第九十九話 俺から皆に告げる事
この階段が下りて来る仕掛けですが、なかなか驚きの仕掛けに見えます。
「こんなの、元の世界にはなかっただろう?」と言う兄貴の言葉に引っ掛かりを感じますが。
「なかったっすね・・・。」”元の世界”ですか。
驚きの仕掛けは、塔の入り口を入った場所にある部屋なんですね。
この魔術師の塔ですが、表から見てたらほぼ正方形の基部でしたから、大体20メートル四方でしたから130坪ちょいですね。
この世界には建蔽率とかないと思いますが、それで大体15階建ての大きさの塔であるとして、超大きな一棟建てマンションくらいの大きさな訳です。
この塔の中には、地下に降りる階段とかも中央に通ってるらしいですが、一階から上に上がる方法は一つだけ。この忍者屋敷みたいな仕掛けだけらしいです。
「駄目みたいね。上手く下せないみたい。」伝声管相手にシーナさんが話し合ってましたが、機械の故障みたいですね。
「レンジョウ、上で巻き上げ手伝って貰うよ。」とシーナさんは兄貴に言ってますね。兄貴頷いてます。
ん~。なんか、この二人、口の利き方はお互いにどうかなって感じなんですが、本当は仲良さそうっす。なんつーか、どこでもここでも、兄貴の周りは手強そうな女の人ばかりっすね。
「それにしても、兄貴の知り合いの女の人達って、妙に外人さんが多いっすよね。昔からそうだった感じがします。」
「だったっけ?」と気のない感じのお返事ですが、その実は俺の方をばっちり見て目くばせはしてる訳で。
つまり、シーナさんには黙ってろ。そう言う事なんですね。わっかりましたぁ・・・。
そんなこんなしてる内に、上で「ガキッ!バキッ!」と言う、何か金属に無理させてるのがわかる不安な音と共に、切込みの入った天井部分が少しだけ下に降りて来ました。
エレベーター方式ではなくて、斜路が下りて来る仕掛けなんですね。
「鎖が噛みこんでるんだな。後で俺も修理に加わるが、まずは俺達が上がってからでないと拙いな。」兄貴がシーナさんと話し合ってます。
「先代のお殿様の頃に、一度鎖が外れて、斜路が一階に落下した事があったんだって。」シーナさんが兄貴に説明してますが、そんな時にこの真下に居たらひとたまりもないっすよね。
どこでもここでも、事故なんかなくて良いもんです。今日も無事故無災害、指差し確認、指差呼称!大事っすよ。道具と装置はしっかり点検して、正しく使って働くもんすから。
「上がるぞ。狭いから転落に気を付けろよ。」常に細かく安全に配慮する兄貴ですから、ちょっとだけ小言に聞こえても常に”はい”が俺の返事です。
「しかし、あんな長いスカートで、姿勢ばっちりのメイドさんが、するすると狭い階段を上がって行く姿って、どっか異様っすね。エスカレーターじゃないかって遠目には見えますよ。」と俺が呟いたら「あいつはこの国の侍従長、王権代理のアリエル姫に仕えるナンバー2なんだ。この国に宰相は居ないから、総理大臣の代理も兼ねてるんだな。その他にもいろいろとやってるが、あいつの全部の仕事をお前が聞いたら驚くだろうな。」と兄貴は言ってました。
「俺からしてだが、あいつの仕事の全容を知った後は、自分がゴミくずみたいに思えたよ。それに加えて、あいつは剣術の達人でもある。タイマンだと、俺でも不覚を取りかねない凄さだ。」おう、女の人相手にべた褒めっす・・・・。
「わたしを褒めても何も出ないよ。」と後ろも見ずにシーナさんが答えてますが、動作の端々にテレが見えるのが可愛いですね。
