかと疑って来た。だから、アリエルもシーナもザルドロンも・・・フレイアもアローラも疑って接する事にしていた。エルフの森の連中は・・・大丈夫だった。俺に見える”アラ”は無かったんだ。シーナ、お前もだ・・・。」

「そう・・・。」と返事をしたシーナも言葉少ないままに下を向いてしまった。


「紛れもない作り物である、この儂から一言良いだろうかね。」ザルドロンが発言を求めて来た。

「ああ、あんたの助言で役に立たなかった助言なんか無かったからな。今回も頼りにしている。」

「レンジョウ殿は・・・我等主従を・・・憐れんでおいでかな?」


「どう言う意味だ?」俺はついつい神妙な口調となった。

「アリエル姫。不憫な我が主君が作り物だとしてじゃ。レンジョウ殿は、作り物の我等、本を閉じれば終わってしまう物語の中の我等を憐れまれるか?」

「いや、そんな気持ちは毛頭ないな。例えば、俺の言うとおりに、お前達が誰かの創作した物語の登場人物だったとしてもだ・・・。」


「その作者が意図してのとおりかは知らないが・・・。お前達の物語は、俺を魅了して止まない。物語を読んで、人は涙を流す時すらもある。感動のあまりにな。その主題が俺の感動する何かである事は間違いない。この世界が誰かの創作物だったとしても、その登場人物は実在の人物が関わる人生の物語と全く変わらない何かを与えてくれるだろう。なにしろ、俺の今いる世界の登場人物であり主役であるアリエルは俺の愛するアリエルだし、お前も俺が尊敬して常に頼りにするザルドロンなんだから。」

「そうでしょうとも。ただ、レンジョウ殿の口から明白な我ら主従についてのお言葉だけは頂きたかったのですよ。少しだけ安心できましたわい。」と言って、ひとまずザルドロンは引き下がった。


「兄貴らしい、とっても兄貴らしい返事っすよね。」鹿子木は俺達の問答を聞いてそう言った。

「お姫様、ザルドロンさん。心配ないっすよ。兄貴はこうと決めたら退かない人なんすよ。」

「兄貴はさっき言ってました。どのみち元の世界に帰る方法もわからないし、ラサリアの戦いに決着が見えるまでは帰る気もないって。そう言ってました。」

「レンジョウらしい・・・わね。そうよ、中途半端なんてレンジョウらしくない。」シーナも同感みたいだ。

「シーナ、レンジョウ様、鹿子木様。ありがとうございます。」アリエルも少し立ち直ってくれた様だ。


「俺がアリエルを援けるのは当たり前の事だ。だが、依然としてわからない事が幾つもある。」

「続けて下さいまし。」アリエルが促す。

「俺が何故此処に居るのか。俺はどうやって此処に運ばれて来たのか。俺はどうやったら元の世界に帰れるのかだ。」

 アリエル、シーナ、ザルドロンの6つの瞳が俺を見つめている。

「やはり、お帰りになる事はレンジョウ様の中では確定なのですね。」アリエルの両目から涙が溢れ出ている。

「先の事はわからない。だが、俺が拘留中に逃走したと誹られているのも確かだ。ラサリアを捨てて、元の世界に戻るのは論外だが、俺が脱獄した逃走したと元の世界で言われるのを放置するのも、同じく俺の沽券に関わるからな。それを解決せずに捨て置く事もできないだろう。」


「あのですね・・・・兄貴。この世界の一年は、向こうの一日とほぼ同じ時間だって思ってて下さい。兄貴が居なくなったのは、元の世界ではまだ”今朝”なんすよ。で、今の時間は大体真夜中って事です。」

