魔法を試せ!
晴天の大海原を巨大な竜が滑るように飛ぶ。
先程まで居た城は遥か後方に豆粒のようだ。
凄まじいスピードに海面は割れ、白い飛沫をあげている。
「なあジハード。」
「ん?何だリュウよ。」
「今結構スピード出てると思うんだけど、どうして俺はお前に乗ってられるんだ?」
「かっかっ、それも我が魔力の一端よ。お前らヒトはか弱いからの。障壁を張って風をいなしているのだ。」
「魔力って万能なのな。」
「まあ魔力障壁くらい鍛えれば誰でも出来るでの。ほれ、スピードを上げるぞ。」
「ふうん。なら俺にもできっ、るああああああぁぁぁ!!!」
ぐんっと体が後ろに引っ張られる様な感覚と共に周りの景色が線になる。
「おっ!おいっ!いくらなんでも早すぎだ!」
「かっかっ。何の何の、まだまだ序の口よ。ほぅれまだいくぞー。」
「のぉおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!」
さらにスピードを上げたジハードの周りにはヴェイパーコーンが発生し、亜音速の衝撃波を撒き散らす。
リュウの悲鳴は亜音速飛行の爆音でかき消され遥か彼方に消えていった。
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「その、すまん。久しぶりに外に出たもんじゃからな、気分が良かったのだ。許せ。」
青い顔で木にすがりつく俺の背中をさすりながらジハードが謝る。
「うっぷ。てめぇ、覚えてろよ。」
涙目になりながら胃の中身を全てぶちまけた俺には精一杯の反撃の言葉だった。
「まあ、そう言うな。お陰で2日の移動が半日で済んだではないか。」
「俺はのんびりでも全然構わなかったんだが。」
ようやくムカムカが落ち着き、辺りを見回す。
背後には断崖絶壁と大海原、正面にはうっそうと茂る森が広がる。
「ここは?」
「ふむ。ちょうど降りれそうな崖じゃったからの。おそらく大陸最南端の森、名前はなんじゃったかな、まあどうでも良い。この森を抜ければ町があるぞ。」
「そこまで飛べば良いんじゃないか?」
「そうしたいのは山々じゃが、我が飛来すると人間どもはパニックになるでの。国中で討伐隊が結成されて戦争スタートじゃ。」
「ああ、確かに。しかしこの森を抜けるとなるとちょっとキツくないか?」
そう言って森の方を見ると怪しい鳥の鳴き声とたまにガサガサと何かが通る音がする。
「まあ魔物ぐらいはおるだろうが問題無いじゃろ。崖沿いを歩けば漁村くらいあるだろうて。」
「ふーん。まあ行ってみるかね。とはいえ…」
チラと足元を見る。裸足だ。身に付けている道着はボロボロですすがこびりついている。
「ちょっと待ってろ。」
そう言うと道着を脱いで右側の袖を剣で割く。
「ジハード、こっち来い。」
「なんじゃ?」
トテトテと寄ってくるジハードの格好も酷いもんだ。布一枚に裸足。ここが元の世界なら事案発生お縄頂戴だ。
「足出せ。」
「?」
スラリとした足が差し出される。おい、あまり足を上げるな。何かが見えちまう。
道着の切れ端をくるくると巻きつけていく。
「気休めだが何もしないよりマシだろ。ほら、反対も。」
「お前、フェミニストか?」
「そんな大それたもんじゃねぇよ。ついでだ。よし、出来たぞ。」
裸足に布を巻いただけだが幸い道着は厚手の生地で出来ているので少しばかり歩くだけなら問題無いはずだ。
「かか。苦しゅうないぞ。」
よくわからんが機嫌が良さそうだ。ぴょんぴょんと飛び跳ねるジハードを横目に自分の足にも同じように布を巻きつける。
「よし、じゃあ出発だ。えっと崖沿いとなると東側か西側どっちに行けば良いんだ?」
「そうじゃな、とりあえず東に向かって良いと思うぞ。どちらにも村はあるだろうが近いのは東側じゃ。丸一日歩けば見えてこような。」
「げぇ。そんなに歩くのかよ。丸一日なら着くの明日じゃねぇか。」
「我慢せい、なに、魔物が出ても儂がなんとかしてやるでな。これからの事を考えても野宿の一つくらい経験しとかんとな。」
「さっきからその魔物ってワードが気になるけどどんなのがいるんだ?」
「そうだの、基本的に南に位置しとるここは気候が安定しとるので多種多用じゃ。人型のゴブリンにオーク、獣だと魔狼やブラッドベアとかかの。陸上型のドラゴンもおるやもしれんな。まあ、楽勝じゃ。かっかっ。」
「楽勝ねぇ…。まあとりあえず行ってみようぜ、あとは野となれ山となれだ。」
「かか。儂がおるんじゃ。大船に乗った気分でおるが良いぞ。」
