第八話
最低な気分でギルドに戻ると、二階の打ち合わせ室に通された。部屋にはすでに三人の男女が居て、席に着いていた。そのうち一番小柄で茶髪茶瞳の男が笑顔で立ち上がった。カイウだった。残りの男女は先ほど治療した軽傷の二人だった。
「先刻はどうも、呪導師様」
そう言えば、名乗っていなかった。
「ファリィラと申します。リィラと呼んで頂いて構いません」
リュオクに呼びにくいと言われたのでリィラで通すことにした。改めて挨拶を交わすと、残りの二人も紹介された。左隣の大男をの肩をぽんぽん叩いて
「このごついのがレクルス、隣の女性がアルナだ」
「おう、よろしくな」
レクルスは、短く刈り上げた濃い茶髪と緑の目、筋肉質な体はいかにも強そうだ。アルナも隣と比べると小柄に映るが、女性にしては大柄で逞しい。肩口で切り揃えた明るい金髪、濃い青の瞳で活発そうだ。
「初めまして、よろしくー」
明るい三人の様子に、ファリィラの気分も少し上向いた。
扉が開いて、オヤジが入ってきた。
「おう、全員揃っているな。じゃあ、説明しようか」
席に着くと持ってきた紙束を横に置いて話し始めた。
「まず、今回やってもらいたいのは、一つ目は街道周辺の呪源の淀みや瘴気発生の有無、二つ目は実際に魔犬が出没した場所に何か変化が起きていないかの確認だ。調査範囲はカイウが知っているので後で聞いてくれ。そして、実際に瘴気が発生していたり、異常があった場合は浄化を行ってほしい。ファリィラ殿、浄化はどの程度使える?」
浄化は淀んで汚れた呪源や瘴気を取り除く技で、散らして流れを正常化させる程度から、瘴気を清めて正常な呪源に戻した上で流れに返すような技まで幅があり、当然高度な技は使える者が限られた。
「習いはしましたが、ほとんど使ったことがありません。最低限だと思っていただいた方が無難です」
ファリィラは申し訳なさそうに答えた。
「そうか。では、浄化不能だった場合は場所と状態を記録して持ち帰ってくれ。こちらで対処する。他の者は調査中のファリィラ殿の護衛だ。魔犬に出くわさないように細心の注意を払ってくれ、指揮はカイウに任せる。期間は明日、二の鐘と共に出発してその日のうちに戻ってきてくれ。現地での野営は絶対に無しだ、手間取った場合は一旦中止して帰ってくるように。何か質問は?」
リュオクが手を上げた。
「魔犬に鉢合わせしたら討伐してもいいのか?」
オヤジのこめかみがぴくっと動いた。慣れたものでカイウ達は椅子を引いて離れた。
「馬鹿者ー! ファリィラ殿を守りつつ逃げて来るに決まっているだろう! 魔犬の討伐などお前に任せられるかっ! 戦闘になると見境がなくなる未熟者が、十年早いわ!」
怒声に首をすくめながらファリィラは、護衛がそんな危ない性格でこの先大丈夫なのだろうかと少し不安になった。
オヤジは咳払いを一つして、横に置いていた紙のうち、一枚をファリィラに差し出した。今回の依頼の契約書だった。書かれている項目について一つ一つ確認した。依頼料の欄を思わず二度見した。調査は銀貨十五枚、浄化を行えば一か所につき銀貨十枚が支払われるとなっていた。高いのか安いのか全く分からないが、ファリィラが今まで持ったこともない金額なのは確かである。巡礼中に荒稼ぎとか前代未聞ではなかろうか。もう深く考えるのはやめて、さっさと契約してしまおうと下まで読んでいくと、この依頼の履行中に生じた一切の損害について気道士ギルドは保証しない旨がしっかり記載されていた。世知辛い、そう思いながらファリィラは署名した。
「今日はこれで終了だ。各々、準備にかかってくれ」
お開きとなったが、リュオクが
「オヤジ、ちょっと……」
と声をかけ、リュオクとオヤジが部屋に残った。
「さっき、飯屋で呪師協会のレイン・ギーマを名乗る男に会った。明らかに呪協の意向で来ていた」
オヤジは片方の眉を上げた。
「で、何と?」
「セーレイ家を継いでヴァーユールになれ、だとさ」
オヤジは頷いた。
「まあ、そうなるわな。呪協の目的はヴァーユールの復権とユーカナンでの影響力拡大だからな」
五年前の魔女狩り以降、ユーカナンでは清星教の勢いが増している。呪協としては、なんとかしたいところだろう。
「で、速攻で蹴られてたぜ。……そう言えばあいつ変なこと言っていたな、私にはその資格がない、とか。ヴァーユールってなるのに何か条件がいるのか?」
「俺が知るか。有名なのは、ヴァーユールは母系で血統を重んじていて、家督も必ず母から能力を受け継いだ娘に譲られることだ、例外は無い。血統は間違いないから、資格がないというなら他に何かあるんだろうが、まあいい、そこは俺らの管轄外だ」
報告を終え、部屋を出ると扉の横にファリィラがいた。
「盗み聞きとは、呪導師様も品のよろしいことで」
嫌味を言うと
「ギルドの品性に合わせているだけです。呪協と教国、双方に私の情報を売って儲けていらっしゃるんでしょう? 品格ある高潔な組織で素晴らしいわ」
倍返しされた。本人に思いっきりバレてるじゃねーかクソオヤジ、と小さく悪態をついた。




