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第十話 ノースポートへの帰還

 あれから何事もなく数日が過ぎた。襲撃の際に人死にが何人か発生していた。幸いと言って良いのか、全員が囚人部隊の者たちだった。

 連中は数名が杭に縛り付けられたままで殺され、残りは皮手錠を切られた上で放置されたのだと言う。例の禿げ頭のコソ泥も逃亡したらしい。

 囚人たちは、工兵隊本部の方に追い立てられ、そこで庇護を求める者、飽くまで逃亡を企てて走り去る者、工兵隊の隊員に襲い掛かって装備や物資を奪おうと企む者、いろいろと問題を起こした様だ。しかし、まとまりに欠ける上に、頭も良くないし、そもそも楽をして生きる以外にできない連中だ。大した問題は起こせなかったのだそうだ。


 工兵隊の連中は、一応職業兵士で、体格もきちんとしており、何より腕力が強いのを見込まれて土木作業を生業としている者たちだ。玉石混交の盗賊にしてみれば、一致団結して不意を突かなければどうこうできる相手ではない。暴れた連中も拳骨とシャベルで大体が手荒に速やかに鎮静化されたらしい。その過程で更に数名が死んだみたいだが、興味すら湧かない。


「おはよう、レンジョウ。」カイアス隊長が天幕に入って来る。「おはようございます。」あれから、俺が勇者である事は、同席していた者たち全員が黙っていてくれた。ギブリーも命を取り留めて、今は医療班の居るテントで治療を受けている。舌を縫い合わせた関係から、奴は口もきけないし、飯も食えない。ロッシも俺を恐れていろいろあっても何も言わずに黙っている。

「おはようございます、兄貴!」「兄貴、今日も頑張りましょうね!」ハルトとアマルもあれから、仕事の合間にバラミルとマキアスに剣術の手ほどきを受けている。筋が良いと、教えている二人にも褒められていたが。


「逃亡者たちは単純逃走の罪科が加算される。法廷では、全員に仮で死刑の判決が下された。見つけたら捕縛の際に遠慮はいらない。」この世界の刑罰は結構過酷だ。カイアス隊長は欠席裁判の法廷で出された判決を全員に告知した。逃亡した馬鹿者どもの中には、戻って来てキャンプの食料を盗み、更に遠くに逃げようと試みた者が数名いたのだ。それらはほぼ全員捕らえられ、残りは成果なく再び逃亡している。

「だから、これからは殺すつもりで捕縛する事にしよう。」結論はそんな感じだった。


「脱走兵が見つかったら、俺の剣で倒してみたいですね。」ハルトとアマルは口々にそんな事を言っていた。「お前たちの望みはそんなものなのか?俺が与えた剣はそんな程度の事に使われるのか?がっかりだな。」俺は二人をそうたしなめた。

 若い奴等はせっかちで、その癖にやたらと傷つきやすい。まだ高校生くらいの年齢の男子だ、身体よりもまだ心ができあがっていない。俺はそれでも優しくはしなかった。

「お前たちの年頃なら、骨がきしむ位の荒い仕事でも耐えられる。バラミルやマキアスのしごきにも耐えられるだろう。けど、それと共に、お前たちは自分よりも強い相手がいる事をしっかりとわかってないと駄目だ。強くなれない。逃げ出した犯罪者を斬っても名誉にはならない。お前たちは剣を受け取った。なら、お前たちの相手は同じく剣や槍を手にした兵隊であるべきだ。」俺は二人に気を付けをさせながら、そう言い渡した。勘違いは若者を間違った方向に導くからだ。

「強くなれ、そのためにお前たちは戦う相手を選べ。」俺は両手の籠手をぶつけて、閃光と金属音を立てた。「はい!」と言う良い返事が返って来た。俺は満足して二人を楽にさせ、その後は砕けて談笑したのだった。


「ふう・・・・。」二人と別れて、相当疲れた俺は再び道路建設の現場に出掛けた。さすがにアラサーともなると、要らない事も考えるし、説教臭くもなる。社会人としての経験がそうさせるのだ。

 つまりは、自分と同じ失敗をして欲しくない。どの年長者も絶対に抱く、そんな老婆心と言われる感情によるものだ。本当におっさんになるって事の意味が最近はわかってきた。そう思いながらも、おっさんの行動はやめられない。年長者は常にそうなるのだ。とりわけ相手が可愛いとなればだが・・・。


 そんな埒もない事を考えていると、突然の訪問者があった。「よう、若いの。早速荒事が起きたそうではないか。」カイアス隊長に伴われてテントに入って来たのは、王城にいる筈の賢者ザルドロンだった。


 カイアス隊長は何度も汗を服の袖で拭っている。まるで癖になってしまったかのように、その動作を繰り返している。まあ、平社員の前に大企業のオーナーが現れたら、普通の人間なら恐縮してしまうだろうけど。ザルドロンは王家の魔法顧問であり、聖女直属の英雄なのだ。

「隊長殿、あまり恐縮なさらないでいただけるかな?別に問責をしに来たのではなく、儂は事情聴取のためにやってきたのだからの。」ザルドロンはそう言うが、多分常人には無理だ。


「で、何を事情聴取しに来たんですか?」俺が水を向けると、ザルドロンは端的に返答した。「お主が戦った相手について知りたいのじゃよ。その者は魔法を使って来たのだろう。最初は炎の弾丸、次は頭上からの落雷。術者の面相と出で立ちは銀色の兜と銀色の胸当てを纏っていた。細身の身体で、顔は瓜実顔で目元は吊り気味、端正な顔立ち。それで間違いないか。」ザルドロンは性急に問い建てた。俺が工兵部隊本部で供述した内容の再確認と言う事か。

「間違いないな。暗い中でも僅かに全身が光っていたのを覚えている。あれが魔法のオーラって奴なのかな?」俺は見たままを供述した。

「ふむ・・・。意図はわからんが、その者の正体はわかる。そ奴は遥か北の荒涼たる大地に割拠する混沌の大魔術師タウロンの使徒であるカオスの魔法剣士レイヴィンドで間違いあるまい。」ザルドロンはそう語った。


 カイアス隊長はその言葉を聞いて愕然たる表情になった。「と申しますと、我らは異国の勇者に狙われたと言う事なのでしょうか?」、俺は一瞬口を挟んで来た隊長が叱責されるのではないかと心配したが、ザルドロンは鷹揚に頷くと、「左様、この部隊にたまたまレンジョウがお忍びで入っておったから、人死には最小限で済んだようだが、かかる事情であったとわかれば、工兵部隊を単独で働かせるのは今は危険であろうな。儂は、アリエル姫から作業を続行するか否かの決定権を委任されて来た。申し訳ないが、道路工事は中断して、皆でノースポートに帰還して貰う。以上、ここで決定した。工兵部隊の本隊にも、今からそれを告知しに向かう事にする。」と告げた。


「そんな訳じゃから、お主も帰って貰うぞ。工事が中途半端になったのは成り行き故じゃ。そして、出発前に申したとおり、王城を離れるのは今回だけじゃからな。約束は守って貰う。」ザルドロンはそう俺に釘を刺して来た。頷くしかなかった。

「では、早速動くことにしようか。隊長殿、本部に同道を願いますぞ。」またもや、カイアス隊長は袖で汗を拭いながら、ザルドロンを本部キャンプまで小走りで先導して行った。


*** 次回から、”現実世界”編に移行します。

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