第四十六話
朱の一族の村への襲撃は順調だった。途中何度か戦闘があったものの、小競り合いのようなもので、強い抵抗はなく勝敗が付いた。
旧守派の本拠地、クトリ村の手前で体勢を整える。
「討つのは族長ヘレボスとその取り巻きのみ。抵抗しない者、降伏した者に攻撃するな。ガイラル高原に、我々の故郷に平和を取り戻そう」
タウロスの言葉に戦士達が頷く。そして村を包囲するために散っていった。
鬨の声が上がり、襲撃が始まった。
リュオクは集団の後方で側背からの不意打ちに対処していた。助っ人の自分が先陣を切るのはさすがにまずい、戦功は古参に譲るべきである。ファリィラが余計なことをする前に速やかに敵を討ってもらうべく、援護に徹していた。
奇声を上げながら真っ先に突っ込んでいったアスラントは既に一人大物の首を上げたようだ。更なる戦闘を求めて激戦区域へ向かっている。
アホだなあいつは、そう思いながら敵の掃討を行っていると、視界の端に武装した男を捉えた。激戦になっている村の東側から逃げてきたようだ。
隠れて攻撃されると面倒なので、倒しておこうと男の方に向かったリュオクは凍りついた。その顔には見覚えがあった。十年の時を経てだいぶ皺が増えているが、奴隷だったリュオク達母子を所有していた男だ。母はこの男に散々嬲り者にされた揚句死んだ。
心の奥底に仕舞い込んでいた怒りと恨みが瞬時に甦った。呪器が嬉々として力を解放し、リュオクを中心に禍々しい気源が渦巻いた。その気配に男がこちらに向き直る。
「覚悟しろ、お前に虐げられ死んでいった母の無念を、今ここで晴らしてやる!」
一気に詰め寄って、袈裟がけに切りつける。
「誰だ貴様は」
その剣を跳ね返しながら、訝しげな顔をする。明らかに朱の一族の特徴を持つ者が自分を襲ってくるから当然だ。
「お前が殺したルナラスの息子だと言えばわかるか?」
男は一瞬後にニヤリと笑った。
「脱走奴隷がこんな所にいるとはな。手打ちにしてくれる」
二人の剣が激しくぶつかり合った。
リュオクは拍子抜けした。子供の頃、あれほど怯え、逆らう事さえできなかった男は、今こうして剣を交えてみるとそれほど強くない。
その感覚が間違いではないことは、相手の表情からもうかがえる。部が悪い戦いに焦っている男に、リュオクは苛立った。
「なんだよ。こんなしょぼい男だったのかよ」
こんな奴に良いように扱われていたと思うと、情け無くて仕方なかった。腹立ちのままに、男の左腕を切り飛ばした。
「ぎゃあああ」
男が悲鳴を上げた。
――ソウダ 嬲リ殺シダ コンナクダラナイ男ハ 惨メニ這イツクバッテ刻マレルノガ似合イダ――
呪器が囁いてくる。リュオクの口角が上がった。
「そうだな。さすがは相棒だ、よく分かってる」
逃げようとしている男の膝に剣先をめり込ませた。男の醜い悲鳴を止めるため、腹を蹴りつける。
「わ、悪かった。そ、そうだ、奴隷から解放してやる。部族内でもそれなりの地位をやろう、それで許してくれ!」
男は必死に命乞いをしてくる。リュオクは不快になって更に切りつけた。
「許してやるよ。お前がただの血まみれの肉片になったらな」
「ひいっ」
男は残る手足で必死に逃げようとする。苦し紛れに、右手から飛撃を放った。リュオクは難なく相殺する。
「ヘタクソが。飛撃ってのはなあ、こうやってやるんだよ」
剣を横薙ぎに払うと男の体が上下真っ二つに千切れた。
「ああ、やべえ。一撃で殺しちまった。どうするよ」
――コロセ 殺セ 嬲ル奴ナド ココニハ掃イテ捨テルホド居ル――
それもそうだと、リュオクは口笛を吹きながら激戦の東側へ向かった。
しかし残念なことに、戦闘は終結に向かっていた。族長のヘレボスが戦闘のどさくさに紛れて姿をくらまし、残っていた抵抗勢力も粗方討ち取られたらしい。
「なあリュオク、ヘレボスの姿を見なかったか?」
返り血に染まったアスラントに聞かれて、そう言えばさっき殺した仇の名前がそんなだった気がすると思いだした。
「あー俺、さっき真っ二つにしたかも」
「はあ? お前何を言って……」
そこでアスラントが呪器の異変に気付いた。核石が脈打つように明滅を繰り返している。
「リュオク、お前大丈夫か?」
「大丈夫さ。今からちょっと一暴れする予定だ」
ククッとくぐもった笑い声を洩らして戦場を見る目つきは異様だった。いつもの彼ではない。
「お前、呪器の悪意に飲まれやがったな」
アスラントはゆっくりと片手剣をリュオクに突き付けた。それをどこか楽しそうに眺めるリュオク。
前触れもなく、激しい剣戟が交わされた。
突然始まった激しい同志討ちに、周りにいた者は唖然とした。
「巻き添え食いたくなきゃ、離れてろ!」
アスラントの声に慌てて逃げ、遠巻きにしつつ様子をうかがっている。
「正気に戻れ! この馬鹿が!」
黒い刃を受け流しながら怒鳴りつける。
「失礼な奴だな、俺は正気だ」
ニヤニヤ笑いながら、返す刃で切りつけてくる。刃先は余裕を持って避けたにも拘らず、ざっくりと傷が走った。
「ちっ、厄介な攻撃だな。手加減してたらこっちが殺されそうだよ、全く」
即座に突っ込んできたリュオクの斬撃を紙一重でかわすと、気源を込めて剣を突き出す。急所を狙ったそれは外れて相手の右肩を貫いた。
「いやあああああぁっ!」
絹を裂くような悲鳴が響き渡った。