そんなだから、俺は少し困ってしまいました。兄貴はこんなに異世界の中で馴染み、幸せな関係をその中の人達と築いている。それに水を差して良いのかと思った訳です。
斜路を登りきると、そこにはゴッツイ体格の衛士さんらしき鎧の人達が詰めてました。
「バラミル、ちょっとボックスを開けて見せてくれ。」と言いながら、兄貴が機械装置の点検を軽く始めます。
俺も滑車やらワイヤーやらを見てみます。うん・・・このワイアーはちゃんと鋼鉄でできてるんですね。発条もスプリングスティールで出来てるっぽいです。けど・・・条鋼の巻取り技術ってのは。
「見てくれのとおりの時代設定じゃないんすね、ここ。」
ええ、金属が過熱した際にどう膨らむのか。そんなのは昔の人間には計算できなかったんすよ。でもって、発条とかはキチンと大きさが揃ってないと、全然役に立たない代物になる訳ですから。
圧延して、成形して、形状を変化させる。それとも全てを魔法で何とかしてるでしょうか?なら、余計に凄いっすけどね。
滑車も凄いですわ。金車って言われる全部金属の滑車ばかりで、木や俺たちの世界ではありがちなプラスティックは使われてませんが、そこそこの太さの正確に揃った鎖が使われてて、天井のフックに釣られた金車との位置は鎖を引くだけで調節できるんです。
昔の工房とかって、こんな感じだったんでしょうか。俺達便利な機械に囲まれ過ぎてて、昔の人達の知恵を忘れてしまってるんじゃないでしょうか。でも・・・・。
「やはり、ここにはちゃんとした技術者達が居るって事ですね。魔法が無くても、内燃機関や電力で動く装置がなくても、この世界は大丈夫って事ですよ。」
俺がこの世界の技術について考えてる間にも、兄貴は問題点を素早く発見したようです。その後に、世紀末救世主伝説で見たような、円筒の木製機械を人力で動かす糸巻き車みたいなのに何人かで集まって、その棒を押して回す力仕事を開始したんです。俺も慌てて手伝いましたが。
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「けっこう、ああいう仕事ってキツイっすよね。」鹿子木が言う。
「この階段もキツクないか?」これは俺の経験から言ったのだが「同じくキツイっすね。俺達文明に毒され過ぎてる感じします。」と返事があった。
「で、兄貴はこの世界でずっと何をしてたんすか?」と鹿子木が聞いてくる。
「いつものとおりさ。襲ってくる奴らは全員弾き倒して転がす。あちこちに出向いて・・・・。」
「その都度、何かの酷い目に遭ってたな・・・・。」と、いろんな事を思い出してしまった。
「兄貴、どこ行っても変わらないっすよねw」と言う鹿子木の声が聞こえる。
「盗賊でも、悪竜でも。女子供以外は全部弾いて問題解決だ。そこらはゲームの世界でも変わらないだろうな。このやり口なら、力の及ぶ限りの条件付きだが、どんな事でも解決できる。」ちょっと、口調にも言葉それ自体にもやけくそ気味の何かを感じてしまいますね。
「やっぱりと言うか、流石と言うか。悪い竜を弾いたんですか?」と驚きの声が・・・。
「炎の巨人も、石の悪魔も弾いた。巨大悪竜は、目の玉に腕をぶち込んで殺したな。炎の蛇は背中から心臓を掴み出した。」ほぼやけくそでそう吐き捨てたのだが・・・。
「おおう!兄貴レベルアップしてまっす!いろいろな意味で!!!」との返答を得て、俺は頭を振って言い返すしかなかった。
「俺じゃない、俺の周囲の環境がレベルアップしてるんだ。あるいはエスカレートと言っても良いだろうな。」かなりゲンナリした口調になってしまったが、だからと言って俺を誰かが責められるだろうか?