こいつ、またフラグ立てやがった。
そんなこんなで俺たちは東に向かって歩き出した。
のだが…。
「お、おい…。ここいらで一旦休憩といかぬか?」
「ついさっき小一時間したばかりじゃねぇか!」
ジハードは歩き出して30分で足取りが悪くなり、2時間を超えると息も絶え絶えでよたよたと老人のようになってしまった。仕方ないので長めの休憩を取り、『万全じゃ!』とか言ったので再度歩き出すと再び30分で音をあげてしまった。
「全く、最強の竜様が聞いて呆れるな。」
「ぐぬぬ、貴様、我を愚弄するか。このジハードの逆鱗に触れるとただでは済まんぞ。」
「足をさすられながら言うセリフじゃねぇよ。ほれ。」
ぐいっと秘伝のタイ式足ツボを押してやる。
「あひゃっ!も、も、もそっと!やさしゅうっ!うひゃぁぁ!」
「ほーれ、ほれ。かなり効くだろう?バイトで鍛えた俺の鋼の指先はそこいらの木の棒よりツボを刺激するぜ。」
盲目時代に地元の按摩師に弟子入りしてある程度人気だったんだぜ?トメさんの超合金肩こりを和らげられるのは俺くらいのもんだ。ああ、トメさんすまない。もしいつかまた揉めることがあったら20分サービスつけるよ。
そう物思いにふけりながらリュウの鋼の指先はジハードのツボを蹂躙していく。
「ぎょえぇぇぇぇぇぇェェェ!!」
森にはジハードの悲鳴がいつまでも響いていた。
それからしばらく歩いたあと、やっぱりジハードが音をあげたのと、夕暮れに差し掛かった事もあってここらでキャンプを張ることにした。
火を起こそうと枯れ木を集め、森の中にほんの少し開けた空間にがさりと置く。
「さて、どう付けるかだが…。」
チラとジハードを見るがぐでんとうつ伏せになったまま先ほどから動かない。
こいつ、本当に最強の竜なのか?体力なさすぎだろ。
はぁとため息を吐くとジハードがのそりと首だけをこちらに向けた。
「おい貴様、今儂に屈辱的な事を考えていたじゃろ?」
ジト目でこちらを威圧するが残念ながら全く迫力がない。
「いや?とても疲れているだろうから俺の究極足ツボフルコースを施術してやろうかと考えて所だ。」
「あひっ!そ、それだけはやめてたもれ。あれ以上の責はごめんじゃ!」
ジハードは青ざめた顔で首をぶんぶんと降る。
「冗談だよ。なあジハード、お前これに火を着けれる?」
ちょんちょんと木の枝を指差す。
「ん?儂がしても良いが貴様でも着けれるだろう?せっかくじゃからやってみい。掌を枝に向けぃ。」
言われるがままに掌をかざす。
「イメージを高めろ、枝がどんどん高温になっていくとな。集中じゃ。」
じっと枝を見つめる。枝を中心に温度が上がるイメージ。すると何かが枝の周りに渦巻くような感覚のあと枝から煙が出てきた。
「おお。出来た。」
「よしよし、上出来だの。その感覚を覚えておれ。全ての魔法はイメージじゃ。一応詠唱というものも存在するが基本的には己の魔力と比例して威力も高まっていくでの。」
「詠唱とは?」
「ふむ。例えば貴様が今使った火を起こす魔法をフレイム系統というがな。今この枝を燃やした威力を1とする。もう少し大きい火を2、続いて3。今貴様がイメージしとるのはそれじゃ。しかし詠唱を使えばそんな手間をかけんでも一瞬で5の火を起こせる。どれ。」
ジハードがすっと立ち上がると火のついたばかりの枝に手を向ける。
「フレイム!」
目の前で火柱が上がり遥か上空まで伸びた。
「あっちぃ!!!」
鼻先を高温の炎が掠め前髪が焦げる匂いがする。
何秒か後、炎はゆっくりと勢いを弱めやがて消えた。小枝があった場所は黒く焼け焦げ所々キラキラ光っている。
「どうじゃ?これが儂のフレイムじゃ。詠唱といっても千者万別での、威力も形も違う。儂の魔力は膨大なのでこのような威力にしとるが並のものがこの威力を使えばすぐ魔力切れで気絶じゃわい。」
かっかと笑うジハードはどこか誇らしげだ。
「お、おお。すげぇな。ところでジハードさん?」
「なんじゃ?儂の超魔力にやっと気づいたか?かっかっ。」
「あなた私が小一時間かけて集めた薪を全て吹き飛ばしたのですがもちろんあなたがまた集めて下さるのですよね?」
「…………。いや、これはの…」
「さっさと集めろ。でないと足ツボ地獄極楽大雪山下ろしにしちまうぞこのやろう。」
この後涙目でブツブツ言うジハードを尻目に薪を集め直した。
その後、再度薪に火を着け、魔法についての講義を受ける。
火を使う魔法→フレイム系統
水を使う魔法→アクア系統
風を使う系統→エア系統
土を使う系統→グラン系統
