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天鏡の魔女  作者: 香矢 友理土
女神の嶺
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第五十六話

 エリニアが二人を祭壇の前に導いた。

「元々この世界には呪導や気道は無くて、どこからかやってきたものだというのはご存じですね。人々は呪導を利用する傍らで、この世界から呪導を取り除く研究もずっと行われていました。

 長い研究の末に、世界を呪導のない、かつての姿に返す術を完成させたのですが、その時にはもう生活の隅々にまで呪導が浸透していて、呪導を失ってしまえば社会基盤が崩壊してしまうと判断され、成果は封印されました」

エリニアが遠くを見た。

「大崩壊が起こったあの日、ユリエラを主とした複数の呪導師が、暴走し世界を崩壊させかねない呪源を除くために、封印されていた術を呼び起こして発動させました。

 準備が不十分であったため完全には程遠い発動でしたが、呪源は取り除かれて暴走は止まりました。

 現在は、取り除けなかった残り三分の一ほどがこの世界を循環しています。自然循環ですので地域によって質と量に差が出たり、時に淀んだりしていますね。

 残っている呪源を完全に取り除けるとしたら、どうしますか?」


 予想外の質問に答えることが出来ずにいる二人を、エリニアは無言で待った。やがてファリィラがおずおずと質問した。

「呪源が無くなったら、この世界はどうなるのでしょうか?」

「呪導師と気道士ががただの人になり、呪道具の類はすべて力を失って崩壊するでしょう。魔物も消えます」

さらりと言われたが、大変なことだ。先史文明ほどではないにしろ、今も呪導や気道は人々の生活に役立っている。無くなれば混乱が生じるだろう。

「お二人の意見を。呪源を取り去りますか、このまま残しますか?」

「取り除かなかった場合は? 何か不都合はあるのか」

リュオクの問いかけには

「特にありません。自然状態で増減はしませんし、現状安定しているので、このままでも問題はないでしょう。ただし、未来永劫このままであるという保証は出来かねますが」

という答えが返ってきた。

「問題なければ、俺はこのままでいい」

エリニアがファリィラを見遣る。

「私は……」

答えに詰まった。呪源を取り除き、世界を元に戻せば、呪導師、気道士、力無き人とわかたれている人々が同じになる。力の隔たりから来る差別はなくなるだろう。しかし、今突然力を失えば、呪導師や気道士達とそれを支える人たちは生活の基盤を失うことになる。

 悩んでいると、リュオクにせっつかれた。

「早くしろよ。うだうだ悩むな、サクッと答えろ」

「そんな簡単に! 世界の命運がかかっているのですよ!」

真剣に悩んでいるファリィラを見ていたリュオクだが、ふと気になった。

「ここで二人の意見が分かれたらどうなるんだ?」

エリニアは当然のように答えた。

「話し合いで解決を。出来なければ力で解決を」

「……おいおい、決闘しろってことか」

リュオクが呆れた。

「でもよ、酷くないか? せっかく苦労してここまで来て苦しい思いをして力を得た後で、無くしますと言われたら俺だったら暴れるな。順番が逆だろう」

「そうかも知れませんが、発動させるためには一定以上の力を持った呪導師に力を注いでもらわないといけません。能力がないのに選択肢を示しても意味がありませんので。ユリエラは、遺産の継承者達に判断を委ねると残しています。どうするかはあなた達で決めてください」

意見が割れると面倒なことになるな、リュオクが危惧しているとファリィラが顔を上げた。

「今はこのままで。歴史が積み重なりいつか不要になる時が来たら、その時代の人々に取り除いてもらいましょう」

結論を受けてエリニアが祭壇に向き直った。鏡に手をかざす。

「返還術の解放は見送られました。術式の停止を継続します」

鏡は一瞬、文様を浮かび上がらせて元に戻った。


 エリニアは二人に向き直った。

「最後に、ユリエラからの遺言があります。

 ――未だ見ぬわたくしの愛しき末裔すえよ。この世界の在り様がどのようになろうとも、人の在り方に変わりはない。正しき行いの先に明日はあり、過ちの先にも明日がある。耐えがたい苦難に打ちひしがれる日が来ようとも、ゆるしと愛を忘れぬように――

以上です」

仄明るい広間に沈黙が下りた。世界の崩壊を止め、この場所に先史時代の記録と技術を残したユリエラという人物に、束の間思いを馳せた。

「それでは麓までお送りします。あなた方の行く先に幸の多からんことを」

二人の姿が光に包まれ、広間から消えた。


 気が付けば霊峰の登山口の門の前に立っていた。

「無事に帰ってこれたようだな」

「そうですね。でも、命の危険はないって言われたのに、結局最後は命を懸けることになるんですね」

ちゃんと訂正しておこう、ファリイラは固く誓った。

「ああ確かに。舐めてると痛い目見るよな」

もうちょっと覚悟を決めていればあんな醜態を晒さずに済んだはずだ、リュオクは苦々しく思った。

 村に帰るとスミヤが待っていた。

「あ、お帰りー! 待ちくたびれたわよ」

手を大きく振って出迎えてくれた。

 村長宅に挨拶に行き、門から外してきた帯布を返した。後日、各族長に返還されるとのことだった。霊峰でのことは口外しないように定められている為か、誰も何も聞いてこないのがファリイラにはちょっと寂しかった。

 スミヤに先導され、ジバシリの背に揺られながら、カナワへの帰路に就いた。

 

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