第0話 いざ冒険の旅へ
どうぞごゆるりと!
「おぉ!出たぞ!!我がエルデート村から最上職が出たぞ!!」
それはこの村の村長デルバ・アグア、通称アグ爺による村に響く叫び声だった。
もう結構な歳だが元気が有り余ってそこらの若い男より重労働をしているとんでも爺さん。
そんなアグ爺の叫びに村の人は駆け寄ってアグ爺が手に持った紙を覗き込む。
「あらホント!…でもおかしいわね。最上職の詳細が記載されてないなんて」
「きっと村長の娘のミィシャちゃんだよ!」
「いやいや!AA冒険者のファルルックさんの息子さんだぜきっと!」
そんな大人達の浮き足立った会話を他所に村長、アグアは1人悶々と考え込んでいた。
自分の娘の名前も上がり胸も高鳴っている。だがモヤがかかったように晴れない思考に怪訝な様子を見せる。
この世界では15~18になるまでに恩恵として”職”が与えられる。【戦士】【魔術師】【銃士】【技工士】etc…
戦闘向け、非戦闘向け。商業職、工業職、農業職。
多種多様な職がありその数は未だに増え続けているという。。。
”職”は与えられた者は共に成長しやがては進化を遂げ[第一次職]から[第二次職]、[第三次職]へ。そして最上職、[零職]となる。
職の進化は皆等しく平等…とはいかない。次の職へと進化するのに数年、数十年、進化できない者もいる。
そしてここ数百年で零職へと登った者は全部で百人にも届かないという。これが後世にまで語り継がれる英雄や勇者の類の者達だ。
アグアは妙な胸のざわつきを確かめるべく村の奥に”たった一人”住む少年の元へと走った。
「れ、レイシャ!レイシャはいるか!!!」
「なんだよアグ爺。うるさいな」
面倒くさそうにここにいると返事を返す黒髪の少年は丁度ご飯をよそっていた。
アグアは手にした紙をクシャクシャにしているのにも気づかずに靴を脱ぎ捨て少年、レイシャの両肩を掴む。
「レイシャ!お前の、お前の職はなんだ!恩恵を授かる者の中にはお前の文字もあった!」
アグアはやっと紙をクシャクシャにしていた事に気がつき慌ててシワを伸ばしレイシャへと見せる。
恩恵を授かる者の名前は記載されどその詳細は授かった者しか知ることは無い。のでアグアは直接レイシャの元へと訪ねたのだ。このモヤを確かめるために。
レイシャは朝ご飯を卓へと並べ、床に座り一呼吸置いてアグアも座るよう促し口を開いた。
「俺の職は【刀魂師】だよ」
「刀魂師…」
ザラに聞くありふれた職だ。
武器へと刀魂、要は力を込め本来ある力以上の可能性を見出す職。非戦闘向けの天性の鍛治職。
期待していた言葉とは全く別の回答が返ってきたことに一緒停止したがアグアは「急にすまんな」と一言謝りを入れまだ喧騒の鳴り止まない村の中心へと戻っていった。
「ははっ、最上職探しでもしてるんだろうかねぇ」
アグ爺の声は村の奥まったところにある俺の家にまで届いてくる大声だ。雄叫びかよってくらいデカい声。
正直どうでもいい話のタネ。だから気になりもしない。
両手を合わせ命に感謝して俺はご飯を口に運んでいく。
「呑気にご飯とは随分余裕なんだねレイシャ」
「…今日は訪問が多いな。俺なんかしたかよ」
家の天井から聞こえる声にため息を吐きつつ顔を向ける。
普通ならば絶叫でもして驚く場面も慣れれば何の反応も示さなくなるもの。垂れるブロンドの髪、翡翠の瞳。それなりの格好をして女神と言われても判断し兼ねるくらいの美貌の少女はレイシャの反応につまらないと頬を膨らませ降りてくる。
「ぶぅ。もう最近じゃ全然ビックリしてくれないからつまらないよー!…最初なんか転がって頭ぶつけてその拍子に小指ぶつけて悶絶してたのにさ」
