第五十八話
翌日、ファリィラの今後をどうするかを話し合った。
「教国に巡礼の途中で抜け出したことをお詫びした上で、ユーカナンに帰るのが理想ですが」
レインはうーんと腕組みをした。
「厳しいなぁ。教国はリィラがセーレイ家を継ぐのは絶対に認められないはずだし。ヴァーユールの復興は、優位に立った清星教のユーカナンでの勢力を弱めることになるからなぁ。しかも、明らかに前より呪力が上がってるもんなぁ。戻ったら最後、国外へは出れないだろぅ。最悪一生軟禁生活かもなぁ」
「そんな大袈裟な。呪導については試練さえ超えられれば誰でも継承できますよ」
一生軟禁と聞いてファリィラは慌てた。
「信頼できる気道士を探して、各部族の承認をもらって、山に登りながら審査されて、継承に失敗すれば殺される様なものに挑戦することが『誰でも』出来る訳ないだろう。俺ならお断りだ、継承した奴を籠絡するなり絞め上げるなりして成果を掠め取る方が百倍早くて楽だ」
「だよなぁ。幸い高原の人々は霊峰での出来事を聞いてこないし、継承については三人の秘密だなぁ」
口外厳禁だぞぅ、とレインは立てた人差指を唇に当てた。
「どうせ今の呪源の量では使える呪導は限られます。大半は知識だけのものになりますから、大したことはありませんよ」
「最悪だなそれ、ますます挑戦する気が失せるわ」
リュオクは天を仰いだ。
「教国に戻れないとすると、どうすればいいのしょうか?」
「呪協経由でユーカナンに戻るのが一番の近道だなぁ。こんなこともあろうかと」
レインがごそごそ胴衣を探って、何かを取り出した。
「じゃーん! 呪協で二人分の偽装身分証明を発行してもらったぜぃ。これで本部まで行って、後はお偉いさんに政治的にオハナシしてもらえば解決だぁ」
得意気に胸を張るレインに、気のない返事をするリュオク。
「お前は最初からそのつもりで来たんだろう、ご苦労なこった。いいのかリィラ、こいつにくっついて行くと、お前も呪協の犬にされるぞ」
「そんなことは無いぜぇ。ヴァーユールの名門家の当主として、ちょっとばかり呪協に力添えしてくれれば、後は自由だよぅ。ユーカナンの優しき魔女達は民に人気があるから、呪協も無碍には出来ないのさぁ」
レインの提案が一番現実的であるので、呪協を経由してユーカナンに帰ることになった。
沈む夕日が霊峰を赤く照らしている。
「長いようで短かったな。これで旅も終わる」
「そうですね、そうしたらお別れですね。なんだか寂しいです」
ファリィラは隣りを仰ぎ見た。夕暮れの中で燃え立つ髪がきれいで感傷を誘った。
「別に今生の分かれって訳じゃない、その気になればいつでも会えるさ。それにまだ後始末が残っているからな」
リュオクが伸びをして霊峰を見上げた。
「ガキの頃から毎日見ていたが、あんなものが山頂にあるなんて思いもしなかったな」
そして自分が見届け役として登ることになるなどとは。
リュオクは左の小柄な少女を見降ろした。この小さな体にどれだけの力と知識を受け継いだのか。この先、その力で何を成すのか想像もつかない。
きっとまた、色々やらかしてくれるんだろうな、見ていて飽きない奴だからと一人で納得するリュオク。その雰囲気を感じ取ったのか、ファリィラが胡乱な目を向けてきた。
「今何か失礼なことを考えてませんでしたか?」
「いいや別に。そう言えば、本気でユーカナンに戻って家を継ぐつもりなのか? 面倒臭いんだろう、ヴァーユールってしきたりとか何とか。無理すんなよ、別に呪協にも教国にも義理立てする必要なんかない。いざとなれば大陸西部にトンズラして、自由気ままに暮らす手もあるしな」
中央を大山脈で隔てられているため、東部と西部はほとんど親交が無い。情報も流通も遮断されているようなものだった。
ファリィラはその大胆な考えに目を見開いた。
「大陸西部ですか。どんな所なんですか?」
「ん? 俺も良く知らん。たしか大国が一個としょっちゅう戦争してる中小国群があるとか」
「その程度の情報で逃げ込もうなんて蛮勇ですね」
リュオクは馬鹿にされてむっとした。
「充分だろう、行けば分かることだし。呪導と気道はどこの地域でも需要があるんだ。食うに困らない技能があるならどこに住んでも安泰だ」
あながち間違いでもないので、ファリィラは相槌を打って話題を戻した。
「私はユーカナンに帰ります。もう決めたことですし、覚悟も出来ています」
リュオクと目があった。
「心配してくださってありがとうございます。でも、大丈夫ですから」
頑張ります、と拳を作って気合を入れる。
その様子が妙に可愛らしくて、リュオクは笑いだしそうになった。
「頑張れよリィラ。お前ならきっとやり遂げられる」
頭をくしゃくしゃと撫でて、その場を離れる。
後に残ったファリィラは乱れた髪を整えながら、その言葉を反芻していた。
「……ありがとう、必ず成し遂げます」
幸せそうに部屋に帰るファリィラの姿を一番星が見ていた。




