第七話
護衛の者や必要な物資などの調整をするので、ここで一旦休憩になった。午後から細かな打ち合わせをすることになり、昼時ということもあったので、二人は適当な場所で昼食をとることになった。
「金も入ったし、美味いもん食おうぜ。お前のおごりで」
リュオクの言葉に、ファリィラはため息をついた。
「おごりって……。それに、お前呼ばわりはやめて下さい」
「いいじゃないか、俺が言わなきゃお前、治療費稼げなかっただろう? 俺にはおごられる権利がある!」
「そう言われるのであれば昼食代は私が持ちますが、あなたにお前呼ばわりされる謂われはありません」
「面倒臭いな……。ファリィラとか呼びにくいし、リィラって呼んでもいいか?」
この辺で妥協しないと、変な呼び名を付けられそうな気配だ。
「お好きにどうぞ」
「じゃあ、リィラ、あっちの通りに美味い飯屋があるんでそこへ行こう。いやあ、楽しみだ!」
そして急に低く真面目な声になり、
「人前で気易く呪導を使うな、初対面の人間ばかりなら尚更警戒しろ。有用な技ほど隠しておけ、他人に良いように利用されたくなければな。治癒は先に金を取ってからやれ、先に治すと踏み倒されるぞ」
これは俺の親切心だ、二度は言わないからな。そう付け足して、リュオクは飯屋に向かって歩き出した。ファリィラはその言葉を心に刻みながら、なるほど先ほど機嫌が悪かったのは、自分の迂闊さを責められていのかと、妙に納得した。
食堂に着くと、まだ少し早い時間だったからか混雑はなく、二人は席に着いた。
「ここは煮込みが美味いんだ。酒も良いのがあるんだが、畜生ぉ、打ち合わせがなきゃ呑むんだがなぁ」
呑めないのが本当に悲しそうだったので、ファリィラは少し笑ってしまった。壁の品書きを読むと、確かに煮込みが何品かあった。
「注文は決まったかい? 今日の定食は鶏肉と香草の煮込みだよ」
女将に尋ねられると
「臓物と豆の煮込み大盛りと、豚と葱の甘ダレ焼き、タルティふたつとエード」
がっつり食べる気満々のリュオクの注文だった。タルティはこの地方でよく食べられている無発酵パンのようなもの、エードはアルコール度数の極めて低い麦酒の一種で、水代わりに飲まれている。
「私は定食と果実水で」
はいよ、と軽く返事をして女将は厨房へ向かった。
大して待つことなく、注文した料理が並べられ、代金を払う。香ばしい匂いに食欲を刺激され、早速食べ始めた。
「美味しい」
「だろう、ここは肉の臭みが無くて、旨みが濃いんだよ」
リュオクは食欲の塊となって、物凄い勢いで食べ物を口に運んでいく。食事が進むにつれ、だいぶ店も混雑してきた。
「お二人さん。相席してもいいかな?」
声をかけられて、ファリィラは相手を見上げた。やや長めの黒い縮れ毛、褐色の肌、黒茶の目をした長身の男性が愛想良く笑っていた。男性からは微かに呪源を感じる。嫌な予感がしたが、断る間もなく向かいの席に座られてしまった。
「いやぁ、デートの邪魔して悪いねぇ」
混んでるから許してね、と言うと定食を注文した。
「別に構わん、そもそもデートじゃない」
食べる手を全く止めることなく、リュオクが答えた。
男性も定食をつつきながら世間話を振ってきた。
「なんでも東の街道に魔物が出てるんだって? 通行止めで荷が運べないって商人が嘆いてたよ、物騒だねぇ。いつまで続くのかねぇ」
ファリィラは適当に流した。会話の流れでうっかりギルドで聞いた情報を漏らしてはいけない。
「なんか討伐がうまくいかなくって、呪導師まで投入するらしいねぇ。あれお嬢さん法衣を着てるね、もしかして投入される人?」
何故それを、と言いかけてリュオクに制された。何も言うなと目で合図される。警戒を深めた二人に頓着することなく男性は続けた。
「あ、びっくりした? オレこの国のギルドに伝手があるから、情報通なんだよねぇ。そう言えば自己紹介がまだだったね、オレは呪師協会所属の呪師でレイン・ギーマ、レインと呼んでくれ。よろしく、ファリィラ・セーレイ殿」
意味深な笑顔で握手を求められたが、無視して食事を続けることにした。呪師協会からユーカナンに帰らないかという打診は何度か受けたが、全て断っている。清星教との密約を疑われていることも承知の上、それでもファリィラにはこの大陸でやるべき事がある。清星教と呪師協会の争いなど知らないし、教殿を出た途端に声をかけてきた呪師などと慣れ合う気はない。
「あれぇ、つれないなぁ。ま、いいけど」
行き場を失った手をひらひらと振ってから引っ込める。
「ところでさぁ、聞いとけって言われてるんで一応聞くけど、セーレイ家を継いでヴァーユールになる気は……」
「ありません。……私にはヴァーユールを名乗る資格などない」
吐き捨てるように言って、定食の残りを平らげ、果実水を一気に飲み干して席を立った。エードを飲みながら二人を観察していたリュオクも続いて店を後にした。




