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天鏡の魔女  作者: 香矢 友理土
揺籃の地
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第四十七話

二章最終話です。

 ファリィラは目の前の光景が信じられなかった。アスラントとリュオクが戦っている。リュオクの呪器は核石が妖しく明滅を繰り返していて、呪器を中心に禍々しい気配が放たれている。

 恐れていたことが起きてしまった。呪源を引きよせながら、後悔に泣きたくなった。こうなることは薄々分かっていたのに、どうしても彼から呪器を取り上げることが出来なかった。そうしなければならないのに、そんなことをして彼に嫌われるのが嫌だった。口では壊す壊すと言っておきながら、強硬な実力行使をしなかったのもそのせいだ。そんな自分の弱さのせいで、彼は悪意ある呪器に飲まれた者として殺されてしまう。

「ごめんなさい、私が愚かでした。ごめんなさい、私がもっと早くにこうしていれば」

呪源を練り上げながら呪器に向かう。破壊の意思を込めて呪導を放つが、リュオクにあっさり切り裂かれ、散らされてしまった。

「リィラ、危ない。来るな!」

アスラントが止める。しかし、ファリィラは限界まで呪源を引き寄せ続けながら、一歩一歩確実にリュオクとの距離を縮めていく。

 飽和した呪源が時々閃光を放ちながら、リュオクをを包んだ。浸食を受けた呪器が不快そうに震える。

 呪導が放たれ、目の眩むような光と共に静寂が訪れた。


 リュオクは自分の行動をどこか冷めた気持ちで見ていた。呪器の意思が意識の表面を覆いつくしている。頭の芯は痺れたようになり、恨みや怒りや暴力への衝動が心地よく染みてくる。

 流されてはいけない、そう思うものの、抵抗する意思は希薄だった。呪器を手に入れてからずっと、こうなりたかったような気がする。奴隷に生まれた不幸、理不尽に虐げられる日々、大切なものを踏みにじられる痛み、そういったものすべてが血と暴力によって癒されていく。

――私に大事な呪器を壊されたくなかったら、頑張って早く清めて下さい。あなたなら出来ると信じています。

――お願いです。私は、あなたが呪器に狂わされていくのが耐えられない。あなたを死なせてしまったら、後悔で身を引き裂いてしまいそうです。

 声が聞こえ、澄んだ青銀の瞳が見えた。それと重なるように強い意志を宿した赤い瞳が見えた。

――いいのよリュオク、私は後悔していないわ。どんな目にあっても私の愛はあの人のところにある、それは真実よ。だからあなたは何も負い目を感じなくていいのよ。

 あなたは、強く誇り高くありなさい。そしていつか愛する女性に出会ったら、全力で愛し、守ってあげて。出来るはずよ、だってあなたは私とあの人の息子なのだから――

 ああそうだ、俺は強くなりたかった。不遇を跳ね返し、理不尽な暴力など打ちのめしてやりたかった。でもそれはこんな力じゃない、暴力により大きな暴力をぶつけるようなものじゃない。

 俺は、守りたかった、助けたかった、自由にしてやりたかったんだ。

「畜生ぉぉぉおおお! 呪器ごときが俺を縛るなあああああっ!」


 光が収まり、音が戻った戦場で、リュオクは肩で息をしながら呪器を握りしめた。核石の明滅は消え、凛とした気が漂っている。禍々しい意思はどこかに消えてしまった。

 どうやら上書きに成功したようだ。ほっとして剣を収めると、ファリィラがふらふらと近寄ってきた。恐る恐る手を伸ばして触れてきたと思ったら、次の瞬間に抱きついた。嗚咽が漏れる。

