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3話

 エミィに連れられ辿りついたのは、俺が想像していたよりもボロい宿だった。ブロックを歪に重ねたようなその外観は、風が吹けば倒れてしまいそうな頼りなさだ。俺はここについて、ボロい宿としか書いてないはずなのだが。


「うわぁ……」


 思わずそんな声が漏れ出た。


「ここしか無いんだから贅沢言わないでよね。バレたらヤバいんだから」

 

 この宿に泊まろうにも、エミィは一人分の代金しか払っていないので、俺が泊まるには2階の部屋の窓から侵入しなければならない。つまるところ不法滞在だ。


 しかもその部屋というのも、何かあるわけではなく、三畳程度の床があるだけだ。ベッドなんて上等なものは当然置いていない。

 床も非常に堅い。寝返りを打つたびにゴリゴリと骨に響き、寝るだけでHPが削られることは請け合いだ。

 室内には虫が飛び回り、衛生環境という言葉とは一切無縁だ。現代なら営業停止は免れない。


 主人公は粗末な部屋だなと思って、あっさり寝たと書いたが、よくこの部屋で寝れたなと、自分で書いておきながら思った。仮にこんな部屋に1ヶ月もいたら、簡単に病気になってしまうだろう。

 

 それらは今愚痴ったところで致し方ないことなので、とりあえずおいておこう。誰が悪いかと言えば作者(おれ)が悪い。


 問題は目の前で警戒心を露わにして睨みつけてくる彼女だ。俺とこんな狭い部屋で雑魚寝をしているのだ。警戒する気持ちも分からなくはない。どうせ物語の世界ならば主人公の容姿にして欲しかった。少しは印象がマシだったろうに。


 朧気な記憶を何とか引っ張り出してプロフィールを思い出す。


 名前 エミィ 性別 女性 年齢 19歳前後 身長 150程度 職業 冒険者見習い

 ・性格はよく言えば快活、悪く言えば単純

 ・一旗上げようとこの街に来て約1週間 

 ・あわよくば玉の輿を狙っている 

 ・身長のせいで幼く見られることがコンプレックス

 ・主人公に多少の好意を持っている


 最後以外は概ね合っているはずだ。主人公が俺でなければ、最後も合っているのだが。

 更に一つ付け加えるならば――彼女が二日後に死ぬということだ。


 エミィの死のイベントは、本当に最序盤のイベントだった。初めてこの世界での人間の死を描写した。

 三日目にして自分の力に浮かれる主人公に、身近な人間の死を打ちつけることで、この世界が現実であると分からせるための、これまたありがちなシーンだった。最初のちょっとしたカタルシスに過ぎない。

 出来るだけ凄惨な死にしたかったので「顔は誰だか分からないほどに腫れあがり、身体は裂け、無理やり引きちぎられたような断面をしている」と書いたはずだ。

 この時の作者(おれ)の気持ちはというと、とりあえず殺しておくかくらいの軽い気持ちだったのだ。こういった異世界転移ものには、そういった展開がありふれていて、テンプレートをなぞるか、程度の気持ちで書いた。


 そもそも俺が書いたこの物語は、異世界に来てしまった主人公が、元の世界に帰ることを目指して不思議なダンジョンの奥地、願いが叶うという最深部を目指して、いくつもの出会いと別れを経験し冒険していく物語だ。

 どこかで聞いたような設定を詰め合わせたオンパレード。そんなに出来はよくなかったが。

 最終的に主人公は最深部へ辿りつき、願いを叶え元の世界へと帰還する。


 つまりストーリー通り行けば、俺は元の世界に帰ることが出来る。


 ただ、俺はそれを――自分の書いたストーリー――を甘んじて受け入れるわけには行かない。

 だって、ここは今の俺にとって現実であって、空想ではないのだから。この世界の臭いも風景も感触も、この顔の痛みさえも、悲しいほどに現実なのだ。目の前にいる彼女は、今ここに確かに存在しているのだ。

 俺は主人公のような風景を見たくないし、身近な人が死ぬなんて経験をしたくもない。主人公と違ってこの顔の痛みだけで現実感は十分だ。理解するイベントなんてものは必要ない。

 死が口を開けて待っているにも関わらず、それをただ呆然と見ているような人間にはなりたくない。


 それがたとえ――自分が書いたものだとしても。



 

「明日からどうするつもり?」


 エミィの言葉によって意識が現実へと引き戻された。

 ストーリー進行の上では、ここで主人公の強さを見込んだ彼女から、明日のダンジョン探索のお誘いがあるはずなのだが。どうやら自分はそこまで強そうには映っていないらしい。


 主人公との出会い方と、体格差を考えればそれも無理からぬことなのかもしれないが。主人公は180くらいで設定していたが、俺はちょっとごまかして170と言う程度の身長しかない。腕も足もおおよそ鍛えているとは思えない身体だ。


「それなんだけど……悪いけど、君について行っても良いかな?」


「……私が明日どこに行くか分かって言ってる?」


 現在のエミィの自分への評価は、無一文の田舎出身のお上りさんだ。そんなやつがいきなり着いてきたいと言ったところで、警戒するのは当然だ。面倒くさいやつを拾ってしまったといったところだろう。

 

「それは勿論。この街で泊まるってことは、ダンジョンに行くってことだろ。当然、俺もそれが目当てでこの街に来てるんだ」


 エミィは暫し悩んだ様子で思考を逡巡させている。


「どちらにせよ俺は金がない。どこかで稼がなきゃならん。じゃないと、明日もここに泊まることになるぞ?」


 それでもいいのか? と、半ば強制に近い形で迫った。


「それはよくない。よくないけど……」


 旗色は優勢、後少しで押しきれそうだ。ここは下手にでて畳みかけていく。


「明日1日だけ、最初の入り方とか、換金の仕方とかをね、先輩である君に聞いておきたいのさ」


「ちょっと待って、ダンジョンに入るって言うけど、アナタ無一文でしょ。入るのにお金がいるのは知ってるでしょう? それはどうするの?」


 いや、知らなかった。思わずそんな言葉が声に出そうになった。

 そんな地味な設定があったような覚えがある。物語の最初の頃は確かに、そんなことを一々描写した気がする。後半になるに連れて、面倒になって描写しなくなったのか、記憶が曖昧だ。

 途端に戦況は様変わりした。俺は勢いを失った口ごもった様子で言った。


「それは…………悪いけど――」


「私に払えと?」


「うん……。いや! 絶対明日中には返します。絶対返せるから、そこは安心してほしい」


 どちらが助けたか分からないような状況で、拾った男は宿に転がりこみ、金まで貸せと抜かしたわけだ。それは彼女の視線がこんな――詐欺師を見るような目つき――になるのも致し方ないことだ。

 エミィは痛いほどの疑いの眼差しで俺を数秒見つめた後、諦めたような大きなため息を吐いた。


「分かった、明日一日は貸しましょう。ただし――」


「ただし?」


「返せる見込みがないと判断した場合は、奴隷商にでもなんでも売り飛ばして返してもらうから、覚悟しておいてね」


 最後におやすみと言って、それ以降彼女はこちらを向くことはない。

 堅い床に背を預け、明かりもない天井を見上げた。ところどころ穴の開いた汚らしい天井。穴の奥にはどこまでも終わりの見えない闇が広がっていた。この先の俺を暗示するかのように。

 今夜は眠れそうにない――。


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