「そりゃ真夜中に天井から「やっほー」とか言われて出て来られたら誰だってあれくらいの反応になるわ」
ジト目を飛ばせばバツが悪そうに「アハハ…」と苦笑いを浮かべ顔を逸らすが直ぐにお腹の虫と共にその顔はテーブルに並べられたごくありふれた朝ごはんへと向けられる。
お腹正直にぐぅ~と音を鳴らす。
「…食べるか?」
「うん!!」
その言葉を待ってましたと言わんばかりに目を爛々と輝かせ瞬時に俺とは反対側へと座る。まぁ俺ももしもと思いコイツの分は用意してある。
この残念美少女は村長アグ爺の娘で俺と同い年のミィシャ。
ミィシャは事ある毎に…っていうか週に3回は俺の家で飯を食べる。別にどこも同じ美味さだと独り言程度に呟いたがそれに聞き捨てならぬと小一時間説教されたことがある。
何故作った本人が怒られねばならんのだろうかと疑問にも思うがそれくらい美味いって褒めてくれてるってことだから良しとしといた。
「ほれ」
「へっへー!ご飯だご飯だ!!」
ワクワクと表情に輝きを見せるミィシャに苦笑しながら俺も席について食べ進める。
「で?何の用なんだ?」
「え!?」
いや、驚かれても困るんだけど。なんで用があるって分かるの的な顔をされてもさ。
こんな時期も時期な日に来れば誰だって何かあるだろうなって思うのが普通だと思うんだが。
ミィシャは食べる手を止め箸を置き何やら神妙な面持ちで顔を伏せる。
「なんだよ、早くしろって」
「えっと…その…」
いつもの元気さは何処へやら。萎れたように言葉をつっかえさせ話をきり出すか迷っている風にみえた。
「…要件があるなら早くしてくれ。俺は忙しいんだよ」
「なにか用事あるの?わ、私はそっちを優先させてもいいよ!」
「無理だよ」
俺の拒否の言葉に目を見開き驚く。あぁ、言葉足らずだったな。
「俺はこれ食った後にな、村を出るんだよ」
「え…?な、なんで!?」
勢いよく立ち上がり驚愕するミィシャは俺の傍まで周り問い詰めてくる。まぁそんな反応になるわな。
俺は今思っているままの事を全部話した。
それは前から考えていた恩恵を授かり”職”を手に入れたの予定、計画。
俺の両親は冒険者だった。旅先の街でのクエストで負傷した母を父さんが助けて二人はパーティーを組み様々な地へと向かいやがては惹かれ合い結婚した。
俺も生まれて冒険者は引退。とても充実した日々が続きました。めでたしめでたし…で終わればハッピーエンドだったんだけどな。
この村の近くのリゲンの森で魔獣と魔獣の争いがあり戦いに敗れた魔獣が衣食住を求めこの村を襲った。まともに戦える唯一の父さんや母さんは奮闘し魔獣を撃退したけど重い傷が多く相討ちって形で終わったんだ。
…父さんと母さんの最期は泣いて笑いながらこの世を去っていった。今でもあの時の記憶は鮮明に頭に残ってる。
まぁ長々と言葉を並べたが率直に言えば旅への”憧れ”が村を出ていくきっかけだ。
父さんと母さんが死んで5年。俺は17になって”職”も手に入れた。準備は遠の昔に出来ている。
「誰がなんと言おうと俺はこの村を出て旅に出る。父さんや母さんが見た世界を俺自身の目で見てみたい」
「そっか。レイシャらしいね」
何かが吹っ切れたような顔のミィシャはそれ以上は何も言わずにご飯を美味しそうに食べ進めた。
…何か嫌な予感がしたのはきっと気のせいだろう。
□□□□□
翌日の早朝。
「おっとおかしいな。俺の目には村の入口に寒そうにしながら立ってるミィシャが見えるぞー」
誰にも気付かれないように夜が明けた直ぐに村を出るつもりだったんだが。
息巻いていた足も重く進まなくなっていると俺の姿を見つけたミィシャが「おーい!」と笑顔で手を振って走ってくる。
「レーイシャー!!私も一緒に行くー!」
