第一話 異世界召喚
その日は・・・まあ、来るべくして来た日だった。
その日、俺達の親父が死んだ。実の親じゃないが、俺達の面倒を見て、仕事をくれて、相談に乗ってくれて。本当に親代わりになってくれた人だった。
懐が深く、厳しいが心に染みる本当の優しさを持った人だった。
病気を忍て、必死に営業をしてくれた。営業先の建築業者の人達からも一目も二目も置かれていた。
実の両親が揃って死んでしまった事故以来、俺の心に起きた事が無いほどの寂寥感と口惜しさ、後悔が沸き起こって来た。
これだけの事々を俺達にしてくれた、あぶれ者やゴロツキ一歩手前の荒くれ達をまとめ上げ、使ってくれて・・・。恩の返しようがない。そんな人だった。
白い布を掛けられた物言わぬ亡骸は、会社のプレハブ社屋の中で、ここ数年めっきり涼しくなって来たとは言え、まだまだ9月の暑い中をクーラーで必死に冷やして、通夜の参列者を待っている。
親父がこまめに記入していた得意先ノートには、それぞれの連絡先と世話になっていた偉いさん達の名前が記されていた。
俺の後輩と言うか、舎弟である鹿子木が、今もそれらの連絡先に電話をかけまくっている。だが、相手さんもそれぞれ忙しいのだから・・・何人が通夜や葬式に参列してくれるものか、知れた事ではない。
何とも俺が悔しく思えてしまうのが、親父の連絡先に親族や知人の連絡先が全く見当たらなかった事だ。鹿子木もいろいろな資料を精査してくれている。
こればかりは、親父が生きていたら絶対にできなかった事だ。が・・・。
ふと思考の合間に社屋の中を見渡してみて、つくづく思う。
こんなに狭い社屋で、こんなにも天井が低かったのかと。胸に迫る何かがあった。
それからは通夜の為の準備に忙殺された。少しだけでも、飲み物と酒を用意した。
葬儀屋は大急ぎで寺と掛け合って、安い金なりの位牌と戒名を用意してくれた。
親父は浄土宗、俺と同じ宗派だった。
ほっとしたところで、更に時は進む。そして、葬式の最中に連中は現れた。
喪服も、スーツも着ない、ふざけた格好の連中を連れた身なりの良いやくざ者が。
そして、なる様になった。怒りに燃える俺は、その時、そんな輩どもに後先を考える程に賢明ではなかった。その時は・・・。
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気が付くとそこは薄暗い石作りの大きな部屋だった。
まるで映画のセットにしか見えない大きくて天井の高い部屋。
僅かな灯りが石の壁に据え付けられた奇妙な照明器具らしき代物から発せられているが、その位置は2メートル半ほどの高さで、天井は更にその2メートル以上も上だ。
冷え冷えとした空気と静寂。俺はそんな部屋の冷たい床に寝そべっていたらしい。
頭の中は?マークで埋め尽くされているが、とにかく立ち上がってみた。
「聞こえますでしょうか?私の声が聞こえますでしょうか?」俺が立ち上がるのを待っていたかのように、その声が聞こえた。
「勇者様、私の声が聞こえますでしょうか?」俺がその声を耳にした途端、理由はわからないが、身体に凄い震えが走った。声の方向に向き直る。
そこに居たのは、長い髭の杖を持った老人、大きな布らしきものを持ったメイド姿?の女、そして、金髪菫眼の儚げで美しい少女だった。
「聞こえてるさ。」と我ながらぶっきら棒な答えとなった。頭がぜんぜん回らない。
「良かった・・・。」ほっとした様に胸を撫でる少女とは対照的に、老人は「勇者が生身以外で現れるなど」と早口でわめいており、メイドは「不敬な・・・。」と唸りながら目尻を吊り上げている。
「ところで、ここがどこだか尋ねて良いかな?」お互い初対面ではあるが、俺的には自己紹介から始めたい気分じゃなかった。
「まず、汝の名を名乗らっしゃい!」老人が俺の問いを遮って一喝する。よし、今後こいつは老人ではなく、ジジイだ。
「俺の名は蓮條主税だ。さあ、俺の方は問いに答えたんだから、ここがどこだか教えてくれ。」また気色ばむジジイとメイド。それを少女は手をかざして制止した。
「ここはラサリアの国の首都ノースポートです。この部屋は王城の中の”召喚の間”。そして、貴方様は、私が魔術で召喚した勇者様です。」少女は端的にそう説明してくれた。が、相変わらず訳がわからない。
「アリエル様。こちらのお部屋は寒うございます。一度場所を改めてはいかがでしょうか?」メイドが少女にそう囁く。横のジジイは確かに寒そうにしている。
「そういたしましょう。レンジョー様、ご同道願います。」俺は「わかった。」とだけ返事を返した。見れば足元には荷物が転がっている。宿泊用の着替えや日用品の入ったボストンバッグ一つ、昼間に差入れられたラノベが20冊以上。
「まさか、これが原因じゃないよな?」心の中でそう呟く。まさか、ここは異世界で、俺が召喚されたってのか?