表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/5

1話

 すっかり陽は傾き、熱い燃えるような夕日の紅が眩しい。ようやく街らしきものに辿りついた。

 森を抜けると街道もないのに、いきなり街が出現したのだ。おそらくは街道がない道なき道を通っていたのだろう。

 ただ、驚いたのは街よりも自分の疲労度だ。疲れてはいるが、思ったよりマシだ。もう一歩も歩けないまでは行かない。足が棒になる手前だ。

 ここで自分の書いた小説の主人公なら、感動のあまり叫んでいたところだが、人がいる中で叫ぶなんて小心者の俺には出来ない。そんなの危ない奴でしかない。

 幸い道端の言語は問題なく聞き取れる。文字だってなぜか読める、とりあえず問題はない。――金がないこと以外は。

 この街はお世辞にも治安が良いとは思えない。


「――昨日ぶっ殺してやったよ。あんまり喚くからよ」


「――3日前辺りもそこら辺に死体があったけど、臭かったよな」


「――ここカイナではよくあることだろ」


 こんな言葉が飛び交う街の治安が良いわけはない。聞こえなければよかったとさえ思う。

 

 だが、とりあえずそれは置いておこう。それよりも重要なことが他にある。


 会話に聞き耳を立てた限りでは、この村か街か知らないがここの名前はカイナというらしい。

 ぐにゃりと視界が歪んだ。吐き気がする。というより吐いた。俺がよく知っている名前だ。誰よりも俺がよく知っている名前だ。

 うっすらと予感はしていた。落ち着いて、冷静になって、森の長さを飛ばして考えてみる。目が覚めた草原と、黒い狼、そして俺が使っているこの能力。全てを繋ぎ合わせて考えてみる――までもない。カチリとピースは嵌まった。


 だって、だとしたらここは異世界でも何でもないんだ。異世界だけど異世界ではないんだ。


 俺はこの結論を払しょくしようと、必死に駆けだした。長旅の足は悲鳴を上げているが、そんなものは無視して走り続ける。


 景色が流れていく。こんなに速く走れただろうか。その疑問さえも全てを証明するピースでしかなかった。

 かすかに女性の悲鳴が聞こえた。聞き覚えはないが、知っている悲鳴だった。この悲鳴が、この時間に、この街で起きることを知っている。


 これは最後の望みだ。おそるおそるその悲鳴の主を探した。


 そして夕暮れの影に染まる汚らしい路地裏で、それを見てしまった。この風景を俺が書くとしたらこう書くんだ。『筋骨隆々の男が少女の上に跨っていた。少女の表情には恐怖の色が浮かんでいた。これから何が起きるのかは明白に分かった』

 

 だって俺は実際にそう()()()()()()()――自分の書いた出来の悪い物語の中で。

 この風景も、この悲鳴も、この状況も()()()()()()()()()

 膝から力が抜けた。固い、舗装もされていない地面に立ちつくし、自嘲めいた笑いが出た。


「はっ、ハハッ……」

 

――ここは俺が書いた物語の中の世界だ。



 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