第五十一話
会議中のようだった。円卓には年齢に幅のある男女が座っており、それぞれ資料を見ながら話し合っていた。参加している者のうち、半数は適当に聞き流していた。
「それでは次の議題ですが、力無き者による犯罪発生率の上昇と治安の悪化についてですが」
司会役の女性呪師が資料を読み上げる。
「ふん、そんなもの軍に任せておけばいい。気道士など暴力沙汰にしか使い道がないんだからな。せいぜい下等な連中を絞め上げてもらおうか」
年嵩の偉そうな男性が面倒くさそうに吐き捨てた。
「そんなことだから、不満が溜まるんでしょう。力無き者への福祉と支援は強化するべきです。最近では能力が低く、上を目指すことが出来ない呪導師や気道士の中に、平等化運動に同調する動きも出ているとか。このままでは治安は悪化する一方です」
白髪の女性が渋い顔で偉そうな男を睨みながら意見する。
ファリィラはその様子を観察していた。会議室にいるメンバーは誰もが力を持った呪導師であることが見て取れた。先史文明は生まれ持った呪才や気才の高さがそのまま社会的地位に繋がっていた。個人の努力やその他の才能も影響しないことはないが限定的であったため、それが不満となって社会不安をもたらしていることがうかがえた。
司会役の女性がさらに話を進める。
「平等化運動も問題ですね。能力による差別、正確には優れた血統が特権化していることへの不満ですね、それを撤廃しろと。各地でデモや集会が開かれていますし、参加者の暴徒化も懸念されます」
「何か適当な理由を付けて、集会を禁止する通達を出すのは駄目かね?」
眼鏡の男性がだるそうに発言した。
「弾圧すればより一層活発化します。そんなことをして、地下活動化されたら面倒ですよ」
黒髪の女性が即座に否定した。
この場で議論している者達は、おそらく特権を享受しているのだろう。誰一人、特権を無くして平等にしようとは言いださない。
ファリィラは先ほどの力無き者達の計画を思い出した。不満は既に限界に達しているのではないか。こんな所で悠長に会議などしていたら彼らに倒されてしまうのではないか、そんな懸念が湧きあがると同時に先史文明が滅んだことを思い出した。
場面がいきなり切り変わって、どこかの広場にいた。急な変化に驚いてきょろきょろしていると、広場の中央にある建物の一部が映像を投射している。
字幕は読めないが、言葉はなんとなくわかった。今日は独立記念日らしく、各地で行われている祝賀イベントの様子が中継されていた。
鮮明で臨場感あふれる映像に見入っていると、映像が乱れた。いぶかしむ間もなく衝撃が広場を襲った。
建物が崩れ、木々がなぎ倒されて、下敷きになった人の呻き声と悲鳴が広場を満たした。子供の泣き声がサイレンのように響き渡った。
救助しようにも、暴走する呪源が邪魔をして呪導が正常に作用しない。無理に呪導を使おうとして自爆してしまう者まで出る始末だ。
思わず怪我人に駆け寄ろうとしたファリィラは、混乱した人が自分を通り抜けて走って行くのを見て、その場に留まった。これは過去の幻であって、今起こっていることではない。見ることしかできないのだ。
そうこうしているうちに空を分厚い雲が覆って暗くなり、雷が落ちた。暴走した呪源によって乱された大気が震えて、また雷を呼んだ。落雷はひっきりなしに起こり、どこかで爆発音と共に火柱が上がった。
「なぜだ?! 暴走させる循環装置は一基だけのはずだ。こんなに同時に暴走させては大陸が消滅してしまう!」
テロの計画を立てていた男が、目の前の惨事に動揺して叫んでいた。
「これでいいんですよ。……全て滅んでしまえばいい」
呪導師らしき暗い目をした女が歩いて来て、男の肩に手を乗せた。
「あなたも死になさい。下衆なテロリストの分際で、わたくしを使おうなどと思ったのが運の尽きよ」
男の体がビクンと痙攣し、地面に転がった。
女は恍惚とした表情で、この世の終わりのような光景を眺めている。
「……ああ、これでやっと解放してあげられる。呪導などがあるばかりに人は生まれによって差別され、自由に未来を選択できない。
力が強ければ強制的に政府に召喚され、扱き使われる。力が弱ければ一生下級市民。もう、嫌になったわ。ねえ、あなたもそう思うでしょ?」
自分に問いかけられたかと思って焦ったファリィラだが、女はどこか遠くを見て、ここにはいない誰かに話しかけている。
強烈な光が襲い、轟音が響き渡る。女は落雷に飲まれて消えた。
瓦礫の海と化した都市に、生き残った人々が身を寄せ合って暮らしていた。時々小規模な呪源の暴走が起こり、恐怖に震える場面もあったが、徐々に呪源の流れは正常になっていった。
ただし、呪源の濃度は以前と比べるとかなり薄くなってしまい、復興しようにも以前のような呪源を利用するのが前提の都市づくりは無理だった。呪導師も気道士も数を大幅に減らし、暴走によって呪道具の多くは壊れてしまった。戻すことももうできない。
生活の基盤を失い、苦しい毎日をなんとか過ごすのがやっとの状態が長く続いた。人は呪導にたよらない原始的な生活に戻り、文明は大きく後退した。
「これが、先史文明の大崩壊……」
薄汚れて地面にうずくまる子供を見降ろして呟くと、急激に意識が引き戻された。