「で、兄貴は何かチートな能力で戦ってるんすか?」と鹿子木が聞くので
「それだ。お前に借りたラノベと俺に起きた異世界転生が違うところは・・・。基本、俺にはこの籠手が与えられただけだった。チートな能力なんか最初からなかったな。」
両手をぶつけて火花を散らしてみた。
「その籠手ってどんな武器なんすか?巨大化できたり、瞬間移動できたり、遠距離から気功弾発射できたりしますか?」と興味津々で聞いて来たので「相手を電撃で痺れさせたり、移動速度を増やしたりと、結構便利だぞ。」
と言うと「なんか地味な武器っすよね。リーチも短いみたいだし。」との感想が返って来た。
「そこらはあれだろう。勇者本人の資質の問題って事なんじゃないか?世界を救う勇者なんて柄でもなく、できるのは喧嘩騒ぎを繰り返す事だけってな。俺の器がそんなもんなんだろう?」と言うと、「そこまで卑下しなくても良いと思うっす。」と流石に鹿子木も凹んでしまった様だ。
「異世界に来ても、そんな凄いギフトありなんて訳には行かないんすね。兄貴だから何とか切り抜けて来れたんでしょうけど、俺だったら今頃バッドエンドでテロップ流れてますね。」
「俺達の敵達の気性から察するに、そのテロップは美化されたもんなんだろうな。俺が負けてたら、間違いなく俺達全員は死体を手酷く八つ裂きにされた挙句に、アリエル姫に見える場所に晒し物にされていただろうから。」
「・・・・・・。そこまでのえげつない連中だったんすか?」
「そりゃあ、国王代理の姫様を薬物で堕落させて、貴族で共有する計画を建ててる様な連中だからな。正気の訳ないだろう。いや、今もそいつらとは絶賛暗闘中なんだが。」
「俺、とんでもなく邪魔なところで噛んじまいました?」
「いや、そうでもないさ。ただ、ちょっと待っていて欲しいとは思う。」
「待つって?何をですか?」
「今のところ、俺は帰り方がわからないんだ。ここはゲーム内の世界だろうからな。お前はログインで入って来れても、俺はどうやって帰れば良いのかはわからない。物理的な帰還方法が不明なんだ。それと・・・・・。俺はこの世界できっちり一定の結末を見るまでは帰らないつもりだ。」
鹿子木は不安そうな顔をしている・・・。
「中途半端に終わらせて、あるいは黙って元の世界に戻るとかは無しだ。わかるな。そいつは、俺の沽券に関わるからな。」
「そうっすね・・・。中途半端で投げ出すとか、兄貴流じゃありえませんよね」
肩を竦め、頭を乱暴に籠手を嵌めた右手で頭を掻いているが、それって頭皮には悪影響ないのか?いや、ゲーム内のキャラだから問題ないのか?まあ良い。
「わかってんじゃないか。流石、俺の舎弟だ。」
俺はそう鹿子木に呼び掛けてから、応接室に入り、その中に鹿子木を招いた。
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アリエル姫が来られたのは、多分10分程もしてからでしょうか?
横のご老人は、勇者のザルドロンさんなんでしょう。眩しい頭の、ちょっと冴えない賢者って感じの人ですた。
お二人は俺に挨拶をして、俺の方も兄貴からの紹介もあって、その後は兄貴から話したい事がある旨を告げられたんですよ。
「まずは俺から一言言っておきたい。俺が異世界からの迷い人だってのは、出会った頃からわかってたので省略する。が、更に面倒な事が判明した。つまり、俺の元の世界とこのアルカナス世界は繋がっていたって事だ。」兄貴が開口一番、渋面と共に切り出したのはそんな言葉でした。
「それが面倒な事なのでしょうか?レンジョウ様としては、元の世界との縁が見つかったのですから、万々歳と言う訳にはならないのですか?」とお姫様はおっしゃる訳です。
兄貴は、多分この世界の本だろう、俺には読めない文字の紙束を手にしてます。
「アリエル、ザルドロン。あんた達はこの本の中の登場人物は、何かを考えたりできると思うか?」そう兄貴は言葉短く・・・けれど、果てしない寂しさ、あるいは哀れみを込めて言葉を発しました。
「それはイエスであり、ノーでもありますな。その本は、作者が考えた筋書きに従って作られた。”線形”の世界であるからです。登場人物は様々に考えてはおるでしょうが、それは作者の与えた思考、筋書きの枠外には一歩も踏み出せないものでありましょうな。」ザルドロンさんはそう答えました。俺や兄貴に対して流し目をしながら値を踏んでる感じがします。
「あの・・・。レンジョウ様のそのお言葉を考えますに、わたくし達がその様な本の登場人物と関連する何かであるとおっしゃっておられるのでしょうか?」酷く緊張した様子で、白一色に近い姿の僧侶さんみたいな服を着た美少女が固唾を呑んでいます。
シーナさんはと言うと、兄貴をじっと見つめています。ちょっと険悪な目で。