他にも雷や、氷、金属など多種多用な魔法が存在するらしいが基本的にはこの四大元素が元になるらしい。
そして大事な事は無から有は発生しない。
先ほどのフレイムの魔法は周囲の酸素を魔力で掻き集め着火したもの。なので室内などでこの大火力を使えば一気に酸欠になるし、アクア系統は空気中の水分を操るので砂漠などのカラカラ乾いた所では使えない。もちろん地下深くから吸い上げる事も可能ではあるらしいがそれこそ膨大な魔力が必要となるので一般的には使われないらしい。
魔法は万能であって全能ではないといったところか。
等価交換。覚えておこう。
「じゃあ空を飛んだ時に使った魔法は?」
「ふむ、あれは魔力の応用しゃな。儂の魔力を密集させ頭を頂点に三角錐状に形成したのじゃ。普段は質量をほとんど持たん魔力を固める事で魔力障壁としたんじゃな。」
「なるほどな、とんだファンタジーと思ったらなかなかどうして科学要素たっぷりじゃないか。」
「理解できたかの?話を戻すが詠唱は唱える事で操者のイメージをより早く具現化できる方法と覚えておくと良いぞ。戦闘ではその一瞬が勝負を分けたりするでの。」
ある程度ジハードの講義を受講し終えた所だった。
かさり…。
何かが近づく気配をリュウの耳が捉えた。
「何か来たな…。」
「…ほう?」
ジハードがニヤリとするが彼女は座ったままだ。
そんな彼女を意に介さず、リュウは構えを取る。
「2匹、4匹、6匹だな。」
囲まれている。6匹はそろりそろりと少しずつ近づいているがリュウの耳には位置や距離、それぞれの大きさまで筒抜けだった。
「ちょうど腹が減った所じゃ、おそらく魔狼じゃろうな。よし、儂が後ろ3匹じゃ。前3匹をやれ。」
「マジ?」
「余裕じゃろ?」
そういうとジハードはニヤリと笑う。光る八重歯がにくいぜ。
とりあえず後ろは気にしないでおくとしよう。もし後ろから不意を突かれたら今度こそジハードに足ツボマッサージだ。
「ふうぅぅ…。」
集中を高め、目を閉じる。
戦闘態勢に入ると余計な音は思考から離れていく。しかし、敵の足音、心音に至るまでがハッキリと聞こえてきた。
「チッ、チッ、チッ。」
舌打ちで距離を確認する。腰を低く落とし迎撃の準備を終えた瞬間…。
「ガァァァァァッ!!!」
敵が急接近してきた。
ここまで近づいてるのに吠えながら来るのかよ。
あまりにもお粗末な攻めに苦笑しながら魔狼に狙いを定める。
3匹の魔狼が林から躍り出てリュウに飛びかかる。
「ふっ…。」
刹那…。
3匹は3匹とも空中で絶命し、地面に衝突した際にはそれぞれが体を2つに泣き別れさせていた。
リュウは残心のまま剣を横薙ぎに構えたまま動かない。剣には血の一滴、毛の一本も付いていなかった。
「ふむ。見事じゃのう。」
残心を解いて振り返るとジハードは腕組み仁王立ちでこちらを向いている。
背後には爆散した何かの破片が散らばっていた。
「…これが魔物か?」
剣をしまいながら足下の魔狼たちを見る。
「そうじゃ、言った通り、余裕だったであろう?」
「うん、まあ。気配ダダ漏れだったし、攻め方もお粗末なものだった。一般的な魔物ってこんなものなのか?」
それを聞くとジハードは一瞬目を丸くして、
「かっかっかっかっかっ!!!」
なんか笑い出した。怖い子だ。
「そいつらはなリュウよ、魔狼の上位種、ダークネスウルフじゃ。確かランクはBじゃったかの。1匹でじゃ。」
「えーっと、それはAから数えてですよね。」
「何を言うておる。Fから数えてじゃ。其奴らを一瞬で片付けたお前はすでにAランク冒険者というところかのう。いや、その余裕っぷりからもっと上かもな。」
「まじすか。いや、まて。それはお前とこの間のエレメント契約ってやつをしたからだろ?」
「そんなもん関係あるか。確かに契約を交わしたが今はそれを使うてはおらん。今度機会があればそれも試してみようかの。」
どうやら俺はそこそこの魔物を簡単に倒せるくらいの力は持っているらしい。こんな犬コロ達よりうちの爺さんの方が何万倍も強い気がするのだが。
「さて、ちょうど肉も出来た、夕餉にして明日に備えるかの。」
「…これ、俺が捌くの?」
「当たり前じゃ、お前の獲物じゃろうて。儂のは木っ端微塵に吹き飛んだからの。」
「…てめえ、確信犯だろ。」
「はて、何のことやら。」
よし、いいだろう。ここは言うことを聞いといてやる。俺の鋼の指が唸るぜ。
その夜、森に何かの叫び声が聞こえ、旅人を震え上がらせる。その森は別名夜泣きの森と言われたとか言われなかったとか…。