契約とは何だ!
タイトルがあまりにもダサすぎたので変えました。
これで行くと思います。
俺にとって生まれて初めて見る女性の体はあまりにも刺激が強過ぎた。
興味が無かった訳でもないが、見えない事は相手の容姿より内面を意識するし、もとより自分には当分縁の無い事だと諦めていた節もある。
しかし、目が見えるようになった今、自分の今まで女性に抱いていた価値観ががらがらと音を立てて崩れていくのがわかる。
腰までさらりと伸びた銀色の髪に捻れた角が二つ。やや細い体つきはしなやかで、丸みを帯びた部分は強すぎない主張だが嫌が応にもこちらの視線を奪う。
女性というものを見たことはない、見たことはないが視覚で判断した脳は、目の前の女性が途方もなく美しいと判決を下していた。
こちらの反応に気付いた女性はニヤニヤと悪い笑顔を浮かべる。
「何だ貴様。もしや初心か?」
「うるせぇ!頼むから何か羽織ってくれ!」
「ふふふ、これは一つ弱みを握らせて貰ったかな?」
そう言うとジハードは骸の中をがらがらとあさりローブのようなものを羽織った。
「これで良いか?貴様も反省するがいい。こんな美女に屈辱的な言葉を浴びせ泣かせたのだからな。」
「いや、地響きのような声で我とか言われたら普通オスだと思うだろ。」
「それは貴様らの基準だ、我に言葉なんぞ意思疎通以外の意味は特に無い。そういえば先ほど貴様は我を好きに罵ってくれたがそういう事は考えなかったのか?」
痛い所を突かれた。
確かにジハードの言い分は一理ある。俺は自分の価値観を相手に押し付けていただけなのか?ジハードからしてみれば精一杯のコミュニケーションで仲良くしようとしていたのかもしれない。それを考えずに自分の感じたまま拒絶の意思をぶつけるのは躊躇すべきだったな。
お爺さん。俺はまたまだ修行が足りません。
一通り自分の中で結論を出すと姿勢を正し、ジハードに向かって両膝を合わせる。そしてそのまま上半身をすっと倒す。
「申し訳ない。」
少しからかってやろうと思っただけのジハードは、まさか土下座されるとは思わなかったのだろう。うおっとたじろぐ。
「な、何だ!やめい!大の男が土下座など媚びた真似するで無い!」
「これは俺の国に伝わる詫びの姿勢だ。土下座とは少し違う。形は似ているが媚びているわけじゃない。俺なりのケジメだ。」
半身を起こしジハードに向き直る。手は軽く握られ両足の付け根に、背筋はぴんと伸びて顎を引く。ジハードはこの正座という座り方も意味も知らないが気品ある只住まいに魅入っていた。
「全く、お前はやりにくい。」
「お互い様だ。」
お互い目を合わせふふっと笑うとジハードは契約の方法だが、と本題に入る。
「契約に必要なもの。それは血だ。遺伝子と言ってもいいな。お互いの魔力波長を合わせたうえで血を交換する。すると体内でお互いに足りない部分を補い、2つの生物が同調する。その際、より強い力が更新される為、人間の様な弱い種族でも魔物と同等の力を得ることが出来る。同調したからといってお互いの自我に影響も無い。まあそんなところだ。他にもいろいろあるが、まあ追々話すとしよう。」
「大丈夫なのかよ、それ。」
ぱんぱんと袴を叩きながら立ち上がる。
「案ずるな、貴様にとってのデメリットは無いと言って良いだろう。同調は我がやってやろう。ほれ。」
ジハードはそう言うと床に落ちている手頃な短剣をからんと放り投げた。刃物投げんなよ。
「指先でもちょんと切って血を出せ、一滴でもあれば十分だ。」
言われたとおり短剣を拾い上げると尖った切っ先を左の親指に押し付けた。利き腕は剣士のとしてあまり傷付けたくはない。
ぷくりと血が滲む。
ああ、血は赤いって聞くけどこれが赤色なのか。
指先の痛みより初めて見る血の赤が美しく、感動を覚えていた。
はっとジハードを見ると彼女も自身の親指をぎりっと歯で毟っていた。ワイルドだ。
「よし、では行くぞ。」
彼女の周りに何かが渦巻くのがわかる。
それが彼女の傷付いた親指に集まり、一点の光になる。
「ほれ。咥えろ。」
すっと輝きを放つ親指を差し出した。
「マジ?」
彼女の顔と親指を交互に見ると何かを察した彼女は悪い笑顔を浮かべる。
「なんだ?恥ずかしがることはないぞ?それとも我の指はそんなに魅力的かの?」
薄々気づいていたがこいつ、相当精神が幼い。言葉遣いに騙されるが、いいとこ高校生くらいだ。
ふんと鼻息を鳴らして、彼女の指を咥える。
血の味が口に広がると同時に自分の中に何かが巡る。これが魔力というものだろうか。しばらく身を委ねていると左の親指が熱を帯びてくるのを感じた。