「そんなんだろうと思ったよ…アグ爺の許可は?」
「そんなもんはない♪」
歯を見せピースするけど…この子サラッと爆弾投下せんでくださいよ。
アグ爺の許可もないにも関わらず俺と同じ日にいなくなったとすれば真っ先に疑われるのは俺だ。
いつも明るく誰からも好かれる、カリスマと言った方がいいのだろうか。それと加え容姿と性格。これだけ揃えば好かれない方がおかしい話。
そんな歩く天然ひまわり畑が同年代の男と居なくなったら村の全勢力を上げて探されかねない。そんな追われるような旅は真っ平御免だ。
「アグ爺の許可を取ってから来なさい」
「えぇー!いいじゃーん!!」
駄々っ子のように駄々をこねる17歳の美少女は俺をぽこぽこと殴り懇願する。
「どうせレイシャとなんて許してくれないもーん!」
「なんだその他なら許してくれるって言い方…おい。こっちを見なさいミィシャ」
他の奴ならいいんですかーそうですかー。
ミィシャから問いただしたがどうやら俺は【刀魂師】という事で守る力に欠けるらしくミィシャは任せられないとの事。まぁ確かに一理ある。
「まぁ俺の心を抉るのはこのへんにして旅に出れんならいいじゃん。そいつらと行けば」
「単純につまんなそうだからヤダ。リュウレは下心丸出しで気持ち悪いし、ラトは絶対に楽しくないって断言出来るし」
酷い言われようですね。アイツらがいたらショック死しそう。
「じゃあフレッドと行けばいいじゃん。フレッドならそういうの一切なく完璧に近いと思うけど」
フレッドとはこの村に越してきたAA冒険者ファルルックさんの息子だ。強いし聞いた話によれば与えられた職は【聖騎士】。現時点でこの世界で確認されてる一次職の中では上位に食い込む戦闘職だ。
ミィシャは俺の問いにさっきの2人より一層嫌な表情を浮かべ首を横に振った。
「フレッドは見境ないからヤダ。それに隣を歩いてくれなさそう」
うーん。男の俺的には妬むくらい結構完璧だと思うのになあま。乙女心よく分からない。
それに。と笑顔を咲かせ付け足すミィシャは俺へとその笑顔を向け手を差し出す。
「私はレイシャといる時が楽しいの!世界が鮮やかに染まっていくようにいっつも私の心にワクワクやドキドキをくれるの!」
その笑顔はいつも見ているはずなのに不覚にもドキッとしてしまった。
「こらミィシャ!!何をしているんだ!!」
流石に話してるのでバレたか。
頭をボンバーさせたアグ爺が鬼の形相でパンツと下着だけで走ってくる。
連鎖するようにアグ爺の声になんだなんだと村のみんなが集まりミィシャと俺の姿を見るや鬼の形相で走ってくる。
「お父さん!!私レイシャと行きたいの!!」
「ダメだ!そんな奴に任せられるか!」
「そうだよミィシャ、俺と冒険の旅に出かけようぜ?な?」
ワラワラと集まり取り押さえるように徐々に距離を詰める。
フレッドの言葉はミィシャをよりやめて近づかないでオーラを増させるだけだった。ってかそんな奴って言われちゃったよ。全く村長がそんなんでいいのかね。
決意は意地でも曲げないつもりのミィシャにアグ爺は溜息を吐き仕方が無いと口を開く。
「少し手荒だが無理にでも帰ってきてもらうぞ」
アグ爺は手を上げ村の人はミィシャへと手を伸ばす。
ー…全く。俺も俺だよな。
「…なんの真似だ、レイシャ」
怪訝な顔を向けるアグ爺。
俺はミィシャを庇う様に前へと足を踏み出し頭を掻く。
「いやぁ、本人から直接のご指名なんでね~。仕方ないでしょ。ねぇ?俺以下の人達さん?」
「…それは俺に向けてか?」
腰に提げる剣に手をかけるフレッド。それに続き戦闘態勢に取るリュウレやラト。
目をパチクリとさせまさか庇われるだろうと思ってもいなかったミィシャは驚きを隠す気もなく口をぽかんと開けていた。
