エピローグ
別れの日、ベルゲやアスラントもわざわざ見送りに来てくれた。
「ベルゲ様、お世話になりました」
「こっちこそ、高原のごたごたに巻きこんで悪かったよ。体に気を付けて、またいつか遊びにおいで。その時にまでにはもっと良い土地にしておくからね」
涙目になっているファリィラを抱きしめて、優しく背中を叩いて別れを惜しんだ。
「スミヤさんも、何とお礼を言ったらいいか」
スミヤは笑って手を振った。
「お礼なんかいいわよ、こっちもずいぶん助かったし。元気でね、あんまりリュオクとケンカしちゃ駄目よ?」
赤くなったファリィラを見て、女性陣が含み笑いを交わした。
アスラントは餞別だといって、鮮やかな模様が織り込まれた毛織物をくれた。
「なあリュオク、別れの前に一戦」
「やるわけ無いだろ馬鹿野郎、いい加減にしろ。じゃあな」
名残を惜しんで何度も振り返りながら、高原を後にした。
それから呪協本部に渡り、ほとぼりが冷めるまで呪協に保護されて過ごした。
ファリィラとリュオクを辺境で保護したことを呪協が発表すると、すぐに教国から誘拐の非難が寄せられ、ファリィラの身柄の返還が要求された。なかなか両者が譲らず、調整は難航していたが、それも終わりが見えてきている。
リュオクの懸賞は取り下げられ、ギルドの監査官が失踪中の事情聴取に来て、規則違反などを査定していった。示された査定結果にリュオクは真っ青になったが、呪協の取りなしとファリィラの懇願によってかなり軽減されて一安心する。
違反金もファリィラが何とか用意できそうな額に収まったので、腕輪も売らずに済んだ。リュオクがレギエに戻れる日も近い。
故郷の地を久方ぶりに踏んだファリィラは、真っ先に母の墓前に立った。抱えていた花束を供えて祈りをささげる。あの日以降、正式に母を弔うのは初めてだ。
「お母様、ヴァーユールとして、人として、この地を、世界を善きものへ導けるように尽くします。どうか見守っていて下さい」
降り注ぐ日差しがふっと陰り、風が頬を撫でた。
母の声が聞こえた気がして顔を上げるが、そこにあるのは光を受けて輝くユーカナンの空と大地だけだった。
立ち上がって後ろを振り返り、少し離れたところに立っているリュオクを見付けた。
「お待たせしました」
「もういいのか?」
はい、と頷いて厚い右手を両手で包んだ。
「本当にありがとうございました。あなたがいなければ、私は何も出来ないまま己の不幸を呪い、世界を恨み続けていたかもしれません」
「俺もだ。お前と出会えて良かったよ、リィラ」
はにかんだファリィラがぎゅっと力を込めて右手を握った。
「また、機会があればお会いしましょう。
――あなたの歩む道が光に満ち、その先に水と風と豊かな実りが在りますように」
祈りの言葉と共に右手に口付ける。
風がざあっと吹き渡り、花が一輪、空へと舞い上がって消えていった。
ファリィラ・セーレイ。ユーカナンの優しき魔女と呼ばれるヴァーユールの一員にして、呪導の研究者。大崩壊で潰えた先史文明の呪導の系譜を発見して現代に合わせた形で普及させ、後退していた呪導を大いに発展させたとされる。
また、人権活動家としても知られ、夫と共に呪導師や気道士と力無き人との差別の撤廃に尽力した。彼女の言葉は、今も共存社会の理念として受け継がれている。
死後、彼女が継承した呪導の名を取って「天鏡の魔女」と呼ばれ、長く人々の尊敬を集めた。
最後までお付き合いくださりありがとうございました。




