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天鏡の魔女  作者: 香矢 友理土
女神の嶺
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第五十五話

 広間に二人が揃うと、薄暗かった広間に明かりが灯された。

「お二人がここに来られた事を祝福いたします」

女性が微笑みかける。

「ファリィラ、試練の門で心を洗いましたね?」

「はい」

女性が目を細めた。

「では、ここからが貴女の本当の試練です。呪道具によって呪導に関する知識と技術、そしてそれを扱うための呪源の流路が体に刻み込まれます」

「それは……」

「そうです。あなた達が最初に見た歴史に出てきたものと同じ原理です。呪導師を作り上げる技術ですよ。もっとも、貴女は既に呪導師で体にある程度は流路があるので、強化されるといった方が正しいかも知れませんが。

 相応の苦痛を伴うことは間違いありません。更に、刻まれる情報に耐えられなければ、継承が行われないだけでなく正気を失うこともありますし、体に回復不能な損傷を受けることもあり得ます。その場合は」

ファリィラを見ていた顔が、隣りへ移った。

「彼が貴女を殺すことになります。承知しておいてください」

ファリィラはぎょっとして横を見た。仏頂面だが、うろたえている様子は見受けられなかった。不機嫌ながらも落ち着いているリュオクを見て、動揺を鎮めた。

「何か質問はありますか?」

「いいえ」

女性がリュオクを見た。

「貴方は?」

「俺がリィラを殺すのは嫌だといったらどうする?」

「継承を拒否したとみなします。麓の門までお送りしますので、お引き取り下さい」

リュオクは顔をしかめた。狂ったファリィラを殺すことが出来るかを試されたのだ。その時になれば確実に役割をこなすと判断されたからこそ、ここに通された。呪導師の為にある霊峰の試練に気道士が必要な理由がこんなことだとは。

 ファリィラが心配そうにこちらを窺っている。分かった麓まで送ってくれと答えたらリィラの反応が面白そうだなと、不謹慎な考えが頭をよぎった。

「他に質問は?」

「ない」

女性は頷いて、祭壇を見上げた。

「始まってしまえば途中でやめることは出来ません。降りるなら最後の機会ですよ」

やめるつもりなど二人にはなかった。


 女性は踵を返して、魔狼のアルローと共に広間の奥の祭壇に飾られた大きな鏡に向かった。祭壇の左にアルローが、右に女性が立つ。

「ファリィラ、祭壇の前へ」

招かれたファリィラが鏡の前に立つ。

「最後に問います、力を望みますか?」

「はい」

まっすぐに視線を上げて答えるファリィラの顔に緊張は見られず、静かな決意だけがあった。

いらえを受けて、女性がに手をかざした。

「選定の鍵エリニアは、ファリィラ・セーレイがユリエラの遺産を継承することを認め、刷り込み術式『天鏡』を解放します」

――対の鍵アルローは、エリニアの行為を承認する――

 アルローの遠吠えが独特の響きと共に広間を満たすと、一人と一匹の姿がかき消え、祭壇の鏡に複雑な光が走り明滅を繰り返した。

 つややかな表面に光が凝集すると、いくつもの光の筋が放たれてファリィラを穿った。

 光が体に吸い込まれると、頭の中に知識が響いた。失われた呪導の歴史と理論、様々な術の組み合わせや圧縮及び展開方法など、膨大な量の情報が植え付けられていく。立っていられずに、頭を抱えて床に蹲った。

 くらくらする頭で必死に耐えていると、今度は身の内を激しく掻き毟られるような痛みが襲ってきた。

「ぐっ、ぅうぅ……」

苦痛の呻きが漏れる。体の中に棘の付いた棒を差し込まれたかのようだ。痛みに呼吸もままならない。

 苦しみもがき続けていると、ふっと痛みが消えた。

 恐る恐る立ち上がると、思った以上に体が軽い。広間を見渡すと、細部まで鮮明に感じられた。両手を握ったり開いたりして感触を確かめる。体の隅々まで呪源が巡っているのが分かる。

 祭壇を見上げると、先程までは鏡にしか見えなかったのに、今はそこに蓄えられた呪源と構築された呪導の術式が見て取れる。

 無性に呪導が使いたくなった。今なら何でも出来そうな気がする、与えられた力を試したい。無意識のうちに左手が持ち上がり、呪源を引き寄せた。今までより格段に早く大量の呪源を操れることに歓喜して、何か適当に試し撃ちてやろうとした矢先、赤褐色の瞳と目があった。

 全能感に恍惚としていたファリィラは冷や水を浴びせられた。突き出すように構えていた左手を見ると、守りの指輪が青紫色の光を湛えていた。

 勢いよく手を引っ込めて指輪を右手で包んで目を閉じ、興奮が去っていくのを待った。

「大丈夫か?」

ぽつりと尋ねられて、ファリィラは顔を上げた。

「ええ、落ち着きました。もう平気です」

リュオクはいつも通り、ニヤッと笑った。

「そいつは良かった。お前を切るのは御免だからな」

大剣を一振りしてバングルに戻す。

「呻きながらのたうちまわってたが、本当にもういいのか? 痛みとか残ってないのか」

「もう全然。むしろ元気になったくらいですよ」

ファリィラは先程の自分の姿を思い出した。ああいう姿は出来れば異性には見られたくなかった、恥ずかしい。

 いつの間にか現れたアルローとエリニアが祭壇の両脇に立っていた。

「遺産の継承の終了を確認しました。『天鏡』を封じます」

光が消えて、広間は静かになった。

「これでおしまいです。と、言いたいところですが、ユリエラのもう一つの遺産についてもお話ししなければなりません」

明日も投稿します。

よろしくお願いします。

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