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天鏡の魔女  作者: 香矢 友理土
女神の嶺
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第四十九話

 山門をくぐると風景が一変した。山肌を覆っていた高山植物がなくなり、荒れた岩肌が剥き出しになった。その中を山道が細く伸びている。

「何だか殺風景な場所だな」

山肌を見上げる二人の間を乾いた風が吹き抜けた。

「早く登りましょう」

頂上を目指して歩き始めた。

 歩き始めて半日たったが、枯れた岩肌と山道以外何もない。大きな岩が道の脇からせり出しているところで休憩にした。

「このまま何もないと、普通に嫌がらせだな」

生命の気配が一切ない、荒涼とした山道を歩き続けるのはしんどい。

「呪源の流れも閉じられているのか全く感じられません。気味が悪い場所ですね」

 歩き続けて日も傾いてきた頃、山肌にぽっかりと口をあけた横穴があった。山門と同じような模様が周りを囲んでいる。

「入れってことだよな。罠だったりして」

「危険なことは何もないといわれていますから、そのまま入って大丈夫でしょう」

てくてくと穴の中に入って行くファリィラを、リュオクは慌てて追いかけた。


 暗い横穴を抜けると、開けた広間に出た。磨き抜かれた床とドーム状の高い天井があり、壁には複雑な幾何学模様が浮き彫りにされていて、淡い光を放っていた。

 中央には白く輝く台座があり、大きな楕円形の鏡のようなものが据えられていた。近づくと鏡のような表面に文字らしきものが浮かんだ。全体的な雰囲気が教殿に置かれていた宝珠に似ていたので、ファリィラはなんとなく手をかざしてみた。

 すると表面の文字らしきものが光り、別の文章らしきものに変わった。

「リュオク、こちらに手をかざしてみてください」

ファリィラの隣に手が並ぶと、鏡から光があふれ、二人を飲み込んだ。


 目を開けると、全く見知らぬ場所にいた。声を出そうとして自分の体が全く動かせないことに動揺した。

「おお、成功だ! これで世界は救われる……」

白衣を着た男女数名が、手を取り合って喜んでいる。何が何だか分からないファリィラをよそに、話が進んでいく。

「君は、君たちはこの世界の希望だ。例え人類のあり方が変質したとしても、命を繋ぎ未来に向かってくれ」

白髪を短く刈り込んだ年嵩の男性が、彼女の手を取って頭を下げた。

 ファリィラは、というかファリィラが憑依している状態の少女は、そのまま別の部屋に連れて行かれた。そこで妙な形状の椅子に座らされ、端子を頭に取り付けられた。

「リラックスしてくれていいよ、苦痛は何もないから。では「教育」を開始する」

男が壁際の機械を操作すると、頭の中に情報が一気に流れ込んで来た。びっくりして体をこわばらせたが、情報の奔流はすぐに終わり、端子を外された。

 この世界の歴史と、社会常識、今この世界に起こっている異変、それに立ち向かうために必要な知識があの短時間で全て記憶されている。一体どんな呪導を使えばあんなことが出来るのかと感心している横で、この技に慣れているもう一人の自分がいる。おそらくこの少女の本来の意識だろう。

「では、これで終了だ。あとは君次第、辛いこともあるだろうが頑張ってくれ」

白衣の男性はどこか悲しそうに笑って彼女を送り出した。


 それからはひたすらに呪導を磨き、時に魔物と戦い、世界中で暴走する呪源を整えていく日々だった。

 何故それが起こったのか、誰にもわからない。何の前触れもなく突然に、平和な世界に魔物が現れた。今までの常識を覆す、全く違う法則で生きて動く魔物の存在と、各地で噴出する全く認知できない暴力的なエネルギーに人類は震撼した。

 世界中の英知を集結したが、原因を突き止められず、その間にも世界はどんどん謎のエネルギーと魔物に浸食されていった。

 最早原因などどうでもいい。とにかく対策を取らなければ、世界が崩壊してしまう。危機感で研究は驚くほどの速度で進み、倫理を無視した人体実験まで行われた。

 その結果生み出されたのが、現在の呪導師と気道士の原型となった異能者達であった。

 自ら志願して人体実験の被験者となった者たちは、ほとんどが異変によって親兄弟を失った孤児だった。彼らはただひたすら、家族をと平和を奪った異変をこれ以上広げないために力を尽くした。

 ファリィラが憑依することになったこの少女もまた、家族を失い志願した一人であった。

「父さん、母さん……」

時に家族を思い出して涙し、過酷な状況に何度もさらされ、せっかく得た友人を魔物に奪われながら、毎日を戦っていた。ファリィラはこの少女を抱きしめてあげたくて仕方がなかったが、彼女はこの世界に何一つ干渉できなかった。

 

 そうして残酷な時代を生き抜いた少女は、いつしか大人になって、伴侶を得て子供を産んだ。大量に生み出された異能者たちもまた、それぞれに人としての幸福をつかんでいった。

 多大な犠牲を払って、この世界は呪源を定着・循環させることに成功し、呪導師と気道士が世界に広まった。

 その後、呪導を利用した文明が大いに発達し、栄華を極めることになるのだが、ここでファリィラの意識は急激に薄れ、引き離されていった。

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