「迷惑掛けて悪かったな。もう大丈夫だから泣くな」

一層激しく泣きだしたファリィラの髪をなでてやる。

「よお、色男。正気に戻ったか」

アスラントがファリィラを見ながら意味ありげな視線を送ってくる。

「部屋に籠りたければ、確保して来てやろうか?」

「いらんわ、余計なこと言うな。誤解を招くだろう」

そんな仲じゃない、と真剣に訂正を求めるリュオクに

「そう照れるなよ。まあいいならいいや」

笑いながら離れていった。


 朱の一族は、タウロス達融和派の指名した者が族長に着き、休戦の条件や、今後は混血を認めることなどが話し合いの末に決定した。

 会合を終えたタウロスに声をかけられた。

「リュオク、朱の族長から正式に一族に迎え入れたいとの要望が来ているが、君はどうする」

「お断りだ、今更言われても遅い」

リュオクはにべもない。

「残念だ、君なら高原の未来にいい影響を与えてくれると思ったんだが。やはりリィラとユーカナンで暮らすのかい?」

「タウロスまでっ! 誤解だ、俺達はそんな仲じゃない」

「そうなのか? それならもう一度よく考えておいてくれ」

そこで別の道に入っていった。

「あぶねえ、このままだとありもしない既成事実がつくられそうだ」

 リュオクは村から離れたところにある墓地の片隅にいた。奴隷だった母は他の奴隷と同様に端の方にまとめて埋葬され、墓碑などはない。

 十年でだいぶ変わってしまったが、母とよく来ていた灌木の茂みは今でもあった。棘にひっかかれながら探すと目印の石がちゃんと残っていた。

――いつか自由になったらここを掘りなさい。いいことがあるわ。

 母はここに何かを埋めたようだった。何が埋まっているかはお楽しみだと言われ、決して教えてくれなかった。

 掘ってみると朽ちかけた木箱が出てきた。慎重に土を払い、持ち上げる。開けてみると中には指輪が二つ入っていた。柘榴色の呪石が嵌った凝った装飾の施された男物の金の指輪。同じ意匠の女物の指輪は白金で出来ていて、小さな呪石は暗い青紫色だった。

「これは……。そうか、そうだったのか」

指輪は静かに光を反射していた。


 旧守派の瓦解により、高原には一応の平和が訪れた。

 戦の影響も落ち着いたある日、リュオクとファリィラは事の次第を伝えに白耀の村を訪れていた。

「元気でよかったよ。あんた無茶しそうだから心配で心配で」

ベルゲが豪快に笑った。

「先日は満足に挨拶もせずに出て行ってしまって。お世話になりました、ありがとうございます。お陰さまで無事、霊峰へ行けそうです」

「そうだね、行っておいで。そこで何を見るかはあんた次第だよ」

アマレが何か取りだした。

「これですが、呪石はなんとか修復できました。ただ、刻まれている呪導は私の知らない物で、高度すぎて繋げませんでした。なので機能は発動できません、申し訳ありません」

ファリィラは受け取った腕輪を左腕に通した。

「充分です。いつか完全に修復します」

光にかざすと核石は虹色の光彩を放った。


 部屋にはタウロス、アスラント、ベルゲ、ファリィラ、リュオクの五人が揃っていた。

「蒼の一族はこの者等の力を認め、試練へ臨むことを許可する」

「白耀の一族も試練への挑戦を認める」

「翠の一族も認めよう」

それぞれが部族の色に染められた、紋章が刺しゅうされた帯布を渡してきた。

「受け取るといい、各部族に認められた証しだ。山守に提示すれば山門を開けてもらえる」

タウロスに促されて帯布を押し頂いた。

「ありがとうございます。必ず、試練を乗り越えて帰ってまいります」

深く一礼した。

 外ではスミヤが待っていた。

「じゃあ行こうか。二人とも準備はいい? 忘れ物はないわね?」

三人はジバシリに跨り、霊峰の麓を目指した。

読んで頂きありがとうございました。

次章はいよいよ最終章です。

なのですが、ここまで書いてきて一部、当初の予定と話の内容が変わってしまい

プロットを直す必要が出てきてしまいました。

更新ペースが落ちるかもしれません。というか落ちます、申し訳ありません。

完結までお付き合いいただけたら幸いです。

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