第四十五話
今回は短いです。
「ふうん、そういう事情があったの」
とりあえず話を聞くというスミヤの意見に、場所を屋内に移して今までの経緯を説明した。
「でもこれ以上は危険です。取り返しがつかなくなる前に破壊します」
ファリィラの目は据わっている。
「まあまあ、そんなに怖い顔しないで。いざとなったら私も協力するから、もう少し様子を見ようね。幸い今は呪器持ちも多く揃っているし、止めることもできるでしょ」
「止めるって、どうするのですか?」
スミヤは目線を合わせなかった。
「うん、実力行使になるわね」
ファリィラは椅子を蹴立てて立ち上がった。
「そんなことをしてっ! 怪我人や死者が出たらどうするんですか! 暴走している気道士を力づくで止めるなんて」
どれほどの被害が出るか。
「私は、誰にも傷ついてほしくありません。お願いですリュオク、呪器を渡してください」
手を差し出すが、リュオクは横を向いた。
「断る。……その時は殺せ」
もう話すことはないとばかりに、部屋を出て行こうとする。ファリィラは必死に縋り付いた。
「どうしてそんなことを言うのですか。呪器はしょせん道具です、命の方がよほど大事でしょう? 考え直してください」
リュオクは答えなかった。
「お願いです。私は、あなたが呪器に狂わされていくのが耐えられない」
知らず、涙があふれた。
「あなたを死なせてしまったら、後悔で身を引き裂いてしまいそうです」
涙に濡れた瞳に、リュオクは呪器を手放そうか迷った。だが、問題があるとはいえ、十年以上この身を支えてくれた呪器である。他には何一つ持てなかった、故郷と自分を繋ぐ縁でもあった。
壊すことなど認められない、それが結論だ。
「まだ俺は平気だ、渡す気はない。放せ」
部屋を出ると、アスラントがいた。
「悪い奴だな。女を泣かすなよ」
リュオクは鼻にしわを寄せた。
「うるせえ、戦闘馬鹿は黙ってろ。大体盗み聞きするお前は何だ」
「ふん、たまたま部屋の前を通ったら聞こえてきただけだ。聞かれたくなかったらもっと静かにしとけよ」
偉そうな口調にむっとしたリュオクは、悪態をついて立ち去る。その背中に言葉が投げつけられた。
「腐れ赤犬、おれに殺されたくなかったら、その呪器なんとかして見せろ。男を上げれば、彼女も惚れ直すってもんだ」
だから彼女じゃねえよ、小声で文句を言って部屋に帰った。
朱の一族へ出撃する日、リュオクは前日までの騒動を思い返していた。
あの後、スミヤが何とかファリィラを落ち着けた、アスラントも一枚噛んでるらしい。何を言っても呪器を壊すの一点張りだったのに、奴が耳打ちしたら、途端に大人しくなったという。
絶対に要らんこと言ったんだろうと問いただしてみたが、のらりくらりとかわされてしまった。
問題は他にもあった。ファリィラが今回の襲撃についてくるのだ。タウロス以下主だった面々が村に残るように説得したが、駄目だったらしい。何でも一緒に行くと主張し、連れて行ってくれないなら勝手に行くからいいとまで言ったそうだ。
「ああ面倒だ……」
敵だけでなく、ファリィラの行動にも注意しないといけない。気が重かった。
そんなリュオクの気持ちを知ってか知らずか、ファリィラはアスラントとのんきに駄弁っている。
「なあ、その祝福とやらはどこでもできるのか?」
「出来ますよ。呪源さえあれば基本場所は問いません。土地によって多少効果に差は出ますが、祝福が出来なかった土地というのは聞いたことがありません」
へえ、すげえな、と感心しているアスラントに微笑む。
「高原は長い間争いが続いていて地気が荒れていますから、作物も育ちにくいでしょう。なるべく行く先々で祝福をしておきますね」
アスラントは感激して、自分の村に来た際には家畜を潰して盛大に祝うことを約束した。
出発を告げる合図が鳴り響き、それぞれが動き出した。先の襲撃で返り討ちにあい、戦力の低下しているところに総攻撃を食らう。
朱の一族の命運は尽きようとしていた。