「えぇい!どかないのなら痛い目に遭ってもらう!これもミィシャお前の為だレイシャ!」
号令を飛ばし襲ってくるフレッド達。本当に酷いこって。いき過ぎた愛は歪んでしまうとはこの事だよなぁ。
モンスターペアレントと化したアグ爺にやれやれと首を振る。
「俺を目の前にしてそんな余裕があんのかよ!!ミィシャを連れていきたいなら俺くらい簡単に倒せるようになるんだな!!」
「はーい」
「…へっ?」
…………。
「「「「「へっ?」」」」」
いつの間にか地面へと転がり何が何だか分かってないフレッドと他。同じく全く何も分からないアグ爺にミィシャはアホみたいな声でアホみたいな表情になる。
「え!?レイシャ何をやったの!?」
「いや、ただ転ばせただけだろ」
その一言で片付けていいものかは分からないがフレッドが鞘に納めた剣を振りかぶったと同時に背後にまわって背中を蹴ったなんだよな。
「き、きっと何か汚い手を使ったに違いない!!でなきゃ【刀魂師】風情のコイツに【聖騎士】の俺が転ばされるわけない!」
「卑怯なヤツめ!!」
「下衆が!」
最後の二言はそっっっくりそのままお返ししますよ。
だけどそう言いたくもなるよな。バリバリの戦闘職【聖騎士】であるフレッドが非戦闘職【刀魂師】の俺に一瞬でも掛け合いで負けたんだもんな。
だけどひとつ言わせてくれ。
「誰が【刀魂師】だけなんて言ったよ」
ニヤつきながら言葉を吐き俺は三人を気絶させた。
何もかも、意味が全くわからないと混乱している村の皆を流し見、呆けるミィシャを抱きかかえ村から走った。
「ふぇ!?レ、レレレイシャ!?」
コロコロと変わる顔だな。取り外し可能なのかよ。
呆けた顔から一点、頬を真っ赤に染めながら恥ずかしがり顔を隠す。
「ったく。連れ出してやったってのにお礼の一つも無しですかお姫様」
「ふぇぇ!?お、お姫様…?でもレイシャのなら…」
何言ってるのこの子。
「頭が遂にメルヘンになったのかい?早く現実に帰ってきなさい」
暫くしてから正常に戻ったミィシャは降りる気もさらさらなく俺の腕に納まっていた。
村との距離は大分離れたけど追ってくる気配も見せないから諦めたんだろう。まぁアグ爺の条件は”強いかどうか”だったからなぁ…。流石にフレッド達を倒せば文句は言われまい。
「ねぇ。そう言えば【刀魂師】だけじゃないってどういうことなの?」
「やっぱ気になっちゃう?」
頭を上下に振り驚きより面白いが目立つ表情で言葉を待つ。そんな期待されても…
俺は目の端に丁度手頃なモンスターを見つけミィシャを降ろす。語るよりも見せた方が分かりやすいし納得もしやすいだろう。
「よく見とけよな」
「うん!」
腰に提げたポーチに手を入れ中から小さい型どられた鉛を取り出す。
それを口に咥え俺はモンスターに向けて構えを取る。
何をしでかすのか楽しみとキラキラに目を輝かせるミィシャにもう何度目かもわからないため息を吐きながらイメージする。
弓とは違う、遠距離専用の武器。母さんが愛用していたあの”銃”を。
「”顕現するは紛いの真”」
イメージはやがて形となり色濃く浮かび上がりその手に重さを伝える。
口に咥えた鉛をその銃へとセットしトリガーに手をかけ狙いを定める。弓で言うところの弦だな。
そして標準を合わせ銃口がそのモンスターを捉えれば、見切る事は並のモンスターでは不可能な超速度の攻撃が鈍い音と共に迫る。
それは一瞬の出来事。
一連の動作よりも数段早い攻撃速度。
「俺は【万能者】そして【刀魂師】。二つの恩恵を授かったんだよ」
その数秒後には人生で1番の絶叫を耳にした俺であった。親譲りな声ですねほんと。