「そうなのか・・・・・。」

「それと、とっても大事な事を言っておきます。良く聞いて下さい。」

「なんだ?大事な事とは?」


「兄貴は、糞みたいな金融屋の社員と揉め事になって、通報で飛んで来た警察官に逮捕されて、留置場に入れられた。これ、間違いないですよね?」

 俺には、鹿子木の言いたい事がわからなかった。

「そのとおりの状況で間違いない。」

「兄貴、令状なしで留置場に入って、それで留置場から居なくなったとしてですが、兄貴は留置場の施設備品を一切壊さずに消えてますし、誰からの手引きを受けた訳じゃないんです。だから、逃走罪の適用外って事になります。」

「なに?」俺は驚いた。


「ちょっと前に、大阪の富田林で警察署から逃げた奴が居ましたが、あれと兄貴のケースじゃ全然違うみたいです。だから、兄貴が元の世界に舞い戻っても、兄貴が逃走の罪に問われる訳じゃないんです。その事は良く理解しておいて下さい。ただ、新聞やテレビ、それとネットでは、兄貴の事を逃げ回る元プロボクサーって大々的に報じてますがね。」

「金融屋の社員と酷く揉めたのは別件として、兄貴はそれ以外で罪に問われる事はしてなかったみたいです。俺もテレビやネットの報道で勘違いしてたんですが、実際には特段の罪に問われる謂れはないようです。」

「むむ・・・・。」俺の頭の中では、様々な事が浮かび、走り回り、そしてある一定の形になろうとしていた。


 ****


「配置に就きました。身柄も確保しています。」

「よろしい。資料の確保が必要です。場所は確認できましたか?」

「はい。身寄りのない社員がおりましたので、そいつを使って聞き出しました。」

「よろしい。脅迫の基本よ。逆らったら次は殺される。そう確信させてあげれば、ほぼどんな相手でも情報を吐くし、その後は完全に黙るものよ。誰からも助けて貰えないと確信させるの。」

「はい。」

「使い終わった社員の処理もそちらで行いなさい。今後は肉体にチップを埋め込んだ者も増えて来る筈よ。ボディだけなら確かに逃げないけど、それを誰かから追われる事になるかも知れない。その事は忘れない事。」


「動力探知機と通電探知機でカメラを探知したら、その後は無効化の手順を間違えないように。妙な映像が後に残るだけでも駄目なのよ。」

「はい、重々注意した上で全てを執り行います。」

「よろしい、では掛かりなさい。」通信を切った。


 これはギャングのやり口だ。そう思う。

 ピストルで脅し、社員の一人がビニール袋一枚で窒息死するのを目撃させ、帳簿の在処を白状させる。

”拳銃を見せて、その後に丁寧な口調で諭す。説諭に対して積極的に従おうとしなかったら、一人殺して見せ、家族全員の安否について再び諭し、欲しい”物”を差し出させ、口封じを行う。”


「もっと時間があったら、濡れ仕事なんかしなかったのにね。そうでしょう?」

 空中に向かい独り言を呟くが当然返事は帰って来ない。けれど、その独り言を誰かが聞いているのは間違いなかったのだが。

 後は、金融屋の社長が金を懐に入れて、高跳びするのを手伝うだけだ。時効は7年間だから、その間を逃げ延びれば問題ない。


「協力者のマインドコントロールも併せて実習させておくべきね。」サラサラと今後のカリキュラムについて筆記しておく。彼の家族に対しては、彼自身の自筆で他県の身内を頼る様に書置きをさせる。奥さんの預金は数年間程度ならびくともしない金額があるとの調査結果が出ている。

