第3話 意外な伏兵
ソファーがテーブルを挟み2つ。俺とミィシャは扉から遠いソファーへと腰掛ける。
部屋の中は変わり映えしない至って普通の部屋。休憩室か応接室かなんかで使ってる感じなのだろう。
しかしまぁ…
「少し落ち着こうぜ。楽しみなのは分かるけど」
「うんうん!!」
体全体から落ち着けません、楽しみすぎるオーラが漏れだしてるミィシャ。目は輝いてまだかまだかと雄弁に語る。
俺も楽しみじゃないと言えば嘘になるけどコイツ程ではないな。
「うぅ、まだかなー!!」
「確かに遅いな」
かれこれ待つこと十数分。そろそろ来てもいい頃なんだが。
と、噂をすればなんとやら。階段駆け上がる音が聞こえ緊張を募らせる。
「す、すいません!!遅くなりました…ハァハァ…」
汗びっしょりで薄ピンク色のツインテール美女がドアを勢い良く開け入ってきた。いきなり濃い人がご登場だ。
俺は腰を上げ頭を下げる。それを見て自分もやった方がいいのかと驚き慌てて真似をする。
「そんなにかしこまらなくて大丈夫ですよ。どうぞ座ってください」
はにかんだ笑顔で対応し言葉通りソファーへと座る。そう言えばいつも来る時混んでる列があったがもしかするとこの人目当ての冒険者が並んで行列だったのか?
割と有り得る話しだよな。
「あ、あの…レイシャさん…?」
「ん?」
顔を赤く染めモジモジしている美女に疑問符を浮かべるがミィシャはなにやら俺をジト目で睨んでいる。俺何もやってなくない?
「あれ?ってか俺の名前」
自然に話をすり替え上手く誤魔化し違う話題へと移る。これはあの村で培った技術だ。
やたらとミィシャは俺に懐いてるからそれを妬む男の視線は痛いし強烈だった。そのせいで身についたスルースキル。まさかこんな所で役に立つとは。
「えっと…その…前々から存じておりました」
「……」
顔をより赤く染め俯く美女。そして徐々に鋭くなるミィシャの視線。ヤバい。ヤバい。
「あ!俺割とこのギルド来ますからね!それにゼルガと良く喋ってますし!!いやー流石は受付嬢さんだ!よく見ていらっしゃる!」
無駄に大きい声で笑いながら答え、どうにかして場の空気を変えようとする。しかしどうしてこうなってるんだ。俺なんもしてないのに。
俺が名前を覚えてないってことは面識も無いし覚える程度の事が起きてないってことだ。
「私…前に助けてもらいました…それで…」
「助けた…?え?俺が?」
コクリと頷く美女は落ち着きを取り戻し軽く笑いながら語ってくれた。
どうやら昔に俺が職を研究するためにこの街をすぐ出た草原でモンスターと戦闘している時、偶然襲われていた馬車を助けたことがあり、その馬車に乗っていたのがこの人だったらしい。危ないからと街まで同行したが…俺この人と喋ってない、よな?記憶にない。
俺が必死に思い出そうと唸っているとクスクスと笑い続きを語る。
「記憶に無いのも仕方ないです。あの時は御礼金も貰わず感謝の言葉も聞かずに颯爽といなくなったのですから」
「あぁー…確かに何か長くなりそうだから逃げた記憶がありますね」
「レイシャ最低」
うっせぇやい。俺だってあの時は【万能者】の研究で忙しかったんだ。少しでも馴染むようにそれしか頭になかった。だから無駄な時間は出来るだけ使わないようにもしてたんだよ。
まぁ結果としてそれが[颯爽と去っていった]という図に出来上がったわけだ。
俺はそれをそのまま美女へ説明した。
「それでも助けてもらったのは変わりありません。この場で申し訳ないのですが改めて。レイシャさん、助けてくどさりありがとうございました!」
顔だけでなく性格まで良いときた。こりゃモテますわ、並んででもこの人と話したい、顔を見たいって冒険者が出てくるのも頷けるわ。
こうして改めて礼をもらい本題の冒険者登録へと移る。
テーブルに出された紙に記入して少ない質問に答えをスムーズに登録は運ぶ。
「では最後にこの等級プレートをどうぞ。失くした場合はこちらで確認している等級からのスタートとなりますのでご注意を」
渡されたプレートには”十等級”と書かれておりどうやらこれが一番下の等級らしい。
等級を上げる条件は主に三つあり、1つが「クエスト」。難易度の高いクエストに行けばそれだけ早く等級は上がるがリスクは応じて高くなる。
2つ目が「ダンジョン探索」。
ダンジョンでしか手に入らないアイテム、モンスターや鉱石類。いくつかの条件を達成することで等級は上がる。
しかしダンジョンモンスターは地上のモンスターよりも比較的強い。あまり初心者にはオススメされない。
そして最後が「指定狩り」。
これはギルドが冒険者に要請するクエストで大きくわけて2つある。
「レイドボス」「危険指定魔物」の討伐である。
未だ確認されていない未知のモンスターは今でも増え続けている。特殊かつ強力なモンスターはギルドでは手に負えないと判断された後に冒険者へと「指定狩り」クエストが出される。
「レイドボス」は”十数人以上が絶対”と言われる程強く、危険なモンスター。
「危険指定魔物」はギルドが危険と判断したモンスター。等級クエストで貼り出される”危険”とは全くの別物。”全等級でも心してかかれ”という危険。
内容は似て異なる。そしてこの2つを兼ね備えてしまった絶対悪なモンスターを。伝説や英雄譚、物語で語り継がれるそのモンスター達を【災厄】と呼ぶ。
「ので、初心者さん達にはくれぐれも[クエスト選びは自分の実力より少し下]と思うモノをご選びください。そう釘をさしております」
「なるほどねぇ…」
無駄な冒険は避けろってことだな。
「ありがとう受付嬢さん」
「…リナ・チェリアです」
ん?
俺が腰を上げ扉に向かって歩きだそうとすると、ポツリと受付嬢さんの口から言葉が盛れる。
「私の名前。全然聞こうともしてくれませんでしたね」
後ろを向けば俺の顔を睨み頬を膨らませる受付嬢さん、じゃなくてリナさんがいた。
「あ、あぁ!そうだったそうだった!最後に聞こうとしてましたよ!!」
「うっわ白々しいなぁレイシャ」
ちょっと引いた目で見つめられ流石に俺も空笑い。だって忘れてたんだもん。仕方ないじゃない。
「私の名前を聞き忘れるなんてレイシャさんが初めてです」
「はは…面目ない」
上がらない頭を下げ俯く俺にコツコツと歩み寄る足音。
「ではギルドに寄ったら私をご贔屓に♪」
「むぅ…耳打ち…」
色気たっぷりな大人の声で俺の耳元で囁くリナさんに思わず仰け反り顔を上げる。この人色々危険だ、、、
不平不満たっぷりなミィシャを流し見、少しの微笑。扉を出るリナさんの顔は妙な淫靡さを纏わせていた。
これは魅了耐性が欲しいですね…。
こうして嵐の冒険者登録は無事終わった。