「次はお前の番だ。指を出せ。」
言われるままに左手を差し出す。
光る指を彼女が口に躊躇無く含んだ。
お互いの体を先ほど感じた何かが巡る。
ぐるぐると回るそれが光の粒子になり竜巻のように二人を包む。
ジハードの長い銀色の髪が逆立ち、薄眼を開けて俺の指を咥える姿は官能的で美しく、神々しさもって俺の視界を支配した。
やがて徐々に光の竜巻が霧散していくと同時に、自分の体にとてつもない力の奔流が駆け巡る。
言い表せない高揚感が収まらず、それを抑えようとする自我がぶつかり合い身が強張る。
「ひょい。わひぇのゆひがこいひいのはわひゃるひゃ、ひょうひゃをひゃへられへへはひふほほにひゃってひまうひょ。」
俺の指を咥えたままジハードはジト目で何か言っているが、どうやら彼女の指を思いっきり噛み締めていたようだ。
慌てて力を抜き、彼女の指を解放すると彼女もまた俺の指を離した。
「やれやれ、初心過ぎるのも困ったものだ。」
歯型がついた指をぴらぴらと振りながら口を尖らせて呟く。
「す、すまん。つい力が入って。」
「ふふん、まあ仕様があるまいよ。なんせ貴様は今世界最強の力を手に入れたのだからな。どうだ気分は?」
腰に手を当て胸を張る彼女はどこか誇らしげだ。
「悪くない、というか何だろうな。何でも出来そうな気分だ。」
「かっかっ。それこそ我が力よ。文字通り何でもできるぞ。世界を征服する事も可能だろうて。」
いや、しねぇよ。
「とにかく我と貴様の契約は無事結ばれた。これからどうするのだ?」
「そうだな、とりあえずこの世界を知りたい。どこか大きめの街に行きたいな。ところでここは世界のどの辺に位置してるんだ?」
力の奔流を抑え感触を確かめながら体を動かす。
「ふむ、先刻言った通りここは世の果てだ。位置的には貴様ら人間が暮らす大陸から遥か南に位置しておる。我なら飛んで一週間というかところだな。」
「そんなにかかるのか⁉︎」
「まぁ落ち着け。一週間というのは貴様がいう都市までという意味だ。大陸の最南端迄は二日程で行けるだろうよ。小さな漁村も点在しとるからぷらぷら歩くのも一興だろうて。」
「お前、観光ついでじゃないだろうな?」
そう問いかけるとすっとジハードは目を逸らした。
「まぁ、いいか。いきなり都市に行くよりある程度この世界の常識とか学びながら旅しても良いかもな。」
それを聞いたたジハードはぱぁと表情を変え、
「だろう?だろう?我もそれが良いと思ったのだ。ではすぐ出発しよう!」
ぴょんぴょん跳ねながら俺を捲し立てぐいぐいと背中を押す。
「ちょっ!わかったから押すなって 」
何とか落ち着かせると彼女はトトトと部屋の奥にある大きな扉をバッタンと開けた。
そこに広がるのは…。
文字通り、輝く世界だった。
目に見える全てが初めての龍司郎はそれが何という名称かもわからない。
遥か頭上で強烈な光を放つ何かに、眼下にゆらゆらと広がる広大な何か。潮の香りでそれが海だと理解するのに幾分もかからなかったが、何もかもが新鮮で美しい。
ふと、目に熱いものが込み上げる。
ああ、世界はこんなにも素晴らしいものだったのか。
形容できない熱い想いが込み上げる中、光を背にこちらを振り向いた美しい少女は再びふふんと胸を張る。
「どうだ?我が城の景色は?絶景であ…ろ…?」
ジハードは目の前の青年の頬につうと流れる涙を見て言葉を詰まらせた。
「ああ。最高だ。とても綺麗だ。初めてだよ。こんな気持ちは。」
ジハードは彼が盲目だった事を知らない。
自身の攻撃で瀕死の龍司郎を治療したが、機能を失った龍司郎の視神経までも復活させ、彼の盲目を治した事までは気が付かなかった。
「何だ!泣くほどの景色か!貴様が泣くのは反則だと言うたであろうに!これ!」
手をバタバタしながらジハードが慌てる。
「はは、すまん。後で話すよ。」
涙を拭い誤魔化したように笑う。
「全く、我の相棒がこんな泣き虫とはな。先が思いやられる。」
それもお互い様だとはあえて言わない。
「なあジハード。」
「ん?何だ?」
「これからよろしくな。」
微笑みながら右手を差し出す。
「……ん…。」
彼女は口をむにむにと歪めつつ差し出された手に答えた。少しゴツゴツしているがやや大きく、安心側のある手だった。
「改めて、沖田龍司郎だ。」
「その名前は言いにくいな。どうにかならんか?」
「じゃあリュウとでも呼んでくれ。」
「リュウか、我と同じだな。よかろう。」
ジハードは軽く咳払いすると翡翠の瞳をリュウに向ける。
「我はジハード、世界最強の竜。リュウよ、我が相棒。よろしくな。」
光を全身に受けた二人の契約はここに完了した。