第五話
ギルド内は殺気立っていた。ファリィラは落ち着かなさげにあたりを見渡していたが、リュオクが奥に向かっていくと、慌てて付いていった。
目的の人物を見つけると、彼はカウンターをバンバンバンっと叩きながら大声で呼んだ。
「オヤジィ、ちょっと話がー」
目の据わったいかついオヤジが飛んできて、無礼者の頭を叩いた。
「煩いわっ! それが人を呼ぶ態度か! 護衛の仕事はどうした。まさか放り出してきたんじゃなかろうな?」
凄い剣幕で一気に捲し立てる。
「真面目にやってるよ、今日はその件で来たんだよ。あんまり怒鳴ってばっかりいると体に悪いぜ?」
「お前が言うな! ……例の件の報告か。早かったな」
ふっと息を吐いて、そこで二人のやり取りをポカンと見つめていたファリィラと目が合った。
「ん? 誰だ?」
睨まれたファリィラは、居住まいを正して名乗った。
「呪導師のファリィラと申します。街道に出た魔物についてお聞きしたくて参りました」
オヤジはそれで納得した。
「あー、それなんだが……」
突然、ギルドの出入り口が騒がしくなった。
「誰か医者を呼んでくれ! 重傷者もいる!」
ファリィラは出入り口に向かって駆け出した。
「重傷者はどちらですか?」
問いかけに顔を上げた男は、声の主が年若い女性であることを一瞬いぶかしんだが、呪導師の法衣を認めると体をずらした。
「こいつです」
酷い怪我だった。右足はふくらはぎから足首まで骨が見えるほどに裂けていた。脇腹には深い刺し傷があり、出血が続いていた。
ファリィラは、怪我人の服をまくって腹部を露出させると、傷口に手をかざした。かざした手から青白い光がこぼれて傷口に吸い込まれていく。けが人がかすかに呻いた。
「傷の中に異物は無いようなので、このまま塞ぎます」
光が先ほどよりも強さを増して傷口を覆った。やがて光がすうっと消えていき、新しい皮膚の張った傷跡が現れた。右足も同様にして治療する。
「とりあえず傷は塞いで、筋も繋ぎましたが、まだ完全ではありません。五日ほどは激しく動かさないように。他に治療が必要な方は?」
あとの二人は軽傷だったが、鋭利な刃物で切り裂かれたような切り傷が平行に複数ついており、いったい何で切ればこんな傷になるのかとファリィラは首をひねった。
治療も終わり、血で汚れた床なども清められ、ギルドは落ち着きを取り戻した。
「ありがとう、癒し手が居てくれて助かった。僕はカイウ。一応治療してくれた連中のリーダーになっている。治療費だけどいくらお支払いすればいいのかな?」
礼を言われて、はたと気づいた。いくら請求すれば良いのか。教殿にいたときは係の者がいて全部お膳立てしてくれたので、治癒を施すだけでよかった。どうせ自分の懐には銅貨一枚も入ってこないし、修行の一部として行っていたため、料金など気にしたこともなかった。怪我人と聞いて、習慣でやってしまったが失敗だったかもしれない。
「え、えーと……」
困っていると背後に不穏な気配を感じた。
「遠慮するな、相場でいいだろう。軽傷者は銀貨十枚。重傷の方は金貨二枚だな」
低く、不機嫌そうに言われて
「えぇ! 高くない?!」
素っ頓狂な声を上げてしまった。銀貨十枚といえば、平均的な一家の一月の生活費である。銀貨二十枚で金貨一枚、治療費は高額だった。
「高くない。本来なら縫合した傷が塞がるまで何日もかかるし、その間は薬もいるし、当然働けない。重傷だと後遺症が残ることも多い。それが一発でほぼ完全に治ったんだから、そのぐらい当然だろう。安売りする馬鹿なんて見たことない」
呪導による治療は高額なのが当たり前のようだ。ついでにさらっと馬鹿にされた、かなり機嫌が悪いようだ、何かあったのだろうか。
教殿では、治癒の適性を見せた途端に、場数を踏むのが上達の近道だからどんどんやれと勧められた。ファリィラもその言葉を信じて積極的に奉仕を行い、様々な怪我や病気を治したので、実際に彼女の治癒の能力は幅が広く強力になった。体力や気力の消耗が激しいからと、治癒を行った日は高価な甘味が美味しいお茶付きで出されたので、喜んでいたくらいだ。それがこんなに高額だったとは。教殿の稼ぎの為に良いように利用されたのではないかという疑念がかすかに湧いた。が、今更どうしようもないので、気にしないことにした。金を受け取り、奥のカウンターに戻った。