「金主の追求を避けるために、ちょっとした隠蔽工作が必要ね。」それらについても、簡単に方針を策定してメモして行く。


「ホントに忙しいわ。」パソコンのモニターを一瞥する。「まったく・・・・ゲームで遊んでる暇なんかないわね。」


 ****


「なあ、鹿子木・・・。」兄貴は独り言みたいな口調で呼び掛けて来ました。

「なんでしょうか?」

「この世界で俺が死んだとして、俺はどうなってしまうんだろうな。ゲームだと、死んだらどうなるんだ?」ううう・・・凄く回答に困る質問っすね。

「このゲームでは、キャラが死んだら作り直しになります。キャラメイクをしくじったら、危険な敵と戦ってキャラを始末するのは当たり前みたいっす。」

「そうか、役立つ回答に感謝する。つまり、まかり間違っても死んだりするのは許されないって事だな。」


「レンジョウ様、フルバートに・・・行かれるのですか?」お姫様、すっかり心が弱った様子で、兄貴に縋り付きそうな顔をしてます。

「姫様、その件ですが、わたしもレンジョウと同行します。」シーナさんがそう言いますが、お姫様はそれに反対しました。

「シーナ、貴女までフルバートに潜入すると?そこには、レンジョウ様ですら対抗できないだろう元勇者が居るとの事なのですよ?」かなり気色ばんでますね。

「ですが、レンジョウ一人では危険に思えるのです。彼に地下都市の探検ができるとは思えませんし、他にもいろいろと理由はありますが、わたしは彼と同行する事を翻すつもりはありません。」


「姫様。今日のお話は、わたしに取っても衝撃的な内容でしたが、それでもわたしは姫様が何者であるかはそれ程大切ではないとの結論に至りました。わたしに取って大切なことはまずレンジョウを確実にフルバートの地下から生還させる事と、それよりも大切なことは姫様の身柄をお守りする事であるとの結論を得ております。そして、それらは結局のところは不可分であるとも理解しております。」シーナさんの返答はそんな感じでした。


 お姫様は、途方に暮れたような。あるいは、とても寂しそうな表情を浮かべていました。

 これが心を持たないNPCの表情だとは思えない程に、その変化は豊かで、自然なものでした。


「兄貴は、アリエル姫のどこに作り物の証拠を見つけたんでしょうか?二つまでは聞きましたが、三つ目以降もあるんでしょう?」と聞いてみました。

「他にもたくさんあるな。エルフの”ご馳走”を食べても老廃物が噴き出なかったのもある。だが、一番に俺が不審に思ったのは、俺が他の国から帰って来た時に感じたんだが、アリエルは行く前と帰った後で全然俺に対する態度が変化なかった事だろうな。」

「それってどう言う事でしょうか?」

「人と人との関係は、別離があった前後で随分変わるって事だよ。人は別離に際していろいろと考えるし、別離が解消されて再び会えるとなれば、また違う関係に変化するんだ。」


「それって、ちょっと哲学的っすね。兄貴、不必要に頭良くないですか?」と言いましたが、兄貴は寂しそうに口元だけを笑いの形にしてました。

「お前にもいつかわかるんじゃないかな。ともかく、人は別離で変わるんだ。決して、長い旅に出る前と、出た後では人と人との関係は同じではありえない。別離それ自身が、人と人との関係の間に横たわる”悪”なんだと俺は思っている。変化しない何かは、この世界には存在しない。」


「そもそも、この世に静止している何かは存在していない。俺はそう思っている。ずっと自分の事を待ってくれている愛しい存在。そんな都合の良いものは、この世の中には存在しないんだろう。」


「寂しい事だけどな。俺達が生きている世界のルールなんだろう。」兄貴の過去に何があって、こんな言葉が口から出て来るのか・・・・。

 そんな兄貴を見つめる藤色めいた青い瞳が見えます。兄貴の横顔をじっと見つめる美しい少女の瞳が。


 お互いに強く思いあってるのでしょうに。何て距離が感じられるんでしょう。

 人と人との間に横たわる悪・・・・それは長旅の別離だけでもなさそうです。

 俺は、本当にその時に思ったんです。この二人の間にある何かを、俺が何とかできないのだろうかと。


 まあ、後にそんな心配なんか必要なかったとわかるんですが。

 それでも、今この瞬間にすれ違っている二人の男女について、俺は他人事とは到底割り切れない悲しみ、寂しさ、その他の辛い何かが胸に迫って来るのを感じていたんです。

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