「あのさ・・・。何であんたはわたしに何も問わないの?何でよ?」とシーナさんが言います。
「お前は敢えて後回しにしようと思った。何故なら、お前でありフレイアであり、アローラは・・・。俺と同じ様に、元の世界と繋がっている様に思えるからだ。だが、アリエルとザルドロンについては、俺には確信が持てない。」兄貴、シーナさんの顔も見ませんね。
「あんたの言う事に納得した訳じゃない。けれど、今はわたしは黙っておく。」シーナさんもとりあえず、兄貴の言う事は遮らないと言う事みたいです。
次に口を開いたのはザルドロンさんでした。
「左様ですか・・・・。しかし、儂は元来から自分が作り物の何かであると知っておりますし、わかっております。なるほど、儂は物語の中の登場人物の様な何かかも知れませぬな。」
「しかし、何故に姫様をその様に思われたのか・・・ですな。しかも、言葉が足りておりませぬ故、そちらのレンジョウ殿のご友人からも詳しく事情をお聞きしたいところですな。それで宜しいでしょうかな?」
兄貴は頷きました。「頼んだぞ、鹿子木。」と・・・。
俺は頭を下げて一礼した後、知ってる事を話し始めました。
「兄貴とシーナさん以外の方々は初めまして。俺は鹿子木誠人と申します。元の世界でも、こっちでも兄貴の舎弟って事で見知っておいて下さい。」
「まずは、俺から真相に近いだろう事を一言で言いまっす。この世界、アルカナスもミロールもですが、俺達の世界の賢い人達が作り上げた高度なゲームの中の世界と俺は理解しています。」
アリエル姫の渋面が更に諦めを含んだようなボンヤリした表情に変化しました。なんか、徹底的にいじめてる様な気がしますが、嘘偽りを言ったとしてもこの場合何にもならないっすから。
俺は俺の知ってる事、わかってる事を口にするだけ。それ以外は雑念なんす、すみませんね姫様。
「兄貴からどれだけ事情を聞いてらっしゃるか、俺にはわかんないっすけど。兄貴は元の世界で困った事になってます。つまり、脱獄した逃亡者って濡れ衣を着せられてます。俺は、兄貴の行方を捜してる内に、偶然にこの世界の事を知りました。そして、兄貴を迎えに来たんです・・・が。」
「あんまりにもノープランだったっすね。ともかく、会いに行くまで、伝言するまでしか考えてませんでした。そもそもですが、何で兄貴がゲーム内の世界にいるのかも、どうやって兄貴を元の世界に連れ戻すのかもわかんないままに行動してたんすよね、俺って。」
「むむ・・・。つまり、レンジョウ殿がどこかはお主にわかったが、何故レンジョウがここにいるのかが、お主にもわからんと言う事か?」ザルドロンさんがそう言います。
「ザルドロンさんも、お姫様が物語の本の中に入ってしまったら、どうやって助け出すか途方に暮れちゃうと思うんですが?」と俺が言うと「まったくの。そもそも、儂では姫様が何故いなくなったのかを理解するまでに何年もかかりそうじゃの。」とのお返事でした。
「けど、方法はある筈なんすよ。だって、現に兄貴はここに居る訳ですから、誰かが何かを使って、兄貴をここに運んだと考えるのが筋ですし。兄貴がこの電脳世界の中にいるってのは、俺達の世界の魔法みたいな技術を使っても、到底説明できるもんじゃないんです。」
「もしもだ・・・。」兄貴が普段よりも迫力マシマシで何か言おうとしてます。
「アリエルやザルドロンが作り物だとしてだ。」兄貴、アリエル姫を睨んでます。
アリエル姫、蒼くなって下向いてますが、今の兄貴の眼力だと、多分頭蓋骨の内側まで視線の圧力が透過してるんじゃないでしょうか?
「そこには必ず作者が居るんだよな?そうだろう、ザルドロン。」爺さんが薄っすら頭皮に汗かいてるのが見えます。
「そうなるじゃろうな。物語は作者無しには存在できないでしょうからな。」
「ならば、その作者とやらは・・・。アリエルの持つ素朴であり揺るぎない正義感、潔癖なまでの道義心、驚くほど強い責任感、海の様に豊かで深い慈悲の心、それらを正しく理解していると言う事になる。」
「ザルドロンの正確な判断力や、冷徹でもあるが、真実を極めずには居られない知性と知識に対する憧れも理解している事になる。」
「つまり、お前達が作り物であるにせよ・・・お前達を描いた者がいる。そう言う事なのだろう。」
「レンジョウ様・・・・。」なるだけ、俺は姫様の方を見ないようにしてたんですが、そうも言ってられない様です。
「教えて下さいまし。何故、レンジョウ様は、わたくしを作り物と思われたのですか・・・・。」今や、涙で顎まで濡らしながら、美しいお姫様が泣いています。
「わかった。説明しよう・・・。」
兄貴が語り始めました。兄貴の語るところは・・・実に何と言うか、兄貴らしいお話となった訳です。
TO BE CONTINUED