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2話

「ア゛ア゛ァ……?」


 笑い声に反応したのか、歪な声を漏らしてチンピラは俺に振りむいた。

 本来は主人公がこの光景を目撃した段階で、衝動的にこの男を殴り飛ばし、少女を助ける場面だ。同時に不思議と強くなった自分の力を自覚する。主人公の正義感と力を、とりあえず読者に見せるよくありがちなシチュエーションでもある。

 俺は衝動的に殴ったりはしなかったが、気づかれたならばどちらにせよ戦闘は避けられなさそうだ。

 

「何見てんだオマエ」


 男はのそりと立ち上がって、苛立ちながらこちらを威圧してくる。

 どこぞの格闘家か、と言いたいほどの筋肉の鎧に覆われた男が目の前に立ち塞がっている。実際目の辺りにしたら怖い。だって俺はただのもやしっ子だ。本来なら敵うはずもない相手だ。

 ストーリー通りならばきっと何とかなるはずだが、それでも怖い。力が上がっていることを確認していないのだ。

 かといって凍らせれば彼は死んでしまうだろう。部分的に凍らせるなんて器用な真似は、咄嗟に出来る気がしない。

 部分的に凍らせたとしても、その部分はおそらく凍傷で切断することになるだろう。そんな危害を他人に加えるなんてことは、現実になるとおそろしくて出来ない。


「邪魔すんじゃねェ!」


 部厚い腕から、破壊力抜群の拳が振り下ろされた。見た目から鈍いかと思ったらとんでもない。速度は力に比例してものすごく速い。触れただけで骨が砕けそうだ。

 俺は何とかその拳を避ける。思ったより余裕がない。おかしいな、主人公は楽勝で避けていたはずだが。

 第二撃に至っては避けられそうにないので、左手で拳を掴みにかかった。


「痛ッ……!」


 バチンと手のひらに衝撃が走った。いくら強化されていても痛いものは痛い。だが何とか掴むことは出来た。

 ここからは掴みあいだ。力比べならばきっと俺に分があるはずだ。

 目一杯力を振り絞って相手を押し切ろうとするが、どうも勝っている感じがしない。それどころか若干押され気味だ。じりじりと外へ外へと追いやられていく。

 こうなると、喧嘩慣れしているであろう相手の方が余裕が出てくる。反対に俺の思考はネガティブになり力が抜けていく。こんなに競るとは思っていなかった。確実に勝てるような相手ではない。恐怖心が芽生えだした。

 弱気になった隙を相手は見逃さない。


「アガッ……!」


 瞬間、地面に叩きつけられた。ガンとした衝撃が襲い、視界が揺れた。


 考えてみれば、アウトドア派運動神経抜群の主人公と、インドア派運動神経壊滅の俺では素材が違うのだ。仮に俺の力が元々1だとしたら、主人公は5だ。そこにこの世界に来て身体能力が10+されたところで、11と15の差は埋まらない。俺が主人公ほど強いわけはないのだ。


 頭が痺れる。視界に赤が混じってきた。痛みから地面でのたうちまわっている間に、男は少女にしたように俺に跨った。完全にマウントポジションだ。こうなれば素人の俺が抜け出すことは不可能に近い。


「このクソガキが」


 無慈悲な拳が一度二度三度と振り下ろされる。その度に視界に混じる赤の量が増えていった。もう為すがままだ。一撃貰うたびに思考能力が奪われていく。連撃の中、目を開けることすらままならない。顔面の感覚はもうなかった。

 

――ゴンと、音がした。

 

 路地裏に響く鈍い音。顔面に次の拳は振り下ろされなかった。おそるおそる目を開けると、暗い路地を背に立つ少女が一人。その両手にはティッシュ箱ほどの大きな石が握られていた。

 男は脳しんとうでも起こしたのか、ピクリとも動かない。無防備な頭に二度三度と石が振り下ろされた。三度目についにどろりとした鮮血が溢れだした。

 目の前のスプラッタな、ファンタジーさの欠片もない光景を、俺はただただ見ているしかなかった。

 少女は焦燥した様子で握っていた石を放り投げ、俺の手を引いて言った。


「何ぼうっとしてんの!? 早く逃げるよ!」


 言われるまま、俺はまだ残る顔の熱を感じながら、薄暗い路地裏を逃げるように駆けだした。振り返る気は微塵もなかった。振り返ったらそこには、逃げ切れない現実が待っている気がして――。

 

 陽のあたる場所に出ると、夕陽の熱が顔に染みた。痛みの感覚が戻ってくる。表情を作ろうとするだけで、ガンガンと未だ殴られているかのように顔が痛い。

 顔を押さえ出した様子を見て、手を離し少女は立ち止まる。

 

「大丈夫?」


 大丈夫とは、とてもじゃないが言えなかった。そもそも喋ろうとするだけで痛いのだ。答えるのも辛い。攻める気はないが、俺の視線は恨めしそうに見えたのかもしれない。

 

「いや、まあ……悪いとは、思ってるよ。私に出来ることがあったら言って、お金はないけど」


 あまりばつの悪そうな顔をされるとこちらが困る。元をただせば彼女をこんな目に合わせたのは、この作者(おれ)なのだから。

 ここに至るまでの差異はあるにせよ、彼女の申出は自分で書いた覚えがある。その時の主人公はこんな情けない姿はしていなかったが。颯爽と男を一撃でKOしていたはずだ。

 ここから何をしたんだったか。自分で書いたものだが、こんな序盤のチュートリアルなんて覚えていない。何とかここからの展開を思い出してセリフを捻りだす。


「そうだな……悪いけど、今日泊まるところがないんだ。一日だけ泊めてくれないか」


 ちょっと棒読みが入ってしまった。台本のセリフを読んでいるようなものだ。演劇部でもない俺には、感情を込めてというのは難しい。

 ここでストーリー通りならば、そのまま快諾で今日は彼女の部屋に泊めてもらえるはずだ。


「うーん……まあ、いいよ」


 思った反応とは少し違った。暫し悩んだ様子で俺の顔を値踏みするように見て、仕方ないといった風な了承だ。

 確かに俺の顔は主人公と比べたらイケてないだろう。しかも出会いの仕方も、颯爽といった登場の主人公と、どちらが助けられたのか分からないボロボロの俺では、印象が違うのも当然に思えた。どちらの方が乙女心をくすぐるかは明白だ。男に襲われた後に男を泊めろというのは、配慮のない話かもしれない。


 顔の痛みは多少マシになってきたが、今度は森で刺された右腕の痒みがぶり返してきた。


 右腕を掻きながらふと考えてみる。さて、彼女は何者だっただろうかと。この記憶の薄さはメインキャストではない。いわゆるモブキャラと呼ばれる、序盤のイベントのためだけの存在だっただろうか。であれば、名前が出てこないのも不思議な話ではない。そもそも名前を設定していない可能性だってある。


 そんな疑念は、彼女が直後に名乗った名前によって払しょくされることになる。同時に、回復してきた俺の視界は、再びぐにゃりと歪むことになった。

 なぜならその名前は――


「あー、自己紹介がまだだったね。私の名前はエミィ、よろしく」


 作者(おれ)が虫けらの様に殺したキャラクターの名前だったからだ。



 


 


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